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レイモンドはリチャードに自分の物語を聞かせるようになった。リチャードが記憶障害を負ってから。
「教授会で会ったのですよ、彼女と」
不幸な出逢いではなかったはずだった。友人の妻だった。東洋系の不思議な女性だった。東洋の微笑と西洋の眼差しが混在する人だった。アリスンではなく、曜子と呼んで欲しいと願うようになったのはいつだったのか・・・。
「ミドルネームで呼んでくれ、と言い出しました。音でたどって呼ぶと違うと言うのです」
「違う・・・」
「表意文字なのだから、意味を込めて呼んでくれ、と」
「それで彼女は・・・」
「言いましたよ、輝く太陽をシンボルにした滅んだ王家の君が父親なので、その意味を込めて呼んで欲しいと」
「ザ・サン・イン・スプレンダー・・・( The Sunne in Splendou r ) のことか・・」
「ええ、多分。正確にはアリスン・プランタジネット、または橘曜子、といいます」
「発音しにくいね」
「チの音が難しいですね、橘とは日本の宮殿の正面に植えられる吉祥の印の樹木の事です。柑橘系の樹木で、左側には桜が植えられます。桜は田の神を象徴し、橘は・・・永久を意味します。冬になっても葉が落ちないので」
「彼女の母親って人は」
「菅原道真公は日本の三大怨霊の一人で、讒言で地方都市に左遷され、その土地で亡くなっています。一族全員流刑になり、皇女といえど例外は許されず、幼い少女でありながら流刑地に・・・向かう途中で病に倒れ、亡くなったと。その人が時間移民してきたそうです」
「その人ももういない」
「ええ、同じ学校で出会ってそれはほほえましいお二人だったそうです。昔を知る人に聞いたところ・・・お互いに惹かれるものがあったのでしょうか・・・よく解りませんが」
「ネディは少なくとも幸せだった」
「きっと。ただ、結婚して当たり前に生きてきたのに・・・コロニーで事故に巻き込まれて・・・三歳の娘を残して亡くなったそうです。橘の皇女は十五歳まで育てたものの、病死なさったとか」
「苦労したんだ・・・」
「養女になって大学に行って・・・結婚したと聞いてます」
「彼女から・・・」
「ええ、身の上話をたっぷりと聞かされましたよ、ご主人にも言ってなかったと」
「何故、自分の夫には言わなかったんだろう」
「さあ・・・私には解りません。言いにくかったのかも知れません・・・寂しい人とは思われたくなかったのかも知れませんね」
「レイモン・・・」
「何ですか」
「あの法要の歌、歌って」
「良弁椿・・・」
少し待ってくれ、レイモンドは言い、一輪の椿を持ってきた。造花だったが。
「これが、良弁椿を基に作る法要の花です」
「これが・・・」
「肩にふりかかる椿、です」
手渡された椿の造花はとても綺麗だった。
「僧侶の手作りなのですよ」
「え、これが・・・」
「そうです・・・手作りなのです。いくつも手作りするのですが・・・その寺には二十人くらいしか僧侶はいません。十人くらいの僧侶が参拝者に降りまけるほど作るんです。準備期間はこの椿ばかり作り続けることになりますね・・・」
「本物そっくりなのかな・・・」
「ええ、器用ですよね・・・本物はこれです」
モニターに映し出された椿。
「すごい・・・」
「原種に近い椿だそうです。で、このお堂がその法要の舞台になるお堂です」
ギターを取り出し、レイモンは歌詩カードを取り出した。その上にコードが記入されている。
「これ、何、このアルファベット」
「コードですよ、和音の印。このアルファベットで・・・こう・・・」
コードを示し、ギターをかき鳴らす。
「和音・・・」
「そう和音の印です」
ガッとつよくかき鳴らし、密かな声で、知らない言語でその歌をレイモンが歌う。祈りの会だと言う。音を消した映像がモニターに流れる。大きな松明と走る僧侶。いきなり映し出された見知らぬ文字。押し殺した声。歌詞の意味を取りだし、リチャードは溜息をつく。この歌の男女は・・・許されない恋をしている。そう思われる描写。わが罪、背負った原罪を炎と水で清めて欲しいと願う男、姿を消す女。
「許されないと今も思ってる・・・の」
「ええ、私は強欲な人間です・・・からね、そうしているとやはり血が繋がっているだけはありますね、似ています・・・」
レイモンはそっと口を押さえた。泣き声は一切漏らさない。泣き顔は一切見せない。それが彼の意地。
「そうかなー」
「もっとも顔立ちは彼女の方が平たいんですけどね・・・」
東洋の血がもたらしたもの。
「でも、瞳の色が同じです。髪の色はエドワードに似てますけど・・・もっと黒っぽいけど」
「うん、そう言う色だった、髪の毛は・・・綺麗な人だった?」
「さあ、どうでしょうね・・・私はこういう人に出会いたかったかも知れません」
それは弥勒菩薩半跏思惟像だった。その不思議な妖精の住む国の国宝。
「これ・・・」
「母性の微笑みと言われてます」
「母性・・・東洋の聖母ですよ、言うならば」
「ああ、そう言えば・・・」
優しいたおやかな微笑み。口元に宛てられた手のなんと素晴らしい造形美。ほんのりと微笑み、崩した足に垂れ下がる衣の襞も木彫りの精巧な技を駆使して作られた見事なもの。
「如意輪観音という説もあるそうです・・・」
「東洋の人じゃないか、これでは」
「でも、彼女は東洋の人でしたよ、父親が名付けた名前だけしかあなたがたとは繋がらない・・・」
「そっか・・・僕らはマルコポーロの東方見聞録でしか知らない・・・東洋には黄金の国があるって・・・」
「彼らは仏教の神々を黄金で飾りました。自分たちの身は黄金ではほとんど飾りませんでした。素晴らしい染色と織物の技術で作られた同じ型の服を男女とも着ていました。その色合いは男女では違っていたそうです。身分の差、年齢、そういったもので絹のドレスは区別があったそうですが・・・男女とも同じデザインのドレスだったそうです。不思議な事に男のものはやはり男のもの、女物は女物。少年は鮮やかな物を身につける事もあったそうです。小姓は一際派手だったとか。身分が低いと絹ではなく、木綿や麻になったそうですが」
「毛織物は」
「ほとんど使いません。羊がいないんですよ、かの国には。植物性の物と絹は解りますよね、蚕が紡ぐ糸」
「わかるけど・・・不思議だね、同じように大陸の傍らにある島国なのに全然違う。でも、どこか似ている感じがするのは気のせいかな」
「いいえ、それはあっていると思いますよ」
大陸の文化の影響を強く受けやすい地理。
「ただ、災害が多いんです」
「どんな災害・・・」
「毎年夏には嵐が来ます。冬はこの大きな海側を除いて雪が降ります。エドワードの背丈よりも高く降り積もる地方もあったそうです。最高降雪量は一冬で十一メートル」
「え」
「伊吹山の十一メートルが測量した最大値だそうですよ」
「ロンドン塔およそ半分近く・・・」
「そう、地震が海底で起きるとロンドン塔を越える津波が発生・・・」
「なんかよくそんな」
「おまけに火山も噴火」
「・・・よく生きてるね」
「そこが黄金の国の正体ですよ」
「どうやって立ち直っているんだろう」
「不思議な宗教ですからね・・・自然の力はまさに神々の力というわけです。神はその国では米の一粒にも小さな虫にも花にも宿ると信じられていますから」
「神が」
「妖精かも知れません」
「そんな国から来たプリンセスが兄上の奥方」
「最高神官の娘ですね」
「神官・・・」
「その国の皇帝は神官でもあるんです」
「・・・それは」
「身分が高いことになりますね、ローマ法王よりもイギリスの王よりも上座に座る事になります。その国の宗教祭主の最高位を持ち、かつ君主であるのだから・・・ですから後にイギリスと国交を結んだ頃からその神官にして皇帝、天皇と言いますが、ガーター勲章を持ってました。紋章院にガーター勲章保持者としてその家の家紋、菊のご紋が登録されていましたそうです」
「紋章院・・・」
「イギリスの紋章院の創設者は・・・リチャード三世です。ヨーク朝第三代国王にして最後のプランタジネット朝の国王」
「それ・・・もしかして・・・私」
「・・・やめておきますか」
頷くリチャード。
「覚えがなくても記録はそうなっているのなら仕方ないけれど・・・即位なんて・・・私には資格がない・・・」
「あなたは・・・異形だから資格がないと思ったのですか」
「それもあるけど」
「まだ解らないのですか」
「怒ってるの、レイモン」
「ええ、あなたはごく普通の人間ですよ、おかしいところは何もない。おかしいと思う人間の方がおかしいんです」
驚嘆し、瞠目するリチャードをレイモンドは冷ややかに見ていた。
「まあ、あなたが生きていた時代はそういう時代なのでしょうけれど、私は不愉快です。人は人ですよ、それ以上でもそれ以下でもない」
「身分の差、とかそういうのも考える・・・」
「それも不愉快ですね。でも、身分の上下は言っても始まりませんから」
「神の前では平等というのが嘘なのは知っているよ」
リチャードは平然とそう言い返した。
「確かにそれは正しいですね・・・」
レイモンドはそう言って苦笑していた。
「天は人の上に人を作らず、また人の下に人を作らず・・・という言葉もありますけど、嘘ですよ、いつでも上下関係はありますもの」
不思議な言葉にリチャードは首をかしげる。
「それは・・・聖書の言葉ではなく・・・」
「日本の教育者の言葉ですが、彼はクリスチャンではありません」
「・・・クリスチャンではない」
「普通の日本人ですから、聖書とは無関係です、留学経験や渡航経験があり、英語を闊達に操れたとしても、彼はキリスト教に改宗はしてませんから」
「していない・・・」
「宗教なんてどれを信じても大した事はないそうですよ、んなもんてきとーでいいそうです・・・居合いの達人だったそうですけどね・・・」
レイモンはそこでモニターのスイッチを入れ、ある映像を見せた。
「これが日本の刀剣です。ただし、素人には磨いでない包丁よりも切れないなまくらになってしまう刀剣ですが・・・達人が操るとこうなります・・・」
刀を脇に挟んで老人がわら束四本の間に立っていたが、身構えると刀を抜き放ち、あっという間にわら束全部を斜めに断ち切ってみせた。
「え・・・」
「達人が操るととんでもない威力を発する刀剣なのですよ、この言葉を残した人はこれ、難なくやってのけたそうです」
「それって・・・」
「わら束の硬さは人間の胴体とほぼ同じ程度、つまり今の瞬間で四人倒したことになります」
「すごいな・・・」
「それと突き技も使えます、この刀剣は・・・それから・・・とても美しい」
独特の反りと刃に散る花びらの様な独特の模様。
「神殿にはこの刀剣が神の武器として収められる事もあります。ついでにこれが神々の為に捧げられる舞踊ですが・・・この時、使っているこの刀は真剣、つまり人が斬れます。まがいものを使って神楽を舞うことは忌み嫌われますので・・・」
振り回して激しく踊る舞人の手には先ほどと同じ刀がある。
「結構・・・この民族って」
「どういう人達なのか、よく解りませんが・・・西洋人から見た彼らは・・・これで解ると思います」
ラフカディオ・ハーンという人が書いた本。
「なじみやすいのは、怪談、ですかね、ゴーストストーリーですが」
「ゴーストね」
「雪の精霊に愛される若い木こりの話とか・・・約束をまもろうとする人の話とか・・・秘めた恋を秘めたままにして欲しいと願う娘とか・・・出てきますけど」
「雪の精霊・・・ね」
「恐ろしく書いてますけどね、彼女は若い木こりに一目惚れして命を助け、妻となるんです。でも木こりは精霊との約束を破り、二人は別れることになります。精霊は夫を殺す事は出来ないと言うのです、二人の子どもが二人にはあったから・・・精霊は木こりの手元に我が子を残して去っていく・・・」
「約束って」
「精霊と会った事は他言ならぬ、です。妻となった女にそれを言ってしまった木こりは妻を失うことになってしまった・・・他には滅んでしまった名門の亡霊が演奏家の耳を引きちぎる話とか」
「・・・それ、どうやって」
「妻が・・・ハーンに語って聞かせてくれたそうですよ」
「それ誰に教わったの」
「曜子に、ですよ、日本の事はみんな彼女に教わりました。不思議な事に彼女はその話を夫にはしていないそうです。何故なんでしょうね」
レイモンドはそう言って、話を区切った。
「おーい、お二人さん、飯」
ジョージが声をかけてきた。
「所長自らですか」 レイモンドが笑った。
「エドワードが声かけると何故か、リチャードが機嫌悪くなるからね、二人で話してる時は」
「ああ、なるほどね・・・」
当人は解っていない様子だったが。
「さて、行きましょうか、歩けますか」
首を振る。今日は調子が悪いらしく、寝たり起きたりを繰り返しながら、レイモンドの話につきあっていた。仕方なく抱き上げ、食堂に向かう。部屋で一人だけで摂ることも多いが、食堂に行きたがるのは知っている。ラヴェルはこういうときは不公平だとぼやきつつ、食事を作っていたりする。一番身分が下だと本人が思うのか、雑用をこなす事が多い。
「ラヴェルさん」
「何ですか」
「やはり、当番制にしましょう」
「・・・でも」
「あなたにはやってもらいたいことが沢山沢山あるんですよ、食事を作ることではなく。第一、大学はそんなに甘いものじゃないでしょうが」
「ははは、やっぱり」
「この中で一番ヒマなのは俺かネッドだよなあ」
ジョージが言う。
「所長様、出来るの、んなこと」
「独身生活それなりにあるし・・・昼飯くらいならここで作るよ、夕飯はどうせ家に帰るんだしさ」
「家庭持ちなんだよね・・・所長様って」
「なんだよ、妻子ありですよー、時々一昨日沸かした風呂みたいな関係になったりもするけどね」
「・・・え」
「熱くもなければ冷たくもない、垢がほんのり浮いてるかも知れない、みたいな・・・」
「喧嘩したのね、所長様」
「早く言えばそういうこと」
「何が原因」
「いろいろだよ、娘の事とか。あいつにボーイフレンドが出来て一悶着起こしたりしたからさ」
「・・・そらまた」
「そのうち花嫁の父になって、相手の男ぶん殴ったろかって気分に・・・ちよぃとなりかけてるというか」
「アー・・・そういうことね・・・」
「まあ幸せな展開と言えばそうなるけどねー、何せ元の世界ではそんなん経験したことなかったし、おかげで新鮮で楽しい・・・娘には迷惑なんだろうけどさ」
「でー・・・そちらさまは」
「明日からやるよ、面白そうだ」
エドワードはそう言って笑った。
「・・・医者もいることだし、何が出てきてもとりあえずは大丈夫だろう」
「王様・・・こわいもん作らないでよ」
「さあ・・・どうだろう」
リチャードは黙ってみんなの様子を見ていた。
「兄上達の料理・・・想像つかない・・・」
「・・・君のは別に用意しておくかな、私が」
「いいよ、食べてみる」
レイモンドが苦笑した。
「食べてみる、ですと」
フランシス・ラヴェルが用意した昼飯はポトフだった。
「ジゼルに教わって来たんですけどね・・・朝起きてすぐ仕込んで、学校行って・・・はー・・・」
「そら疲れるわな」
医学部の講義みっちり受けてきて、ぐったりしているフランシス・ラヴェルは皿を並べることはしなかった。ジョージがセッティングしたのだ。真ん中に大皿を置いた。煮込んだ野菜と肉とソーセージが大皿に盛られていた。パンの籠を置くと、レイモンドはミネラルウォーターの入ったボトルを取り出してきた。その間にジョージとエドワードは手早く祈り、籠に入っていたフォーク類を並べておく。
「ほんじゃ、まあ昼飯食うとすっか、いただきます」
レイモンドは日本語で、ある言葉を唱える。それはいつも意味がわからない。
「レイモン、それ、何、「いただきます」って」
忠実にリチャードがその発音を繰り返した。
「あー食べ物になってくれた命にありがとう、その命をもらいますよ、と言う意味の言葉。日本って国ではみんな言うの。曜子に教わったんだよ」
さらりと告げた女性の名前。輝く太陽の娘、という意味をやはりレイモンドは込めている。
「ヨーコ、とは違うな」
「心の中に「輝く太陽の娘」という意味を入れて呼んでるからですよ」
さらりと告げる言葉。もう本人に呼びかけることはないけれど、彼はきっとやめない。
「ヨークの娘という意味になるよ」
「ヨーの発音は似ているでしょう、ヨーキー、ヨーク、ヨーコ。橘の皇女はきっとその音も意識してこの名前を選んだと思いますよ」
「レイモン」
「日本式に言えば、橘宮曜子女王という呼び名になります」
「えっと・・・ソレ意味は」
「宮は親王、内親王を意味します。その内親王の家の娘、公女ということですか、プリンセスより一つ身分の低い、でも一般貴族よりは身分が上、そうなります。日本では天皇から命じられなければ親王も内親王も名乗れません。内親王に任じられると・・・結婚相手は皇族と上級貴族と決まっており、殆どが独身を通したそうです。なかには即位する内親王もいて・・・その場合、彼女は一生結婚することはありませんでした。昔の話ですけれどね」
「皇女様はその意識、あったのか」
「なかったみたいですよ、自分の本当の身分を知っても・・・普通の若い女性として勉強し、暮らしていたそうですから」
「ネディはどこでそんな人と知り合ったんだろう」
「さあ・・・皇女は一人で娘を育て上げるため、苦労した様子でしたが、ほとんど曜子に父親の事は言わなかったみたいで・・・聞いてないそうです」
淡々とレイモンドは言う。
「記憶がほとんどない父親のこと・・・彼女は何も言いませんでした、ただ、私の名前は「輝く太陽の娘」という意味がある、とだけ。それだけが彼女の父親との関係、つながり、絆なのだと思いますけどね・・・」
失った恋人をレイモンドは静かに振り返り、食事の話題に乗せたりもする。
「彼女の、その・・・」
「バートラム教授は何一つ知らないと言ってました」
「会ったの、レイモン」
「ええ、昨日、大学の構内で」
ひやりとする発言だ。
「籍は抜いたそうです。一言だけ、だまされた、と」
「何もなかったのか」
エドワードがレイモンドの顔を見て言う。
「それっきり去っていきましたよ、イースタンコロニーに転勤していくそうです、彼は」
「転勤・・・」
「妻の不倫相手と顔つきあわせる気など普通、ありえませんよ」
「そりゃまあ・・・」
「古代ヨーロッパなら石を抱いて沼に沈められる・・・日本なら・・・夫に斬り捨てられても文句は言えない・・・姦通罪があった時代なら二人とも死罪ですね」
「あっさり言うなよ」
「そうされても文句は言えませんよ」
レイモンはそう言って切り分けた肉を口にした。
「なんかアンタは怖いよな、まるで」
「感情が欠落してるのは自覚してますよ、所長」
「欠落している人間があんな歌い方するわけなかろう」
エドワードが言う。
「え、そうでしたっけ」
本人は知らないのか。
「リチャードがおびえていたぞ、歌い方が変だと言って」
「・・・気付いてませんでしたね・・・抑えていても漏れちゃうものなんですね」
レイモンドの言い方は奇妙に冷静だった。
「マザーボードシステムの子ども達の中では特異な存在なのかも知れませんね・・・」
「それってやっぱよくわかんないなー、俺」
ジョージがぼやくように言う。
「人造人間並に感情がおかしい、情緒が変なものが多いんです。そのせいか、結婚はすぐ失敗するし・・・子どもを持つ人も少ない」
「レイモンは・・・こんな事聞いてどうなのかと思うけれど・・・もう人を愛さないかも知れないって思ってない?」
リチャードの言葉にレイモンドは溜息をついた。
「思ってるかも知れません」
その返事には、三人の兄弟もフランシス・ラヴェルも黙っていた。
「愛さないことはない・・・と思いたい」
レイモンドは、食事の終わり頃にそう言った。後片付けはレイモンドがした。エドワードがリチャードを連れ、部屋に入っていった。
「愛さないかも知れない・・・それは私も、なのかも知れない」
弟の華奢な小さな身体をエドワードは抱き締めた。
「ネッド」
「エリザベスにはもう逢わないと決めた。ここに来てからずっと。その気になるまで私も老化遺伝子に鍵をかけてある。再婚して子を持つ気持ちになるまでは鍵を解かない。そのつもりだ。誰も愛さない・・・そんなわけにはいかない、それは解るよな、リチャード」
たくましい背中に手をまわし、しがみつく。
「ネッド・・・何故」
「いいんだ、別にいいんだよ」
苦しくなるような告白。
「誰だって幸せになりたいさ。でも・・・思い通りにはいかないものだ」
頬にキスしてエドワードは去っていく。きつく抱きしめた腕。本当はその腕に対してリチャードは恐怖を覚えていた。その腕は・・・リチャードを一度傷つけた腕にあまりにも似ていた。
かささぎの渡せる橋はすでになく 我は嘆きおり君を慕ひて