「ハンター達に指示を出しました」
歌姫がそう言う。
「材料採集にみんな励んでいます。間に合うか私にはわかりませんが…」
「それは」
「この世界にいるハンター全員に協力を求めました。竜族の方々です。人数が限られてはいますが、足しにはなるかと思います」


夢を見た。リッチー君と呼ばれる子供がその夢を見ていた。カボチャの頭、鍋のような王冠の変な生き物がいた。カボチャには不恰好に切り取られた穴が空いていた。それは目・鼻・口の位置にあり、顔のようだった。奇妙な鳴き声で鳴く化物だった。そいつが迫ってきていた。思わず掴んだのは歌姫の髪飾りだった。そして目が覚めた。うなされていたと言われ、彼は説明した。どこかおかしな言い方なのは、心配かけまいとしているせいなのか、判らなかった。
「だって、そいつの顔はカボチャだったんですよ」
「カボチャだと」
「そうカボチャです。母様がパイにしてくれたりいとこ殿が醤油と砂糖で含め煮にしたり、兄上がカボチャプリンにしたりするカボチャです、あ、軽く湯がいて酢の物にしても美味しい、あのカボチャです、それからポタージュスープも美味しくて…冬至に食べると風邪引かないという一地方では信じられてきたカボチャです」
「君…力説するね」
「美味しそうだったんですもん」
「何がです、三世陛下」
「やつの顔が、ですよ、カボチャのあの色で、早く帰っていとこ殿のポタージュ食べたくなりそーな…」
「私にはその色でも激辛のよーな気がしてならないけど、君のいとこ殿のは」
「ああ、殿下にはウォリック伯はトマス殿ですもんね」
苦笑しているが、どことなく顔色が良くなかった。その様子を総裁は見ていた。歌姫の言った、何者かが狙っているという…。

次の狩りはよりにもよってカボチャの化物だった。リッチー君は歌姫の防具を身に着けていなかった。
「何故」
「すみません、アレ身につけると身体が痛むんです」
やはりあのうなされ方は普通じゃなかったんだ、と三人は思った。樹海の中を走り回る狩り。大型のモンスターと違ってカボチャの化物は小型のモンスターで、身体は小さな猿みたいな感じだった。弓矢を使えないのでは困る。
「部屋に」
「戻りません、僕は殿下の部下です。僕が倒れても殿下は」
「すまない、無理を言った。トマス」
「はい」
命がけでも厭わない。それがこの小さな者の覚悟。痛むのか、時々歪む顔に総裁は唇を噛み締めた。樹海の一番高いエリアに入った時だった。突然、リッチー君の動きが止まった。そのエリアには鍋のような変なモノを被ったカボチャの化物がいた。ジョンが、参謀長がそれを見ていた。
「その子供はもらうぞ」
そんな声が聞こえた。総裁に向かって弓矢が放たれていた。
「まさかっ」
操られている。目の色が変わっていた。無表情のまま、矢を放っていた。その矢が飛ぶ。ジョンが割って入り、片手剣を振り上げた。
「ならぬ、ジョンっ、刃は向けるな」
「ですが、殿下っ」
「傷を負わせるな、いいな」
「は、はいっ」
参謀長は片手剣の柄で子供を殴り倒した。総裁に叱られるのは承知の上で。総裁達は避けながら、鍋を被ったかのようなカボチャ頭に襲いかかり、切り伏せた。弓矢を扱っていた子供は倒れていた。トマスが走りより抱き上げた。走り寄ってきた者がいた。歌姫だった。自らの髪飾りを外すとリッチー君の髪に留め付けた。
「カボチャ大王の呪縛は解けませんが、力はこれで抑えられます。部屋に戻りましょう」
「ジョン…」
「おしかりはあとで受けます、今は…お許し下さい」
「わかった」

部屋に戻ると蒲生の殿様が出迎えてくれた。部屋住みの猫達が部屋を整えていた。
「どうなさいました、殿下」
「大したことはないのだが…」
「歌姫様もご一緒か」
「ええ…。あのものが」
トマスの腕の中の子供。目覚めてはいなかった。
「お部屋で休ませましょう」
「頼みます、私は…他のハンターの様子、見てまいります」
歌姫が告げた。
「材料が集まっているのか、気がかりなのです」
「竜族の御方は大丈夫でしょう、よそ者である我らが力量不足の場合があります」
「レオン殿」
「文書を読み解くうちに解ってきたことです。この部屋に狩りの後に出てきた酒の材料は全て集めるようにお願いできますか、歌姫様」
「はい。では、私はこれで」
歌姫が去り、トマスは子供を横たえていた。
「リースのこの御方を連れずに狩りにいくことはなりません、殿下」
「レオン…それは」
「この御方と殿下、あなたがた二人揃って初めて大地の鍵が開くのです」
「大地の鍵…」
目覚めた子供の声。
「三つのRが必要なのですよ」
「R…」
「はい、そちらの言葉で、頭にRがつくもの、です」
「意味が」
「殿下は…ロイヤルハイネス、ですね。そしてラテン語で王はレクス…」
「レクス・リカルドゥス…」
「それでRが三つです」
「でも、僕は…」
「一度即位なさった以上は…私どもの世界では、殿下のお顔も貴方様の顔も私は拝見することは出来ませぬ」
「レオン殿」
「ひれ伏したまま、お声がかかって初めて顔をあげることが出来ます」
「東洋って」
「やってみせましょうか」
彼は床に正座し、手を正面につき、深く頭をたれた。まるでカエルがうずくまっているように見える。
「お声を、顔を上げるようにお命じください、陛下」
「顔をあげて…」
「ここから日本語で申し上げますね、ゴソンガンヲハイエツシ、キョウエツシゴクニゴザイマス…」
「意味わかんない」
「あなたにお会い出来て、大変恐縮し、かつ極上の喜びを感じております、と申し上げました」
彼は立ち上がり、膝を払い、椅子に腰を降ろした。
「東洋では君主の顔を見ることは失礼にあたります。お声がかからないうちは何時間でも、あの格好のまま、なのですよ」
「すごいね」
「話を戻します。本には三つのRをもって鍵となすとありました。狩りの役目果たせないとしても、エリアにいなければなりません。モンスターが封印していた倉は開きません、お二人がいなければ、です」
「わかった、ならば仕方ない。リッチー君」
「はい」
「どんなことでも付き従ってくれるか」
「はい」
「いいだろう」
「殿下」
「止められるか、トマス」
「いいえ」
「その代わり、条件がある。歌姫の防具、必ず身につけるように。一部位でもいい」
「わかりました」
「この御方は私が守ります、殿下」
ジョンが言う。
「殴っておいてなんですが」
「それはいいと思う、オックスフォー…」
「参謀長かジョンとお呼びください、三世陛下」
「すみません、厄介かけて」


本片手にレオンと呼ばれる人が切り出した。
「それで、ですね、試しに作ってみませんか、泡盛。麹菌は入手出来ていますし、種麹を作成ならこの料理猫もてつだってくれましょう」
「意味が解らない…」
総裁はそうつぶやいた。
「酒は発酵食品です。人類にとって有益なモノを発酵、毒なモノを腐る、といいます」
「腐った、ねえ」
「同じ事なのですが…簡単に言えば、食べられるモノ、有益なモノを発酵と。発酵食品には酒の他にパン、チーズ、ヨーグルト、チョコレート、ハムなどがありますが、それは今は省略」
「泡盛はお酒だから当然発酵食品か」
「はい。蒸留ということをして完成ですが」
「なかなか難しいな」
「ワインを蒸留したものがブランデーです。大麦酒はウィスキーになります。泡盛は日本酒の蒸留酒になりますが、麹菌と酒米が違います」
「え」
「日本麹カビではなくて泡盛麹カビ」
「…なんだって?」
「ラテン語で日本麹はアスペルギルス・オリゼー、泡盛のはアスペルギルス・アワモリ」
「は、ラテン名ね…」
「学名はラテン語でつけるのが習わしですよ、生物学では」
「なる…」
「ちなみに赤痢の菌はシゲリア」
「おかしな語感だな、赤痢、ねえ…」
「志賀潔という日本人が発見したので、志賀からシゲリア、あるいはシゲリエ、と。元々はアジアの感染症ですが、中世の頃にヨーロッパに渡ってバンデミック…になったのは、ブラックプリンスのカスティーリア遠征隊…が有名ですね、その…」
「思い出させないでくれないか」
「はい。感染症もようするにお腐れの一種ですが」
「頭痛がしてきた…」
「それはさておき、まずはインディカ米を洗米して…」
「米にも種類があるのか」
「ええ。泡盛に使われるのはインディカです。日本酒はジャポニカ」
取り出して見せたのは細長い米だった。丸みを帯びたものもあるが、それは食糧から取り上げたものだった。
「博識だな、レオン」
「ああ、学問は好きですよ、いうなれば雑学。こういうことは茶道やおもてなしには身につけておいたほうがいいんです。日本の茶道は美術品の目利きでないと困る場合もありますし」
「ほー…」
「茶碗一つとってもなかなか…。さて、これがコウジカビですね」
試験管内のモノ。
「カビねえ」
「毒性はありません。あったらとっくに殿下は…」
「だよね」
「温度管理難しいですが、ここなら出来ましょう」
猫が頷いていた。狩りの合間に酒造りというハードスケジュールになってしまった。コウジカビを炊き上げた米にまぶし、全員で撹拌する。それを特殊な入れ物に入れ、繁殖を促した。温度管理は部屋付きの猫がするという。猫の管理する場所にコウジカビ繁殖槽を置いた。そして、足らなくなった米を集めに狩りへいく。指示を見て、溜息をついた総裁。
「あの電気だすナメクジ野郎の発展系」
「は」
「強烈だが、米の備蓄量はいつもの十倍」
「行くしかありませんねえ」
ジョンが溜息をついた。
「お願いします、もしも僕がおかしな動きしたら、遠慮なく…」
「解っていますよ、ご心配なく」
「雷耐性の武具と防具の装備を必ず持参しろ、いいな」
総裁がそう声をかけていた。雷耐性のトンファーと太刀、弓、片手剣。