• 泡盛さん・長編INDEX

星の海にて1
星の海にて2
ロックガーデン1、ロックガーデン2、ロックガーデン3
幻の泡盛さん1、幻の泡盛さん2、幻の泡盛さん3、幻の泡盛さん4、幻の泡盛さん5、幻の泡盛さん6
かぽちゃ1、かぽちゃ2、かぽちゃ3、かぽちゃ4、かぽちゃ5
    • ロックガーデン・3
    • キャンピングカーの中はホテルの一室のように整っていた。
      「この世界のベッドはどこに行ってもいい具合だな」
      「ええ」
      シーツも布団も枕も十四世紀の品物とは比べ物にならない。材質も違っており、何で出来ているのか、二人とも解らなかった。キャンピングカーのものは簡易のもので、一般家庭にあるものとは違う。それさえも二人には解っていなかった。遠征の野営キャンプの天幕と同じと解説されたが、とても同じには思えなかった。何分にも寝心地がよい。汗も程よく吸収し、疲労回復の効果さえあるのではないかと疑ったほどだ。実際、キャンピングカーのものには設置されてはいる。疲労回復装置は。二人は軽くシャワーを浴び、楽な部屋着に着替えて横になった。
      「トマス」
      「なにか」
      「結び方、わかったか」
      「大体は」
      「私は半分くらいしか解らなかった」
      ロープに依りをかけまくって、蛇の寝床みたいなものを作り上げたり、簡単に解けるはずの結び目がかっちこちになったり。
      「ご無礼ですが、私も殿下がここまで不器用とは思いませんでした」
      あっそ、そうとしか言いようがない。
      「復習する必要がありますね」
      「だろうな」
      「消しますよ」
      部屋の明かりをトマスが消した。
      「ああ、おやすみ」
      すんなりと寝つけた。キャンピングカーの中の寝室は町中の家のものと変わりはなかった。翌朝、あのガイドがやってきた。朝食はトマスが用意し、すませてあった。

      「では、また始めましょうか、ロービングの基礎。今日こそは一本くらいはよじ登りましょうね」
      にっこり笑ってガイドは作り直したガイドパンフレットを二人に渡してきた。
      「どうしても、出来ない場合は現場でやりましょう」
      結局、そう彼は結論付けた。
      「うそ…」
      そして案内された岩。
      「ここは簡単ですから、やってみましょうね。まず、見本みせますから、よく見ていてください、三点確保が基本です」
      「三点確保…」
      「両手両足で四点、一点は動かす。それがクライミングの基本です。やってみますね、ここは緩やかですから」
      緩やか、どこが。どう見ても岩の塊がドーンとしているではないか。
      「足がかりはいくらでもありますよね」
      あるのかな、あると言えば、あるが。するすると彼はおりてきた。
      「やってみてください、基礎力見たい」
      「はい、では」
      伯爵はやって見せ、あの人を促した。
      「なかなかですね、では、ロープを使ったものに変更しましょう」
      ロープ、ね。
      「ロープの取り付け方は、前に説明しましたよね、覚えてますか」
      彼はハーネスを身に着け、スリングも付けた。じゃらじゃらと音を立てるなんだかわからない物。ハーネスを付けるところまでは同じだった。
      「ロープ、鎖にたよって登る方法も教えます。岩に対して直角に立つことが基本です。直角に立てば滑ることはありません」
      だが、そうは言っても怖さが先に立ったりするが、言われたとおりにすると、なるほど足元が安定した。それが終わると彼は三点確保の登り方へと戻った。
      「ここは簡単ですから」
      「嘘つけっ」
      思わずそう言ってしまった。
      「指導しますから、ご安心を」
      岩にへばりついたが、動けない、あの高貴な御方は。
      「右手を斜め、二時の方向に伸ばしてみてください」
      「あ」
      手がかりがあった。
      「前に見つけたとっかかりを思い出してください。右足を動かす」
      ゆっくりと上がっていく。
      「そして左手でおしまいです、そのまま、上がってください」
      岩の上になんとか立つ。ダニエルはロープをキープしていた。
      「垂直下降、やってみましょうか」

      「きびしかった…」
      結局3本、登攀。
      「簡単なコース選んでおきましたから、お二人だけでやってみてください」
      「えっ」
      「明日から、ですよ、夕食にしましょう」
      ダッチオーブンで焼き上げたパン、レトルトの魚料理、温野菜のサラダを彼、ダニエルが用意した。
      「今晩は僕、このトレーラーに泊まりますね、寝袋持ってきてますから、寝室手前の居室で寝ます。アルデモード夫人から指示がありました」
      「指示、なんのですか」
      「宗教観について説明してほしいとの事です。僕は、その、十四世紀からの移民なのに、無神論者に近い思想の持主だから、と」
      「君は神を信じていない、と言うのか」
      「十四世紀にいた頃から信じていません。両親も祖父母も住むところも行く宛もない孤児が神の恵みを信じると思いますか」
      「それは」
      「食っていくのも生きていくのもやっとの身の上ですし、聖職者の言うことってお伽話にしか見えませんでしたよ、食うものと雨風防げる場所さえありゃ十分…」
      「私は富める者だった。それでも、私が悩まなかったと思うか」
      「いいえ、人間、悩みのないものなんかいませんよ」
      あっさりと彼は言う。
      「祈るだけの存在には関係ないですね、自分で動くことだけに関心があります」
      「意味が分からない」
      「僕の考えで言えば、ポワティエであなたが勝てたのは、あなたがそう動いたからです。神も聖人も関係ありません。奇跡は人が起こすんです、そのささやかな行動によって」
      「えっ」
      「あなたが命じて、あなたの部下たちが勝利のために動いたから勝利を得たんですよ、神様は手出しはしてませんよ」
      「そんなバカな」
      「二十一世紀の高僧の言葉を。彼はこう言いました、神仏に祈っても構いませんが、彼らは存在するのみで何もしない、沈黙を守るもの。奇跡を望むなら動きなさい、考えて動くのです。一人の力は小さい。でもそれが多数になれば大きな力となり奇跡となるのです…」
      「君…」
      「いい言葉ですね、どなたの言葉です」
      トマスが聞いた。
      「第十四世ダライラマというチベット仏教の高僧の言葉です」
      「仏教の僧侶…」
      「原因があるから事は起こると考えるそうですよ、宇宙に行ったら、思い出してください。ささやかな小さな行いが奇跡を呼ぶ、と」
      「奇跡、か」
      「宇宙軍の初代の総裁はインド系の人だそうです。彼は何もない歌と訳される歌を好んだそうです」
      「何もない歌…」
      「今日はもう休みましょう、明日からはお二人で課題をやってくださいね」
      ぱらりとめくったパンフレット。
      「岩のとっかかりは書いてないね」
      「見ればわかりますよ」
      「わかった、おやすみ、ケリーフィールド」
      名を呼ぶ。昔は呼ばなかった名前。知らなかった子供。やせっぽちの、子供。
      「俺のファーストネームはダニエルです」
      彼はそう告げた。
      「では、おやすみ、ダニエル」
      最期の食事を給仕した少年の面影がちらつく。あの時から彼は神を信じていなかったというのか。
      「おやすみなさい、殿下」
      初めて敬称を彼は口にした。驚くが、表面には出さなかった。寝室にトマスと行く。
      「どう思う」
      「頭の良い人ですね、庶民は愚かだと思いますか」
      「いや。あの子は知っていた、私よりも知っていた気がする」
      「殿下」
      「世の中の不条理を知っていたんだ、あの子は。知っていて、あの食事…」
      食べやすかったが、口にしたことのないものだった。回復を願って持ってきてくれたが、それが最後だった。この世界に来てから口にしたものは珍しく美味だ。それに意味があるとは思ってもいなかった。
      「ここで生きるからには覚悟しよう」
      「殿下」
      「何もない歌も聞かないとな」
      その歌が重要なものになるとは彼は知らない。ナーサッド・アーシーティア賛歌、そう呼ばれる歌を。

      二人で岩と戦っているとダニエルがやってきた。バスケットとそれに形の似たカバンを手にしていた。近くに乗ってきた馬をつなぐと馬からおりて二人のそばに近づいた。
      「昼食にしましょう、作って持ってきました、昼食の事は忘れていると思いまして」
      「そういえば…」
      朝食は用意して食べたが、昼食は用意してなかった。岩陰に三人で座った。
      「飲み物はここに入ってますけど、好きな物をどうぞ」
      バスケットと一緒に持ってきたカバンの中にはお湯とコーヒーや紅茶、ミネラルウォーターが入っていた。バスケットの中にはホットサンドがあり、卵やハムなどがパンの間に挟んであった。それに温野菜のサラダ。
      「これ用意したの」
      「ええ。今日は午前はガイドしてました、午後はその客は指定キャンプ地で家族と過ごしてます、気になったので来てみたら、昼食忘れているようなので用意してきました」
      「ありがとう、考えてなかった」
      渡されたホットサンドをかじる。
      「そういえば…研究所から飛び出した時、通りすがりの人からサンドイッチもらった事あったな、ろくに礼も言わずに済ませたけど」
      「空腹が顔に出ていたのかもしれませんね」
      ダニエルが笑った。
      「年老いた婦人だったな、その日はそれしか口に出来なくて馬がうらやましかったな」
      「それは…」
      「草見て食べられないかなーって」
      さすがにトマスが笑った。
      「勝手に家出なんかなさるからですよ」
      「懲りたよ、ここの言葉もわからないくせに何していたのだろうな」
      「この世界が気に食わなかった、そうでしょう」
      「まあな。薄気味悪かった」
      ダニエルの用意した昼食は美味だった。岩登りで消耗したせいかも知れないが、おいしく感じた。
      「君はどうだった」
      ダニエルに聞いてみた。
      「飯食えるのか、住まいはあるか、と聞いたらあるっていうから、行くと返事しただけですよ」
      「なるほど、それなら生きていけるな」
      「カンタベリーで司教に習うよりは楽でしたよ」
      「ん」
      「みんな丁寧に文字の書き方読み方教えてくれましたし、話し方も当然」
      「何かあったな」
      「カンタベリーでは牧童だったくせに、殿下の宮にいただけのくせに生意気な小僧って罵る人、聖職者なのにいましたからね」
      「そう…か」
      差別。
      「神に仕える人が差別するんですよ、神の前では平等と説いた口でね。信用する必要ないでしょ、でもここの人たちはそんなこと言いませんでしたから」
      自分の分のサンドイッチにダニエルは手を伸ばす。その横にある温野菜のサラダは塩コショウだけの味付けのシンプルなものだった。このダニエルの作ったものには不思議なぬくもりがあった。それはあの最後の食事もそうだった。この子は優しい。それは生まれつきのものなのかわからない。
      「君は親切だね」
      「そうですか、割合冷たいと思ってますけどね」
      食事がすむと彼は戻っていった。その前に課題はこなしてくださいね、と笑った。それでパンフレットを見る。
      「梯子の使い方教わったか、トマス」
      「つけ方はここにありますね、やってみましょうか、あれで。ダメなら明日にでもダニエルに教わりましょう」
      「どれ」
      パンフレットにあった説明。
      「場所はわかるが…」
      「オーバーハングの場所で使うそうですよ」
      ぼこっと出っ張った岩をトマスが示した。
      「なんか…いい予感はしないなあ…」
      それは外れてはいなかった。
      「う…動けない」
      「殿下、三点確保ですよ、どれかひとつ、動かして」
      「ポイントが見つからな…あ、あった」
      右足が動いた。それに続いて右手も動いた。じりっと登るといよいよオーバーハングの岩が見えた。
      「梯子使いますよ」
      「わかった」
      しかし、トマスは器用だ。今まで使ったこともないであろうロッククライミング用の梯子の使い方をもう理解していた。完全ではないが。
      「力ではないんだな、これは」
      梃子の原理、万有引力、それに人間の持つ力。いろいろ脳内で計算して身体を動かす。それでも、ずりっとなる。
      「殿下―」
      「わかってるよ」
      梯子の使い方はどことなく理解した。
      「登れた、のか」
      「ですね。連絡入れます」


      ダニエルはすぐやってきた。オーバーハングの岩からの降り方は教わっていなかった。
      「そこではなく、少し外れた位置見てください」
      「ここから降りるのか」
      降りられる場所だった。
      「どうでしたか」
      「これは役に立つのか」
      「いまひとつ、と言ったところで機転が利く手助けになりますよ」
      「そういえば…思ってもいなかった場所に手がかりがあったな」
      そう言うとダニエルが微笑していた。
      「思ってもいなかったところに、何かがあります。自然の中、山、野原、その中で僕はいろいろと見つけてきました。どうか、殿下、貴方にもそうでありますよう祈ってます」
      それが訓練の終わりを告げる言葉だった。


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