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「うるさいっ、あっちに行けっ」
枕の下に設置する硬い詰め物でぶん殴って来るとはさすがにエドワードは思わなかった。末の弟。一番信頼した弟。そして・・・彼はエドワードの結婚の形式のあおりで王位に就いたという。くらくらするが、取り押さえようとしたところにもう一発そのクッションで食らった。
「やってますなー」
「なんとかしろっ、レイモン」
「俺、知らねーもん。勝手にさらせ」
レイモンド博士はそう言うと危害の及ばない位置に腰を下ろすとギターのチューニングを始めた。アルペジオ。センチメンタルな、暗い色調のアルペジオ。そして見知らぬ国の言葉で歌う。エドワードは放り出した枕を拾いあげ、ベッドに置く。弟は背を向けているが、レイモンドの歌声は聞いていたらしい。
「なんて曲、なんだっけ、巡礼の・・・」
「そう、お遍路さんの・・・」
何度か聞いた事があるのか、問いかけは奇妙だった。
「同行二人、か」
レイモンドはそう言って、ギターをかき鳴らした。
「知っているのか」
エドワードの問い。
「兄上になんか聞いてない」
喧嘩腰の答えにレイモンドは苦笑し、また不思議な歌を歌った。
「むしろ、悪魔を生み出す自分の心を恨むべきって解るかなー」
「何、それ」
「まあ、究極の武器っちゅーもんをだな、言っておくが実際使用例な」
ぴっとモニターのスイッチをつけ、検索し、ある映像を映し出した。
「街中で、戦時中なわけよ、午前八時十四分・・・」
空から黒い物体が落ちてくる。パラシュートのついた物体だ。焼き切るような光と衝撃音。切り替わったらしい映像。
「人が・・・いない」
石造りの建物の階段に腰下ろしていた女がいなかった。座っていた影だけ残っている。
「焼き切っちゃったのよ、今の人も」
「だ・・・だって、これ、女だ・・・町の人・・・どこに行った・・・これ、何」
「核融合システムを使った爆弾の使用例よ。ジパングのヒロシマ、1945年8月6日午前8時15分、島病院上空500メートルにて炸裂、即死市民およそ7万人・・・ねえ、こんな武器、欲しいかな」
「誰がこんな武器、悪魔の兵器としか思えないじゃないか」
「あらやーねー、もう一発使用した爆弾のあだ名、イギリスの首相のあだ名くっついてんのよ、イギリスが責任ねーなんてこたあねーよ」
「レイモン・・・」
「マールバラ公爵閣下のあだ名、でぶっちょっていうの、ナガサキのプルトニウム爆弾の通称もでぶっちょ」
「何が言いたい」
エドワードが聞いた。
「人間なんてこんなもんでしょうよ、しっかし、毎日よくまー喧嘩出来るもんだねー」
「なんだか知らんが、人の顔見れば、喧嘩ふっかけてくるんだよ」
エドワードが溜息をついた。
「アンタ、無責任だもん。なんだっけ、えーっと」
レイモンドがそう言う。
「ベスの言葉で言えば「デブの色キチガイ」」
リチャードの言葉にエドワードがまた溜息をついた。
「きついお嬢様ですこと。さすがヨークのエリザベス」
「有名なの、ベス」
「肖像画見た限りじゃ、そーとーきつい人だね、ありゃ。旦那はさぞやいびられまくったんじゃねーの」
「そーゆー風に見えるかな」
「よるんじゃねえ、おっさん、くらいは言いそうだ」
「・・・それは言ったかも知れない。あの子、思い込み激しいし・・・性格きついし・・・」
「つまりは」
「かなり殺伐とした夫婦だったんじゃないかな」
「わかんの」
「実の叔父によこしたどうかしてんじゃないのかって思えるお手紙から察して下さい、博士」
「立派なストーカー」
「うん、立派なストーカー」
「楽しそうに言うね」
「だってざまあみろって言いたいもん」
「そりゃそーだ・・・」
「王位ぶんどって家庭内まで幸せになどなってたまるかっての。ベスの操縦で辛酸舐めろってとこかなー。簡単に操縦できる子じゃねえし」
「三世陛下、アンタ、何仕込んだ」
「・・・知るかよ」
しらっと言い切ってエドワードを眺めた。
「アレが男だったら苦労しなかったのにさ、なんで女なのさ。まったく。あの心意気ならいくらでも跡継ぎに指名できたのに。アレが王子だったら、ウッドヴィルの野郎どもに預けて北部にトンズラ出来たのにさ」
「おまえ」
「アンタの遺言、無視するつもりでいたの。でも、ヘイスティングスじゃ仕方ないじゃん」
「正式の使者は」
「来なかったから無視したると決めつけたら、口説かれた。行ってみて馬鹿見たよ、何が何でもミドラムにいりゃ良かった。あの子の戴冠式見届けたら帰るつもりでいたのにさ、そもそもあんな結婚しやがるから、アンタがいい加減だからジョージも僕も馬鹿見たんじゃねえかっ、大概にしろよ、この色キチガイのデブがっ」
ばっこーんとそばにあった図鑑でエドワードを殴る。
「やってんな・・・」
ジョージが書類片手に溜息つきつつ、やってきた。
「いって・・・」
ジョージは初老の姿だ。彼は苦笑している。
「近寄るなよ、ネッド。アンタ、まだ懲りてないのかよ、こいつきてから何度目だよ」
「一日一度はしているからかれこれ15回はしている」
リチャードという末弟の言葉にレイモンドまで溜息を深くついた。
「それでもいそいそ触ってくるんだからなー」
「いわゆるMなんじゃねーの、変態のクソ馬鹿兄貴だもん。女癖目一杯悪いしさ。近寄んなって言ってるだろが、くそやろー」
今度は足だ。蹴飛ばされて、エドワードはうずくまる。
「そのへんにしておいてくんない、ちっとも治療がすすまねーよ・・・」
レイモンドが珍しく文句を言った。末弟殿は実は病床にいるのだが。
「そーする・・・」
「アンタの打撲傷や擦り傷はあっちで看護士さんにやってもらってね。面倒見切れんわ」
「だろーね」
ジョージが書類を見ながら苦笑していた。すごすごとエドワードが下がっていった。
「はー、すっとした。一日一回やると気持ちいいー」
ベッドの上でリチャードが笑ってそう言った。
「あーあーそーですかー」
ジョージの言葉にリチャードは起き上がってジョージの手元をのぞき込んだ。
「辞令、また旧式だね、ここ未来なんだろ」
「こーゆーのは旧式なんだよ、で、ジョニーはどこさ行っただ」
「さあ、大学の方で呼び出しがあったとか言ってたけど」
「あんのクソ馬鹿・・・今度は何しでかしたんだ・・・報告書にサイン入れるだけで何時間かかると思ってやがんだ」
「所長様って楽じゃないんだ」
「てきとーに楽だったりもする。今日の昼飯当番はなんとマージョリーであります。ネッドは隔離するから、来るか」
「行く。ジョージの今の奥さん、料理上手だね」
「んじゃ、所長室に来いや。食堂はなんだか知らんが、目一杯で」
「なんでさ」
「いやあ、マージョリーが食事当番と聞いただけで出張ってるのが戻ったりするんだわ。んで、俺は毎食食えるんだから、食堂に来んなって言われちまうってわけよ」
「へーやっかみもあるんだー」
「レイチェルには朝、言葉でぶん殴られたけどな」
「なんて」
「パパずるい」
「はは、ずるい、ね」
「アタシはまずいカフェテリアの飯でパパはママのポトフなんてずるい、だとさ」
ガウンを着付けるとリチャードはジョージと一緒に所長室へ向かった。
「掃除してんの、この部屋」
「ごくたまにはする」
テーブルセットには二人分の食事が用意されていた。書類や資料やモニターや雑多な物が山積みの変な部屋だ。所長の机には様々な機械が並べられ、一冊だけ本が載っている。英訳された「人間失格」という文学作品だ。たまに拾い読みするのか、栞が何枚も挟まっていた。
「ジョージって今いくつ」
「もうすぐ六十になるな」
「ふうん・・・じゃあ孫がいてもおかしくないんだ」
「結婚遅かったから、まだちょっと・・・レイチェルは二十歳前だし」
「遅かった・・・ねえ」
「再婚が遅かったんだよ」
用意された昼食はパンとポトフ。デザートに真っ赤なゼリーが添えられてあった。
「これ、何」
「アセロラって言う果物のゼリーだよ。結構酸味効いてるよ」
ポトフはほどよく味がしみこんでいた。
「夕べからごそごそやってた甲斐あるな」
「ふーん」
マージョリーは感じがイザベルに似ていた。話し方、仕草がよく似ていた。
「再婚って」
「ああ、最初のは、こっちにきてからのは、死んだんだよ」
あっけなく、素っ気なくジョージは告げた。机の上にあった写真を見せた。
「あれ・・・」
「姉妹なんだよ、ジョアンナと言って技師だったんだ」
「笑顔・・・飾っていても」
「やっと飾れる様になったんだよ、何せ、事故死だったからな。千年経っても待っていたかったって言ったら・・・馬鹿かもな」
「そう・・・」
ジョージもリチャードも妻に先立たれていた、かつていた世界でも。
「再婚して娘がいて、研究者で・・・変だろ、リチャード」
「うん、ヒマさえあれば酒飲んでたジョージが・・・真面目に研究者やってんだもん、びっくり」
「アルコール依存症矯正プログラムってのがあるんだよ」
「・・・それ」
「その上で、色んな教育を受けて・・・適正のある道を進んで、ここの所長さんってわけ」
「大変だったの」
「ああ、依存症を治すのが大変だったね」
「そっか。やりたいことあるかってレイモンに聞かれたよ」
「あるのか」
「何もない」
「・・・そうか」
「アンとあの子に逢いたい」
「それは・・・無理かも」
「じゃあ、逢えるところに行かせてよ」
「諦めろ、リチャード」
「やだ」
「・・・そうだろな」
ジョージはそう言って弟を抱き締めた。
「でも、生きていてくれ」
「ジョージ・・・」
「ここは理想郷じゃないけどな、いいことだってそのうちあるよ」
頬にキスしてジョージは笑った。
「残してくれたか、レイモンは」
首筋に触るとジョージは溜息をついた。
「十四の身体にしても残すって意地悪だ」
「おまえが馬鹿だからさ」
「それはあってるね」
理想郷。それはどこにあるのか。退院する日、アンがコニーに付き添われてきていた。
「ああ、そうだ、やっと調べついたよ、おまえんちのエドワード、こっちに来ていたよ、今、18歳だってよ」
「・・・・・・父親が14の見かけで子どもが18ってどの顔して出会えばいいのさー、もうーーー」
「あら、本当。でも私、逢えるのかしら」
「面会の許可は下りてるわよ」
コニーがそう言って微笑んだ。
「そう・・・でも十歳しか差がないわ」
「逆になってるこっちの身にもなってよ、アン」
「ここはほんとうに奇妙な世界だね」
「ニライカナイ、とかシャングリラとか桃花源郷とか言うけどね、そんなもんどこにもないわよ」
コニーはそう言って苦笑する。
「心の中にあるものだろ」
リチャードはそう言って、投影機に映るエドワードの笑顔を眺めていた。彼はもういない。けれど、笑顔は残っていた。