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星の海にて・2
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ブリッジにリース夫人が駆け込んで来た。
「様子は」
「ここなんです」
床の上。
「そこでは駄目よ、ベッド代わりになるものはないの」
「あります、夫人、私のシートを」
ブラックプリンスがそう告げた。
「助かります、彼女をシートに。布とお湯を用意して」
シートを下りると元帥となったブラックプリンスはマントを外し、シートにかけた。
「これで」
「それならいいわ。もっと布を。誰か・・・」
「母様」
「リチャードあなたは向こう・・・」
「手伝います、私の庶子、最後の子は実はこの手で取り上げました」
「え・・・あなた、その子を」
「ヨーク王朝、グロスター公爵家の子にはしてません」
「そう・・・」
「二人きりで過ごしている時だったんですよ、調度彼女の実家、不孝もあって・・・誰もいなかったんです」
そう言いながら、彼は手際よく支度をしている。
「納屋で何もありませんでした、そこよりはマシですよ、母様、指示を」
リース夫人が頷く。
「ご主人はどこなの」
首をふる女性。
「まだ消息がつかめないのでしょう、仕方ありません」
布、盥、お湯。
「いいわ、このまま・・・さて独身男性諸君」
リース夫人は背を伸ばし、ブリッジにいる全員にきっぱりと言い放った。
「インポテンツになりたくなかったら、そっぽむいてなさいっ、いいわねっ」
「母様、女性達で人垣を作ってガードするか、布か何かでこの回りを覆うかにすれば」
「そうね、お願い」
毛布や余分にある布で女達がその場を覆い隠した。
「インなんとかって」
「よーするに女とやれなくなるってことですよっ、殿下っ」
ボーイソプラノで言わんといて・・・まったく、とトマスがぼやく。そして頭を抱え込む。元帥閣下は赤面して絶句していた。
「あっいけない。北部訛りでいっちゃったうえ、ずばり・・・まずい」
「あらいやね、随分訛り強いわね、どころかだいぶ下品よ、あなた」
そのやりとりに場が和んだ。
「経産婦の方はいませんか、お手伝いお願いします」
「はい、もういいわ、少し外して。私がやるから」
一人若い女性が名乗り出てくれた。
「では、お願いします」
リチャードが場を外そうとした。
「待って」
産婦が呼び止めた。
「何か」
「あなた、あの人に声が似ているの、そばにいてっ・・・うっ」
「わかりました」
彼女の手を取る。
「確か、アディ」
「そうよ、あなた・・・エディ、愛しているわ」
「子宮口全開、これじゃもう・・・このままここで出産だわ」
診断しているリース夫人は告げた。
「アディ、しっかりしろ、ここにいる。僕はここにいるよ」
甥の声音を真似てリチャードは囁いた。甥のエドワードの妻だとリチャードは知っていた。
産声と水音は聞こえた。ほっとする女達の溜息も。
「殿下」
生まれたばかりの赤子を何かしらの布でくるみ、抱き抱えてリチャードが歩み寄ってきた。
「母親のラドロー夫人が抱いて欲しいそうです。栄えある宇宙軍総裁に」
「えっ」
「どうぞ」
「それから男の子です」
「・・・男の子」
黒髪。瞳の色は解らない。
「御名をいただいてもよろしいか、と」
「私の」
「ええ」
「構わないが」
「もっとも・・・ヨーク家では長子はエドワード、次男はリチャード、三男にジョージと名付ける慣習がありますので、殿下の御名でなくともエドワードになります」
「どういうことだ」
「私の甥、エドワード五世の子です」
「そのものは無事なのか」
「わかりません。調査中です。この船には乗っていない事は確かです」
その赤子を受け取る。プランタジネットの特徴がある。
「そうか。夫人」
子供を産んだばかりの人は泣いていた。
「あの人は駄目よ、きっと・・・」
「そんなことはないわ、希望を失っては駄目よ」
リース夫人がそう言う。
「まずはこの命に、感謝を」
ブラックプリンスは赤子を母親に戻した。
「このまま、総合大学のあるコロニー群へ行く」
「避難民達に毛布を」
トマスが指示をする。元帥のシートのそばで毛布にくるまってリチャードが眠っていた。
「ある意味、彼も度胸がいいな」
「まさか、そんな経験しておいでとは思いませんでした」
ラヴェルがその顔を見ていた。
「よくそんな子を手放す決意をしたものだな」
「ケイトの兄という人には子がなく、跡継ぎにすると言って・・・多分きっと三歳になる前に別れてそれっきりなのでしょう」
「それっきり・・・」
「認知もしなかったと」
「何故」
「公爵家の子が幸せとは思えないと」
その言葉を聞いて、衝撃を覚えた。
「戦乱の中の、王家の子が幸せになれるわけがない、ならば庶民となってどこかで生きていてくれたらそれでいいと」
「信じられないな」
そっとリチャードの頬に触れるブラックプリンス。
「そういう戦乱でしたから」
ラヴェルは主君と仰いだ人がどんな運命を辿ったのか、知っていた。
「レスターでさらしものになった時・・・見ておりました・・・」
そう告げて、ラヴェルは顔を伏せた。
「頭に八カ所、身体に四カ所の傷があったそうです」
「そなた」
「そんな目にあった人の子ですよ、庶民の方が幸せです」
「それは」
「言いたくはありませんが、殿下・・・もしもがあるのなら、あなたが即位していたら起こらぬ戦でした」
「やはり、そうだったのか・・・」
「察しておいででしたか」
「そういうことになる火種はあったことは確かだ・・・」
二人目の子の顔を思い返して目を伏せた。
「あの子は・・・いや、言っても歴史は変えられぬ、過ぎた事だ」
「ここで生きている事は苦しい事ばかりですよ、楽しみは、幸福感はどうしたら見つけられるのか、それは時間移民達一人一人の課題なのです」
「そうか・・・」
「殿下はお幸せなのです、役目がございますから」
「役目、か」
「リチャードもいるのか」
ジョージがブリッジに入ってきた。
「で、あまり一般人には聞かせたくないこと、持ってきたんだけど」
ジョージが何かの書類が入ったブリーフケースを持ち上げて、苦笑していた。
「あら」
「ジゼルは同席してもらうよ」
「何故かしら」
「フランツは大学関係の事であっちの民間船で戻った。それから俺は学長として・・・宇宙軍と申し合わせをしなければならない」
「それは」
トマスのシートの近くにリース夫人、ジョージ、そしてブラックプリンス、トマスらが集まった。
「リチャード、おまえも関係者だ、こっちにおいで」
元帥のシート近くで座り込んでいた少年にジョージが声をかけた。まだ出発は出来なかった。避難民たちの身元調査、それからまだ救助は続いていた。
「ジョージ、その右手」
「吹っ飛ばされた、機械のなら付けられるって言うからつけといた。学長が死んだ。政府から学長に指名された。フランツは退職しているが、現職教授が三人犠牲になった。復帰してもらうぞ、あいつには」
「じゃあ、僕は」
「おまえはネッドのところにいろ。名誉教授は死ぬまでだが、副学長の定年は五年先だ」
「五年・・・・・・ジョージ」
「どうします、ジゼル」
「別居よ、単身赴任ね、フランツには」
「簡単に言うね」
「この子には医療の専門家が必要なの。しかもこの子専用のね、私は適任でしょ」
「いいのかよ、単身赴任なんて」
「構わないわ、私は母親よ」
「相変わらずたっくましいなあ、ジゼルってば」
「バカ言わないでよ、それ以上はコニーが気にするわよ」
「ええやんかー、コニーちゃんてば、俺の肋骨四歳でへし折ったんだから」
ええっと声が上がる。
「ありり、有名な話なんだけどね」
ジョージが言う。
「この間、ネヴィルの義父上、投げ飛ばしたもんね、確か、繁華街で」
「そこまでやるかよ」
「やらなきゃ言われないでしょ、大衆の面前で投げ飛ばしやがった、なんて」
「そりゃそうだ・・・あれ、元帥閣下、何、顔引きつらせて」
「通りで・・・」
ブラックプリンスが小さな声で言った。
「姉様は強いもんね、閣下」
「強すぎる・・・」
「それ、言わない方がいいよ、姉様には」
「そりゃもちろん」
「まったくあの子ったら、どうしてあんなになっちゃったのかしら・・・」
ジゼルがそうぼやいた。そりゃあなたの娘だから、とはジョージは言わなかった。ブリッジにいる避難民達で動ける人々は居住区に移動した。産後間もない母子とその友人のみが残っていた。母となった人は変わらず元帥のシートを倒し、横たわっていた。
「妊婦たちはどれほどいるのか」
「ブリッジにはおりませんでしたわ、居住ブロックの妊産婦で臨月の者は二人。後は安定しています」
「二人、か」
「ここから移動はもう出来ません、この船であと二度お産があるかも知れない、そういうことですわ」
「そちらは・・・」
「娘が詰めています。何かあったら報告がありましょう」
「大学のあるコロニーに受け入れられる人数についてと何が必要なのかと言う事、軍隊の組織を取ってはいるが、要するに宇宙軍とは何でも屋だということ」
「それは内密に行う事か」
「出来れば透明で。受け入れ人数のこと、資材確保、人材確保はオープンにしなければ一般大衆は納得はすまい」
「なるほど、解った。そのファイルが、資料なのだな」
「そういうことです。検討願います。無理難題ばかりですけれどね」
受け取って見た数字に顔が引きつった。
「少ない」
「学生達を放り出す訳にはいきません。仮設住宅のキャパはさほどありませんから・・・専門学校のあるコロニーには私はタッチ出来ない。そこも受け入れ人数は同じようなもの」
「余った人々はどうしろと」
「そこで、新しいコロニーの建設話があるんですよ、宇宙軍にそのノウハウがありますのでね、三年前に落とされたコロニーの位置に新しいコロニーを建設します。それまでは月基地に住んでもらうと言う事に」
「無茶だ」
「政府は手足の事は考えてはくれませんよ、せいぜいとかげのしっぽにならないように努めるだけです。建設関係の指導者・研究者は総合大学から人材を回します。その手続きはまた後ほど。私は大学に戻って詰めなければならない人事や運営についてしなければなりませんが・・・もっと平凡な人生歩みたかった気がしますよ、指導者の器じゃないことだけは確かですから」
「それは」
「ヨーク家のなかで一番出来の悪いクソバカな公子のひとりですからね、兄とも弟とも違って愚かでお話にならない・・・」
「そんな感じはしないが」
「最初の妻が救ってくれました、ぐうたらでバカな私を」
ジョージはそう言って席を立った。
「彼女は・・・二十年以上前にコロニー爆破事件で死亡してます」
その言葉にブラックプリンスは思わず振り向いていた。が、ジョージは何も言わずに去っていた。
「強いね、ジョージも」
「ジョアンナが死んだと聞かされた時の彼は目が離せなかったわ、何するか解ったものじゃなくて」
「母様」
「右腕一本だけ帰って来たのよ、それも黒こげで。ジョージの紋章指輪をしていたから解ったの」
「紋章指輪・・・」
「クラレンス公爵王弟殿下の紋章指輪よ、肌身離さず持っていたわ、彼女」
「あれを・・・そう」
「かなり変形していたけれどね」
「それ、ジョージ」
「しているでしょ、指に」
「変な形だなと思ったら・・・」
「ジョージは人間失格してないわよ、解っているでしょ」
「はい、母様」
「遺族だったのか・・・それで彼を使おうってことか」
ブラックプリンスが呟く。
「ええ、説得力ありますもの。有名ですから、クラレンス所長の最初の奥さんはコロニー爆破事件の被害者」
「やるせないな」
「それもテロでしたのよ、閣下」
ぎりっと唇を噛みしめた。
「少し、席外します」
「トマス」
「残存敵部隊についての報告上がってます。動ける戦闘機でたたくべきか、あるいは戦艦を出すべきか」
「船には避難民がいる。戦闘機だな」
「・・・まさか」
「私が出てはまずいか」
「よろしいんじゃありませんか、ここは私がお引き受けいたしますわ」
鬼教官・アルデモード夫人がそう言った。
「来ていたんですか」
「その行動力ならみなあなたに信頼をおきましょう。何者かと疑ってかかる者も大勢います。実力もないただのお飾り・木偶の坊なんて言われたくはございませんでしょう、閣下」
「信頼、か」
「部下の中にはあなたと敵対していた国からの者も大勢います。お忘れなきように、で・ん・か」
「区切らないで下さい」
「こんなちっぽけな女ごときにびびる必要などございまして」
「あなたをちっぽけ等とは言いませんよ」
夫人の手を取ってブラックプリンスはキスをした。
「あなたは素晴らしいレディだ、そう思います」
「ありがとうございます。先の夫が達者ならさぞ喜んだ事でしょう。私の最初の夫は・・・あなたの部下でした」
トマスが立ち上がった。
「それは・・・」
「片目でしたの、治せると言っても言うことをききませんでしたわ」
「・・・片目」
「あの人の子供、産んでさしあげたかった、私の胎内で死んでしまいました。私の下半身は後に作り直したものです。あの母からもらったものではありませんの、自分の細胞を培養して作り変えたものです。あの人の子供は諦めるようにと言われました、これもコロニーのテロが巻き起こした事件でしたのよ」
「あなたも被害者だったのか」
「殿下、あなたご自身も、です。あなたの部下はテロリストに殺されましたの、お忘れになりませんよう」
「私の・・・部下が」
「名前は」
「過去の事です。あなたが知っている人とは限りませんのよ、騎士の位を持っていたとは聞いておりません」
「そうですか」
「では、ご存分に」
彼女は身をかがめて王族に接する挨拶をした。
「うそだな、片目の・・・あいつの、ここでの妻か」
「殿下・・・」
「出るぞ」
「はい」
発着ゲートでデータ解析をトマスがしていた。
「巡洋艦・戦艦から戦闘機、出ます。ワープゲート近辺で脅しを描けている模様ですが、ゲートキーパーらは動じていません」
「ゲートを無理に突破は」
「出来ませんよ、ゲートキーパーの指示なくば、どこに飛ばされるか解ったものじゃない。コロニーポイントより逃走したものの、逃げ場はありません。この空域に潜んでいることは確かです。単独行動は避けて索敵に入りましょう」
「そうか。よし、一編隊に所属する戦闘機の数は・・・変則に。精鋭部隊は通常値、後は各隊長に一任する」
「では、放送をオープンにします。パイロット達にお言葉を」
「宇宙軍総裁アキテーヌだ。戦闘機パイロット諸君に告げる。索敵を開始。戦闘判断は各隊長に一任する。高等法院よりの連絡だ、テロリストどもの殺人罪は明確。よって殲滅を許可する。ただし、投降者はあったとしても、戦闘終了まで回収はせぬように。各自の活躍を私は期待する。なお、私も出撃する。諸君らの働きを見届けたい。存分に戦うように、以上だ」
会話を切り替え、一息ついた。
「殿下」
「聖ジョージ、イングランドに栄えあれって言いそうになった・・・あー焦った」
「・・・それはまあ、そうですね」
「何かいい言葉ないものかな、では、行くぞ」
「はい、では、操縦は私が。殿下は索敵と射撃を」
「解った」
機械音がして、戦闘機のハッチが閉まる。地球上とは違った装備になっていた。キャノピーが何重にもなっているのだ。複座式の戦闘機は多種多数起用されている。
「各自散開して索敵せよ。抵抗する者は遠慮なく掃討」
小隊長らしき男の声。それに返事をする隊員達。
「我々も出るぞ」
「了解。索敵ポイント、小惑星地帯、残存戦艦三隻、残存戦闘機数不明。心してかかるように」
トマスの指令が旗艦ノワールアキテーヌ号所属の戦闘機乗りに伝わった。
「こちら、旗艦所属A一、敵戦闘機発見。散開し対峙せよ」
「了解」
ぱっと編隊から羽を広げるように戦闘機が飛んでいく。古式ながらも敵戦闘機のパイロット達は訓練を積んでいるらしく実に巧みに操っている。接戦のドッグファイト。
「油断するな、こちらが優れているとは思うな」
「はい、閣下」
識別信号、そしてターゲットロックオンの印、モニターに表示されたものを判断して、的確にトリガーを引く。ミサイルと機銃を使い分けながら、突き進んでいく。何機か落とし、何機か落とされ・・・。最新鋭戦闘機には着弾と同時にパイロット生命維持装置が稼働し、パイロットの生命を守るが・・・敵戦闘機にはそれが登載されていなかった。
「な・・・やつらは死ぬ気か」
「心してかかれ、死ぬ気の人間は普通じゃないっ」
トマスの怒鳴り声。
「了解」
「そんなに死にたければ、勝手に死ねーーっ」
「閣下、冷静に、冷静に願いますっ」
大隊長の声。トマスは急速反転・木の葉落とし・錐揉み旋回を繰り出し、敵戦闘機をあぶり出していった。それをトリガーを目一杯引いて打ち落としていった。浮遊する物体を使って敵ミサイルから身をかわし、なおも戦闘機は編隊を組んだり、また散開したりしてドッグファイトを繰り広げていった。
「この区域にはもういないのか」
「その様です。でも油断は大敵・・・殿下」
「解っている、解っている・・・」
悔しい。命を何だと思っているんだ、と呟く。
「脱出用ポット回収開始しました」
「そうか・・・敵は」
「いません・・・全員ほぼ即死状態です」
「帰還する」
「はい」
旗艦に戻る。足音荒くブラックプリンスが歩いて行く。その後ろを静かにあくまでも静かにトマスが歩いていた。
「当艦、異常ありません、閣下・・・」
艦長がそう告げた。
「・・・そうか・・・敵艦は
「二隻まで撃沈しましたが、一隻は巡洋艦タカサキが対戦中です」
「そうか」
「援軍は」
「いや、タカサキに任せよう。この船には一般人が多数乗艦している。戦向きではない」
「レスターは向かってます、あれには一般人はいませんから」
「なら、いいだろう・・・」
ブリッジのモニターを見入る。
「どうかなさいましたか、元帥閣下」
「彼らはどういう思想でいるんだ、理解しがたいな」
「地球原理主義なのですよ、住めば都を理解出来ないのです」
ラヴェル艦長がそう言った。
「・・・そんなものか」
「私達時間移民にとっては・・・もう故郷さえない。思い返しても昔を恋しく思う事さえ息が詰まるというのに、贅沢な事を言うものですよ」
「不思議な事をいうな」
「ああ、ディッコンいえ、我が君が大学で東洋の仮面劇の一節を覚えて・・・それを教えて下さいました」
「なんて・・・なんて言う」
「思い返せば、古も恋しくもなし、ですよ」
「昔が恋しくない・・・と」
「戦の世の中、生まれてすぐの我が子を男子ゆえに殺害され、若くして亡くなった踊り子の亡霊が言う台詞です」
「・・・そう今も恋しいと思うことはない。今はトマスはここにいる。カンタベリーは・・・私が夢見たカンタベリーはない。けれど作ろうと思えば作れる・・・そう思う」
いつの間にか戦闘は終了していた。
「報告します、敵戦艦、壊滅。生存しているテロリストの捕縛開始しています」
「抵抗しているのか」
「無抵抗の者だけ、捕縛してますよ、抵抗した者は遠慮なく・・・射殺してます」
「そうか」
納得出来ない不条理さを感じる。何故無抵抗の一般市民を犠牲にしたのか、解らない。怒りにまかせてやってしまった事は確かにあるが、それとは違う。彼らは思想が違うだけで人殺しをしている。理解出来ない。
「ねえ、アン叔母様」
「考えすぎない方がいいわ、ベシー。きっと無事よ、ジョージから連絡あったの」
「連絡が」
「ええ、父上も四世陛下もリチャードも無事よ。ただ・・・一人だけ連絡が取れないの」
「誰が」
「エドワード五世陛下よ。奥さんのマドレーヌと生まれたばかりのエドワードは宇宙軍旗艦にいることは解ったの」
「あの子が・・・」
「リチャード・ラドローと一緒らしいの。通信機関は軍が使用していて今は無理だわ・・・」
「見つかるかしら・・・」
「爆破されたコロニーではなくて、近くを航行していた民間船にいたところまでは解っているわ、その先よ、避難先があちこちで検索もままならないわ」
「大変な事件よね、迷惑よ」
「ベシーも何か」
「あの人が・・・予備役でしょ、行ったの、あの空域」
「それでお母さんしているのね」
「そうよ。本当のお母さんになるの、私」
白薔薇亭の庭で声あげて笑っている子ども達を見る。
「ウェイターくんも大変ね」
「ホント・・・」
アンはそう言いながら、縫い物をしていた。
「叔母様、それ」
「パッチワークよ、ダブルウエディングリングという模様なの。結婚式の祝いに使うそうよ」
「それ、もしかして」
「あなたのよ」
「私の」
「これ二枚目。式までには仕上げないと」
「手縫いで」
「ミシンではこのカーブは無理よ。丸くならないわよ」
「赤い柄ばかり」
「お祝いですもの」
「叔母様、あの人は無事なの、避難民の誘導をしているんですって。あと子ども達のアフターケア」
「そう・・・確かに彼の仕事から考えるとそれは当然ね」
「でも、何か釈然としないわ」
「帰れる故郷のない私達の気持ちを彼らは理解してくれないのね、きっと。アキテーヌ元帥閣下も大変ね」
「叔母様」
「こんな事件はいつでもあったのかしら。やるせないわね・・・」
そう呟きながらもアンは手を動かし続けていた。テーブルの上には赤地のプリント柄の小さな生地が並んでおり、それを順番と柄合いを見定めながら、縫っていく。
「この柄って」
「パッチワークでは一番難しいらしいの」
そう言ってアンは手を動かしていた。
「ここに、関係書類を提出して下さい。元の住所など、いろいろ尋ねたい事がありますので」
係員の言葉に二人の兄弟は従い、書類にサインをしていた。
「兄上・・・総合大学の学生寮で僕は良いのかな」
「そうだろうな、参ったな、引っ越し先のコロニーがないなんて・・・元の住所はもう他の人が入ってるし
「それから、爆破したコロニーに転居予定だった人は親戚の住所でも構いませんが、なるべく近い肉親の名前を明記して下さい」
「父上のところでいいか、あれ・・・あそこは」
係員に聞きに行くことにした。
「あの地球上は・・・どうしたら」
「地球上・・・」
「父がそこに。叔父も」
「どこの地域ですか、問い合わせ出来ますが」
「ヨーロッパ地域、旧イングランド・・・ヨーク市郊外」
「何か目立つポイントは」
「オーベルジュ・白薔薇亭です。そこのオーナーが父になります」
「ああ、その方達なら、この先のホールで民間ボランティアとして料理をしてますよ、何でも、休暇を取って旅行中だったそうです」
「ホントですか」
「ええ」
書類を出すと二人の兄弟はホールに向かってみた。
「・・・手、切ったならひっこんでろ」
「そうする」
「治療すんだら、配膳だ」
「おまえ人使いあらいぞ」
「仕方ないだろ、ちんちくりん、限界越えちまったんだから。まったくなんでジョージは年寄りなんだよ、腹立つな」
ゴインと鍋を叩き、リチャード・ネヴィルは合図を送った。鍋をたたく音が料理の仕上がりの合図だ。
「野菜スープだ、出来立てだから熱いぞ」
「料理長、フリッターの用意、こんなもんでいいですかね」
包丁を持っていた男が聞く。
「ああ、そのくらいの大きさにして衣つけて、揚げてくれ、ディップは出来てるから、おや」
「父上は」
「配膳。なんか疲れてないか、二人とも」
「避難所たらい回しにされましてね」
「あー若くて健康なら仕方ないだろな・・・」
「あーこれで連絡入れとけ。地球でやきもきしているらしいぞ、なんて言ったかな、アンが、そうそうベシーとかいう姪と」
「姉上が」
渡されたタブレット。
「やっと民間の連絡ツールが起動したらしい。心配していると知らせがあった。おーい、クソオーナー」
「何だよ」
「息子が来てるぞ」
「え」
エドワードが二人の元にやって来た。
「無事だったのか。そうだ、おまえの妻、身重だったな、ノワールアキテーヌにいるそうだ、男の子が生まれたそうだぞ」
「ノワール・・・それって宇宙軍の旗艦・・・」
「アキテーヌ元帥の旗艦だ。避難民を乗せてそのうち月基地に向かうらしい。早く手続きしないと一家離散だぞ、おまえ」
「えっ・・・」
「リチャードはここにいろ。大学関係者が幾人か残っている」
「わかりました」
「ただし、コレ、食べたら手伝え」
「あ、はい」
一食分もらって元ヨーク公はホールの隅で食べ始めた。手続きが終わったらしく、五世も戻ってきていた。
「これ、一人分だ。まずは食べてからだ。碌な着替えもないらしいが、仕方ないな。俺たちもずっと着た切り雀だ。荷物は船に置いてきてしまって、どうなっているか解らない」
ネヴィルがそう言ってスープとパンを差し出した。
「食欲があるならフリッターと温野菜もある。好きにしろ」
「そうします。ノワールアキテーヌにはそうそう簡単には入れないみたいです」
「ああ、それなら、方法がある。リース夫人、ほら、チン…じゃない、グロスター公、あいつの養母の助手という形で入れるぞ、顔見知りなら、すぐ入れるはずだ」
「リース夫人が」
「軍医助手として務めているから。親子でイースタンウエッジに旅行中だったらしい」
「良かった…」
「それも早めにしておいた方がいいぞ、旗艦は月に向かうらしいから」
「わかりました、助かります」
五世はそう言って、食事を受取り、ホールの隅で食べ始めた。
「おーい、そこでサボるな、さっさと運べと言ってるだろーが」
「おまえ、なんか知らんが、息子と私では扱いが」
「なんでおまえに優しくする必要があるんだよ、味付け工夫するヒマがないだけありがたく思え」
「…そーゆーことかよ」
「ったく、へんなとこでてめーの指まで刻みやがって…」
笑って良いのか解らないやりとりにスタッフが肩をすくめていた。
「え、あら、あの子達も巻き込まれたの、みんなどうしたって言うのかしら」
リース夫人の言葉にアキテーヌ元帥ことブラックプリンスは振り向いた。
「どうしたのですか」
「白薔薇亭のオーナーの息子さん、やっと行方が解ったの。私の名前を出して乗船許可を求めて来たのだけれど…どうしましょうか、あのブリッジでの出産の・・・」
「ああ、あの赤ちゃん」
「父親なの、その人」
「乗船許可出しましょう、家族離散になりかねません」
「よろしいのかしら」
「本当は」
「許可出来ないのなら断ってもよろしいかと思います。月基地まで行くのなら、地球までは遠くはありませんもの」
「本来なら許可出来ませんが、特殊ケースです。母親を安心させることも大事ですから」
「ありがとうございます、閣下」
「いいえ」
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