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かぼちゃ・3
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「あの惑星の状況はどうなっている、相当悪化しているだろう」
「おかしいですね、ここまで惑星の警備隊や警察組織が弱体化するとは信じられません」
「何かあるな。代表とコンタクト取れるか、救援するにしても…」
「副代表ならこちら来ていますよ、月の基地で待機中です」
トマスがタブレットを見ながらそう報告してきた。
「まずはそこに行く。君たちは…艦隊丸ごと、出発しておいてくれ。旗艦艦隊は少し間を置くが、惑星には向かう」
白薔薇亭のオーナー、料理長にそう告げた。
「科学研究所の船も同行するとゴドレイ副官から連絡がありましたよ、特殊主砲だけは何があっても残したいそうです」
「ぽこちゃんなー…」
「誰ですか、そんな変な名前つけたのは」
「ブリッジに以前来た、天文物理学の学者。日系の人で、大遅刻のぽんこつちゃんと呼んでたらしい。それ略してぽこちゃん、とか」
「あー…、あれ、ですか」
「トマス…」
「使っちゃったんですよねー私が」
「気にしているのか」
「気にしますよ、あれは…両刃の剣です。二度と使うべきではありません」
支度をしながらトマスが言う。テーブルの上の青い薔薇が描かれた染付の瓶を総裁は手にした。
「これ、もっていこう」
「飲んじゃだめですよ」
「仕事中は飲まないよ」
二百年物泡盛。古酒中の古酒。瓶を揺らすと半分ほどしか入ってないような音がした。
「戻ったら満杯にしてもらおう」
「そうですね」
荷物をまとめる。白薔薇亭の中もそんな音が響いていた。
「いつもの作戦と違うから私物はなるべく少なめに、特に旗艦艦隊の諸君は」
タブレットで指示する。
「トランクにいつでも詰めて持ち運び簡素に、な」
その指示に眉を顰める者はいなかった。作戦内容が全て全兵士に届いていた。
「用意出来次第、出立、旗艦が遅れても構わず出航するように」
荷物片手に二人は白薔薇亭から出ていき、旗艦へ飛び立つべく用意された機体に乗り込んでいった。
「さて、俺たちは地下から直に転送だ」
オーナーがそう言った。
「作戦内容聞いてるのか」
料理長の言葉に白薔薇亭オーナーは首を振った。予備役にはわざと一部しか伝えていない。
「聞くな、という指示だ」
「なるほどな」
「芝居がへたくそだから、とか」
「他に意図があるだろーが、従っておくか」
女性たちはみなパンツスーツに着替えていた。
「もっとカジュアルにした方がいいかしらね」
ベシーがそう言った。
「まあ、スカートは最適とは言えんな」
「私とベシーにはパイロットの任務があるって命令書来ているの、お父様」
「配置は」
「ヨーク艦隊のままよ。戦闘機と偵察、それに補給機体に乗り換えられるよう用意という内容」
「俺とこいつには艦隊指揮かよ」
「頑張ってね、お二人さん」
アン、娘の方が笑った。料理長夫人は通信関係を担当するらしい。
「ディッコン君が気がかりだわ」
夫人はそう言った。
「お母様」
「かき回すのよねー、あの子」
「それが殿下には必要らしいのよ」
「そこが解るから、気がかりなのよ。まあ、いいわ。あの子の跳ねかえりは今に始まったことじゃないし」
「いい子よ、そうじゃない、お母様」
「まあね、私の孫にしちゃ上出来だわ」
「あ、そういう事…」
実の孫ではないが、娘にとっては実子も同然の子供。
「ジョン君もキャシーも元気かしら。ここのところ寄ってないんだけど」
「お母様、いつの間に―」
「うふふ、町に行った時、ついでにね。ネッドは経理担当のせいか、店には出てないので、もっぱら二人にばかりだけど」
「ずるいわー、私も二人には会いたかったのに」
「なんだかな」
オーナーはその会話に変な顔をした。
「血縁関係ないのに、それ」
「「あらあ、二人ともかわいいのよー」」
母と娘が声を合わせてそう言った。
「だって…」
「リシィ君、嘘つけないんだもんねー。女関係」
ころころとウォリック伯爵夫人が笑った。
「それに、あの子たちの母ってディッコン君のお産で死んじゃったの。それをまた、馬鹿正直にアンに言うのよ、リシィ君ったら」
「はあ…」
信じられない、と白薔薇亭のオーナーは溜息をつく。
「まあ、心配しても仕方ないわ、出ましょう」
料理長夫人はそう言った。それに穏やかに料理長が頷いた。地下の転送装置を使って彼らは出立していった。
「さて、ヨークの連中も着いたな、科学庁の長官を…って副官が来たか」
「体のいいお使い小僧ですよ、総裁閣下」
エドワード・ゴドレイという青年。
「ぽこちゃんを、な…取り外し可能にしておいてくれ。それと発射偽造可能にも」
「その名前何とかなりませんか」
「正式名称だぞ」
「まあ、いいでしょう、製造番号で言うともっとややこしくなりますからね、父上の処理能力では」
「最後の一言はいらんわ、エドワード」
前世界では親子だったが、子の方には記憶がほとんどないに等しい。
「発射偽造は私が担当します。それから、大学からの人工頭脳は総裁専門ですので、運用も全てあなたの責任としてあります。承知しておいてくださいね」
「げ、あれを、か」
「使いこなしてください。それが製造者の望みです」
「わかった」
「こちらの準備整いましたら、改めて連絡いたします。総裁閣下」
この青年は「殿下」とは呼ばない。前世界に引き込まれたくはないのだろう。薄っすらとある記憶。
「やはり、どうあっても、父上は父上ですね」
そう言うと彼は去って行った。成人したらどんな男になるだろうかと夢みたことはあった。が、今の彼は予想外だ。
「まったく科学者然としやがって」
「殿下…」
扉が開いた。ある人物がいた。
「またそんな恰好をして」
「この恰好なら殿下は徴兵はなさらないでしょう」
「そうだけどね」
赤紫を基調としたリボンとフリルが所せましと付けられたドレス。ヘッドドレスにもリボンとフリル。肩に届く上は緩くウエーブがかかっているが、この人物の地毛ではない。腕には白いイノシシのぬいぐるみを抱えていた。
「それ」
「僕の紋章のイノシシです。母様が養子に迎えた記念に作ってくださいました、お忘れですか」
「リッチー君、あれはどういうつもりだ」
「僕の代わりです。存分にどうぞ。あれなら母様も嫌な顔はしません」
「で、なんの用で」
「お見送りです。殿下」
少女に見える人物。
「遊びにつきあってくれ。いいね」
「はい」
「では…」
総裁はその人物に向かって跪いた。
「また僕に陛下を使うつもりなんですね」
「そうだよ」
小さな手をとり、キスする。
「お見送り感謝いたします、リチャード三世陛下。お言葉を賜りたく願います」
「もー…無事に帰ってきてください。宇宙軍の御方、全ての者に対して、です」
「承知いたしました、陛下」
「犠牲がもしもあった場合は個人的にあなたに処罰を下します」
「了解しました、陛下」
「これを」
小さな黒いステック状の品物。白いイノシシのぬいぐるみから取り出した。
「あの人工頭脳が搭載されているメモリービットです。戦闘機などで使用する場合、タブレットでは大きすぎますから」
「これ、届けに来たのか」
「それもあります」
「ゴドレイ君にお願いしたら、自身で届けるよう言われちゃいました」
「あいつめ…」
「これの第一命令を伝えておきます。殿下の命を第一に行動するように。そのためには多少の命令違反も無視するようプログラミングしました。人間の様に思われる反応についてはここに移民する直前の僕自身の神経反応を使用してあります。積み重なった検索システムは総合大学および宇宙軍科学庁のデータベースを使用してあります。それからもう一つ、宇宙軍すべての艦船、戦闘機、ミサイルなどの制御もこの人工頭脳配下に置くことも可能ですが、それは殿下と宇宙軍兵士の身の上に危険が迫った時でなくば発動いたしません」
「なんかすごいこと聞いた気がするが…」
「通常任務の場合は気にしないでください。では、渡しましたよ、僕は失礼します」
女の子の服を着ているせいか、片足を引いて腰を低くした。カーティシーと呼ばれる貴人相手の婦人の挨拶。嫌味なくらい優雅にやってのけた。
「いやな予感」
苦笑してその人物は去って行った。専用の機体でやってきたらしい。
「さて、と。ドテカボチャはどう出るかな」
「楽しそうですね…」
「やってやろーじゃないか、人にあれだけ証拠つかまれても、のらりくらりかわしやがって」
「殿下…」
「政治はわからないもんだ、奴は政治家としては能力がありすぎる。煙たいのなら、しばらく消えてやるさ」
「どこでどーやったらこんなことになるんでしょう…」
「トマス」
「私は構いませんが、くれぐれも御身大切に願いますよ」
「これが、何かしそう…」
先ほど受け取った人工頭脳のメモリービット。ふわりと人形サイズの人物のホログラフィが浮かび上がった。
「ここに到着して艦隊、戦闘機などのシステムの探索終了しました。全てコントロールできますが、今は各自にお任せしてあります。ですが」
「ですが、とは」
「総裁専用の戦闘機のコントロールシステムは私の判断で、決定いたします。戦闘機だけは総裁の生命維持に一番関わりますので。応急手当システム、組み込みました。それは副官殿も含みます」
「やっぱり、嫌な予感」
それは後々当たる事にはなる。
「リシィって呼ばれているよな、リッチー君は」
「ええ」
「決めた、あれの名前。リシィ少佐だ」
惑星からの救助信号が鳴り続ける。
「食糧と仮設住宅の総数確認、場合によっては戦艦に地域ごと避難可能なように用意、緊急性の分類わけは明確に、いいな」
指示を出す。
「惑星の行政府には構うな、住民の声だけ拾え。どうせドテカボチャ配下だ、ところで、惑星出身者が宇宙軍にはどれだけ在籍しているんだ、トマス」
「幹部に数人在籍者がいますよ」
「彼らを呼んでくれ。家族から連絡が来ているはずだ」
「はい」
ブリッジには飛行大隊長が狆を抱きかかえたまま、床に座り込んでいた。先ほどまで熱心に三線を鳴らしていた。
「飽きたのか」
声をかけてみた。
「酒造会社の社長に教わった島唄やってたんだけど、難しくてよ…恨み節に聞こえないだろ」
「え」
「年貢取られて悔しい、少しはまけてくんねえかなって歌だよ、てっとり早く言うと」
「そっか…おまえ、庶民だったんだよな…」
「草の根齧ったこともねーやつにはわかんねえよ」
狆をそっと置く。三線に手を伸ばす。
「なんでも歌にするって言ってたなー」
「そうか」
「総裁様よー、ヌチドウタカラ、って聞いたことある」
「ある…」
「出撃はいつになりそうだよ」
「わからんな、奴らの出方次第だ。それまではその三線、聞いてるさ」
「一曲しか知らねえんだよ」
「そうか」
とても悔しさをにじませた歌とは思えない東洋の南国の独特の調べ。
「チェシャーかコンウォールにいたら、お前は私を殴りたいだろうな」
「多分ね」
さらっと言ってのける男。
「そうさせたのは私だ」
狆が言った。
「知ってる、それが王様ってやつだからな」
飛行大隊長はそう言って、弦の音を収めた。
「失礼します」
やって来た男女数人。
「あまりプライベートなことは聞きたくはないんだが、親御さん、親戚の暮らしぶりはどうなんだ、救援信号は政府絡みか、それとも」
「住民代表からです。行政府からではなく、いうなれば町内会長から出ていると思ってくださって構いません」
「反政府組織を援護することになりそうだな」
「殿下」
「政府がクソなら仕方あるまい。そちらの代表とコンタクトは取れるか、情報部に指示を入れろ」
「私がします」
旗艦艦隊のある艦船に所属している将校が前に進み出て進言した。
「親戚が反政府組織にいるんですよ、おかげで監視付きです」
「よかろう。監視を外せ。トマス、その監視を幽閉しておけ」
「殿下」
「政府の手先だろ、構うな」
「わかりました、拘束します。確かこのブリッジ外にいるはずですから」
示すと下士官が一礼して外に出て行った。
「政府関係者も見つけ次第、放り出せ」
ブリッジにいる兵士らはとっくに把握済だった。
「殿様」
通信の長を呼ぶ。
「殿下」
「宇宙軍外の通信を全て遮断。作戦終了まで個人通信も遠慮するよう指示」
「はい」
「さて。派手に行きますか。全軍に向けての回線オープン」
「はい」
「作戦を決行する。旗艦艦隊所属の艦船は全て自動運転に切り替えろ。補給部隊、予備役艦隊に告げる。旗艦艦隊人員全て収容し、この場から離脱。旗艦は遅れる。承知しておいてほしい。以上だ」
回線を一度切り、総裁は犬とじゃれていた飛行大隊長に視線をやった。
「派手にやってこい、大佐」
「人的被害は抑えて、かな」
「ある程度は構わん」
その言葉を聞いて大隊長は立ち上がった。
「よっしゃ。さて行くか」
ラヴェル艦長が一言、声をかけた。
「ディッコン、気を付けて」
「あいな、おっちゃん」
「ちょっと待て、抱き着くな、重たいっっ」
いつものように背中になつく大隊長に艦長は文句を言った。これも、いつも通りだった。ほほえましい光景を見送る。
「この惑星は…航路は一本しかないらしいな」
「痕跡はありますが…使えませんね。こちらを引き込むためでしょうか」
航海技師が告げた。
「食糧・物資輸送路まで断つとは、理解できんな」
「狙いは殿下なのはお分かり…」
「だから、派手にぶちかますんだよ、トマス」
航路を進むと案の定、惑星の守備隊の艦船が出迎えていた。歓迎の意味はもちろん、皆無。敵意なら存在しているありさまだ。
「あの、ドテカボチャやろー‥」
「出ますか」
「よし、全員退避準備。飛行大隊は全員戦闘機に搭乗、予備機は自動操縦システム作動、ラヴェル艦長」
「はい」
「愛着があろーが、艦長責務があろうが、船と運命を共にするは許さん。ぎりぎりまでの滞在は許可する。通信部、偵察機に移動。航行、砲撃関係・生活一般関係者、用意してあった艦船に移動するように。準備整った部署は私の指示を仰ぐまでもない、旗艦艦隊から直ちに離脱せよ」
「殿下」
「私とトマスは戦闘機で出る。この船を捨てる。この意味、わかるよな、諸君」
「通信来たか…旗艦艦隊捨てるとは、やるなあ」
料理長がぼやく。
「あのさ」
「慌てろよ、いとこの王さん」
「どういうことだよ、これはっっっ」
「そうそう、その調子」
「この作戦、まさかと思うけど、リシィは」
「知ってるだろうな」
「おいぃぃぃぃっっっっ」
「慌てていろ、それが殿下の意図だ」
「まさか…」
「逃げこんできた旗艦艦隊の兵士ら受け入れにすげー戸惑ってろ。それが狙いだ」
「疲れる…」
「気にするな。終わったらうまいもの食わせてやるぞ、いとこ殿」
「そんなことじゃないーーーっっっ」
「しっかりしてよ、お父様。救難補助に私達出るわよ」
ぎぎぎと首を振り向かせる白薔薇亭オーナー。
「おまえら」
「出るわね、義兄様」
二人の女性が出ていく。パイロットスーツを着込んで、ヘルメット片手にしている。
「このバカの事は任せておけ、存分にな、王后陛下」
「「了解」」
義理の叔母と姪が声を合わせてそう返事した。
「よし、ほら、腑抜けてないで、命令しろい、クソ艦長」
「わかった、出来うる限り旗艦艦隊の兵士らを収容。補給艦船使ってもかまわん。追加応援艦船到着次第、幹部以外、月基地に転送」
「ほれほれ、その調子」
「敵艦船より攻撃開始、か。迎撃態勢をとれ。当艦隊の飛行部隊、全機発進スタンバイ」
地球からの通信が入った。
「夫人」
「マゼンタを送ったわ、幹部は引き受けてよ、オーナーさん」
アルデモード夫人が人を食ったような笑顔を浮かべた。
「怖いな…了解」
「特に殿下をよろしく。いい、消息不明に見せかけるの、シラを切ってよ、艦長さん」
「了解した、あなたまで…」
「後で説明するわ、じゃあね」
ふっと消えた赤毛の美女。溜息一つ、白薔薇亭のオーナーはついた。
「どいつもこいつも…」
「意外と立ち直り早かったな、いとこ殿」
「うっせー」
転送装置が動いた。振り返ると白い礼服を着たリチャード・リースが立っていた。
「通信システムも使うけど、例の人工頭脳の補佐に来たんだけど、兄上、よろしくね」
「体は大丈夫なのか」
「三日くらいならレイモンが許可出したよ、常備薬を必ず服用することが条件」
「わかった、お前の存在は助かる」
「始まってるね」
「旗艦艦隊の動き、おまえ見ていてくれ、リシィ」
「わかった、兄上」
細く小さな手が機械を操作する。立体映像が宙に浮かぶ。
「旗艦確認。何、あれ…まさか」
「どうした」
「特殊主砲、切り離した…。なるほどね、あれの開発費はバカになんないか」
「あれはさー」
「切り離した後でも最近の設計では独自に発射できるけど、エネルギーフル回転の三割以下のレベルだけど、艦隊を壊滅は出来る。けど…」
「なんだ」
「エネルギー反応が見られない。つまり、発射は不可能。エネルギー供給すれば話は別だけど…その指示は出てない」
「あの主砲まで引き受けるんじゃなかろーな」
「さあね。でも運搬にはヨークが耐えられない」
「おまえ、どこからそういう情報得ているんだよ」
「人工頭脳のモニタリングしてるもん、簡単だよ」
「恐ろしいクソガキ」
「それより、攻撃始まったよ、飛行大隊が交戦してる」
モニターに光がはじける。
「多少の犠牲は…敵味方双方に出ると思う。補給部隊急がせて、兄上。被弾した戦闘機はヨーク艦隊に収容準備」
「なんかやな予感」
「外れてほしいけどね、兄上のその予感」
だが、戦闘で王位を獲得したヨーク家の長男の感覚は独自のものを持っていた。
戦闘機内。
「いっぺーじーさま、弁当箱に入っててくれ。その体じゃもたねえ」
「そこに入ってもコ・パイは出来るんだろーな」
「出来る。モニターもついてる」
通称・弁当箱。耐Gシステムも副操縦士としての機材も搭載された小さなケース状の物体。最初は食糧を搭載するものだったが、飛行大隊長は改良を加えて一見愛犬に見える「狆」のために自分の愛機に組み込んでいた。
「よし、感度良好、存分に行け」
入った途端、一見愛犬に見えるものはそう答えていた。
「総裁様のもすんげ飛び方してるぜ」
「ありゃあいつの腕じゃないだろう」
「…人工頭脳様か」
「おそらくはな」
「お聞きします、げろまみれと死ぬのとどちらがよろしいですか、マスター」
効かなくなった操縦桿、あらゆるレバー、ボタン類、フットペダルに総裁は焦りを覚えた。
「これがリシィ少佐の制御ですか」
副操縦士席にいたトマスが言う。
「そうらしいな、私はまだ死にたくない」
「了解」
冷徹な少年の声がした。げーーーーー。普通の人間には耐えられないのではないかと思うほどの負荷がかかった。今日の食事全てが吐き戻るほどの気持ち悪さがある。
「おぼえてろおおお、クソドテカボチャーーーーーっっっ」
おぇぇぇぇと言う奇妙な音がする。
「殿下、ご無事ですかっっ」
トマスは必死に声をかけていた。副操縦士のコクピットは操縦士のものより別位置にあり、すさまじい重力の衝撃は受けていない。複座の場合、設計ポリシーに搭乗員の生命維持がある。そのため、衝撃については別個の設計がなされていた。それを人工頭脳は理解しきっている。そのため、かなり無茶な操縦をしていると言えた。
「ありゃいいな、こっちもやるぞ、いっぺーじーさま、俺が気絶しちまったら、よろしくたのまー」
「わかってる、小僧」
飛行大隊長とその副操縦士の会話がトマスの耳にも届いていた。
「なんか…やな予感、あたってしまったな…」
ぼそりとトマスはつぶやく。トマスは冷静な判断が出来た。衝撃はさほど受けていない。ただし、主操縦席に座ってしまった総裁にはすさまじい衝撃があった。
「引きます、ヨークに着艦、操縦お返しします、マスター、マスター…」
「リシィ少佐、代わりに返事します、コントロール受け取ります、整備士を呼び出してください」
「了解しました、副官殿」
目を回し、ダウン寸前の総裁。
「ついでに医療班呼び出してください、めまい止めの薬用意と…パイロットスーツおよび総裁自身も洗浄願います」
「了解…」
やれやれと溜息ついてトマスは指示を出した。
「宇宙軍艦船・戦闘機・等回避行動制御、受けます、負傷者の数確認、死者はありません」
リシィ少佐と呼ばれる人工頭脳の言葉。
「総裁は今のところ、行動不能のため、副官の私が命じます」
モニターの中で旗艦艦隊が次々と沈没していく。最後に旗艦が大爆発をした。
「これが狙い…、旗艦艦隊の兵士らは消息不明と発表、以上」
トマスはパイロットスーツを脱ぎ、自分の荷物、退避用ケースを開けた。その中には日常品が詰め込まれてあった。
「そういえば、殿下…まあ考えない方がいいか。あの御方は」
「くそおーあの…」
「殿下、いい加減何か着てください」
トマスが溜息をついた。ベッドでうごめいている人物は洗浄…風呂から出てきたままであった。
「通信入ります」
リシィ少佐の声なのか、判断がつかなかった。
「殿下」
違う。あの少年だ。
「いい加減、パンツくらい履いてください。フィリッパ様、および…あ」
「まだそんな恰好でいるの、エドワード、少しは動けるはずよ。成人した息子のオールヌード見る羽目になった母の心情も察して頂戴」
がばっ。さっきまでパンツをいじくりまわしていた総裁は飛び起きた。
「申し訳ありません、母上」
なんとかパンツだけは身に付けられたが、また総裁はベッドに沈んだ。通信システムから立体ホログラフィが顕現する。かつていた時代の王妃の衣装を身に着けたフィリッパだった。
「実際、ヨークに来ているのよ、私」
「嘘でしょう」
「リース夫人は地球にいるの、看護師としてきたけれど、用はほとんどなかったわ。夫人は宇宙軍の動きについてデマを流す役目があるのよ」
「母上、まさか」
「お前を消息不明にして彼らがどう動くか判断すべきと父上も知っているわよ」
「いいでしょう、母上」
「せいぜい息子の身を案じる悲劇の母の演技をご覧いただければ幸いですわ、王太子殿下」
「母上」
「任せなさい。陛下もそのつもりよ。いまのところはその酔っ払いを直しておくことね」
「はい」
トマスが苦笑した。ホログラフィが消えた。
「大丈夫ですか、殿下」
「ああ、あとは周りに頼むしかあるまいな」
「宇宙軍はこれでクーデターは起こせません」
「ドテカボチャがどう出るか、ここで待つしかないな」
「まずはお休みください。私も休みます」
その部屋からトマスは去って行った。隣室にトマスの部屋が用意されてあった。
訓練のたまものか、酔いは半日ほどの安静と投薬でかなりおさまったが、総裁はベッドで休んでいた。代わりの日常品はなんとかなったが、持ち出したのは泡盛二本と枕だった。自分自身でも理解できなかったのだが、今までの服は皆、捨て去りたかった。そんな気分をトマスに理解してくれとは言わなかった。ベッドにいると白薔薇亭のマスターが衣服を持ってきた。それはかつての時代の衣服だった。
「質素ですけれど、どうぞ。前の時代では古着屋の品物かも知れませんが」
「構わない、助かるよ、宇宙軍の制服はしばらく着ないつもりだ。君は」
「ヨーク艦長としてめいっぱい慌てましたよ」
「十分だ、ありがとう」
「後は相手の出方、ですね。人工頭脳の調整が済み、リシィ、弟も帰還していきました」
「あの子は」
「即座に大学に戻ったそうです」
「あの子、お芝居はどうかなー」
「無理でしょうね、だからわざと大学の寮に自分から入った模様です」
「後は本当に政府だな」
「ええ」
ヨークの艦内は静かだ。が、地球、月、他の惑星は大騒ぎだった。宇宙軍総裁消息不明のニュースは全世界に広まっていた。