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「今日も平和なものだな」
旗艦のブリッジ、元帥のための特別シートに座ってブラックプリンスは何気なくモニターを見ていた。訓練が終わって実務に入ったが、パトロールと訓練以外仕事はない。旗艦の周囲には希薄だが空気層があるため、宇宙の星の反射光は見える。わざと見えるように微調整をしている事は知っていた。微調整なしでは宇宙の星々は残念ながら全て見る事は出来ない。真っ暗闇でしかないという。
「コロニーの様子はどうだ」
モニターを見つめ続ける監視員に声をかけてみた。
「異常ありません」
「そうか」
大艦隊を組んでのパトロールは必要なのか、とふと思うが、それは違うらしい。
「イーストウエッジコロニー群へ進路変更せよ」
航海日誌の予定を見て、指示を出した。
「了解、前方二時の方向に全速前進」
「閣下、ワープポイントまで小一時間かかりますが、よろしいでしょうか」
航海士官が告げる。
「構わん。民間機のワープの邪魔はするなよ」
「はっ」
従卒がブラックプリンスの机上にティーカップを乗せた。
「もうそんな時間か」
「はい。閣下は中世の御方ゆえ、関係ないと思われますが・・・十九世紀からの時間移民である私にとっては大事なお時間です」
「そうだな、一度、リース夫人にアフタヌーンティーをいただいた事があったが、なかなかなものだった」
「リース・・・総合大学史学科の教授夫人であった御方ですか」
「そうだが」
「ご主人に御教示いただいてました、史学科に一時籍をおきましたので」
「ほう・・・」
「調度、子息を迎えられたばかりで・・・」
「ああ、そうだったのか」
「何度も休講になりました」
「・・・どうして」
「ご子息、かなりお身体が弱い御方で・・・何度も命の危機に。その頃のご夫妻はたいそう疲れておいででしたよ」
「そうか・・・」
「そう言えば、閣下の教官ってリース教授のお嬢さんでしたね」
「ああ、コニーね、元気な人だ、あの人は」
「閣下、大変じゃなかったんですか」
「休暇は何度もカットになったよ、今も減俸くらっている」
「あー着艦ミスと人質救出作戦に取りこぼしがあったそうですね」
「それなんだよな、着艦ミスで戦闘機の主翼をへし折ってしまっておかげで半年は五割減俸」
「閣下の給料なら暮らせますね、僕なら借金まみれですよ」
「休暇オールカットはやっぱ模擬で四百人助けられなかった事か」
「そうでしょうね、人命救助第一ですからね」
「こってり絞られたよ」
従卒が持ってきたシフォンケーキも美味だった。
「さげていいよ」
「はい」
従卒はティーセットを片付けた。トマスの従卒もティーセットを下げていった。ワープの順番はまだ来ていない。
「それはそうと・・・新兵、志願兵たちに顔合わせしてなかったな」
「はい、この旗艦に乗り合わせている者なら閲兵できますが」
「よし、ここに呼んでくれ。何名だ」
「二十名ほどです」
「非番のものだけ集合させろ」
「解りました、十人ほどですが、呼びます」
ブリッジに入ってきた志願兵達十人の中、一人だけ動きが機敏な男がいた。中世の騎士の風格を思わせる態度、そしてまっすぐにのびた背筋、敬礼のポーズもきっちりしていた。
「端から名乗って欲しい」
シートから下りてブラックプリンスは彼らを見た。名乗った兵達に一人一人声をかけた。そして最後に気になる男が名乗った。
「フランシス・ラヴェルと申します。閣下」
「訛りから察すると君は中世からの時間移民だね」
「はい」
「私よりも後の時代だね」
「その通りです、で、閣下」
「で、というのは、まあいいか・・・ふーん、爵位は」
「所有しております、エドワード四世陛下に子爵の位を拝領しています。先祖は男爵ですが」
「エドワード・・・ああ、白薔薇亭のあのオーナーか。その子爵への・・・昇格は誰の肝いりか」
「あ・・・それは・・・弟君のグロスター公の・・・」
「ああ、あの子のね・・・リース教授の養子となった」
「ご存じでしたか」
「あの子のところには休みの度に顔をだしているんだ、弟に似ているから・・・エドマンドに、よく似ているよね、あの子、懐かしくて」
「知りませんでした・・・」
「ごめんね、君にばかり話しかけちゃって。爵位があり、騎士としても鍛えてある君が一兵卒とは釈然としないんだが」
「一兵卒で構いません。ただこの船にて務められれば」
「ふむ・・・ハミルトン艦長」
ブラックプリンスは旗艦の艦長を呼んだ。老人と言ってよい年配の男だった。
「定年退職だったな、君は」
「はい、閣下」
「次期艦長候補は決まっているのか」
「いいえ」
「まったく決まっていないのか、驚いたな」
「申し訳ございません」
「よし、決めた、ラヴェル君」
「はい」
「君が次期艦長だ。よろしく頼んだよ」
「お待ち下さい。私は指揮官としては失格です・・・」
「この船の艦長は・・・指揮することはほとんどない。私が指揮権もぎとってしまうからな」
「閣下・・・」
ハミルトンが苦笑する。
「そういうわけだ」
「確かに・・・私は・・・ディッコンいえ、我が君に約束して参りましたけれど」
「何を」
「あの御方の目となり耳となり宇宙を見聞きして帰り、それをあの御方に伝える約束を交わしておりますが・・・艦長としてではなく、一兵卒として・・・」
「いや、艦長として見聞きしなさい、これは命令だ」
「はっ閣下」
目となり耳となり・・・か、とブラックプリンスが呟く。地球上でしか暮らせない、弟の子孫にあたるあの少年。詳しく聞いた話によれば、彼はふとした不注意で命を落としかねないほど弱い身体だという。憬れの眼差しで兄を見、宇宙を見上げるしかない彼。ふとした拍子に見せる笑顔は遠くに置き去りにしたエドマンドの雰囲気を漂わせ、懐かしさを思い起こさせるのだが。
「閣下、ワープの順番、間近です」
「そうか」
モニターに目をやる。
「艦隊の装備をチェック」
「はい」
「向こうの様子はどうだ」
「異常ありません」
ワープ脱出地点の座標がモニターに映し出されていた。それをぼんやりと見つめる。何かが、光った。
「もう一度確認。確認だ、何か起きた」
ブラックプリンスが立ち上がる。
「確認します、閣下・・・」
「どうした」
「コロニー爆破事件発生です」
「民間船に連絡を」
「はい、こちら宇宙軍基幹艦隊、イースタンコロニー群にて緊急事態発生、ワープ順番譲られたし」
「閣下・・・」
「まずはワープだ。緊急ワープの用意を。ハミルトン、とりあえず今回は君がこの船の指揮を執り給え。ラヴェル卿」
「はっ」
「ハミルトンの補佐を」
「了解しました」
「トマス」
「詳細が徐々に入電しています。完全にコロニーが一つ爆発し、犠牲者が多数発生している模様。現地パトロールの艦隊では救助間に合いません」
「やはりな、各自、ワープ飛行に備えよ。各員配置につけ。ワープポイントまでカウント頼む」
「了解」
シートに腰を下ろし、ブラックプリンスはブリッジ内を見回した。
「カウント開始します」
「総員、ワープ飛行に備えよ」
「ワープ飛行開始」
ワープゲートで艦隊はワープ飛行に入った。スペースコロニーは五つの太陽系の第三惑星近辺に多数存在している。母星たる地球には管理人・病気療養中の住民ぐらいしか居住していない。すべてスペースコロニーに住んでいるか、あるいは新しい開拓地を求めて移民船に乗って出ていったか、どちらかになっていた。全てのスペースコロニーや地球を含む惑星上に居住する人民をガードする役目を担っているのが宇宙軍だった。地球や惑星には独自の陸海空軍が存在するが、それとは宇宙軍とは別の組織であった。
「ワープアウトします。閣下・・・」
「何だ、これはっ・・・」
空間に漂う脱出用ポットや小型の宇宙船、民間船。そしてコロニーの残骸。人間の遺体や壊れた家屋などが艦橋の窓の前を漂っていた。
「救出にかかれ」
何人死んだんだ、これは。万単位なのか。血の気が引いた。
「はっ」
「パトロール機をだせ。認識コードをR3に変更」
ブラックプリンスはそう告げた。
「閣下、なぜ認識コードを」
「R3は新規コードだ。変更手順はまだ知られていないはずだ。宇宙軍認識コードを一度受けた機体なら変更はこちらで出来る。変更できない機体は・・・テロリストと見なし、救助は最後にまわせ」
「承知、閣下・・・避難民が多すぎます。コロニーが二つ落ちたと報告が」
「そうか、何っ」
艦隊に向かって射撃をしてくる船があった。
「攻撃だと・・・何隻だ、やつらは何隻いるんだ、報告しろ」
「およそ五。戦闘機、古式ですが百は出ています」
「ドッグファイトは・・・仕方ない、粉砕されたコロニー方面にだけ戦闘機を出せ。避難民がいる空域には踏み込むな。ラヴェル」
「はい」
「この船を預ける。トマス」
「閣下、おやめ下さい」
「いや、出る。精鋭を集めろ」
「閣下、なりません」
ハミルトンも止めた。
「いや、出る。様子が知りたい。トマス、おまえはここに残れ」
「お断りします」
「トマス」
「ご一緒いたします」
「ラヴェル、私が未帰還の場合はそれなりに対処せよ。アルデモード夫人に次期を預ける。よいな」
「なりませんっ殿下、御身大切に行動願いますっ」
ラヴェルが叫んだ。
「私は私の任務をよりよく理解したいだけだ、この目で見ねば解る事も解らない」
「もう無理ですね、行きましょう」
トマスがそう言った。
「解りました、ご無事で」
観念したのか、ハミルトンとラヴェル、そして航海士官・通信兵らも二人を送り出した。パイロットスーツを手に取り、脚部に足を入れ、ボタンを押す。一瞬で身体を覆うスーツ。それに生命維持装置が胸部に装着された。壁にかけてあるヘルメットを手に取り、かぶりながら発着ハッチへ続く廊下を走った。
専用機に乗り込む。整備士が発着について一言報告してきた。シートにおさまるとトマスが通信機を通して声をかけてきた。
「殿下、くれぐれも無茶は困りますよ」
「解ってる。後ろで低音で囁くなよ、怖いじゃないか」
「本当に解ってらっしゃるンですか」
「さあ、どうだろ」
「言っておきますが、損傷の場合はまた減俸食らいますよ」
「なら操縦はおまえに預ける。私は偵察と射撃を」
「解りました、発進する、カウント頼む」
トマスは通信機にそう怒鳴った。
「総裁機、出ます、ゲートオープン、援護射撃、用意」
ハミルトンの声がした。
「援護射撃発射」
精鋭パイロットが操る戦闘機ともに旗艦から発進した。トマスの操縦は巧みだった。
「なるほど・・・やらかしてくれたもんだな」
空間に飛び散る物体が何なのか理解したブラックプリンスは襲いかかってくる敵機をターゲットロックオンした。ミサイル発射ボタンに手をかけた。
「ここだ」
充分引きつけてから、発射ボタンを押す。マイクロチップコントロールされたミサイルが敵機めがけて走っていく。そしてこちらに向かってくるミサイルをトマスが操縦桿を巧みに操り、避けていった。
「味方に損害は」
「二機撃墜されました、こちらは十五機撃墜。この空域にはいません。損害を受けていないコロニーに向かった敵機は右舷の巡洋艦が討ち取っています。敵艦隊、コロニーに向けて進行中」
「ハミルトンに旗艦を巡洋艦レスターの横に回すよう指示」
「了解」
「これで解った。私達は帰還したいところだが・・・」
「帰還するには、もう一働きしませんと無理ですね」
ぼきぼきっとトマスが指を鳴らすような仕草をした。
「おまえ・・・」
「行きますよ、よろしいですか、その前に確認を。弾はどれほど残ってますか」
「三十パーセント使用、七割は残存」
「では・・・行きますよ、殿下」
「解った」
躍り出る総裁機に精鋭パイロットが驚くが、ぴたりとついて飛行してきた。回転をかけ、木の葉のように舞ったり、スライドしたりしながら総裁機が巡洋艦レスター、レスター所属の戦闘機へ近づいて行く。巡洋艦の横に宇宙軍の旗艦があった。だが、トマスはまっすぐ旗艦には戻らなかった。
「トマス」
「このまま素直に戻っても偵察の意味はありませんよ、殿下」
「そうだな」
ちらっと敵艦隊の主力艦に目をやる。
「アレは落とせるか」
「データ参照中です。殿下・・・エンジンの場所解りました。主砲は無視してください。回避は私がいたします」
「解った、参照データを各機に送信」
「了解」
「では、行くぞ」
敵艦隊旗艦に向かっていく。精鋭パイロット達も続いた。
「閣下、同調します」
パイロット達の言葉だ。
「了解、敵主力をたたく。データは受け取っているな」
「もちろん」
「よし、続け」
くいくいと指で指し示す位置。トマスは微笑んでいた。ヘルメット越しのため、見る事はないが。その後の動きは普通ではなかった。
「おまっ、なんだ、その・・・」
文句を言いかけたが、目の前に攻撃目標がある。遠慮なく発射ボタンを押した。戦闘機登載のミサイルの一発や二発では落ちない事は知っている。精鋭パイロットたちが操る戦闘機とシンクロしたミサイルなら話は別だ。
「よしっ、急速離脱だ」
宙返りを打って戦闘機全機が引き上げていった。編隊を組んでの行動は訓練ではしたが、実戦では初めてだったが、トマスは顔色一つ変えずにやってのけた。ただ、急速反転は同乗者にとんでもない反動が来たりはしたが。
「トマス、てめーーーーっ」
「ゲロは帰還してからにしてくださいっ」
「誰が吐くかっ」
「それなら結構です」
「ああそうかよっ」
どこか下品な言い方をどこで覚えたものか。
「落ちたか」
「はい、エンジンに命中、敵艦、大破」
「生命反応は」
「多少ありますが」
「放っておけ。帰還する」
ブラックプリンス搭乗の戦闘機は宇宙軍総裁が搭乗する旗艦に吸い込まれていった。
「閣下」
アルデモード夫人が立っていた。
「判断に間違いはありませんが、ご・ざ・い・ま・せ・ん・が、ご自身を含む人材を大切にお考え下さいまし」
「はははは」
「私に宇宙軍を預けて自らお出ましとはほんっとうに困った御方ですこと」
「夫人・・・」
「しかも、ろくな訓練を受けていないラヴェルをいきなり旗艦の艦長ですか。定年退職はその人の誕生日をもって軍務コードが一切、使用出来なくなること、知らなかったでは済みませんよ」
「そうか、今日だったのか」
「ハミルトンは補佐に回り、旗艦の運用はラヴェルが全て引き受けました、一歩間違えば旗艦を失うところでした、反省はご自身で存分になさいまし。トマス殿」
「私もですか」
「いいえ、あなたには特にありませんが・・・模擬訓練で操縦をもう少し鍛錬なさる必要がありますわね、尾翼に大きな損傷があります。実戦の場合は予算が下りますので、減俸はありませんから。それでは、私はこれで」
彼女は軍服を着ていた。さっさと居住空間へと去っていった。
「少し甘かったですね、私も熟考が必要な様子です」
「いや、私の責任だ。つきあわせてすまなかった」
「ところでゲロ」
「誰がっ」
「なら結構です」
ブリッジでそのやりとりを聞いていたラヴェルが笑っていた。
「・・・何か」
「いえ、別に」
「もしかして」
「ええ、前に似たような事したことありますよ、我が君に。楽しかったです」
副官ポジションの部下ってもしかしてみなドSなのか、とブラックプリンスは思った。
「残存敵艦はこちらの巡洋艦五隻があたります。輸送艦と当艦は避難民救助に進路変更します。緊急医療船舶がイースタンウェッジコロニー、A3から出港し、避難民救済にあたっています。傷病のない難民引き受け体制整いました、閣下」
「解った。・・・やはり使えるな、そなた」
「応用ですよ、ネヴィル家のウォリック伯に鍛えられました」
「あの人が」
「あの人はバトルアドバイザーとしても有能な人です。今はすっかりエスニック料理に首まで漬かってますが」
「エスニック、私はあまり食べた事ないが」
げんなり。トマスの顔にはそう書いてあった。
「食糧調達班、到着いたしました」
残ったコロニーの中は避難民であふれていた。
「よし、片っ端からこっちによこせ。調理済みはそのままだ。材料のみはここでいい」
たまには料亭旅館を閉めて休暇しょうと旅行を楽しんでいた二人だったが、コロニー爆破事件に巻き込まれて民間ボランティアとして働いていた。
「おい、指切るなよ」
「なんで私が」
「ざっぱでいい、炒めちまえば何とでもなる」
包丁片手に女性達の中に混じって野菜を刻んでいるエドワードがいた。その横で中華鍋を振り、次々と料理を仕上げていくリチャード・ネヴィル。
「ちんちくりん、さっさと運べ」
「わかってますよっ」
ワゴンを押して走る少年。
「賑やかだな」
ブラックプリンスはその様子を見ていた。
「宇宙軍の人間には渡すなよ、避難民のみだ。おかゆ出来たぞ、さっさと盛りつけろ」
「はいな、料理長」
スープの味を見て、配るように指示を出す。
「よし。一段階すんだ。どこまで廻った、データよこせ」
ガンと鍋をお玉でたたいて、リチャード・ネヴィルは手を腰にやった。
「あっちには別のレストランがボランティアスタッフだしてますから、ほぼ終わってますよ」
「おーし、俺たちも飯にしよう、エド・・・あれ?」
「とっくにそちらのオーナーならへたり込んでます」
「そいつの指は無事か」
「ええ、でも、もう右手、動かないでしょうね・・・」
「湿布薬でも貼っといてくれ。そいつの指が入らなくて本当に良かった。おい、薬飲んだか、おまえ」
少年に振り向いて彼はそう言った。
「ええ。母様が救護に入りました、父様は物資受取に」
「おまえさんはもう動くな。コニーに投げ飛ばされたくない」
「なんで、そんなに怖いんですか」
「あの女はな、大衆の面前で投げ飛ばしてくれるんだよ、そっちの方が恥ずかしいわ」
「そりゃそーだ」
笑う少年の顔は屈託がなかった。
「リチャードーーーおまえ」
弱々しい声がしたが、兄の声を無視して、彼はネヴィルからスープとパンを受け取っていた。
「てきとーに作ったから、パンとスープ以外は食べるなよ」
優しい声音だ。
「はい」
「おや」
「あれ・・・宇宙軍総裁の」
「視察ですか」
大きな男だ。父王よりも大きい。トマスの子孫と結婚してウォリック伯の称号を手に入れたという男。
「そんなところだ」
「重傷者はここの病院へ搬送済みです。軽傷者は・・・この通り」
彼の回りには座り込んでいる避難民たちがいた。
「避難民たちは体力がついたら、あのホールに行けば夜露はしのげるでしょう。総合大学のコロニーに向かう輸送船がいりますな・・・これ以上の受け入れは出来ません。限界です」
「そうか・・・」
「おい、クソオーナー、引き上げるぞ、食べ終わったら長居は無用だ。俺たちが寝る場所くらいは空けといてやれよ」
「リチャード・・・おまえ」
「ちっとは動けよ」
「無理だ」
「そんなに動かしたかな・・・」
「荷物運びが終わったら包丁をずっと握らせ、それが終わったら毛布運び、限界―」
「そんなにおまえ柔だったか」
「体力バカと一緒にするな」
ブラックプリンスが思わず苦笑していた。
「ここも、か」
「どういう意味ですか」
「いや、別に」
そう言うと去っていこうとした。
「総裁、申し訳ないのですが、このちんちくりん、持っていってくれませんか。こいつはこのバカよりも臨界ポイントが低いんですよ」
リチャード・ネヴィルの親指はエドワード四世をしめしていた。
「解った。後は」
「リース夫人をそそちらに回します。彼女は有能な医療関係者です。旗艦で使ってください。旗艦には女・子供・老人を優先に搭乗させました、ただし・・・」
「病人が多いんだな」
「妊産婦もいます」
「解った、戻るぞ、おいで、君も」
「はい」
ブラックプリンスは通信機器のスイッチを入れた。
「聞こえるか、艦長、被災難民の事だが」
「何か」
「傷病人が多い。医療体制を取ってくれ。妊産婦もいるそうだ。居住スペースのAブロックに子供とその母親、老人達はBブロックだ。家族の場合は無理に引き離すな。それで間に合わない場合はブリッジに」
「了解しました」
通信の声に少年が顔色を変えた。
「殿下、ラヴェルを・・・まさか」
「ハミルトンが退官するのでな、急遽艦長にすえた。旗艦の、だ」
「そう、ですか・・・ところで殿下」
「何かな」
「旗艦の名前、殿下が好きに名付けてよろしいそうですよ、ご存じでしたか」
「・・・聞いてなかったな」
「宇宙軍の人達はもう勝手に「プランス・ノワール」か、「ブラックプリンス」と呼んでますが」
「アキテーヌの黒、がいいな」
その一言で旗艦の名前が決まった。
旗艦ノワール・アキテーヌ号に行くとそれはごった返していた。
「リチャード、あなたはあちらで休んでなさい。もうこれ以上動いては駄目よ」
リース夫人がそう言って少年のほほにキスをした。
「はい、母様」
「薬は持っているわね。フランツはどこか知らないかしら」
「さあ、ボランティアをしていたのは見ていましたけれど」
「年甲斐もなく張り切らなければいいけど。まあ、そうそうゆっくりもしてられないわ、さあ、次の人」
並んで治療を待っている患者達に彼女は声をかけた。コニー・アルデモード夫人が奥にいた。ブラックプリンスは彼女の元へ行った。
「ところで、閣下」
「何かな」
「トマス殿との会話、みんな傍受していましたわよ」
ぴたっと彼は動きを止めた。
「まさか・・・」
「ええ。「トマスてめーっ」も全て」
「アレ、みんな聞いていたのか」
「ええ」
「参ったなあ・・・」
「身を引き締めてお過ごし下さいませ、殿下」
「そうだな」
冷や汗がにじみ出た。コニーの横顔は遠い世界の母の顔を思い起こさせる。
「以前の殿下と同じように、宇宙軍総裁は大変目立つポジションです。心してお勤め下さいますよう願ってます」
「解った。ありがとう、アルデモード夫人」
「いいえ、たいしたことではありませんわ」
すっと彼女は去り、そのまま医療行為を始めた。的確な治療。彼はそのまま、ブリッジに向かった。扉を開くと避難民が床に何人もいた。
「赤ちゃんが生まれそうなんです、誰か助産婦さんを」
「えっ」
一人の女性の言葉にブリッジの空気が凍った。