• うたかたの記INDEX
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    • うたかたの記12
    •  「薬が出来たって・・・レイモン、また何かしたの」
      病院でリチャードにそう言われて、レイモンドは苦笑していた。
       「知り合いに研究してもらっただけですよ、ただし、あなたには」
       「何・・・」
       「実験台になってもらいますけどね」
      あっさりと言う。
       「怖いな」
       「ここで、実験台です」
       「何考えてんだか・・・」
       「仕方ないでしょう、まさか、多臓器不全起こすなんてこちらも思っても見なかったんですから」
       「そんなに・・・」
       「背骨の事だけじゃなかったんですよ、まったく。あなたのご兄弟は夭折なさっている方が多い。理由は不明でしょうけれど・・・きっと生まれつき何か病を抱えていたとしか・・・あなたの話から察するに、あなたの事もご両親は半ば諦めかけていたのではないですか」
       「よく解るね・・・その通りだけど・・・成人できるか解らないって言われてきていたから」
       「エドワードにも聞いてます」
       「兄上が」
       「ええ、後悔してましたよ、末の弟には・・・無理をさせたと」
       「戦の事とか」
       「多分・・・運が良かったんですよ、まあ、ボズワースは、これは別ですけどね」
       「うん・・・それは・・・」
       「それにお子さんで気付いていたのでしょう」
       「・・・アンには言えなかった・・・あの子は成人どころか十歳になれるかどうかも解らない、なんて」
       「ずっと一人で黙っていたのですか」
       「医者は知っていた。王太子なんて、私より早く死ぬかも知れないのに、そんなこと・・・でも、あの時は・・・」
      仕方なかったんだ、と言う。
       「即位するなんて思ってもみなかったし・・・どう考えてもこれは・・・兄には」
       「裏切り行為だと」
       「簒奪者で、詐称の王で・・・充分」
       「でも、エドワードはソレが理由であなたを殺そうとしたのではないのは知っているのでしょう」
       「・・・そうだけど・・・」
       「あなたの方がこだわっていると思ってましたけれどねえ」
       「それは違う・・・ある時から従えなくなったのは事実。義姉上のせいじゃない。ウッドヴィルの人達のせいじゃない。ただ、私が・・・逃げたくなった、それだけだ・・・と思う」
       「もうヨークではないし、あなたはリースですよ」
       「それだけは母様達に感謝している」
       「薬のことに話戻しますけれど、これで完治したら、老化遺伝子の鍵を解除します」
       「それって・・・」
       「ええ、成人して・・・年も取れますよ」
       「そう・・・」
      でもあまり嬉しそうには見えなかった。
       「未熟だと思えるんだけど」
      暫く黙っていた彼がそう言った。
       「完全な人間なんていませんよ」
       「レイモン」
       「私が出来ていると思いますか」
      首を振った。
       「思わない」
       「そうでしょうね・・・」
      そっと手を伸ばし、リチャードの髪にレイモンドは触れた。
       「曜子もそう言ってました」
       「え」
       「マザーボードシステムの、感情が欠落したシステムのために生まれてきたマシンの様だけど、あなたは・・・まるで赤ん坊よりも質が悪い不完全な人間だと彼女は言いました。それがきっかけみたいなもんですよ、恋愛なんて・・・いえ、人を抱き締めたいと思うなんて・・・私が感じるなんて、ね」
       「欠点をつつかれて目が醒めたってこと、レイモン」
       「多分・・・それもとらえどころのない女性に、ですよ・・・」
      レイモンドはリチャードを抱き締めて、ほんのりと微笑んでいた。その微笑みをリチャードは見ていない。
       「頭がいいのか悪いのか、何を考えているのかさっぱり解らない女に、ですよ、この私が不完全だと言われました。屈辱なのか、それともそれは・・・人として認めてもらえたのか、今も解らない」
      リチャードはレイモンドの肩近くにしがみつく形になっていた。
       「なのに・・・私は彼女を突き放せなかった。人妻だと知っている癖に。決して私の・・・ものにはならないと解っていたくせに」
       「レイモン、何を彼女に言った」
       「ああ・・・それは・・・」
      リチャードから離れて、彼は戸惑いながらも言う。
       「終わりにしたいと、言ったんですよ」
       「レイモン」
       「そうしたら、彼女が彼女自身で終わりを告げました、あなたの前で」
      もう一度、リチャードの髪に触れるレイモンの手。
       「叔父、血のつながりのあるあなたの前で。私の子は無事育っているそうです。その子もきっと学者になるのでしょうね・・・感情があればいいのですけれど・・・そればかりは」
       「残酷なシステムだな」
       「仕方ありません」
       「レイモン」
       「それでも、明日は来ます、昨日は昨日のまま、今日は今日のまま、曜子の元に渡るかささぎの橋もなくしたけれど・・・私は死ねませんからね、寿命が来るまでは」
       「かささぎ・・・」
       「ああ、またお話ししますよ、星の話ですよ・・・」
      レイモンドはリチャードのこめかみにキスをするとそっと立ち去っていった。そのこめかみに触れる。あの人が人間ではないという人も大勢いる。見聞きしている。暖かさも冷たさも知っている。そのまま、もう一度こめかみに触れた時、ラヴェルが立っていた。
       「どうかした、フランシー」
       「いいえ、何でも。ただ、レイモンは変わらないですねえ・・・」
      そう呟いて、ラヴェルは目を閉じた。
       「治ったら、一度、イングランド行ってみませんか、過去の」
       「暮らしていた頃のか」
       「ずっと未来ですよ、あなたの・・・遺骨が見つかったと騒がれた頃」
       「趣味が悪いぞ、それは」
       「そして、私の屋敷にも」
       「そうだな・・・」
      聞いてはいたが。
       「フランシー・・・」
       「薬の投薬については私がやります」
       「レイモンは」
       「副学長の仕事が忙しいそうですよ」
      リチャードは知らず知らずに溜息をついた。
       「本当かな」
       「デイッコン」
       「あれは嘘つきだから」
       「ええ、そうですね」
      腕の中に寄りかかってきたリチャードをラヴェルは複雑な顔をして見ていた。そのまま腕の中に抱き取る。
       「本当に嘘つきだ・・・」
      身体が熱い事に気付き、ラヴェルはそっとベッドに寝かせた。
       「まだこの部屋から出ることは出来ませんよ、当分は」
       「当分・・・」
      それはどのくらいだ、と聞くことはなかったが、見つめてきた目にラヴェルは緩やかに首を振った。
       「悪くすれば半年ですかね」
       「それは長いな」

      あなたが永遠に・・・幸せでありますように・・・

      ピアノに向かって歌っていた人をフランシス・ラヴェルの目は哀れみを持って見つめていた。
       「歌っている歌詞の意味がわかりませんけれど、レイモンド博士」
       「永遠の幸福を祈るって言っているんですよ、皮肉でしょうか」
       「誰に、ですか」
       「この間までは・・・曜子に、でした」
       「そうですか」
       「あなたを迎えに行ったとき・・・ここで朽ち果てさせてくれと言われましたよね」
       「ええ」
       「あの方を守れなかったからですか」
       「そうです・・・あの方の気持ちを察する事出来なかった、それを悔やんでます」
       「歴史書にはあなたの髪の色や目の色は載ってません・・・どんな人だったのかもさえ、あやふやで・・・ただ、ラヴェルミンスターには子爵の幽霊が出ると、だけ」
       「それが何か。たいした事ではありませんよ」
       「恐竜の本当の色を誰も知りませんでしたよ、化石になった後では」
       「博士」
       「誰があなたがどんな人だったか、あなたが愛したあの人がどんな人だったか、思いやってくれるでしょうか・・・。辱める事は多々あったとしても」
       「敗残の者なら仕方ありません・・・」
       「・・・西行という僧侶がやはり敗残の君に君の御霊に歌った歌があります・・・よしや君昔の玉の床とてもかからむ後は何かはせむ・・・たとえ君が昔起臥された金殿玉楼とてもこのようになにもかもなくなってしまった死後においては何になるというのでしょう・・・」
       「レイモンド博士」
       「もしもあなた方がこの世界にいらっしゃらなければ・・・ミドラムの城、ボズワースの原野でこの歌を思い出していたでしょう・・・」
       「ええ、恨んでも何にもなりはしません・・・でも私は・・・」
       「ですから、わざと傷をつけておいたんです、あなただとみんなが誤解するように」
       「それは・・・やりすぎでしょう」
       「・・・自分を正当化するために取った手段を庶民が忘れると思うのは傲慢ですよ、テューダーが滅した後、日本だったら、やりすぎたからだよ、祟られて当然だ、となりますよ」
       「そんなものですか・・・」
       「人の生の感情ほど怖いものはありませんからね」
       「博士は・・・見ていたのですよね」
       「ええ、あなたはあまり見られなかったけれど」
       「あのご兄弟の確執は・・・本音を言えば見ていたくなかったので、これ幸いと思ってしまいました・・・あなたには申し訳ない事でしたけれど」
       「・・・いつからあなたの、あの方は兄上を愛さなくなったのでしょう」
       「さあ・・・ヘイスティングスの手紙を受け取っても、ロンドンに向かう事、躊躇しておいででした、どころか、絶対に行きたくないとごねて」
       「説得なさったのですか」
       「いいえ」
       「遺言を聞いても・・・ですか」
       「ええ・・・」
       「無視すれば、あの方はもっと幸せだったかも知れませんね」
       「でも、それは無理です」
       「・・・幸せな人だと思いますよ、愛する友人、妃、愛してくれた領民達・・・あんな追悼の文をヨークから送られて・・・彼を殺した男には絶対得られないものばかり」
       「悲運だと思った事はありません」
       「そうでしょうね、まわりだけですよ、悲劇だと思うのは。ご両親、ご兄弟、友人達、家族に出会えて生きてきた生まれきた理由のわかる人を悲劇なんて一言で片付けるのはあんまりだと思います」
      ピアノの上に置かれた写真集。
       「これは」
       「核融合システムを使った爆弾で亡くなった人達が身につけていた遺品の写真集です。綺麗でしょう・・・女物のワンピースドレス、鮮やかで。でも即死か・・・その爆弾がまき散らした毒の為に亡くなったか・・・爆弾が投下されたときに身につけていたそうです。彼女たちが・・・その遺品を身につけていた人達がそんな爆弾ごときで死ぬために生まれてきたなんて考えたくありません・・・」
       「・・・博士」
       「彼女たちも幸せになるために生まれてきたんですよ、それだけです」
      古い映画のパンフレットの復刻版。文字は何一つ読めない。
       「美しい人でしょう、彼女は32歳で・・・8月21日に・・・醜い斑点を体中に身につけて・・・体中の穴から血と体液を吹き出しながら・・・煩悶して亡くなったそうです・・・その爆弾の毒にあたった為に」
       「博士」
       「それでも彼女は・・・自分を哀れな女だなんて思わないはずです。信じた道を歩いただけだと誇りを持っているはずです」
       「それが私達から何百年も経った人々が行った戦争なのですね・・・」
       「ええ」
       「それでも、彼らは・・・幸せだった時があると博士は思って・・・」
       「当然でしょう」
      ピアノを鳴らす。博士が愛する東洋の歌人の、不思議なメロディ。タブレットを操りながら、その歌詞の意味を拾いながら見つめていた瞳。意味を知ると彼は涙を見せまいとした。
       「この歌も意味は知っていらしたのですか」
       「さあ・・・どうでしょうか・・・レスターで見つかった時の事、動画を見ている横で歌っていた事は確かですが・・・」
       「そうですか・・・」
       「あの人の為に戦い死んでいった人がどんな人であったのか、百年も経てば誰も覚えていてくれはしない・・・化石のようになってしまう・・・それをあの人は随分と熱心に聞いてましたけれどね・・・」
       「何か言ってましたか」
       「本当の私を知っている人などどこにもいはしない、と」
       「そうでしょうね、私でさえ知りませんでしたから・・・行きくれて・・・木の下のかげ・・・」
       「あなたもそういうお人でしたね」
       「あなたの愛した人の国の花は美しい・・・あの花の下なら、さぞや・・・でも春の一瞬でしかない」
       「西行という僧侶は望み通り、満月の・・・あの花の盛りに死ねたそうです。歌に残してますよ、願いが叶うなら・・・花の盛りの時、満月に死んでしまいたいものだ、と」
       「幸せな御方ですね」
       「長い人生の中、愛した友人の一族が全て滅んでいく様も・・・お仕えした帝王の死もその目で全て見て・・・一人生き残って・・・それでも彼は歌を詠むために生きたお人です」
       「それは・・・傍目では幸せとは思えませんね」
       「・・・としたけて・・・またこゆべしとおもいきや、いのちなりけり、さよのなかやま」
      レイモンドは原語で言った。
       「どんな意味ですか」
       「年取ってまたこの峠道を越えられるとは思ってもいなかった、私の運命なのでしょうか、小夜の中山よ」
       「羨ましいですよ」
       「ラヴェル卿」
       「ユダヤのあの少女は生きて夢見ていましたよね、私は何故生きているのか解らなくなっていたのに」
       「でも、あの方はあなたの命を、殉死を望むわけないでしょう」
       「ええ・・・」
      ラヴェルは微笑んでいた。
       「あの方に出会えたのは私の今生の喜びでありました、今も変わりはありません」
      レイモンド博士はもう一度、ピアノを奏でた。歌はなく。最後の一節だけ、口にした。
       「あなたが永遠にしあわせでありますように」と。


      病室に行き、投薬をし、副作用の加減を見る。ラヴェルの視線の中に何かを感じて、リチャードは顔をしかめた。
       「レイモンに何か言われたの」
       「何も。ただ・・・私、一度は嫌だと言ったんですよ」
       「ここに来ることを、か」
       「ええ、会わせる顔がないと言ったんですけどねえ」
       「じゃあ、何故・・・フランシー」
       「あの人は・・・ご兄弟がそばにいても孤独なのは変わりはありませんと」
       「・・・そんなこと」
       「この世界はとても薄情な世界で、結びつきはとても希薄、生きる意志のない人にはとても危険な世界だと・・・説得されました」
       「おまえ、本当に貧乏クジのフランシーだね」
       「構いませんよ、今更」
      ノックの音。
       「はい」
      ジゼルがやってきていた。
       「着替えと本、持ってきたわ。言っておくけど・・・」
       「本って・・・」
       「写真集と絵本よ。難しい本持ってきて悪化させるわけにはいかないわ」
      自然風景の写真集と子ども向けの絵本。
       「コレ・・・」
       「面白そうでしょ、キネズミの兄弟のお話よ。パンケーキつくったりするだけの、とかね」
       「こっちは猫、かな」
       「そう」
      落書きみたいな猫ばかり出て来る絵本。
       「でーこっちはうさぎ」
       「そうよ」
       「母様、これ何歳児向けなの」
       「三歳児あたりからかしら」
       「あのね」
       「何カ国語もあるから」
      五つの言葉で描かれたウサギの絵本。
       「母様―――」
      ラヴェルは横で笑っている。
       「なんて言うの、このウサギは・・・」
       「勘弁して」
       「だってこういうのが疲れなくていいじゃない」
       「そりゃそうだけど・・・」
       「それとも機関車のもあるのよ」
       「・・・母様」
       「それなりに面白いわよ、こういうのも」
       「解るけど」
       「少しは休みなさい。おまえは真面目すぎるのよ」
      取り上げてみた絵本は薄く、話は他愛のないものが多かった。
       「選ぶの、とっても楽しかったの」
      ジゼルの言葉に赤面して突っ伏すリチャードをラヴェルが笑う。
       「こりゃいいですねー」
      そう言って一冊取り上げて読んでいる。子ども向きで、単語も単純なものばかりだ。
       「パンケーキ、おいしそー」
       「そっちかよ」
       「ふふ・・・お腹がすいた子どもにはパンをあげればいいのです。それが出来ない大人とは悲しいものです・・・」
       「それ、何」
       「この絵本の後書ですよ」
       「へえ」
       「何のために生まれて何をして生きるのか・・・ってこれ絵本でしょ、ジゼル」
       「ええ、でも小さい時から聞いていれば、解る事よ」
       「それって」
       「哲学者の祖父が孫がそう歌っていてびっくりしたそうよ」
       「そりゃそうだ・・・」
      ラヴェルは笑っている。それをリチャードが見つめていた。
       「母様」
       「なあに」
       「着替えは・・・やはり寝間着ばっかりってこと」
       「外出許可が出れば着ていけるものもあるわよ、でも、それはナースセンターのロッカー行きね」
       「やっぱり・・・」
       「音楽は・・・どうする、色々あるけど」
       「うーん・・・何も考えなくていいのって・・・やはり」
       「これあたり、私は好きよ」
      ベートーベンの第七番交響曲。
       「それから・・・」
       「モーツァルトもいいわね」
       「ロンドンなんて名前のもあるんだ」
       「旅ばかりしていたもの、この作曲家は。ものすんごいステージパパがいてね」
       「へえ・・・」
       「歌詞がない方が楽よ、まああまり大きい音ではどうか、だけど」
       「母様は確かオペラ」
       「好きよ、よく見に行ったわ、フランツとね」
       「父様と・・・」
       「初デートはね、ヴェルディの「ドンカルロ」だったの・・・」
       「何かあったの」
       「バリトンの歌手に熱中したら、焼き餅焼いてたわ・・・」
      苦笑するジゼル。
       「なんで」
       「素敵だったの。でも、彼の役柄は愛されない王様の役だったのよ・・・」
       「そうなんだ・・・」
       「彼女は私を愛さない・・・王のマントの・・・中で聖堂の中で私は初めてゆっくりと眠れるだろう・・・というアリアを歌うの」
       「王のマント・・・ね」
       「エリザベッタ、イタリア語ではそうね、英語ではエリザベス、スペインではイザベル・・・でも、史実の彼女は王を愛し、王の娘を産んで・・・若くして亡くなったの。その王の三番目の妃よ」
       「三番目」
       「ついていない王様なのよ、最初の妻はお産で亡くなり、二度目の妻は子をなさずに亡くなり・・・この妻は・・・ヘンリー七世の孫娘よ。ヘンリーの、息子から続く孫達は子をなさなかった。そこで断絶したけど・・・三番目の王妃はフランス王家の人。娘二人を残して亡くなって・・・姪と結婚したの。そこがこの王の過ち・・・彼の家系は血族結婚の果てに断絶」
       「姪と・・・それ」
       「次の王も姪や叔母となの。それが何をもたらすか解る事よ」
       「親族との結婚は・・・やはり」
       「ええ、いい結果は招かない。ここの法律なら、あなたのご両親も結婚は許されない」
       「そうだった・・・」
      系図を思い浮かべるとそれは明確なことだ。
       「どう辿ってもエドワード三世にたどり着くものなあ・・・うちって」
       「それでレイモンドも苦労したらしいわよ」
       「そうだろうね・・・」
       「まあ、これで良くなったら、おまえも考えなきゃ」
       「何を」
       「・・・伴侶とか」
       「あーそーかー・・・」
      ふわっと思い浮かべるのは、一庶民の娘。真剣に愛したのに、結婚はならなかった。アンとの事は政略もあった。幼なじみとの不器用な恋愛。
       「幼なじみねえ・・・そう言えば、日本の殿様で・・・五歳と三歳の婚礼があったわねー」
       「母様」
       「お産でその姫が亡くなるまでそれは仲むつまじかったんですって。江戸幕府の将軍の姫と大きな荘園を持った殿様。参勤交代って知っているかしら」
       「聞いた事あります」
       「父親の将軍にね、その御姫様が出した手紙が残っているの、ダーリンがいなくて寂しいの、パパ、早くおうちに帰してよ、という意味の手紙」
       「え・・・」
       「そのお殿様はその姫が亡くなったとき、三回も卒倒してしまったんですって。人前でも。その父親の将軍の前でも・・・あの国は感情をあらわにする事は少ないのに、珍しいことね・・・」
       「・・・へえ・・・幸せな結婚生活だったんだ・・・」
       「25歳の若い妻を亡くしたのは悲劇ととらえる人は多いわね。でも本人達は違うわ」
       「そうです・・・」
       「法律では正式に出来ないわよ、でも、リチャード。後悔しないようになさい。王妃だった人にするか、その庶民だった人にするか。それはあなた次第よ」
       「アンは来ません」
       「解るの」
       「裏切ってしまったから」
       「リチャード、私もコニーもフランツも・・・みんなあなたの幸せを願っているのよ、それだけは解ってね」
       「はい」
      えらく素直に頷くものだな、とラヴェルは思う。ジゼルは申し分のない母親だ。度胸もいいし、思い切りがよい。総合大学の生活指導の教授、公安も司っている強烈なコンスタンスという彼女の娘を見ても解る。ラヴェルよりも背が高く、素手では彼女にはかなわない。マーシャルアーツの達人で、簡単に大男を投げ飛ばす。けれど、彼女もまた、一人の母親であり、妻である人だ。その彼女を育て上げたのだ、ジゼルは。
       「さあーて、私はまた仕事しなきゃ」
       「仕事」
       「ええ、ラヴェルさんの医院はね、この人ともう一人、お医者さんがいるの。戻らないとやかましいし」
       「一応、ジゼルに婦長してもらってるんです。他の看護士達はまだ若い子も多いし・・・そうそう、美佐緒さん、ここの専任の、彼女の妹もうちに来てますよ」
       「へえー・・・真樹ちゃんだっけ」
       「ええ」
       「なんか、フランシーあったの」
       「後でお話ししますよ」
       「オトーリでひどい目にあったのよね、この間」
      ジゼルが笑う。
       「・・・あー、アレか。つぶされたんだ、フランシー」
       「サー・ブランドンよりゃマシです。あの人、火が噴き出すようなアルコール度数のクースー(古酒)の泡盛三杯注がれてひっくり返ったそうですから」
       「・・・へー」
       「なんで知ってるんですか」
       「彼女の家に行ってその島の宗教の話、聞きに行ったら叩き出された、男が巫女と関わるのは禁忌だって言われた、彼女の家って神官の女性を何人も輩出している巫女の家系なんだって。時間移民で意識が昔のものらしいから、どうも、詳しくは話してもらえなかったんだ、けど、オトーリの話は聞かされたよ」
       「男が関わってはいけない、ねえ」
       「体内に命を生み出す機関がないものはいけないんだってさ」
       「・・・あー、そういうこと、変わった宗教ですねえ、まあ、嫌いじゃないですけどね、カチャーシーは」
       「毎日が宴会なのよねー、じゃあ、またね、いい子にしてんのよ」
      ジゼルがリチャードの頬にキスして部屋から去っていった。
       「では、私も。また」
      ラヴェルも去っていった。ジゼルが持ってきた絵本は対象年齢を見ると笑ってしまう。
       「そうだ、小児病棟に後で持っていってやろ」
      他愛ない絵本。
       「百万回生きた猫。また変なの持ってきたなあ・・・」
      ジゼルに出会ってから、人と素直に接する事が出来るようになって嬉しかった。


      退院して、レイモンドが暮らしていた家を譲ってもらった。時々、論文の事でその家に住めなかったりもしたが、そのうち一人暮らしを始めた。二十歳の見かけ。鏡に写る自分は若い。細くて頼りない身体はしているけれど、かつての自分に比べれば健康だ。不思議だと思う。こんなに元気になれるのなら、あの子にも、と思う。が、それは叶わない夢だと思う。
       「たまにはーーー」
       「はいはい」
       「まともな格好していてくださいーーーっ」
       「はいはい」
       「生返事ばかりしやがって」
      レイモンドがくれたあの着物だけを羽織っていた。
       「まったく厄介な」
       「フランシー」
       「何ですか」
       「ケイツビーにあったよ」
       「あっそ」
       「ラトクリフにも」
       「あっそ」
       「困った・・・」
       「何が」
       「まだ跪くんだよねーあの二人」
       「・・・どこに勤めているって」
       「ホテルのレストランのウェイターとーラトクリフは私の助手」
       「お給料あげられるんですか、ラトクリフには」
       「無理。だからコンビニでバイトしている、ラトクリフ。晴子ちゃんって女学生に惚れてるらしいよ、同じコンビニでバイトしているんだって」
       「へー」
       「ケイツビーはウェイトレスのアンナに惚れたのはいいんだけど」
       「・・・何やったんだ」
       「・・・ブランドンと同じ目にあったらしいよ、逆に申し込まれたって。・・・15世紀から来た男どもってもしかして全員ヘタレなのかな」
       「・・・否定できませんね」
       「まさかと思うけどフランシー」
       「私も逆に申し込まれました、それが何ですかっ」
       「ああ、そう・・・」
      板張りの床に直接座って、頬杖をついて、笑う姿。
       「さっさと服着てくださいっ」
       「そーだね」
      戻り紅葉の重ねの着物。さっと前をあわせ、部屋に入っていった。その前にラヴェルの唇にかすめるキスを落としていった。
       「・・・いつか殴ってやる」
      フランシス・ラヴェルはそう言って、握り拳をふるわせた。
       「ええ、あなたを愛していますよ、ずっとね」
      そう言っても、彼の主人で友人で・・・その人はその言葉を聞いていない。けれど、知っている。彼の愛情を。


      あなたが永遠に幸せでありますように。


      レイモンドも、ラヴェルもそう祈る。それだけだった。


      神のご加護を、祝福を。


      その文言を彼は求めない。それだけは知っている。


      学園都市のコロニーはその後どうなったのか、記録には残っていない。時間移民達の子孫は何世代も重ねた後、やっと母なる星に帰還したが、その中にリース家の名前もラヴェルの名前も残ってはいなかった。

      あなたが永遠に・・・

      あなたと僕が並んで化石になったとしたら
      二人がこんなに深く愛し合っていたことに・・・気付いて・・・


      あなたが永遠に幸せで・・・


                                                    終






      よしや君昔の玉の床とても
          かからむ後は何かはせむ   西行

      たとえ君が昔起臥された金殿玉楼とてもこのようになにもかもなくなってしまった死後においては何になるというのでしょう

      荒野に咲きほのかに揺れる夏の花 影に宿るる 我が君悲し

      リチャード3世陛下に。本歌は忠度さんの「行きくれて木の下のかげを宿とせば花や今宵の主ならまし」じゃ。下手やけど、ささげますです、陛下



      写真集は実在します。石内都さんの写真集「ヒロシマ」。映画のパンフは「無法松の一生」の戦前版。そのなかの軍人夫人役の人は8月21日に原爆症で亡くなった園井恵子さん。享年32歳。絵本はミッフィーちゃんやきかんしゃトーマス、ぐりとぐら、それに百万回生きた猫。アンパンマンなどが・・・笑。
      沖縄の巫女、ノロについてはどこかで聞いたけどたしか男子禁制だったよーな。男の人には話してくれないし、祈祷場にも案内もしてくれないらしい。なんか腐り気味な話しでごめん・・・なー。天然色の化石がイメージソングです。はい。2006のほーが。

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