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    • 「任務投げてすみませんでした」
      ジョージにそう告げてからリチャードの部屋へ行く。ジョージもエドワードも何も言わなかった。ラヴェルも黙っていた。
       「ひどい顔だったな」
      それだけジョージが言う。エドワードはずっと黙っていた。
       「東洋人とネディがねえ・・・この世界で少しは幸せだったのかな」
      ぽつっとエドワードが言う。
       「幸せ、だったんだろうねえ・・・」
      ジョージは言う。またも会えない兄。確か彼は末っ子を溺愛していた。それだけを覚えている。なのに、その娘は・・・。

       「大丈夫、レイモン」
       「患者に気遣いさせるなんて最低の医者ですね、私は」
       「どこにいたの」
       「いろいろですよ、もうばれてるそうですね、ヤンソン先生とアシュレイは口外はしないでしょうけれど・・・自分の子にもマザーボードシステムの能力開発を受けさせるなんて最低の父親だ」
       「どういうこと・・・」
       「見込みがある場合、胎児の時から英才教育を受けさせられるんですよ、システム維持のために」
       「なかなか非常理な世界だね、レイモン・・・」
      彼は泣かない。そう思った。
       「私には彼女の死を悼む権利さえない・・・だから泣きません」
       「人の感情はそんなに・・・」
      レイモンドの手をリチャードは握った。
       「妻が逝ってしまった時、三日三晩泣き通した・・・あなたが言った、、泣血哀慟という言葉・・・血の涙を流し激しく慟哭する、だっけ・・・」
       「ええ、それが何か」
       「あなたがそれをしても、誰も見ない。私が見ても・・・あなたが気にする必要はない。あの人の為に、泣いて欲しい。あの人の父親を知っているのなら・・・」
       「許される事ではありませんでした・・・」
      レイモンド博士は寝台に腰掛けているリチャードの膝に顔を埋めた。
       「私は・・・知らずにあなたがた兄弟の・・・姪にあたる人を・・・死なせるためにいたんです」
       「微笑んでいた、最後に彼女は」
       「嘘でしょう・・・私は彼女を裏切ったのに」
      レイモンドの涙が伝わる頬。それにリチャードはそっと触れた。
       「嘘ではない・・・確かに見た。忘れられない最後の微笑。あれは・・・西洋の笑い方ではない・・・そういう微笑みだった・・・」
       「それでも・・・私は・・・曜子っ・・・」
      絶叫が響いた。彼はアリスンの名前を決して使わなかった。輝く太陽の子。それを愛した。大逆罪で流され果てた学者の血ゆえに幼くして去っていった皇女が時間移民して成長し、愛した人との間に生まれた太陽の子。激しい慟哭が響いた。リチャードは動かなかった。レイモンドの髪を撫でることもしなかった。レイモンドの前で、人間ではなく、ただの物体となっていればいい、と思った。慰める術などありはしないのだから。心の中であの時、アンの部屋の上掛けに突っ伏して声をあげて泣いた事を思い返す。誰が見ても構わなかった。それだけを覚えている。
        20歳で結婚、12年に満たない短い結婚生活、新婚の頃、子どもが生まれた頃、それが幸せの絶頂だった。それからリチャードとアンは坂道を転げ落ちるように落ちていった、不運の中に。それでも寄り添ってきた。それでも心通わせてきた。もう彼女には永遠に逢えない。それだけは解る・・・。もう一度血の涙を流すしかない、と。
       レイモンドはそれっきり泣かなかった。感情を全て押し殺して仕事をしていた。三人の兄弟もそれには触れなかった。出張から戻って来たジョニーにも何も知らせなかった。ジョニーは相変わらずおっちょこちょいのままだ。
       「・・・始末書また追加か、あいつは、もう・・・」
      そうぼやく間もなく、転勤していった。レイモンドは彼には自分の経験を一言も言わなかった。レイモンドとリチャードはかなり親しくなっており、エドワードがいらぬ焼き餅を焼いたが、二人は適当にあしらっていた。祈りを相変わらずリチャードは捧げない。ジョージ、エドワードと同席の場合は顕著だったが、たまに祈っている時もあった。でも祈祷書を欲しがることはなかった。
       食事の時も黙ってそのまま、ナイフ、フォークを手に取って始めてしまう。エドワードもジョージも祈っている合間にも無視をしている。棄ててしまったのか、と問い詰めたりもしたが、返事はなかった。
       「許されないから」
      それが返事だった。異教の本を見、異教の行事に目を見張り、経文を読み、古い言葉で突然唱える異教の文句。
       「その時 ( 太初において ) 、無もなかりき、有もなかりき。空界もなかりき、そを蔽う天もなかりき。何物か活動せし、いずこに、誰の庇護の下に。深くして測るべからざる水は存在せりや」
       「何だ、それは」
       「インドの宇宙開闢の歌・・・」
       「意味は何だ、リチャード」
       「とにかく最初は何にもないよーん、みたいな」
       「・・・は」
      不思議に思ってぽかんとした兄弟の顔を見て笑った。
       「始めに言葉ありきと逆だよね」
      はっと気付く。ヨハネ伝の最初のフレーズ・・・。
       「どっちも人間が考えたのに、なんで反対の教えが残ったんだろう・・・」
      その疑問にレイモンが笑う。
       「西洋は人間が中心、東洋は自然が中心であって人間は自然物のおまけなんですよ」
       「それさあ、レイモンの研究テーマじゃなかったっけ」
       「そうですよ、それが何か」
       「まさか、リチャードを巻き込む気か」
       「本人が望むのなら、ですね、コレばかりは」
       「そりゃそうだけど・・・」
      多分、リチャードは巻き込まれるつもりなのだろう。その手の本を読みたがり、知的好奇心を満たしていった。
       「背が高くなれるのは嬉しいんだけど・・・」
      そう言うと、レイモンドは苦笑していた。
       「エドワードさんよりは低いですよ、残念ながら所長よりも低い」
       「そうだと思ったんだ・・・」
      エドマンドとリチャードはよく似ていた。エドマンドはそんなに背は高くはなかった。ウェイクフィールドで非業の死を遂げた時、まだ十七歳だった。その兄をリチャードはぼんやりとしか覚えていない。父親もそうだった。
       「異形だと散々言われてたし」
       「昔は身体障害があると差別する風潮だったからね、でも・・・こんな話があります。古代の墓から少女の遺体が出てきたんだけどね・・・」
       「何かあったの」
       「脊椎カリエスという背骨の異常がある少女だったけど、背骨が変形してからもいい栄養状態で生きていた・・・」
       「それ」
       「看病して・・・養っていたという証拠ですよ、かなり背骨がでこぼこになってしまった子でね、十四歳くらいだそうです、八歳くらいから寝たきりだったのではないかって」
       「え・・・」
       「異形として嫌う人間もいれば養い愛情を注いだ人間もいるってこと。それが人間って事なんでしょうけれどね」
       「コンプレックス感じるのはおかしいことなのですか、博士」
       「感じさせる方がおかしいんですよ、それだけです」
      じっと見つめるグレーの瞳をレイモンドは見つめ返していた。
       「そう・・・」
       「それはそうと・・・私のデータ、届きました、ラヴェル家とはやはり関係ありました。ラヴェル男爵前夫人、つまりラヴェルの母上が・・・再婚する時に・・・」
       「何かあったの」
       「前夫の子は邪魔になったのでしょう、薬と冷たい川を利用して流した子があったそうです、それが私です。つまりフランシス・ラヴェルの弟です、私は。生まれることもなく、ヨークの冷たい川に流されて棄てられた子です」
      ラヴェルはそれを聞いて溜息をついた。
       「母を愚弄するつもりはありませんが・・・時間移民の中には胎児のまま移民する者も多くいます。マザーボードシステムという機関でカプセルの中で育成されるんです、生きた女の子宮に送り込まれることはまずありません。カプセルの中でそのまま英才教育を受けさせ、育成します。十歳くらいで大学進学出来るように育てるのです・・・。人間としての感情はその頃植え付けようとする様ですが、大抵失敗し、人間味の薄い人物が多くなってます。ある意味・・・私は運が良かった・・・自分で感情を学んだ、自分で人との接触を好んだ・・・その結果、マザーボードシステムの人間の中では感情のある方です。不倫でしたけど、恋愛沙汰もおこしましたし・・・ね」
       「弟・・・母の事は・・・私は・・・」
       「恨むな、と言うことは簡単です。でも、あなたも選んだ。不幸だとは思いません。かけがえのない人とふれあえたのなら、それが一番で、幸運なこととわたしは思います」
       「それは自信を持って言える・・・私はそんなに不幸な男じゃない」
       「一瞬でいいのです、兄上・・・感謝します。この巡り合わせに。明日からはまた他人ですけどね」
      フランシス・ラヴェルの手に額をつけてからレイモンドはそう言って微笑した。
       「そうだな・・・」
      ラヴェルはそう返事した。
       「では、早速・・・参りましょうか」
      リチャードは二人のどこか人の悪い笑い方にぞっとしていた。
       「何しようって言うの、二人とも」
       「まあ、大丈夫ですよ、ご心配なさらずとも」
      つまりは治療なのだろう、この二人は。



      柿本人麻呂の妻を亡くして泣血哀慟して作れる歌

       天飛ぶや 軽の路は 我妹子が 里にしあれば ねもころに 見まく欲ほしけど やまず行かば 人目を多み 数多行かば 人知りぬべみ さね葛 後も逢はむと 大船の 思ひ頼みて 玉かぎる 磐垣淵の 隠りのみ 恋ひつつあるに 渡る日の 暮れゆくがごと 照る月の 雲隠ごと 沖つ藻の 靡きし妹は 黄葉の 過ぎて去にきと 玉梓の 使ひの言へば 梓弓 音に聞きて 言はむすべ せむすべ知らに 音のみを 聞きてありえねば 我が恋ふる 千重の一重も 慰もる 心もありやと 我妹子が やまず出いで見し 軽の市に 我が立ち聞けば 玉たすき 畝傍の山に 鳴く鳥の 声も聞こえず 玉鉾の 道行く人も 一人だに 似てし行かねば すべをなみ 妹が名呼びて 袖ぞ振りつる

      短歌二首

      秋山の黄葉を茂み惑ひぬる妹を求めむ山道知らずも
      黄葉の散りぬるなへに玉づさの使を見れば逢ひし日思ほゆ

       「相変わらず解らないモン持ってきたな、おい」
      リチャードのタブレットには散文詩が書いてあるが、説明が長い。
       「・・・これって」
       「この妻とはいってるけど、多分、これは不倫か身分違いか何かでそういう関係になってはいけない女性との・・・」
       「挽歌になってるぞ」
       「亡くなったとしても葬儀に参加出来ない間柄だったと言うか・・・」
       「いつからあったんだ・・・」
       「私達からおよそ八百年くらいは前の・・・」
       「なるほど・・・そんな昔からそういうのはありましたかーまさかと思うけど、これ」
       「レイモンが自分から引っ張り出して見てた」
       「あの男は・・・まったく」
       「でも・・・この「よろずのことのはのあつまり」って言う意味の歌を集めたこれ・・・読めないところもあるんだけど、確認したい人間としたくない人間に別れてるらしいよ、それで論争があるとか・・・」
       「そうか・・・」

      山振の 立ちよそひたる山清水 くみに行かめど 道の知らなく

      黄泉の国にいる愛しいあなたに逢いに行きたいけれど辿る道が解らない・・・山吹の花は黄色、山の清水で泉、それで黄泉を意味する。

       「逢いたいですか、愛しいあなた、に」
      ラヴェルが聞いた。
       「そりゃ逢いたいよ」
      ジョージは簡単に言った。
       「無理なのは知っている」
      ジョージはそうも付け加えた。
       「すまないと思うけれど・・・アンには逢いたいよ・・・でも、きっと彼女はここには来てくれない。それだけは解る・・・だから道が解らないって嘆くこの人の気持ちはわかる・・・」
      リチャードは遠くを見つめてそう言った。
       「あーそういえば、この歌の作者の息子は皇位継承候補に上がっていながら・・・讒言で自害させられたとか・・・家族全員・・・」
      ジョージはその皇子のプロフィールを検索をかけてそう言った。
       「王位とか皇位とかろくなことにならないねえ・・・」
      リチャードがそう呟いた。
       「はは、おまえが言うと重いぞ」
      くしゃとリチャードの頭をジョージが撫でた。
       「そっかなー」
      少年の姿にしたのはどういう方法なのか、解らないが、ジョージは三歳よりも下になってしまった感覚に戸惑う。エドワードは自分の息子と変わらない年頃にやはり困惑を隠せない。当人はどう思うのか、判断が付かないが。
       「ここにいるのは・・・不本意だけど・・・ジョニーもいないんだから元に戻してくれって言ったら拒否されちゃった」
       「あったりまえだ」
       「なんで、あの男の影響受けるんだ、気に入らないな、おまえは」
        「ネッド・・・そんなん解らないよ」
      あっさりと言う顔をラヴェルは見ていた。祈らない原因が解る事件が起き、記憶障害まで背負った主人をただ、見守っていた。

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