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かぼちゃ・4
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「ところで、産廃業者は回収に来てないな、あれだけ派手にぶっ壊せば来てもおかしくないだろ」
「艦隊壊滅、宇宙軍捜査中で来るかよ」
「そろそろ来そうだと思ったんだけどな」
「あの惑星からなら来てるぞ、虎視眈々としてたから」
「世知辛いなあ…しっかりしてるよ、まったく」
クロスワードパズルを解きながら、料理長がオーナーと会話をしていた。オーナーは地球からの情報解析をすると言ってたが、実は株取引をやっていた。
「損したのか」
「いや、さすがにアドルファス商会は下落しないな」
「他は」
「宝飾店のやつ、これも下がらない。何せ宇宙軍総裁の儀仗杖製作の会社だから」
「ほう…」
「ついでに産廃業者も。宇宙デブリ回収業者。いいやつ見つけるとすぐに中小の船舶製造業に回すだろ」
「宇宙軍のなんか、売れるのか」
「科学庁が率先して買ってるらしい。補給艦なんか半分以上宇宙のゴミ再生だとさ」
「よし、出来た。次はラテン語でやってみるか」
「マニアックな事だな」
「今のはノルマン・フレンチ。昨日暇見つけてやってたのは中世英語」
「リチャード」
「なんだよ」
「昔が恋しいのか」
「いや、全然。今が楽しいぞ、お前はどうなんだ、いとこ殿」
「そういえば、俺も昔よりも今かも。リシィに鼻の頭齧られても、今がいいな、あっしまった、へんなの買っちゃった、売りに出すには…げ、損出るじゃん…」
「何したんだか。さて、今日の夕飯、考えるとするか」
「おいしいもの…」
「腹すかせてろ。そうすればなんでもうまい」
「ひでえ…」
「こんなとこでいつもの料理出来るか、タコ。さて、殿下の酔いはどうなったかな、滋養のつくもの、作るか」
厨房に向かおうとする料理長は娘と妻に声をかけていた。妻は立ち上がり、料理長に従った。針仕事をしていた女性たちは会釈して見送っていた。
「ところで、ベシー、何作っていたんだ」
「飛行大隊長のディッコン君の結婚祝い。寝室のベッドカバーよ、いつになったら正式になるのか、聞かないとわからないけど」
「あ、そうか。あいつのこと、いとこになるんだったな」
また自分の席に戻ってオーナーは株取引の様子を見た。
「あいつのおいしいもの、なあ…」
限定された食材で何を作るかは、料理長の裁量次第だが、それは好きにさせる。料理長はわずかの野菜・肉・魚などで定食風の料理を仕上げられた。艦内全員のはいくら何でも無理だが、ブリッジの者たちと急遽収容された旗艦艦隊の幹部たちの分は用意できた。厨房にあったコンテナなどを使って料理長は食事をブリッジと居住部の一部に運び込んだ。
「え、食事ですか、しかも…」
トマスの言葉に料理長は微笑んでいた。
「お二方の分ですよ、こちらに用意しておきます、ところで殿下は」
「部屋には私が持っていきます。ほぼ良くはなったのですが、まだ休んでます」
「殿下の食事は少し変えてあります。では、これで」
料理長が去ると機内食のようなパックが二つ、置いてあった。片方に印がある。開いてみるとそれは粥と軟らかく煮た野菜・肉類だった。印のない方は中華定食が用意されてあった。
「殿下、御食事です」
もそっとベッドで総裁が動く。
「起き上がれますか」
「大丈夫だ。どれどれ…」
食べやすいように工夫された食事に苦笑する。
「料理長か、これ」
「ええ。私のは、こうですが」
「あ、それはちょっと無理だな、今の私には」
「でしょうね」
二人でゆっくりと食事をとった。
「そういえば、話によれば、飛行大隊長も同じメニューらしいですよ」
「またなんで」
「自分でやったそうです、あの急速反転とかきりもみとか…」
「父上は御無事なのか」
「あー特殊なシステムを組み込んであるそうですよ、通称・弁当箱」
「へー…」
平和な会話をヨーク艦隊の中で旗艦艦隊の兵士らは交わしていた。宇宙軍以外には彼らが無事であることは伏せられていた。
エドワード・ゴドレイは特殊主砲切り離しした後、即座に安全な地域に向かっていた。そこにはあの女優が夫と共に来ていた。その地域、別の惑星の首都機能施設の近くに高級ホテルがあった。宇宙軍の人文施設は臨時にある施設に間借りしていた。それは政府施設の一画にあった。ただ、文官である科学庁・主計・医療関係者は幹部と言えど、宇宙軍全体を管轄出来る権利は許可制で常時持ち合わせているわけではなかった。
「それで、知りませんを押し通しているわけ。ゴドレイ科学庁副長官殿は」
「権限はありませんから。旗艦艦隊の兵士らの消息について知るすべはありません」
「あの人は生きているのね」
「どうでしょう。あの艦隊殲滅の事後処理はまだ続いています。大きな破片は回収済です。小さなものはあの惑星の業者が行ってます」
「戦闘機の破片はどうなの」
「それについてもこちらに報告は来ていません」
「まあ、あの人はこちらに来てから命根性かなり汚いから、きっと大丈夫ね」
「母上、それちょっと…」
「事実よ。それにかなりずるくなったわ。まあ、私は…心配したって仕方ない立場だけどね」
「そのうち何らかの発表があると思いますが、政府もパニック状態ですねー…」
「そうなの」
「ドテカボチャ、ひっくり返ったそうですよ、旗艦艦隊壊滅の知らせ受けて」
「責任取ってもらおうじゃないの」
「母上」
「市民には市民のやり方ってものがあるのよ、覚えておきなさい」
「それ、きっと父上も期待なさったんでは」
「多分ね。それと陛下もね」
「あー…そういう事ですか」
「抗議はするわよ。あちこち声かけてあるの」
「わかりました、伝えておきます、軍幹部には」
「お願いね」
美しい人が立ち上がる。横で静かにそのやり取りを見ていた初老の男は静かにコーヒーカップを置いた。
「ジョアン、いや火蓮、私の仲間にはもう手を打ってある」
「政治家につなぎはないわよね、あなた」
「残念ながら、ね。私はただの技術やにすぎん」
「それじゃあ…町内会のおっさんたちとか」
「ジョアン、教授会と言わないかい、我妻よ」
「それなら、あるわよね、リース教授とか学長とか」
「いいだろう、行ってくるよ、さて、ゴドレイ君」
「はい」
「おそらくは…総裁殿は御無事だ。奇跡は一人が動けば十分」
「え」
「奇跡を起こしたければ、動く。それだけです、失礼」
その人は立ち去って行った。不思議な言葉。ジョアンこと火蓮夫人は紙をゴドレイに手渡した。
「母上」
「あの人に教わったの。仏教の高僧の言葉よ。持っていなさい」
「はい」
「貴方の父上も知っているわ、この言葉。確か…ヨセミテのレンジャーが伝えたはずよ」
「ん、それ」
「総裁様の訓練の一環だったそうよ、ロッククライミング」
「なるほど…そういうことですか」
母親には見えない。この女性は年取らないシステムを利用していた。女優という商売柄でもあるのか不明だが。
「地球の様子は」
「一触即発って感じですかね、ドテカボチャ、どうするつもりです」
「政治家としては有能だろ、彼は」
「ある意味針のむしろ…」
「よし、そろそろ無事な姿でも見せつけるか」
「そうしてください、おかげで俺たち、自宅に戻れないんですからね」
白薔薇亭のオーナーはそう言って苦笑していた。総裁は昔の姿のままだ。
「宇宙軍の制服は」
「着る気がおきない」
「仕方ありませんね」
白薔薇亭のオーナーは宇宙軍の制服を着ていた。肩章に佐官の印がある。
「将官になる気はあるか、オーナー殿」
「ありません。せいぜい弟のお気に入りでも昇進なさるがよろしかろう」
「艦長の事は考えてある。あとはグロスターのあの子だ」
「承知しますかね」
「無理だろうな…実績を伴わない昇進なんざクソみたいなもんだと言ってのけたよ」
「やっぱり…あ、トマスから連絡だ」
タブレットを総裁は見た。
「温泉宿とれたから行きませんか、だって…」
「三日ほど行ってらしたらいかがです」
白薔薇亭のオーナーはそう言った。
「私の気のせいではないといいんですが、お疲れの様に見受けられますよ」
「そうする…」
行ってみた温泉宿は経営が日系人で、硫黄のにおいが際立つ温泉であった。そばにある山は火山だと言う。コテージ式の棟がいくつも並んでおり、その中の一つを貸し切りにしてもらったとトマスが説明した。自宅からの野菜を持ち込んでいた。
「肉・魚は売店で買ってきます。それから旗艦の士官たちも数名来ています」
「そうなのか」
「ええ、代表が…ほら、来た」
犬、狆を連れた男がいた。横には旗艦の通信を務める女性兵士がいる。
「へー総裁様も来たんだ」
「婚前旅行か」
「んにゃ、もう籍は入ってるよ。式は一月後に岩木山神社で挙げる予定」
「岩木山神社…ね」
「にょうぼの里なんでね」
ニコニコと笑っている女性は確かに日本人、東洋人の顔をしている。
「おい、部屋に行くぞ、グロスターの小僧」
ホテルスタッフが消えた途端、狆が野太い声で告げた。
「あーはいはい、いっぺーじーさま用の風呂もあるってよ」
「ほーそういう部屋とったのか」
「いいのか、父上混ぜて」
「フィリッパ様はリースのばーさまと別のとこ行くってさ。父ちゃんは艦長と一緒に来てるけど」
「あ、そう…」
「今日は八月の二十二日だべ、父ちゃんの機嫌、急降下で白薔薇亭のおっさんと顔合わさない方がよかろって話」
「なんだっけ、その日」
「命日」
「なるほど…」
「ラヴェルのおっちゃんと過ごすって言ってた。話たい事あるみてえ。俺もこの日だけは気分わりいからさー…」
「おい、部屋いくぞ。また後にしろ、荷物あるだろが」
「あ、いけね。またね、総裁」
着替えが入ったカバン片手に彼、飛行大隊長とその妻、狆が去って行った。すぐ隣のコテージに入って行った。その隣にもコテージがあり、艦長と十歳前後の少年が入って行くのが見えた。
「偶然かな」
「いえ、示し合わせました」
トマスがそう返事した。
「おまえ…」
「だから、うちの野菜、いくらか送っておきました。今日はホテルの食事ですが、明日からみんなで作りますよ」
「えー」
「何もしなくてもよろしいですよ、殿下。余分なケガされたらかなわない」
「…おまえ」
集会所みたいなコテージもあった。時間を示し合わせたのか、行ってみた。飛行大隊長がカバンから何かを取り出していた。
「それ」
十字架とマリア像だった。簡素な祭壇を作り、彼はそこにひざまずいた。ラテン語の祈り。祈祷書を祭壇に見立てたテーブルに置く。アカペラで歌う。
「神よ、王を天国に導き給え」
飛行大隊長がやりたくてもやれなかった、父親の弔い。
「本人の目の前でどうかと思ったけどさー、したかった」
「ありがとう、ディッコン」
プランタジネット最後の王。
「リッチー君、君幸せだったの、前の時代」
「不幸だと思ったら負けです。ただ、僕は王にふさわしくはありませんでした。王をやめたかったんです。無理でしたけど」
笑う。印象的な笑顔。その笑顔は前の時代では希少価値だったと言われていた。
「僕は僕の人生を歩んだだけ。最後はある意味、自殺でしたけれど…僕自身を見てほしかっただけです」
「後悔はない。それは私も、だ。不幸だったとは思わない。あれが私の人生だった。それだけだ」
「今日は温泉はいってーおいしいもの食べてーフランシーと一杯お話するの」
「私もそうする」
それがすんだら政府機関に顔を出す。弁解や弁明に奔走するあのドテカボチャの事はしばらくは置いておこう、そう一同は思った。温めればすぐ食べられる食事がコテージに届けられていた。
「係員来ないのか」
「なるべく私達だけで過ごしたいと申し入れましたから。近くに娯楽施設ありますよ、プールとか乗馬とかハイキングとか…」
「悪くはないな」
ふと見ると艦長、ラヴェルにじゃれついてる少年がいる。そのラヴェルが話し出していた。
「あの時、私は母后陛下の元に向かい、報告いたしました」
「フランシー」
「申し訳ございません、私は母君様を責めてしまいました、あなたのせいだ、と。グロスター公のまま、なぜ終わらせてくださらなかった、と」
「母上は」
「父上ヨーク公に一番似ている最愛の息子だから、だとおっしゃられました。それがヨーク公の望みであると」
「知ってる。だから僕は何も言えなかったんだ、でも今なら言える、僕は王にはなりたくなかった、そしてフランシー、君がそれ知っていてくれたこと、感謝しているよ」
「三世陛下、明日はどうなさいます」
「乗馬しようかと思ってる。ポニーだけどね、僕の背格好じゃ」
「乗馬ねえ…おいらは教わってやるかー、並足あたりから」
「あれ、おまえノッティンガムに来たじゃん、馬で」
「無我夢中だったから…よくおぼえてねーんだ」
「ノッティンガム、何かあったのか」
「うちのエドワードが死んだの」
びくっと総裁がした。
「覚悟はしていたけど、ね」
未だ十代前半の幼さだったと言う。
「うちのエドワード、か」
暗い思い出。町を一つ、取り返した直後の悲報。
「さすがにあの知らせはきつかった」
犬・狆が告げた。静かに聞いていたが。
「父上、それがですね…」
「ゴドレイ技師の事か」
「なんであんなんなんだろう…」
「さてな」
狆は素知らぬフリでもしているかのようだ。
「どういう育ち方…」
「数学者だそうですよ、ゴドレイ博士、養父の人」
リッチー君と呼ぶ少年が言う。
「父様と同じ教授会に引退するまでいたそうです。ただ、おもちゃ代わりに数式与えたのが失敗だったとしきりにぼやいてましたけどね」
「君の姪っ子たちも大して」
「うちの姪たちは幼稚園の頃にもう二次元方程式で遊んでいたそうですからねえ…宇宙軍には必要な人材ですけどね、天文物理学の博士号持ちの技術者…」
「わけがわからん」
「二次元方程式なら僕説明できますけど、聞きますか」
「え」
「黄金分割っていうんですけどね、これが人間の目では一番美しく見える幾何学模様の基礎になります。積み木で説明すると…」
「え、ここの長さがわかっていれば、こっちの長さも計算で出るのか」
「はい。だから本の縦横の割合、モニターの大きさ、車両デザインにまで影響を及ぼしている数式になります」
「あんなんで結婚とかできるのかな、あいつ」
「うちの姪よりはマシだと思いますよ、だって…」
「言わなくていい」
「そんなことより風呂いきたいものだ」
温泉に行こうと狆が言い出していた。
「わんこ専門のバスタブあるんですって。ここの温泉は強いからあまりよくないかも知れないけど」
昼間は乗馬とハイキングを楽しんだ。夏の花は高原に真っ盛りに咲き誇り、夏雲は碧空に浮かんでいた。
「夕方から雷雨になるという予想だそうです」
「嵐なのか」
「いえ、にわか雨で、翌日には収まるそうですよ」
そんなにおとなしいにわか雨ではなかったが。
「よりによって空きのコテージに倒木が直撃するとはな…」
激しい雷雨の中、宇宙軍関係者は同じコテージに全員集合していた。艦長と飛行大隊長が全員の荷物を運び込んでいた。
「ホテル棟に移動するにしても、雨に濡れますし、とりあえずはここで。停電は致し方ないでしょう」
「ベッドは人数分、ありますが」
「寝室は三個ついてたか」
「いえ、一室は別ですが、他は同じ部屋」
「と言うことはディッコンと奥さんがその部屋だね」
リッチー君が言い出した。
「あ、そうか」
新婚ほやほやの夫婦。
「すみません」
「気にしないでいいよ、さくらさん、平然としているね」
「私、山の生まれだからこの位、平気よ。お岩木さんでもありえたから」
「なんか山の呼び方が」
「山全体がご神体なの」
「へえ…」
「それよりも…」
「何」
「こんな小さいお方をお義父様って呼ぶの、くすぐったいわ」
「あ、それはねー…」
そっとリッチー君の髪を撫で、飛行大隊長の妻となった人は膝をおって抱き着いた。
「これからもよろしく、お義父さん」
「んー…なんかやっぱ変」
「時間移民の宿命ね」
外の雷は激しい。確かにその女性は震えてもいなかった。狆は、と言うとこれも震えていない。普通の狆なら泣いうるさいところだが。
「強いね」
「日本ってところはね、災害が多いの、助かりたかったら、自分で考え動かなきゃいけないのよ、津波てんでんこともいうし」
「え」
「地震が起きたら海沿いの人間は親兄弟よりも何よりも自分だけでも高台に逃げろという意味。実際、ひどい地震が起きた二十一世紀にもそれで被害がなかった集落があったくらいよ」
「だから…」
「男にすがって泣くより先に避難よ」
「納得…」
「すっげー強いだろ、とーちゃん、こいつ」
飛行大隊長が言う。
「だから結婚したのか」
「うん、おいらが宇宙でどうにかなっても、最初は泣くだろうけど、あとはてめえで生きていける女だと思ったからさ」
「それ 誤解」
「いいや、さくらなら平気だ」
「変な信頼ね。そういえば…私の友達がね、総裁様」
「何」
「あのカボチャ野郎のスタッフしているの」
「えっ」
「連絡があったの、スタッフ一人、動きがおかしいのがいるって。それでね」
「なんか…」
総裁様が苦い顔をした。
「カボチャ野郎が直々にお会いしたいって、総裁様に」
「どこで」
「白薔薇亭。しかもスタッフもボディガードもなしで。家族で滞在するからよろしくと私に来たわ」
「君に、か」
「スタッフの一人は中学の時の同級生で、弁護士資格あるの、女性よ。ああ、ちなみに移民局局長のパートナー」
「え」
「プライベートではね」
「意外な路線だな」
「しかし、その連絡」
「ここについて間もなく着信があったの。ただ、確認しないとね。だから、この温泉街の土産物屋で直に彼女に会ってきた」
「こけし見ながらその話してたのか」
「ディッコン」
「女同士の話に混ざる度胸ないよ、おいら、同級生って紹介は受けたけど」
飛行大隊長はその時買い求めたこけしを手にしていた。
「素朴な人形だな」
「頭と胴体しかないけどな。これ古式でね」
首を回す。きこきこと音がした。
「鳴子温泉伝来のやつだな」
「そう…」
「エドワード」
狆が言い出す。
「用心に越したことはないが、スタッフの面々はどうやら優れているらしいぞ、あのカボチャは」
「父上、どこで…」
「いろいろとな。フィリッパも知っておる。医療関係者と顔見知りというておった。そちらもトップクラスだ。それはおそらく事件とは無関係だろう」
「事件、となりますかね」
「不正があったのは事実だ」
「まあ、そうですけどね…なんか引っかかるな」
「証拠はあるが、カボチャではなさそうだ」
「やっちゃいましたかね」
「いや、調べ直したうえでお前に接触を望んだんだろうな、間違えるなよ」
「はい」
「さて…どうしたものかな」
夜更け。雷雨は去ったが、名残の雨はまだ降っていた。夫婦は寝室に引き上げた。リッチー君は艦長に抱き着いたまま眠っている。横にはなったが、考え事で眠れない。トマスの寝息は近くで聞こえた。
「ドテカボチャじゃないかも知れんな」
掛物をかぶり直し、総裁は深く息を吐いた。先ほどのこけしはベッドサイドのテーブルに置いてあった。悲しい伝説も聞いた。亡くなった子供の身代わりに親が大事にした、とか貧しさで生まれたばかりの子を殺した親が死なせた子の供養のために作り出したともいわれている。その伝説が真実なのか確かめるすべはない。生まれてすぐ亡くなった弟・妹もいた。母の嘆きは深かった。その母の肩を父は抱いて共に嘆いていた。成人した弟・妹たちがどうなったのか、ここに来てから知った。さほど仲が良いとは言えなかったが、物静かな弟、エドマンド。こよなく妻を愛し、家庭を大事にしたという。その子孫のあの子供は彼と同じように家族を大事にしていたという。蹴飛ばしながらも愛している兄。
「まあ、そういう兄じゃなくてよかったかな」
白薔薇亭のオーナーは何というだろうか。そんな事を思いながら眠りについた。