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- 行きくれて木の下のかげを宿とせば花や今宵の主ならまし 平忠度
荒野に咲き ほのかに揺れる 夏の花 影に宿るる 我が君悲し
心なく 散るものかや 紅椿 ラヴェルの城の 址ぞ痛ましき
あなたが幸せでありますように
神の祝福がありますように
あなたが幸せでありますように
神の祝福がありますように
「気に入らん」
「またかよ・・・」
ジョージは笑う。エドワードは文句を言う。機械ばかり並んだ研究所の一室。机の上にはサークレットとハンドアックス。甲冑一式は近くの大学の史学科の教授がうきうきと引き取っていった。全て調べてコピーを取ってから返却するという。金色に輝くサークレット。または王冠というもの。その輝きは悲しく、センチメンタルな曲を奏で続けるラヴェルそっくりの男のギターの音色にも響き合う様に見えた。が、あのレイモンド博士は英語の歌は歌わない。徹底的に東洋の、東の片隅にあったという島国の言葉の歌を好む。言葉の意味が重いらしく、末弟は盛んにタブレットでその訳詞を見ている。雰囲気を伝えるために訳詞というより散文詩になってしまうらしいが、リチャードは構わないらしい。その国には非常に短いたった一言だけの詩の文化もあったという。
「季節の言葉を必ず入れるのがルールだそうだ」
ジョージがふとそう呟いた。
「それ入れたら・・・」
「独自の言葉は二言だけになる・・・お水取りこおりの僧の沓の音」
「こおり・・・」
「寒さで凍り付いた様な僧侶達が沓を踏みならす、という意味だって。鎮魂のミサに似た行事が三月に行われていたそうだ、開始年は七五二年。あの子の生まれた年で調度七百年目」
「長いな・・・」
「大きな松明を掲げて木造のお堂の回廊を駆け回って・・・その炎で行事に使う水を清める儀式だそうだ、不思議な事にその松明でそのお堂は燃えた事は一度しかなく、千何百年も火災は出さなかったと言う」
「ジョージ」
「博士からの受け売り。宗教儀式はどこへ行ってもすごいよ・・・」
「それもその一言の中に含まれるのか」
「そうみたい。あと・・・季節の雨を集めて流れの速い川だねっていうのもあるし。最上って川だけど・・・それにも上流の風景も含まれているらしいよ、博士に寄れば」
「なんで、そんな珍妙な国に熱中してんだ、あの博士は」
チン、とエドワードは王冠を爪ではじいた。
「さあね・・・マザーボードシステムの子、その上あの頭脳・・・それなりに大変だったんじゃないかなー・・・あの人も」
「天才ってことか」
「そうとうきつい突き上げはあったらしい・・・十一歳で大学に入学、史学、文学、医学の課程を二十歳前に習得、二十五歳前にその三つの博士号取得・・・すごい経歴だ」
「・・・そんなすごいものを部下ってわけか、ジョージ」
「おかげでもう涙でそうでありますよ、リチャードの頭脳が欲しいよ、俺はポンコツだし」
「あの子は」
「アンタを愛し過ぎなきゃ頭脳明晰」
「なんだか複雑だな」
「でも・・・もう愛さないかもなあ・・・レイモンドがいるし」
「何なんだ、それは」
「刷り込みっての、親鳥見つめるひな鳥の目している」
「・・・ますます気に入らん」
ジョージは溜息をつき、キッチンシステムでコーヒーを入れた。ミルクを入れ、マグカップに注ぐ。カフェオレに近いほどミルクを入れるが、砂糖は加えない。ミルクはカロリーカットしてあるものを使っている。本人に言わせれば、じいさんだから、と。
「ネッド、何か飲むかい」
「ブラックコーヒーを」
そう告げ、籠の中のクッキーを手に取った。
「これも博士の手作りなんだよな」
リュート片手にフランシス・ラヴェルがその部屋に入ってきた。
「おー、終わったの、講義」
「じゃなくて荷物運び。まったくあの博士も人使いが荒い・・・デジタル図書はあいにくとレンタル制限超過していて、紙の本で読め、ときたもんだ、それを三十数冊」
「おま・・・よく生きてるな」
「おかげで大学の事務室のアロイスに・・・貧乏クジのフランシーってあだ名つけられました、おかげさんで」
「・・・貧乏クジ引くために移民してきたよーなもんだしなあ、アンタは」
ジョージが言う。
「移民の時、次元に傷つけちゃったらしくて・・・」
「え」
「・・・私の幽霊が出るみたいなことになったみたいな」
「・・・文献にあったラヴェルミンスターの幽霊って」
「レイモンドが面倒くさいから直さないんだそうですよ」
「ははは」
「ついでに言うとソレ、本当はレイモンドなんですけどね・・・」
「何してんの、あいつ」
「知りませんよ、彼の考えることなんて・・・陛下も思いきり化けて出りゃ面白いいのに、ですと。まったく」
「化けて・・・ねえ」
「ほら所長は知ってるでしょ、早良親王とか崇徳天皇とか平将門とか・・・」
「・・・ああ有名だね」
「ソレ並みに化けて出りゃ面白いって言ったんですよ、本人はめんどくさい、と言いましたけどね」
「めんどくさい・・・ねえ」
エドワードは間抜けな顔をして、肩をひそめた。
「何考えているのやら」
「さてねえ、こっちに来てから一度もお祈りしないんですよ、気付いてましたか、いつもなら祈祷書をひらく時間にもただ、ずっと博士が見せてくれたスライドショー見ているだけで。ミサもしないし、食事の時も祈らない」
「あいつが・・・」
「私は習慣でやってますけどね、所長もエドワード陛下も祈りはしてますでしょう、なのに・・・ディッコンは祈らない」
「あんなこと、したからか」
「神は沈黙する・・・それ、本当だと思います」
ラヴェルの言葉に二人は黙っていた。
「レイモンド博士は己の中に仏性、仏教の教えの・・・神というより、菩薩も如来も人ですからねえ・・・悟りを開いた人、開きつつある人という意味だそうですが、自分自身の中に神に通じるものがあれば、それでいいと言いますから。祈る相手は・・・ありとあらゆる魂だそうです、だから彼は祈りの形を取らないそうです」
「まさか」
「ディッコンが実践している訳じゃないですよ、彼は祈る資格がないと思っているのではないかと」
「最後の戦場のことか」
「たぶん・・・知ってますか、大公妃様に・・・ヨーク公の子ではないと宣言してくれって頼んだんですよ」
「無理な事いうな、アレは」
「思いっきりひっぱたかれてましたよ、平手打ちで。そばにいてその音、聞いちゃいました、私」
「・・・やっぱり」
「母君様は号泣なさいましたよ、さすがにそれを見た時はねえ・・・」
「何か言ってたか、母上」
「一番あの人に似ていて、一番あの人の面影を持っていて・・・おまえの黒髪を見た時に決めた、リチャードと名付けるって・・・」
「あー・・・それは知っているが」
「でも、否定して欲しかったみたいです、エドワードの子が王位にいられるからって必死になって。でも母君様は一言、あの女は妾に過ぎません、と」
「諦めたのか」
「いいえ、結婚証明書内緒で持ち出してグレイ夫人、いえ元王妃様に見せてしまいましたよ、これを破り捨てろって詰め寄ったらしいですが」
「私のサイン見て、エリザベスは引き下がったんだな」
「その通りです。ここで破棄してくれと泣きついたらしいですが、それも拒否されて・・・結局は法令が出て・・・やけ酒して、三日寝込みましたよ」
「めんどくさい性格だな、あいつは」
「ふさわしくないとずっと思っていたのでしょう、仕方ありませんよ」
「ラヴェル・・・」
「その金髪もその目も体格も・・・愛嬌もない・・・まあ、あの背中の治療と激痛ではじっと我慢しているしかないのでしょうけれど・・・」
「そりゃ厄介な事だな」
ジョージがラヴェル好みに調整したミルクティをラヴェルの前に置いて、そう言った。
「どうも・・・」
「お茶くみ所長なものですからねー」
ジョージが茶化してそう言った。
「もうあの子は背中の事で悩まなくて済むんだな」
ジョージが天井を見上げてそう言う。
「そうなりますね」
「背も高くなるんだな・・・ラヴェルは気付いていたかな、俺は」
「知ってますよ、他の騎士の子どもがからかうと、あなたはしっかりその子らに復讐というか、おかしな意地悪してましたものね」
「あー気付いてたか」
椅子に腰掛け、マグカップに残った飲み物を口に運ぶジョージ。
「いつでしたっけ、アレをからかっていいのは俺だけだと言ったことありましたよね」
「覚えていたか・・・」
ジョージは嬉しそうに笑った。
「なのに、欲に目がくらんであの子と大喧嘩だ」
「それだけではなかろう・・・」
「まあねー・・・」
さすがにそれは言わなかった。奇妙に情念の籠もった歌声が響く。レイモンドの声は割合高めだが、押し殺したような歌い方だった。
「歌詞の内容・・・激しそう・・・」
「何かあったかね、おかしくないか、彼」
エドワードがそう言った。
「確かに・・・変な響きがあるな・・・彼にしては」
リチャードが青い顔して入ってきた。
「どうした・・・」
「変な歌ばかり歌っている・・・いつもなら、もっとさらりと歌うはずなのに、何故か知らないけど重苦しい・・・押し殺した声で」
「気付いたか」
「だって同じ部屋で・・・」
「おまえさあ・・・聞いてたのかよ、ずっと」
頷くリチャードにジョージはさすがに顔色を変えた。
「やっこさん、最近おかしいんだよな・・・」
「見てよ、これ」
タブレットで訳詞を見せる。男女の恋愛の、終わりを示す言葉が並んでいる。嘘、傷、心が死んでいく、と続く。赤い椿、竹藪、王の墓・・・そして埋葬を行っていたと言う昔の土地の名前。一人だけ心を殺す女の姿。
「何なんだ、これ・・・」
「レイモンは・・・本気でどこかの女と切れるつもりでいる・・・」
「リチャード、それ」
「失恋の歌、別れの歌、鼻歌が・・・幻ってタイトルの歌で、そのフレーズをずっと繰り返してた、ここで死ねると言ったけれどそれは本当でも嘘でもない、白髪になっても待つって言ったけれどそれも嘘だって・・・そこばかり繰り返してた・・・」
「つきあっている女がいると知ってはいたけど、どこの誰か解らないけど・・・何か絶対あったな・・・」
ジョージがそう呟いた。
「気にしてもいけないのかな・・・気付いていて欲しくない感じがするんだけど、触れるなってそういう気配が・・・その、かといって、彼と別室になることは・・・今の状態では難しいし、こういう時はどうしたらいい、フランシー」
「私に、ですか」
「そういうこと、上手かったじゃないか」
「それはねー・・・でも同じ部屋では無理ですよ、無視もしにくい」
「いやな感じがする、何か起きなければいいけど」
「どんな・・・」
「その女性が何か・・・しそうな・・・」
「うーん・・・生真面目な人間の恋愛って怖いんだよなあ、私にはちょっと解らない」
エドワードが言う。
「悪くするとレイモンと刺し違えそうな感じ」
「げっ」
ジョージが呻いた。
「うちのかみさんが変な事言ってたけど、それじゃないだろうなあ」
「何、ジョージ」
「相手は・・・」
ジョージは声をひそめた。
「人妻じゃないかって」
「不倫、レイモンが」
「うん・・・」
「何かピンと来ないな」
密かな声でそう言って、エドワードが首を振った。
「どっちにしてもプライベートな事だ、しかもデリケートな問題だし・・・、リチャード?」
「解ってる、問い詰めるつもりもないし、聞き出すつもりもない。ただ、何だか怖い・・・初めて、人の心って怖いなって思った・・・」
「怖い・・・とは」
「今のレイモンなら言葉で人を殺せるみたいな感じがする・・・」
「そら、また・・・怖いな」
ジョージが唖然として呟いた。
「・・・でも、接するときはいつも通りでしか、私達には何も出来ませんよ」
ラヴェルがそう言って、全員の顔を見た。
「そうだけどな・・・」
「リチャード、部屋に戻れ」
首をふる末弟に兄二人は顔を見合わせた。
「仕方ない、ラヴェル、おまえ・・・」
「はい、畏まりました、陛下」
エドワードに最敬礼をするラヴェル。
「行きましょう、ディッコン、私の部屋で休みましょう、私が話しておきますから」
「解った・・・」
たどたどしい歩き方にラヴェルの顔が曇る。けれど、リチャードは自分で歩くと言い張った。ラヴェルの腕にすがってはいたが。
「あいつのそういうところは・・・当たるんだよなあ・・・」
ジョージがぼやく。
「でも・・・私達は口出しできない」
「こんな歌詞ばかり・・・だったのか・・・」
指で操作してみるとレイモンがいつも歌っていた歌の意味が綴られている。 「失恋の感情を風景に放り出している・・・すごいな」
「え」
「古都のまわりを囲む山の上に出た満月に失恋の感情を叩きつけて終わってる、こっちは有名な心中事件を扱った舞台の有名な歌を最後に持ってきている・・・日本で実際にあった心中事件の・・・最後の旅路を描いた名場面・・・の一曲だ」
「ジョージ・・・」
「まずいことにならなきゃいいけどな・・・」