「さっさと吐け、このドテカボチャ野郎」
政府高官の胸元締めあげて、これ。総裁様、いつ覚えたの、こんな言葉遣い。わざわざまとった豪華な正装、儀仗杖投げだして、幹部の机の上に短剣突き立てて、胸元しめあげて、このセリフ。

「あらいやだ…」
放送を見ていたフィリッパが頬をおさえる。横であの犬が溜息をつく。ここはいつもの白薔薇亭の居間。
「またですか、政府も懲りないですねえ」
お茶を入れながら、トマスが落ち着いた口調で告げた。
「しかし、宇宙軍に攻撃加えるとは穏やかではないな、その、何と言ったかな、惑星の市民らも」
犬ことエドワード三世であった者がつぶやく。犬用の骨型のおやつをかじりながら。
「証拠は挙がっているうえでの行動ですから、援護はつきましょう」
「しかし、豪華な装いだな」
「正装ですからね」
お茶を入れ終わったトマスは持参してきた籠を手に白薔薇亭の厨房へ向かった。
「何かあったらしいな」
料理長が籠を受け取る。てんこ盛りの野菜。みな瑞々しい。今朝採れたてらしく、いくらか露をまとっていたり、泥もそのままだったりしていた。
「ドテカボチャが出たんですよ」
「政府にか」
「ええ、私としては…いいがかりつけられた、ドテカボチャそのものも気の毒だと思いますけどね」
「…毒吐いたな、副官様」
「情報部からです、覚悟してください、この白薔薇亭の皆さんも」
「なるほどな」
物柔らかに言うが、この副官さんも、さすがに侮れないウォリック伯爵なだけはあった。
「三世陛下もお借りします」
「あいつは宇宙は…」
「あの勢いですと…内緒ですけどね」
トマスは声を潜めた。
「ん」
「この様子では殿下は軍事クーデター起こしかねない」
「そいつはまずい」
「もう政府護衛任務についてたはずのわが軍の兵士らは引き上げさせました」
「おい」
「政府軍でやってもらいましょう、警備とやらは。親分がアレですからね、無理ですよ」
「あー、うちのバカオーナーどこの女に引っかかってやがんだ、まったくもー」
「探しておいてください。あの御方は使えますからね」
「ちびすけ何に使おうってんだ、あんたは」
「殿下の足かせになっていただきます。女・子供・非戦闘員に見える人をそばにおいて監視したいんですよ」
「総裁様の考えか」
「いえ、私個人のです」
「わかった、乗ろうじゃないか、妻のひーじーさまよ」
「助かります」
同年配に見えるが、トマスと料理長の間には百年の差がある。料理長の妻はトマスの孫、リチャード・デ・ビーチャムの娘だ。トマスはおかげでアン・ネヴィルには「ご先祖様」と呼ばれ、その母親には「ひいおじい様」である。このアン・デ・ビーチャム(料理長夫人)の呼びかけにはぎょっとする者は多いが。


「ウォリック」
「はい」
「犠牲出たのか、宇宙軍にも」
「ええ、よりによって殿下が目にかけていた幹部候補生が二人,犠牲になりました」
「幹部候補生か」
「将来総裁になるべく育てていた兵士です。帝王学から政治・経済・軍事訓練すべて履修させていた者たちです」
「それは…あやつも切れるな」
犬はそう言ってソファで伏せのポーズをとった。フィリッパがその背中を撫でている。
「もしかしたら、あなたも宇宙に行く用意した方がよろしいんではないかしら」
「私もこき使う気か、あのバカ息子が」
「違いますわよ、お気に入りの飛行大隊長殿ですわ」
「あーグロスターの小僧か。それはあり得るな」
「どこをお気に召したのか、不思議なのですけれど」
「頭脳明晰だから、かな。わが子孫にあんなのがいるとは思わなかった」
その部屋に私服のその噂の男がやってきた。
「いっぺーじーさまよ」
「おー来たか」
「総裁様の切れっぷりが気になって休暇旅行とりやめてきた。岩木山の例大祭もおさぼりだよ」
「なんだと」
「にょーぼの里の祭りだよ。参加しねーと義理の親父がうるさくてさ、笛持ってきちまったな」
手には素朴な笛がある。手の平に転がし、おもむろに口にあてがい、一音、出した。
「不思議な音だな」
「にょーぼの里の神さんのための楽器だよ」
「そうか」
「山一個がご神体でさ」
「ほう」
「岩木山って火山そのものが神さんなんだよ」
ピーと音を出す。
「奏でてみろ、その登山囃子とやら」
「太鼓と鉦がねえな…ま、いいか。登山じゃねえのにするわ」
「もしかして…ねぶたかしら」
フィリッパが言う。
「そうです、マダム」
「いっぺーばーさまとは呼んでくれないのね」
「無茶言わねえでくれよ」
「お前もフィリッパには気遣うのか」
「すんげ淑女様だもん」
「ほう、そういうことか」
犬が苦笑した。
「こんな美人にいっぺーばーさまなんて言えるかよ」
「あら、やだ、楽しみにしていたのに」
楽しそうにフィリッパが笑った。
「子孫なのは変わりねーよ」
そういいながら、犬を撫でる。
「犬ッコロも使えるな」
「おまえなあ」
「お父ちゃんだものなーー、陛下はよ」
「だから、なんだ」
「総裁様は尊敬してる」
「それでもこき使うか」
「俺らが、だよ。あんなにブチ切れてたんじゃ何するかわかったもんじゃねえ。あの親分はちょっとばかり血の気が多いし、義侠心がふんだんすぎらあ」
「私があやつのストッパーになるかな」
「ストッパーはいっぺー用意しとくさ。俺の父ちゃんも含めてな。リースのばあさまもご一緒さ」

玄関が騒がしい。どうやら総裁がやってきたらしい。
「殿下、どうか落ち着いてください。お気持ちはある程度理解は致しますが、そんなに昂っておられては、冷静なご判断がつきません」
少年の声だ。
「あ、父ちゃんだ」
大隊長が声を上げた。
「あれでも少しは静かだったのは、あのチビ助のおかげか」
犬がそう言って溜息をついた。その様子にくすっと大隊長が笑う。そんなところに二人が入ってきた。
「父ちゃんでも止められなかったのかよ」
「ドテカボチャ野郎のこと、ディッコン」
少年も白い礼服を着ていた。
「短剣グサッはやりすぎだろ」
「取り上げる隙なかったんだ」
「三世陛下…」
トマスが溜息をついていた。
「ごめんなさい、トマス殿、そのために僕、お供したのに」
「え」
総裁が驚く。
「まあ、あの二人の事ありましたから、僕でも無理でしたけど、他の皆さんがとりなしてくださいました」
何を、とトマスは思う。嫌な予感。。
「原因究明と事件の早期終結、求められました。僕、代理に承知しました、と言っておきましたから」
「殿下ダメだったんですか」
「ほぼ猛犬の猛り狂い状態で、取り押さえるのに必死でしたよ、評議会の方々が」
「エドワードっっっ」
犬が飛び上がって絶叫した。
「エドワード三世陛下…」
「はい、すみません、父上」
「私ではない、迷惑かけた方々に即座に詫びをいれろ。土手かぼちゃはともかくとして」
料理長が厨房からやってきていた。
「この穏やかな副官様さえ、嫌味落としていくほどひどいらしいな」
「トマス殿まで、そんなこと」
「ちんちくりん、お前、上で休んでろ。リース夫人呼ぶぞ」
「あ、わかる、いとこ殿」
「顔色が変だ」
「そう、じゃ、行くね」
上へ少年が去っていく。その後すぐ、白薔薇亭のオーナーが帰ってきた。
「どこ行ってたんだよ」
「いつぞやのリシィが犬連れて行った家。あそこの奥さんから話があると言われた、市場で会ったときに」
「そういえば、あの旦那、政府関係退職して今はペット関係の仕事しているらしいな」
料理長が言う。
「奥方と譲渡会の幹事だそうだ。そこからの話、殿下」
差し出したのは小さなメモリービット。
「不正の証拠だそうだよ、あそこの旦那がよこした」
「彼は…つながりあったのか」
「らしいが、よくわからん」
「なら、中身を見てみよう。ここにいる者はみな宇宙軍関係者だ」
「殿下」
「二階に行こう、あの子にも見せる」
「もうあいつ休んだんですか」
オーナーが言う。
「だが、あの子は必要だ」
総裁の言葉に犬ことエドワード王が反応した。
「だがな、エドワード」
「わかってます。トマスは使えないんです」
「ほほーう、何考えたんだ、お前は」
トマスは黙って微笑んでいた。
「どこで話し合ったんだ、おまえらは」
「それは、内緒です、陛下」
トマスが言った。
その時、無もなかりき、有もなかりき。空界もなかりき、そを蔽う天もなかりき。何物か活動せし、いずこに、誰の庇護の下に…(リグ・ヴェーダ・ナーサッド・アーシーティア賛歌・辻直四郎・訳)

シタールとタンプーラの音と共にサンスクリットの歌が流れた。
「なんだ、この歌は」
犬が言う。
「ああ、宇宙軍のテーマみたいなものですよ、初代の宇宙軍総裁はインド系で、宗教はヒンズー教だったそうです。その人が決めたもので、曲はその人の知人が作ったものだそうです」
トマスが返事をした。
「今は総裁へのアラーム信号としても使われてます。歌付きの場合のある種類は…救助信号で、このメロディーでは…あの幹部候補生を亡くした惑星の住民からですね」
トマスがタブレットを操りながら告げた。
「トマス、返答をしてくれ、即座に向かうが、応じられない場合もある、と」
「政府は無視を示唆してます」
「行く。住民が呼ぶ以上は、罠だとしても、な」
「かしこまりました、用意いたします、陛下、まことに申し訳ないのですが」
「なんだ」
「陛下にもご同行願います。グロスター大佐が呼んでます」
「あー」
部屋の隅でずっとにやにやしていた飛行大隊の長。
「いっぺーじーさま」
「なんだ」
「ご子息様は時々思い切ったことやらかすんでさ、おいらついていけねーんだ」
「ん」
「その対策として来てもらうぜ。整備士にも連絡済だ」
「何を考えたんだ、うちの息子は」
「とーちゃんがさー、軍事クーデター起こした奴の末路はみな悲惨だったって伝えていた」
「クーデターとは穏やかじゃないな」
「あのキレっぷりじゃわかんねえな、うちの親分はよ」
そのセリフを溜息ついて総裁は聞いていた。
「悪かったな、血の気多すぎて」
「そいで、どーするんだよ」
「軍事クーデターを起こせないようにする」
「また変な事考えたな、総裁様」
「まかせろ、あとは君の父ちゃん、使うさ」
「ドテカボチャの事はどうするんさ」
「ほっとけ。奴より、あの惑星の住民を優先する」
「わかった、支度する」
飛行大隊長は犬を抱き上げた。が、何を思ったのか、下した。
「総裁様よ」
「なんだ…」
ぼかっ。一発殴る飛行大隊長。
「父ちゃんこき使ったお礼さ、さーいっぺーじーさま、行くべ」
「君たちはある意味、すごいな」
「何を言っておるか、エドワード」
大隊長の腕の中で犬が言う。顔ではなく、腹に入れられたが、総裁はうずくまっていた。
「今度から覚悟しておくよ」
トマスはとがめようかと思ったが犬とフィリッパが制していた。
「あ、忘れてた、情報部から、あるパーティに潜りこんでくれって言われてたんだ。誰か、女性いないかな」
大隊長が言い出した。トマスが何かに気づいた。
「参謀長が言ってた事か」
「副官様、それがさー、総裁様がやらかしたあのドテカボチャ関係なんだよ、偶然、まー偶然じゃないと思うけどさ」
飛行大隊長が言う。
「えっ、なら私が」
「副官様はダメ。バカ目立ちするからさ」
「まさか」
「正装しないとあかんのよ、正式の晩餐会と舞踏会だから」
「う」
トマスの正装は第二礼装でも派手だった。
「将官の礼装忘れたん」
「マントに羽根飾りに重たいくらいの金モール…」
「マント省略できないんだろ、将官は。あれずるずる引きずって立ち居振る舞い…」
「とっさに外れないんだった…アレ」
トマスが言う。
「明日までに外れるように直せる自信あるかな、副官様」
「ない…ですね…仕方ありません」
「あとはパートナーか、父ちゃんからの連絡でアドルファスのお嬢様を接待するって手はずは整えたけど」
「来ていたのか、あそこの令嬢」
「総裁様よ」
「なんだ」
「美容師手配するから化けてくれ、こちらのマダムと同じくらいの淑やかなレディに」
大隊長がフィリッパを示していた。
「……おまっ」
「変身機能使えるといいんですけどねえ…」
トマスの言葉に総裁が反論した。
「人を都合よく切り替えるなよ」
「いっぺーばーさま忙しいのよね、ごめんなさいね」
フィリッパの言葉にくすっと大隊長が笑った。
「ネヴィルのじーさまに奥さん貸してと言ったら耳真っ赤にして断られた」
「あら、白薔薇亭の料理長そう呼んでるの」
「うん、料理長夫人もばーさまって。そうしないとべそべそ始めるんだもん」
「え」
「実際、あの奥様に育てられたよーなもんだし…かーちゃんのそばにいたもん、修道院よりミドラムの城かな」
「かーちゃんはダメなの」
「つい、母ちゃんって呼びそーになるからね」
「あらら」
「化けるにしてもドレスか…」
そんなところにあの少年が降りてきた。ガウン姿だった。
「ディッコン、美容師はやめておいて。父様から知り合いの奥様借りた。秘密護るためにも」
「まさか」
「うん、製本作家の奥方でアクション女優の」
「げーーーー」
「あー、総裁の元奥さん」
「苦手なんだよ」
「わかってますが、あの方なら」
トマスが苦笑しながら言う。
「リッチー君」
「軍事機密のためですよ、それとも変身機能作動できますか」
少年の切り替えしに一瞬絶句する。
「君まで…」
「作動出来る事を祈るよ」
「…」
トマスが唖然とした顔をしていた。
「あと二十分ほどでこちらに着くって。ドレス含めて」
「え」
「姉様のドレスだから縫い縮める必要あるけどね」

変身機能は作動した…。そして。

「アルデモード夫人はこう見事な曲線があるんだけどね」
手で三次曲線をあの火蓮夫人ことジョアンが描きながら言った。
「何が言いたい、ジョアン」
「筒形ペンケースみたいな体形にでこぼこつけるの大変だわね」
「つ、筒形…でこぼこ…」
なんじゃそれ。総裁はそう思った。その様子にぶっと吹きだす人たちがいた。たしかに貧弱だ、総裁様。
「伸縮素材のブラウスにしておいたわ。ペチコートは縫い直し頼んだし…」
テーブルの上にアクセサリーが並んでいる。額飾り、イヤリング、首飾り、腕輪、アンクレット。
「腕輪にしては大きいな」
「足首にはめるのよ、それ」
「いったい何なんだ」
「インドの民族衣装よ、結構優雅よ」
「仕立て直す必要…」
「布巻きつけるだけだからいらないのよ」
「え」
「これよ」
赤い正絹の生地。ぼかし染めと織の手の込んだ布地。長さは5メートル以上はある。布の端には金糸が織り込まれ、片端にはタッセルに似た繊維で作られた小さな飾りが数知れず付けられていた。バッルと呼ばれる端は金糸が織り込まれた上に刺繍が施されてあった。布幅は1メートル20センチ以上はある。アンがペチコートを持ってきた。
「ずいぶん縫い縮めたわ、これ」
「お疲れ様、着替えてみましょう、部屋に行きましょ」
二階の客室へと三人は移動した。
「そんなに貧弱かなあ、これ」
シャツの襟ぐりから自分の胸を覗いて総裁は言う。
「この衣装はメリハリあったほうが似合うのよ、詰め物でもしようかしらね」
「でも、その前にグロスターの」
「あー彼なら心配いらないわよ、いざとなったらいくらでも化けるから」
「え」
「白薔薇亭の奥様達が何もしてないと思ったの」
「じゃあ…」
「詰め物、ポプリのでも使おうかしらね、下手な香水より上品だし…」
「ジョアン…」
「まあ、試してみましょ、詰め物つきで」
「オイ…」


「あの、ちょっとよろしいですか」
「なあに、ウォリック伯爵」
「殿下ってもっとささやかだった気がするのですが」
「胸ね、半分イミテーションよ」
あっさり言うなよ、そんなこと。
「アクセサリーすごいですね」
「額飾りに手の甲にもあるし、指輪もしているし、ネックレスは少なくとも三種類はあるわね」
「イミテーションですか」
トマスが聞いた。
「まっさか、宝飾店からアルデモード夫人が借りてきたわよ、チェーンとか留め金は全部二四金か一八金で宝石は全部天然」
「いくらするんだ」
総裁が聞いた。見事な細工だ。東洋の細工師は器用だ。
「買えば全部で億単位よ、アドルファスの令嬢がイミテーションなんかつけられる訳ないでしょ」
「もしかして…またあの名前」
「そう、ホントは犬の」
「いつかバレるんじゃないかな」
「そこはギルちゃんがうまくしてくれるわよ」
「なんか、このネックレスのルビーかな、これあれと同じくらいな」
「ルビー全部であのナヘラのやつの二倍くらいかしらね。ピジョンルビーはイヤリングについてるわよ」
「ピジョンって」
「ハトの血の色のルビー。最高級品って言われてるの」
「恐ろしいな」
「あなたが元王子様でよかったわ、普通の神経じゃこんな宝石身に着けていられないもの」
「あーそーかい」
「優雅にふるまってね、わかってると思うけど」
「どういう意味だか」
「化粧、工夫しましょう、その口紅、衣装に負けるわね、やはり」
「まだ何かするのかー」
「お嬢様ですもの」
「けっ」
「何かおっしゃいまして」
昔、夫婦喧嘩の口火になった物言いがジョアンからやってきていた。
「あ…」
手伝っていたアン・ネヴィルが笑っていた。
「うふ、うちは何だったかしら、よく刺繍枠でぶっ飛ばしたけど」
「は」
「リチャード三世を愛した女というより刺繍枠でぶん殴っていた女だったわよ」
「リッチー君の趣味がわからない」
総裁が真面目な顔して言った。
「僕はアンならなんでもいいの」
「…すごいね」
「うふふふ、ねーアン、ところでディッコンの用意は大丈夫なの」
そこに噂の彼が入ってきた。宇宙軍上等佐官の第二礼装を着ていた。礼服中央の切替しはなく、肩から胸にかけて刺繍が施されている。第二礼服もまた色は白だ。将官のものと違ってモールも抑え気味。マントはつけるのが正式だが、彼は手に持っていた。手袋や靴も白。いくらか模様が入っていた。
「帽子はないんだっけ、第二は」
「いや、あるけどさー、ベレー風だから」
「そうだっけ」
「羽根飾りてんこ盛りは総裁様だけだよ」
「あ、そうか」
一際豪華で派手。そもそも第五代目の宇宙軍総裁は女性と見越してデザインを一新したら、男性に突如変更になったため、派手さが違っていた。ワルキューレをイメージしてデザインされたため、羽根が使用されている。総裁・将官のみ本物の駝鳥などの羽根を使っているが、佐官以下はイミテーションであった。
「それならブリッジにいてもおかしくはないな」
「ま、そういう目的もあるんじゃねえの、これ」
相変わらずの強い訛り。
「いいけどさー恰好のわりに男言葉はやめてくんね、お嬢様」
「君こそ」
「ところで総裁様、ドテカボチャの名前、口にしないねえ」
「するもんか、腹立たしい」
「そりゃねえ…」
ちらっと飛行大隊長がトマスを見た。
「言語違いの表記ゆれだけど…」
「ボーシャンだっけ、あいつの苗字」
「言うな、気分が悪い」
「私はどうでもいいですけど」
トマスがそう言った。
「フランスに残ったものとイングランドに渡ったものと二通りに別れたらしいんですけどね、私の時でもう世代がいくつも経過してましたから」
続けて言う。
「つまり、フランスに残った同族って事かー」
「その末裔か何かでしょう」
「おまえと同族というのが気に障る」
「それ顔に出さないでくださいよ、お嬢様。時間になったら、出かけますよ、近くのマナーハウスだそうです」
言葉を改めると貴公子ぽくなる彼に驚く。
「晩餐会と懇親会か…」
「それで、いっぺーじーさま」
「お前また何か考えたな」
犬がちまちまっと彼の元にやって来て言う。
「懇親会の時、紛れ込んでくれねーかな」
「いいぞ、承知した、誤魔化し方はお前に任せる」
「ち、父上」
にこやかにフィリッパが微笑んでいた。
「何を慌てているの、エドワード」
「父上が」
「大丈夫よ、陛下なら」
「え」
内心、この夫婦嫌いだ、と思っちゃっていいですか、と総裁は毒づいていた。

懇親会が最初であった。いつもならつなげないのだが、この時ばかりは首輪とリードを付けている。屋敷に入った途端、犬は何も言わなくなった。
「室内犬なら外しても結構ですよ」
そう伝言があり、彼はリードを外した。その際、小声で囁いておいた。
「いっべーじーさま、勘で接触してくんね」
「おー」
犬はとことこと去って行く。勘で動いているのは承知の上だ。
「大丈夫かな」
「まかせておこ、さっ、行きますよ、お嬢様」
エスコートしてダンスホールに彼、飛行大隊長は入って行った。クローク係にマントと帽子を預けた。ワルツの曲が流れていた。
「踊るのか」
「当然」
華やかなワルツの曲。
「目星はつけてある、じーさまが接触する。俺たちは出来るだけ目立つようにする」
「なるほどな…」
「いい情報も手に入る」
「おまえ…」
「あっちが接触してきたんだよ、利用しない手はないだろ」
「わかった、私もやってみよう」
「特にご婦人方をよろしく。あの映画スターも来ているけど」
ちらっと見せると華やかなドレスを身にまとい、この間共演したという男優と話し込んでいた。その男優の隣には小柄な男がいた。
「あれは」
「ダンジューロー…」
「彼にも接触していたのか」
「まあ、あの御方はスルーしとこ」
「ただの役者、ということで」
「そうそう」
ダンスが終わるとあの映画スターがやってきた。
「飛行大隊長さんが来るなんて思わなかったわ。どういう風の吹き回しかしら」
「アドルファスのお嬢様の接待ですよ、マダム」
「ラッセルさんにもお話聞いてますけど…本家の御方から、これを」
そっと彼女は総裁に握らせた。
「これ」
「後で。ここではだめよ」
「ありがとう、マダム」
小さなメモだった。部屋の片隅で開いてみたが、でたらめなアルファベットが並べてあるだけだった。
「意味がわからん」
とりあえず、飛行大隊長が懐にしまった。
「父ちゃんの出番だな」
「…なるほど、そういうことか」
「ん、多分」
そして、振り向くとあの例のドテカボチャが歩み寄って来ていた。
「宇宙軍エースパイロット殿にプレゼントです。どうぞお受け取り下さい」
差し出された小箱は丁寧にラッピングされていた。
「これはどうも。ですが…」
「お祝いのしるしですよ、大佐殿」
「では、ありがたく頂戴します」
受け取る。恐らくは宝飾品だろう。彼は即座に立ち去っていた。
「おい」
総裁がつついた。
「どんなつもりか探る必要はあるけどな」
飛行大隊長はそう言った。箱を振っても何も音は聞こえない。
「ご丁寧な事だよな」
「おまえ…」
晩餐会で他愛のない話をする彼は別人のようだった。よくも化けるものだ、と内心で総裁は溜息をつく。貴公子然とした振舞い。あの言動からは考えもつかない。教養なんかない、と言うが、基礎的なものはきちんと身に着けている。恐らくはあの白薔薇亭の第二料理長が何かしたのに違いない。非嫡出の、側室の子でありながら、実子同様に彼女は彼を扱っている。同じ様に教育も受けさせたのだろう。ラテン語もノルマンフレンチも卒なくこなし、中世のダンスも出来ることだろう。晩餐会が終わると二人は会場を後にした。ちらっと見るとあの役者と火蓮夫人、元の名をジョアンがドテカボチャと談笑していた。

玄関スロープを出るとトマスが運転する自家用車が止まっていた。その車にはもうあの犬が乗り込んでいた。
「どうぞ」
ドアが開く。総裁を乗り込ませてから飛行大隊長も乗り込んだ。ドアを閉ざし、車、実際はフロートシステム使用のリムジンは音もなく、そのマナーハウスの敷地から出て行った。
「さて」
飛行大隊長はかの箱の包装をかなり乱暴に開き、備え付けのデータ解析用のタブレットの上に乗せた。
「解析開始」
タブレットから聞こえる音声。
「純金と酸化アルミニウムの赤色結晶、カラットはおよそ百七十カラット、カット方式は中世後期の様式」
「盗聴器などの機器は」
「ありません」
箱を開いた。
「やってくれるな、ドテカボチャ」
「このカットは」
「ブラックプリンスのルビーと同じカットでしかも本物使ってきやがった、スピネルじゃなくて本物のルビー、こんな真っ赤なのは滅多にねえな」
「おまえ」
「父ちゃんと俺に対して総裁様はどっかわだかまりあるだろ、それをつついてきやがった」
「どうするつもりだ」
「これ、礼服の飾りに丁度いいな」
「使う気か」
「見ろよ、輝く太陽、イノシシ、それに白薔薇の彫金加工がされてら。裏には父ちゃんの即位後の紋章入りだぜ」
「くそかぼちゃだな、まったく」
「億単位するだろな、こいつ」
「おまえ…いいだろう、君が身に着けたまえ。奴がその気ならそうさせてもらう」
「いいのかよ、不仲ぶちまけるみたいだぞ」
飛行大隊長がそう言った。トマスが苦笑した。
「それも手ですよ、グロスター公子殿」
「父ちゃんに聞いてみるわ、おいらじゃ判断つかねえや」
「多分、反対なさらないでしょう、三世陛下は」
「次は私の番だな」
ペッと犬は小さなビットを吐き出した。それをタブレットの上に載せる。
「解析についてはおって各自のタブレットにお知らせします」
「情報過多と言うことか」
「奴の勢力範囲は思ったより広いぞ、エドワード」
犬はそう言った。
「父上」
「心してかかれ。類が及んでは不味い人間もいる。奴のやり口を知らない人間も多かったぞ」
「一筋縄ではいかないようですね」
「政治家・事業家・投資家・それに芸能関係者とつながっていたな」
「目的はなんだろう」
「宇宙軍の解体じゃね、カボチャ野郎の鉱山出身のテロリストやけに多いぜ」
大隊長が言う。
「交戦してみた時、伝授した通信にその鉱山独特の癖があったぜ、口の利き方にさ」
「ふーん、そういうことか」
「奴の粉がかかっていると思っても大差はないだろうな」
白薔薇亭の玄関が近づいた。トマスが操るリムジンは宇宙軍専門のもので、接触するものはいなかった。
「宇宙軍関係には出来るだけタッチしないってか」
大隊長は言う。手にはあの箱。
「明日になったら父ちゃん交えて相談してみよーぜ、あのおっさんもこき使えるしよ」
「おまえ、ほんっとに遠慮ないのな」
総裁が溜息ついてぼやいた。
「とにかく入って休もうぜ、疲れた、化けていると」
「それはわかる」
白薔薇亭に入り込み、いつもの部屋に案内され、やっとサリーとアクセサリーを取り去った。へそ出しのチョリと呼ばれるブラウスとペチコート姿。
「これは失礼」
トマスがそう言った。
「先に入浴する、悪いな、付き合わせて」
「いいえ」
「アクセサリーな、本物だから扱いよろしく」
「あ、はい」
そこにあの少年がやってきた。
「預かっていたケース、ここに置くね、トマス殿」
テーブルの上にアクセサリーのケースを置く。
「解析はどうでしたか、三世陛下」
「アドルファスの本家から来た投資家についてはそっちが叩くってギルバート君から連絡があったよ。軍事の方は今、宇宙軍の情報部に転送しておいた」
「ありがとうございます」
「それで、殿下は僕にも出動要請したけど、やはりこれ以上は出来ないって母様の判断で」
「やはり、無理でしたか」
「今、大学で研究中の、僕をベースに作り上げた人工頭脳を提供しようと思うんだけど…」
総裁がガウンを羽織って出てきた。
「タブレットで使うのか、その人工頭脳」
「科学関係の長に申し出ていますが、メインコンピューターに組み込めるように調整中です」
「まあ、いいだろう、宇宙空間で君を使いたいと思っても、出来ない事情が多すぎる」
微苦笑を浮かべる少年。
「立体映像に僕の姿を投影しました。マシンからの声だけでは人の心は…」
「君…」
「遠慮なくこき使ってください。あれならば、疲れませんし、病気にもなりませんし、スイッチを切らなければ寝ませんし」
「割り切らなければならんか…」
総裁はそうつぶやくと、天井を仰いだ。宇宙は遠く、遥かで広大だ。
「お願いしますね」
少年はそう言った。礼服を着こんでいた。白くまぶしい礼服。宇宙軍の通常軍服を彼は持っていない。
「では、僕はこれで失礼します」
あてがわれた部屋へ彼は戻っていく。
「トマス」
「いい考えかもしれませんが、私は賛成しかねます」
「なぜ」
「三世陛下の場所を残したいからですよ」
「それは、言えるな…」