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レイモンドはその日、時間旅行の許可を取っていた。
「場所は・・・イングランド、修道院、セシリー・ネヴィルの・・・」
「そんなところに何の用が・・・」
「ちょっとね、ある人の・・・」
「ご子息がほぼ時間移民してますね、成人していた、もしくは十五歳以上だった・・・という」
「ええ。出来ますか。ただ、彼女には・・・もしかしたら辛い経験なのかも知れませんけれど・・・」
「用意しましょう、他ならないレイモンド博士のお頼みとあらば・・・」
移民局の人はそう言って笑った。
「ただし、その御方は・・・正式に移民は出来ません。こちらに一日程度の滞在になりますが」
「充分です」
時間移民局の時間旅行のマシンはいつ見ても訳がわからない。レイモンドは十五世紀の修道士の衣装を身につけていた。
「では・・・いってらっしゃい」
マシンが唸り、レイモンドの姿は消えていった。
「誰か・・・」
年老いたその貴婦人は声をかけたが、誰の返答もなかった。
「ああ、そこにいたのだね、・・・ここはそなた、ラヴェルか」
「またかよ・・・いえ、違います。マダム・・・私はレイモンドと申します」
「何か、私に用か」
「はい。お疲れになるかも知れませんが・・・私とちょっと来ていただけませんか」
「どこへ」
「不思議野にございます。ご子息がお待ちで」
「あの世かえ」
「違います。お手を。マダム」
セシリーは何故かこの若者の手を取るべきかも知れないと思った。そして手を差し出した。
「かだじけなく思います」
そして移動した先は。
「フランシス・レイモンドだ、移動ポイントはフランツ・リース氏の居宅、居間に頼みます」
「了解」
「リース殿とはどんな御方か、そなたの主人か」
「学舎の先輩に当たるお人です」
居間の扉をレイモンドは開いた。見た事のない椅子やテーブルにセシリーは驚いていた。簡素な服を着た女性が二人その居間にはいた。一人は驚くほど背が高い。そして、もう一人落ち着いた雰囲気の紳士。
「・・・本当に貴婦人なのだな・・・椅子を、コニー」
「はい、父さん」
椅子を軽く持ち上げ、セシリーのそばに大柄な女性が置いた。
「どうぞ、おかけ下さい、マダム、ジゼル、副学長一家に連絡を。きっとお会いしたいでしょうから」
「副学長・・・とは」
「ご子息ですよ、クラレンス殿。ここに来て娶られた妻とその間に娘さんがありましてね」
「ジョージが・・・では、ここはあの世では・・・」
玄関が賑やかになった。
「リースっ・・・」
「副学長殿、うちの玄関・・・壊しましたね」
「あーははは、ごめん・・・つい・・・」
軽く笑った初老の男。その顔に死に別れた息子の面影を見出してセシリーは泣いた。
「母上・・・お久しぶりでございます」
「父さん、もう、何してんの、リースのおじさまの玄関、めちゃくちゃじゃないっ」
「ああ、紹介します、娘のレイチェルです、それから、妻のマージョリー」
「へ」
「レイチェル、お祖母様だ、母だよ、私の」
「あっ、やだ、はしたない真似しちゃった、すみません、お祖母様、初めまして、レイチェル・クラレンスと申します」
「よろしくお願いします、お義母様、マージョリーと申します」
「まあまあ、ジョージが・・・そんな、信じられないわ・・・」
またセシリーは泣く。
「再び母上にお会いできてこの上ない喜びです、母上」
母の手を取り、ジョージはその手にキスをした。
「で、何故、母上をここに、レイモンド」
「ちょっとね」
レイモンドの返事にジョージは、納得顔をした。
「リチャードか」
「そーゆーこと」
「あの子もここにいるの・・・」
セシリーがそう言った。
「いますが、姿が変わっております。驚きにならぬように・・・」
フランツ・リースが立ち上がり、居間から出て行った。
「お待ち下さい、マダム」
「は、はい・・・」
「ジョージはすっ飛んできた」
首を振り続けるリチャードを無理にリースは抱き上げた。
「母上に会わせる顔がない・・・やめて」
細い声にセシリーは驚いた。
「どういう・・・」
「驚きましたよね・・・」
リース氏の腕の中、レイモンドが贈った薄緑色、朽ち葉色、紅と重なった着物を着た小柄な人物。彼はリースの胸の中に顔を埋めていた。鮮やかな紅色、朽ち葉色の着物にラトランド伯の紋章が織り込まれてある事に彼女は驚いていた。
「これは」
「ラトランド伯の娘のために作られた着物ですが・・・失敗作なので使わなかったものです」
レイモンドが言う。
「あの子もここに」
「残念ながら、この世界で亡くなり、異国の姫との間に娘が・・・」
そこでレイモンドは口ごもった。
「その娘も亡くなってますが・・・」
「では・・・この・・・子は・・・リチャード、リチャードなのね・・・そうでしょう」
着物の中の人をセシリーは抱き締めた。もそりと動くその人。着物の襟から黒髪が見える。
「お許し下さい、母上」
小さな声。
「顔を見せて。ね、リチャード・・・お願い」
着物の影から覗いた顔。
「まあ、小さい頃の・・・どうしてなのかしら」
「母上」
そっと撫でた頬は熱ぽく、涙に濡れていた。
「リチャード・・・おまえ・・・」
セシリーはうずくまってその小さな息子の額にキスを落とした。
「おまえ・・・ここにいたのね・・・元気でいたのね・・・」
戦死したはずの息子。無残な死に様の息子。そっとその着物から現れた背筋はその頃の彼とは違っていた。
「・・・背中が」
「直していただいたんです・・・」
リース夫人に渡されたハンカチで顔を拭い、その少年は顔を見せた。うつむきがちで、セシリーの目にははっきりと見えなかった。
「顔をあげておくれ」
首を振る子ども。
「リチャード、お願い・・・」
微笑んで頼み込んでも、彼はなかなか顔を上げられない。
「まったく・・・言っただろう、遅れて咲いても花は花、雲に隠れても月は月。愛する者にとっては何者にも代え難い、と」
そばに座っていたリース氏がその頭を撫でながら言う。
「でも・・・私は・・・」
「顔を上げなさい、この御方に私達は挨拶をせねばならない。挨拶の内容はわかっているね」
「・・・父様」
セシリーはその言葉に驚いた。
「マダム、ご子息を我が家の養子に迎えましたので、レイモンド博士にわがままを言って、マダムをこの世界にお招きいたしました。私どもだけでは・・・どうにも」
「この子を、ですか・・・」
「ある事情がございまして、この姿になってしまいましてね、この年格好では独立して暮らすことは出来ません。レイモンド博士の研究機関においても構わないのですが・・・それでは・・・いつまで経っても独立する事は叶いませんし・・・成人することもおぼつかなくなります。私どもの手元に置いて育て、学問を究めさせたいと思いまして、手続きを取りましたが・・・」
「とったが、というと」
「本人が納得している様子には私には見えませんでしたので」
「あら、まあ・・・」
セシリーは溜息をついた。
「ええ、ですから、マダム、お預かりいたしますが、よろしいでしょうか」
「そうねえ・・・私ももう年ですし、こんなに幼くなってしまった子をもう一度育てる事は無理ですわ・・・それに・・・」
「母上」
「もう私もお父上のところに参る時期かと・・・」
顔を上げて、母を見る。年老い、疲れ果てていた。
「母上」
「あらやっと見せてくれたのね・・・本当におまえはお父様、そっくりね。お父様の名前つけて良かったわ。嬉しいこと。愛しているわ、私の小さなディッコン」
ぎゅっと抱き締める母の腕。
「母上」
「不肖な息子ですけれど、よろしくお願いいたしますね、リース殿」
「はい」
くるりと振り向いて、セシリーはジョージの顔をしげしげと見つめた。
「それから、ジョージ、おまえは年取っても落ち着きがないのね、困ったこと。他所様の玄関壊すだなんて・・・恥ずかしいわ・・・」
「うわわわ、すみませーん、母上」
「お父様」
「何だ」
「いくつになってもお父様って」
「あのなあ、レイチェル、おまえが大人だと言い張っても、おまえは私の娘で、私から見ればまだまだおチビちゃんにしか見えないんだよ、それと同じさ。じじいになっても私は母上の息子なんだから」
「あーそーなんだ」
「おまえが母親になれば解るよ」
ジョージはそう言って微笑んだ。
「そーかも」
セシリーは優しく微笑んでいた。一晩、リース家で過ごし、彼女は静かに元の世界に戻って行った。
僧院の奥深く、ヨーク公爵夫人は死の床で幸せそうに微笑んだ。
「私、とても幸せな夢を見ましたのよ、司祭様。遠い世界で、あの子達が幸せに暮らしていましたの・・・」
不思議な言葉に司祭は首をかしげた。
「ジョージ、リチャード・・・二人とも幸せそうにしていましたのよ・・・」
悲運に倒れた息子、そして十年前に戦死した息子の名前を告げた。
「安心いたしました・・・」
セシリー・ネヴィルは当時としては奇跡的な長命を持ち、八十歳で逝去した。二人のイングランド王を生んだ母の最後は孤独だったが、何故か満足そうであった。それが不思議だと司祭は思った。彼女は夫と子息のラトランド伯の墓所があるフォザリンゲーの教会に葬られた。
「まだ納得はしていない」
「あなたの言う言葉が半分もわからない」
「なら、出かけましょう」
「どこへ」
「あなたが生まれたフォザリンゲーの城にですよ、生まれたその時に」
「ますますあなたは難しいことを言う」
「奥方様・・・しっかり」
「大丈夫、こんな事、もう何回もあったもの」
「ですが・・・」
「言わないで。今度の子は・・・きっと・・・育たないかも知れない」
「奥方様・・・」
「お湯を。布をもっと急いで。殿様に連絡を。ご兄弟達も集めて」
女官長の言葉に女官達は走り回る。
「奥方様・・・」
生まれたはずなのに、産声が聞こえない。
「なぜ、泣かないの・・・こちらに寄こしなさいっ」
まだ産湯もつかっていない赤子をセシリーは見て取る。そのまま、逆さにし、背中をたたいた。
「息をするのよ、私の子。おまえは何もしてないわ」
ひくっとその子が動き、口からごぼっと液体をはき出し、そしてか細い泣き声を上げた。
「奥様、どうか」
腕に抱き取ると、セシリーは赤子を女官に渡した。
「ご無事です・・・ですが」
「言わないでおくれ・・・お願いよ」
セシリーは突っ伏し、泣き出した。
「神様・・・お願い・・・マリア様・・・どうか、この子を」
「男の子ですよ、奥方様」
「髪は・・・黒いのね」
「はい」
「なら、その子はリチャードよ、リチャード。ああ、育たなくても何でもいいの、その子はリチャードよ・・・」
「奥方様」
「お母様」
「なあに、エドワード」
「この子、何でもない・・・」
小さいね、と言ってはいけないと彼は思った。夫である人は微笑んでゆりかごの中の子を見つめていた。
「私の名を受け継ぐ子か・・・育ってくれよ」
キスを受ける子は小さく、弱く・・・夫婦の悩みの種だった。戦に明け暮れた夫は最後の男子がまだ八歳なのに、死んでしまった。セシリーは夫に生き写しのその子を抱き締めて泣いた。運命の女神はその幼子までが戦死という最期を遂げるとはセシリーに告げることはない。時間旅行の中でリチャードは母に兄弟達に触れたがったが、レイモンドは意識のみの旅を選び、触れさせる事はなかった。
「祝福は受けてますよ、あなたはね」
レイモンドはそう告げる。消えてしまったエドワード、その前に来ていたのに、いなくなってしまったエドマンド。夭折した兄弟達の行方をリチャードは知らない。
まるで幼子の様に頼りなく、悩み続ける彼をレイモンドは導き続けていた。
「それは愛情からくるものなのか、判断出来ませんね」
フランシス・ラヴェルはそう言ってティーポットを手に取った。その居間には二人、同じ顔をした男がいた。ティーカップに注ぐお茶。レイモンドがある時期からイングランドに根付いた習慣をラヴェルに伝えていた。
「私は冷たい男ですからね・・・あなたの様に愛情も友情も抱いてないのかも知れませんよ」
情に薄いと本人は言うが、彼の心は冷徹ではないように思える。
「嘘でしょう・・・あなたは情に厚い人だ」
「人扱いしてくれるのは・・・クラレンスラボにいた人達だけとはおかしいものですね」
「曜子という人は違いましょう」
「ええ・・・だからこそ、あの兄弟に深く関わっている・・・それだけは認めます。なんとよく似ている事か。叔父と姪・・・静かな、穏やかな心の奥に潜む熱情までよく似ている・・・幻惑されそうですよ」
「ならば・・・幻惑されて下さい・・・レイモンド博士、あなたご自身の為にも」
「いいのですか、あなたにも大事な人なのでしょう」
「私が踏み出したら、傷つかれます。我が君は」
諦めたような顔。一生を彼のそばで過ごし、彼と共に戦い、彼とと共に生きた人。誰よりも彼を愛した人。レイモンドは彼を見ていた。
「あなたが構わないというのなら・・・」
踏み出してはいけない聖域なのか、それとも・・・。