緊急連絡が届いた。アルデモード夫人が宿に来ていた。
「夫人…」
「例のドテカボチャの一件だけどね、自治惑星の独自の軍隊は知っているわね」
「それは…交戦したから、ある程度は」
「様子がおかしかったとは思わなかったかしら」
「統制が採れていない感じが…」
「トップがいなかったのよ」
夫人はそう言った。あのコテージの一室。みんなが揃っていた。
「トップがいなかった…それって」
「軍部のトップ、ド・ボーシャン将軍が不在だった。軍事クーデターにより監禁されていたそうよ」
「それで…」
「残念ながら殺されていたわ。殺したクーデター関係者は将軍の死を知った軍関係者に追われて…」
「姉様、今朝のニュースの」
「そう、全員死亡が確認された」
「あのボーシャンは」
「文官で無事な政治家・行政・立法関係者を探し出して自治政府の立て直しの真っ最中のはずなんだけどね…ここに来ているのよね」
「では…」
「ここではだめと言って白薔薇亭に移動を提案したのは私よ」
「でも、来ているのか」
「オープンになっても構わないと言ってきたの。宇宙軍総裁にドテカボチャ呼ばわりされた上、政府転覆の危機を招いたことは事実なんだけど…」
「どうかしたのか」
「将軍の死に意気消沈してしまって、いきなり泣き出したり、情緒不安定がひどくてね…理由を聞いても何も言わないの、カウンセラーにもだんまりで」
「親しかったのか」
「いいえ、軍関係者とは一定の距離を保つのは政治家のセオリーでしょ、友人関係でも何でもないし、一族らしいくらいしか。でも時間移民の関係ならほぼ他人のはずよ」
「おかしいな…」
「なのでね、呼ぶからここで事情を聴いて。私はただのメッセンジャーよ」
「わかった」
ここに来ていた全員が黙って聞いていた。
「姉様」
「よく彼の話を聞いて判断は任せるわ。あんたにはあんたの役割あるからね」
「うん」
「じゃ、行ってくるわね」
ホテル棟へと彼女は去って行った。二十分もしないうちにその彼がやってきた。単身だった。護衛官も秘書もその場にはいなかった。
「いくらなんでも単身とは危険です」
総裁がそう言いだした。
「政府高官にはそれなりの危険があります」
「わかっています、私とて何回も暗殺の危機はありました」
トマスが着席を薦める。彼はソファに腰を下ろした。
「SPは」
「彼らなら家族のそばに」
「ご家族にまで、ですか」
「妻は私の仕事を手伝っていますし、成人した子供たちもそうです。政治家は一人では務まりません」
「後継者として考えているのですか」
「まさか。子供たちの本来の仕事は一人は法律関係、一人は歴史学者です。二人とも独身なのでそこが悩みの種ですが」
「え」
「パートナーの影もちらつきませんのでね、ここは父親の悩みですが、二人とも本来は総合大学の研究室の人間です。その仕事はリモートで行ってます」
「ずばりお聞きします、ボーシャン将軍との関係ですが」
「彼は私の腹違いの弟です。私の父は女にだらしがなくて、庶子が何人もいるのですが、認知したのはエチエンヌ、彼だけでした。認知と言ってもそのあと父の会社は倒産し、一家離散になり、弟にも私にも何も残りませんでした。その時私は十歳、弟は六歳でした」
「女がだらしがないねえ…」
少年と見える人物の呟き。
「この少年は」
「ああ、私の参謀の一人です」
宇宙軍の正装を身にまとっている。
「見たことはありませんか、トスカーナの事件」
「あの時は選挙活動中で地元にいましたし、トラブルが多発し、自治を求める活動家は一切締め出されていましたから」
「統合政府のやりそうなことだな」
「後で確認…いえ、総合大学のリース教授の息子です、養子ですけど」
「アルデモード夫人の弟…あ…」
「女にクソだらしのない兄貴のおかげさんでイングランド国王になっちまった男です、よろしく」
「手厳しいですな」
「王冠は栄光の印じゃありません、相応しくない人物にとっては災厄です」
「その気迫で国王にふさわしくないとは、恐れ入る」
「今はただのクソガキです」
「その立場が楽しそうですね、陛下」
「ええ。それで、弟さんとはどんな関わりを」
「兄だと名乗ったことはありません。悟られないように過ごしてきました。彼の足かせになってはならないと思いまして」
「兄弟なのに」
「兄弟だからこそ、互いに迷惑をかけていいとは思いたくなかったのです」
総裁はデータを呼び出していた。
「そっくりな容貌をしてらっしゃる」
総裁が言う。
「他人の空似だと言い張りましたが…」
「あちらもそう言い残してますね」
「知らなかったと思いたかった…」
「いえ、知っていた痕跡があります。彼の方も律して触れ合わなかったのでしょう。軍関係者との過度の接触は政治家にはよくありませんし」
「エチエンヌの秘書から手紙を受け取りました。クーデター未遂の後に」
「その手紙は」
「私の事知っていたとほのめかしてありました。そして…それが最後の手紙で…もっと知り合いたかったと。弟がやっと残してくれた最後の願いでした。弟を殺したクーデターの主犯たちを冷静に判断して処断できないため、混乱を生じさせたことは事実です」
「無礼をお許しください、評議員ボーシャン殿」
「ドテカボチャでいいですよ、総裁閣下」
「それで…どうなさるおつもりです」
「職を辞するのは簡単です。ですが、私は私の星を見捨てることは出来ません。私は父の死後、エチエンヌの事で母は家を飛び出し消息不明になったため、児童施設で育ち、奨学金で学びました。その頃から政治活動に身を置き、今の地位までたどり着いたのです。弟の母親は勤め先の事故で亡くなり、弟もまた児童施設育ちです。その頃から気にかけてはいましたが、奨学金暮らしでは何もできませんでした。私達兄弟にとってあの星は故郷です。見捨てることは出来ません。命がけで弟が守ろうとしたものを放り出すことは出来ません」
「難しいことになりますよ」
「わかってます。これから忙しくなります。その前にドテカボチャのどうしようもない事情を話しておきたかったのです。あなたの立場では政治的な事は出来ませんが…私の星の民を助けてください。秩序維持のため、軍部に働きかけはしますが、宇宙軍配下に一時的に置き、秩序回復後は独自の組織に移行したいと思ってます」
「宇宙軍はただいま解体中です」
「統合政府に働きかけを各評議委員がしています。まずは幹部の無事を発表してください。そのあとでこちらで何とでも致します」
「あなた一人では無理かも」
「いいえ、動けば何か起こります。奇跡は一人が動いただけでも起こります」
ヨセミテの彼が告げた言葉を思い出す。
「ポワティエで勝てると思いましたか」
その言葉にはっとする。
「勝つためにはあなたは動いたはずです。私はこれで失礼します」
去っていく背中を見送る。痩せた、そう思った。焦燥しきった雰囲気を漂わせたまま、彼は去って行った。

「リッチー君どう思う」
「殿下は本当に火をつけますね」
「そこが時々我ながら嫌になる」
「環境が良かったのでしょうね、あの人、本当に育ちがいい。ご家族がほとんどなかったにも関わらず…」
「そういえば…きっとエチエンヌ将軍もそういう人だったのであろうな」
「ええ、でなければ、あの報復はあり得ません。かなり慕われていたと思われます」
「そろそろ出るか。出るべきところに」
「はい。休みも切り上げですね」
飛行大隊長夫妻と戯れていた狆がやってきた。
「そろそろか、しかし、こんなに政治に利用されるとはな」
「もうこりごりですよ、私は」
「無理だろうな、お前の地位は」
「またやらかしますよ、きっと」
「あの時とは違う」
「でも父上、私は怖いのです。あの時と同じ失態をしかねない…」
「今は殿下は領主ではありません。ボランティア組織の超特大級の組織の頭ですよ」
「そこがな…」
「白薔薇亭のみんなも気をもんでいます、というか本業に戻してください、殿下」
「そうだった…奇天烈料亭旅館は人気絶大だった…」
「四年先の予約まで埋まってますからね。トマス殿はほんとに隙をついて予約入れてますけど」
「そーなのか」
「時々サイト管理するんです、僕。ウォリック伯爵夫人がまだ不慣れなので」
「隙をついて、ねえ…」
「そうでもしなければたとえ殿下でもお断りしますよ、あの部屋でもいいからという人多くて」
「…あの部屋」
「特別料金ですけど、お値段聞きますか」
「やめておく…」
「廉価のバックハイカー用の別棟は予約なしですけど、毎日即座に満杯ですから。ヨークの市街地見学にいい場所らしくて」
「私には危険らしいな」
狆が思い出したように告げた。
「食材がねえ…」
サソリとかハブとかマムシとか昆虫とか…。それに強烈なハーブとスパイス。料理長のポリシーは「食の冒険」である。なぜこんな道に目覚めたのか、本人もきっとわかってはいない。十五世紀屈指の騎士だったはずだが。
「まあよい。フィリッパと何度か行ったが心地よかった。最も宿泊はリース家だったがな」
「あれ…」
「リース夫人と女子会とやらを始めおってな…」
納得。それものすごく納得をしてしまった総裁であった。


三日後、総裁は副官・リース家の子息を連れて統合政府の大会議場に姿を現した。宇宙軍総裁の正装姿であった。
「相変わらず、クソ派手だな、この服」
忌々しそうに告げる。動きにくいはこの際我慢する。バカに目立つので気が沈んだのは、この世界にやっと馴染み始めた頃だった。映像で自分の正装姿を見て唖然となったのだ。
「そうですね、僕もなんか不本意です」
純白のワルキューレをイメージにデザインされた正装は汚れるのではないかと神経を使う。が、服飾デザイナーからの連絡で汚れは付着しないように処理されてあり、いざとなれば防御装置も完備されていた。専門のヘルメットを装着して変形させれば宇宙での活動も可能だった。それは何度も改良された結果で、礼服での出動はあり得ないと思われていたが、総裁本人が先陣を切りたがる性格のため、軍組織全体で改良を考えざるを得なかった為である。
「これパイロットスーツにもなるんです」
「知ってる…女性版の時もそうだった…」
控室。マントを外しているトマスが飲み物を二人の前に差し出した。サーバーから自由に選べるドリンクだ。コーヒーと紅茶に焼き菓子。焼き菓子はリース夫人が息子に持たせた物だった。
「もう少し時間がかかるようですね」
「昼食はとれたからいいものの、相変わらずこういうことはじれったいな」
「よくまあ、マスコミ抑えられたものですよね、私たちの会場入りさえ公になってません」
「そこはジョンが抑え込んだらしい」
「参謀長もやりますねえ」
「あいつも切れると怖いらしいな」
「僕たちは血の気が多すぎるそうですよ、母様がそう言ってました」
少年がにこやかに告げた。
「血の気ねえ…」
時間だと呼びに来たのは総裁付きの従卒だった。

「生きていたのか」
会議場の人々の声はこれに尽きていた。あの惑星の軍部は降伏・恭順を示していた。軍部トップの暗殺が公表され、文官代表の彼は奔走中でこの会議場に姿を現してはいない。
「ボーシャン代表は自治権を提出した」
議長がそう告げた。
「承認するわけにはいかん」
そういう意見が出た。黙って総裁はそれを聞いていた。
「宇宙軍の方ではどう思われるかな」
議長が意見を求めてきた。
「自治権を承認してもらいたい。暴走した軍部はもうない。これ以上政治・軍の混乱は民の生活に支障をきたします。すでに私の元に救難信号届いてますが…」
そこで言葉を切る。
「私の失態により旗艦艦隊がありません。救助は出来ますが…治安維持の軍事行動は出来ません」
「それは…」
「でなくば難民の受け入れを」
「それは…」
「自治を認め、生産・国家維持に尽力を図るべきと思いますが…重ねて申し上げます、救助活動はいたしますが、軍事は出来ません。装備がありませんので」
「一時的に、というのはどうか」
「それはあの星の人々が納得すると思ってるのですか」
「無理だな…見過ごしていた私たちの失態でもある。この後は文官の仕事です。総裁閣下、お疲れさまでした。ボーシャンの処分はなし。彼には惑星代表として報告を求めます。以上です」
議長が断言した。骨のある人物らしい。宇宙軍の一行は静かに去って行った。会議場は一際騒がしくなっていた。


「首になるかもねー…旗艦こわしちゃったし」
「あなたに首になったら辞表出すの何人いますかね」
「僕は出しますよ、ディッコンは次の総裁見てからにするでしょうけど」
「あいつは私の事認めているのかいないのか」
「さあ…僕わかりません」
「父親なのに」
「ろくに一緒にいなかったし…まあ、うちの子たちの中で一番頭いいのは事実だけど」
「似ているよ」
「そうですか、僕よりおりこうさんだと思ってますけど」
「親馬鹿…」
「なんとでも」
どことなくうれしそうである。
「戻りましょう」
トマスが声をかけてきた。戻ったのは白薔薇亭だった。例の幹部たちが勢揃いしていた。
「どうでした」
料理長が聞いてきた。
「おさまったよ。旗艦作ってくれるかなあ…」
「さあ、どうでしょうね…」
「ヨーク使うのも手だけれど、君たちを動かせないのは難点だ」
「そこかよっ」
「そこだよ、だって…」
「便利だもんなんて言うなよ」
「言おうと思ったのに」
くすくすとトマスが笑っていた。料理長が呆れた顔をしていた。
「俺は食の冒険に今度の人生かけているんだ」
確かにそうでしょうとも。お玉フリフリ張り切るな、とはオーナーは言わない。
「楽しそう、いとこ殿」
「ねえ、楽しそうでしょ」
料理長夫人が幸せそうに微笑んだ。
「苦い顔してないで本当に楽しんでいて、私は幸せだわ」
曽孫に当たるこの女性の人生は不幸だったのか、とトマスは思う。
「ひいおじい様、私はずっと幸せでしたわよ、こんないい人と結婚出来て」
途端、料理長が耳まで赤面する。
「やめろ、アン、動けなくなる」
ロボット化に成功した、と言ってもいいほどだった。ぎくしゃくぎくしゃくと料理長が厨房に去って行った。
「なんでああなるの」
「あれも一種のバカップル」
総裁がそう言った。

結果、旗艦は作られた。ただし、デザインが…。
「マジでシーラカンス」
壊したのはシノノメサカタザメだったが。
「あの目玉緑色の頭部透明の魚でなくてよかったじゃないですか」
「そりゃね…」
デメギニスとかいう魚そっくりのデザインには却下と連呼したものだが。次壊したらこれにするぞ、と言われている。
「立て泳ぎ可能…ってその機能も付けるつもりじゃ」
「つけてますね。特殊主砲は立て泳ぎ形態の時に発射です」
トマスが冷静に告げた。
「うそ…」
「本当です。科学庁次官が張り切ったそうです」
「あいつーーーーっっっ」


「すごい戦艦ね」
「いいでしょう、父上はさぞかし絶叫していると思いますよ、母上」
「お前、楽しんでるわね」
「はい。仕事は楽しまないとね」
どこでこんな風になったのかしら、この子は、とジョアンは思った。
「それから、ダンスコンクールのゲストで模範演技しますので来てください」
「何踊るの」
「クイックステップとスローフォックストロットです」
「そう…」

放送画面で二分程度のダンス。アマチュア選手権優勝者のオーナーダンス。
「これ、踊れます、殿下」
「無理」
「即答ですか、それにしてもご機嫌斜めですね」
「それは、あれのせいだ」
庭を指さす。
「ああ、あれですか」
庭には巨大なオブジェが置いてあった。
「今年のあの星の最重量カボチャをかたどった彫刻だそうですね」
「重いのかと思ったら」
最新技術のテクノロジーで作られたもので、湿気を帯びると重くなり、乾燥すると一人でも運べる軽さになるという。嵐の前に水をかけておけば、風に飛ばされることもないが、移動は乾燥が必要だった。
「案外軽いのはいいが、なぜ誕生日プレゼントにドでかカボチャの彫刻送ってよこしたのか、彼の気持ちがわからない」
「ああ…」
「素でドテカボチャの意趣返しじゃないと言ったがな」
「理由は」
「カボチャの生産で建て直す決意表明だそうだ、あちこちに送り付けたらしいぞ」
「あちこち…」
「統合政府の建物の庭にもあるそうだ」
「…それは意趣返しですね」
「みたいだな。彼は今も奮闘しているし。かぼちゃ使うとは思わなかったが」
「本物もいただきましたよ、パイとスープと煮物は作りましたから」
「へ」
「残るはパンプキンプリン」
「お前…」
「すごい量でしたので白薔薇亭にも届けておきました」
「あっそ…」

大量のかぼちゃを前に料理長は俄然張り切っていた。
「メニュー開発に励むぞおおお」
「食えるものにしてくれよ、リチャード」
白薔薇亭ではこうなっていた。もちろん、まともな料理は…知ったことではない。

                  おわり