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- 副学長室にいる人に驚く。主人の机のそばに立っていた。
「史学科全部率いるの、だったらどうだ」
「やーだよ」
少年の声だ。大人になりきっていない。まだ十八歳くらいの。
「まったく・・・」
「おっさんになったら考える」
「ラヴェルもレイモンドもなかなかおまえの事おっさんにしないじゃないか」
「知らないよ、そんなこと」
仕方ないじゃん、親戚同士の結婚でまともだった方が奇跡じゃないか、と言う。
「そらまーそうだが」
父方も母方も血族結婚をしている。三代ヨーク公の母は第二子の血を持っていた。王により近い一族。血族結婚の弊害は身体障害者が生まれ出る可能性が高いと言う事・・。
「え・・・」
ヘンリーは思わずおかしな声を出してしまった。
「ああ、弟は身体に異常がある生まれなので、治療を・・・」
「なるほど」
遺伝病や背骨の治療のため彼の外見は異常に見えた。
「学長はもう長くない」
「ヤンソン先生や他の人がいるじゃん」
「おまえなあ」
「史学科の部長教授なんてやだよ」
「まったく・・・」
「それだったらレイモン口説いたら、副学長にって」
「それ、おまえに任せていいか」
「・・・出来ると思ってるの」
「ああ」
「色仕掛けになるけど」
ぶっとジョージは飲んでいたお茶を吹いた。
「まともなこと言えよ、まったくっ」
「曜子がいれば、簡単だったんだけとね」
「おまえ・・・」
「レイモンは彼女になら心揺るがすから」
ヘンリーは黙って見ていたが・・・。
「そう言えば・・・ジョニーのコロニーの生き残りにはボズワースの」
「ラトクリフとおまえ以外生存者はなしだ。まともに落ちたからな、コロニー」
「ヘンリーの旗手がいたはず」
「彼なら・・・学長の横で死んでいたはず」
「ああ、そう・・・じゃあ・・・ええっと・・・」
「テューダーの人間で来ているのは夭折の君の・・・だが、残念ながらあまりに幼少だったので、記憶がないんだよ、王女、王子としての」
「ベスの長男」
「拒否した」
「ああ、そっか・・・ヘンリーには、この人の家臣は」
「拒否した人間が多い。心当たりはあるんでしょう、リッチモンドさん」
ヘンリーは溜息をついた。
「ある、猜疑心が強すぎて、私がいると聞いただけで駄目だったんだろう」
「だから王位なんてろくな事にならないんだよ、馬鹿馬鹿しい」
「リチャード」
「ジョージが生きていたら、絶対にミドラムから動かなかったのにさ」
「俺にまで向けるなよ」
「だーから廃嫡してくれって言ったのに」
「おい」
「知らないよ、大学の事までこんなガキに任せるなよ、馬鹿じゃないの」
バターンと激しくドアを閉じて出て行った。
「やれやれ・・・駄目か、まったく・・・」
「廃嫡とは穏やかじゃないな」
「粉屋の娘と結婚するって言い出してきましてね、母が大泣きしたもんです」
「え」
「正式にしたいから廃嫡してくれ、だそうですよ。まったく」
「まともじゃないな」
「・・・背中の事がありますからね、身体障害には冷たかった時代です、その方が楽だったでしょうね、庶民の方が楽だったはずですよ、あいつには」
「それで・・・いい加減、正式の学長は決まっているんだろうな、いつまで仮を」
「ああ、学園全体からの辞令はここにあります。学長引き継ぎでまだここに座っていなければならないんですけどね、副学長にはヤンソン教授が立ちます。あの子が言うレイモンド博士はこちらには見えないでしょうから。それで天文学専門学校の学長については、正式辞令が下りました。ヘンリー・テューダー殿」
「まさか」
「そう、あなたが学長になるんですよ、やって下さいね。ここに辞令があります、よろしく」
古式な辞令をジョージはヘンリーに渡した。
「信頼できる部下もいないと言うのに、か」
「再建はリーダーシップの強い人間がやるんです、多少の独裁は認めますそうですよ。まあ、気張ってやってください。専門知識はなくてもやれます」
「彼は」
「あの子は成人しきってない。そんな身体で重責は担えません。推薦があっても無理だと判断しました。これは兄としてのわがままですけどね。それに弟の専門分野は宗教の歴史と比較です。天文学は関係ない」
「私だとて何も知らない」
「使える物はなんでも使います。ノースコロニーが落ちた今、コロニー建設も開始されます。ですからね」
「行政には関わっているとは思えないが」
「関わってません。私も研究者のひとりにしか過ぎません。でもここは学園都市専門のコロニーですよ、学園関係者がただの研究者じゃ済みませんからね」
「まあ、やるしかないか・・・」
「よろしく頼みます」
彼の機械の手は組んでいてもすんなりと動くらしいが、おかしな輝きは印象から消えないだろう、ヘンリーはそう思った。そして、少年の姿のあの男の首筋、そして後ろの首にあった痕跡。
「では、これで」
副学長室から出て行くと、彼が学生と何か話していた。話している言語は理解出来なかった。サンスクリットらしい。暫く後、いつもの言語に切り替えたらしい。
「まずそこまで会話出来るのなら訳せるよね」
「何を」
「マハーバーラタの一節。神の歌、一章でいいから訳してらっしゃい。そうしたら、今回の論文未提出は勘弁してあげる、トマス」
「リースせんせーサドーっ」
「落第したいのなら別にいいけどね」
「解りました、やってみます」
「あーマハーパーニャパラミッターもね。アレ短いから簡単でしょ」
「うわああーん」
「出来なければ落第です」
「解りましたー、やってみますよ」
「期待してますよ、あなたサボらなければうちのゼミには必要なんですから」
「ははは、では失礼しマース」
学生が去っていく。学生の方がずっと年上だ。見た限りでは。教授である彼は背も低いし、顔立ちもまだ幼さが残る。が、学生達とは違う服装をし、抱えている機材も違う。教授のバッジも身につけている。
「あ、レイモン」
彼はある人物のそばに駆け寄っていった。ラヴェルという医師に似ている男。が、彼もまた服装が違う。
「学長、ジョージだって」
「副学長はヤンソン先生だけどいやがっているよ」
「聞いてる」
彼らの話を見ているのは、何故か居心地が悪く思えてならない。そっと立ち去る。確か色仕掛けなどと言っていた男か、と気付いて振り返る。
「寄っていかない、うちに」
「そうだな」
二人連れだって去っていった。
「あの男、誰よ」
「ヘンリーだよ、ベスの旦那だった・・・」
「あーアレが。どうしたって」
「天文学の学長サン、彼」
彼の声が聞こえたが、ヘンリーは去っていった。聞いても仕方ないと思って。
「受けるの、副学長の話」
「ああ、受けるよ」
さらっとリチャードの髪に手を滑らせてレイモンドは笑った。
「この傷、そろそろ消そうか」
リチャードは首を振った。
「いらない」
「後ろにもあるんだよ、触媒を送り込んで脳を保護した痕跡。体幹部を全部作り変えた痕跡も残っている・・・そろそろいいんじゃないか」
「まだいいよ」
リチャードがレイモンドの腕にすがっていた。
「そうか、まだ駄目か・・・」
「心を殺した証だからいらない」
深淵に沈んでいった心を殺した痕跡だと彼は言う。
「それに・・・」
「解っているよ」
肩をそっと抱き、レイモンは遠くを見ていた。そして、歩き出した。リース家に寄るつもりでいる。
リース家。フランツ・リースが鬼籍に入り、その家にはリチャードとジゼルが暮らしていた。たまにコニーも里帰りしているらしいが、その日は姿を見せなかった。
「レイモン、あちらでの研究は済んだの」
「いいえ、済んでないんですけどね。ヤンソン教授は表だって行動することはあまり得意ではありませんでしょう、私みたいなの利用すれば、いいんですよ」
「まあ、仕方ないわよね。しかも学長はクラレンス所長、ああ、もう違う称号ね」
ジゼルは笑ってそう言った。
「ジョージがよく勉強したもんだなあ・・・」
「依存症からのリハビリ、相当きつかったらしいわよ、その後、大学に入ってラテン語の研究と考古学を学んで・・・大学院で移民管理を学んで・・・研究所の所長さん」
「母様、前の奥さんのこと、聞いてるかな」
「ジョアンナのこと、聞いてるわよ、私も友達とだったのよ。事故で亡くなってジョージもねえ・・・もう一度アルコール依存になるかと思ったわ。マージョリーがいてくれて良かったの、前の時代の・・・奥さんに似ているのよ、わかるでしょ」
「ああ、確かに。イザベルにふとしたところが似ていてびっくりした・・・」
「そう言っていたの・・・もう二度と会えないと解っていても・・・恋しいのかも知れないわね」
ジゼルはそう言って、レイモンに料理の皿を回した。
「これ、得意料理の」
「タンシチューよ」
「フランツもお気に入りだったな」
「そう言えば・・・リチャード、あなたに初めて出したの、コレよ」
「ああ、そう言えば・・・」
「その次は何だったかしら」
「確か、お菓子だったと思うけど」
「そうだったかしら」
雪が降っている最中にもリチャードは姿を消した。手隙の人間で探すが、いつもなかなか見つからなかった。何故、ラボから飛び出すのか、理由を聞いて責め立てるつもりはないにしろ、身体には良くないことには変わりはない。エドワードはまだ拘留中だった。ジョージの傷もまだやっと治りかけたばかりの頃だった。そんな事をジョージは思い出す。必死で探していると必ずこのリース家にいたものだった。
リース家のダイニングセットは変わらず、主人の席は誰も座らないが、客人の席と女主人の席、そして子どもの席はいつも埋まっている。四人腰掛けるともうそのテーブルセットは満杯に近い。主人の席には椅子はなく、テーブルの上に庭から摘み取られた花が一輪、挿してあるだけだ。今日はジョージとレイモンドも来ていた。
「ここは居心地がいいのかな」
ふとジョージはリチャードに聞いてみる。
「さあ・・・ただ、家族が」
末に生まれたため、彼には父親の記憶が薄い。そして、母もさほどこの末っ子に関わらなかった。もっとも、十二歳から結婚までの間、リチャードは母親と同じ屋敷に住んでいた。北部に行くことも多かったが、ロンドン滞在は母の屋敷にいた。そのうちグロスター公爵邸と呼ばれる家屋敷。母親はリチャードの戦死までそこにいたはずだ。彼女が修道院に入ったのは、その戦死した後だったはず。
「家族がいるから・・・」
そう一度口ごもった後、そう返事してきた。リース家の息子になってからどこか明るくなり、表情も豊かになった。見かけの年齢のままに振る舞うこともある。それにはジョージは慣れないが、仕方ないのかも知れない。
「所長、いえ学長さん」
「ジゼル・・・」
「この間、見せてもらったのよ」
「何を」
「この子がこちらに来たばかりの映像よ。まだ元々の姿の」
「ああ、レイモンに・・・からかわれたんだ、よく」
リチャードが笑った。
「レイモン、なんてからかったの」
「猿団子」
「え」
「ああ、東洋の島国のね、豪雪地帯に住む猿が・・・寒さから身を守るために仲間同士で固まって過ごすんですけどね、それが「お団子」というお菓子に似ているので、猿団子と呼んでいたんですよ、それみたいに三人で固まっているから・・・おかしくて」
「まあ・・・」
「普通は雌と子猿、それにボスを中心にしてまわりを年若い雄たちがかこうんですけどね、若い雄の兄弟達だけで固まってすごす事もあったそうです。雌と子どもは何があっても集団の中では守られますからね」
「あらまあ・・・」
「下手にいじると二人の兄さん達が怖いのなんのって・・・私には羨ましい光景でしたけど」
「レイモン・・・」
「マザーボードの子なのに、兄弟が仲良くしている様が羨ましいと感じる者は少ないそうです」
「そうね、あなたはあのシステムの子なのに特異だわ」
「それは喜ばしい事なのか、それとも」
「喜ばしい事よ。あなたも人間だって事でしょう」
ジゼルの言葉にレイモンは微笑んでいた。
「ええ、そうかも。恋もしたし、別離の涙も流したし・・・私は運がいい」
リチャードは驚く。
「何が幸せかってそれは当人でなくては解らない。現に・・・天文学の学長よりもリチャード、あなたの方が幸せに見える・・・あの人も考え方次第で何とかなるんですけどね・・・」
「孤独になると解っていて望んだのだから・・・私には、もう」
「王者は孤独だと言うことを彼は理解出来なかったのかな」
ジョージが聞いた。
「多分・・・ベスは・・・何故彼を愛そうとしなかったか、解らないけど」
「無理ね。あの人はずっとリチャード、あなたが好きだったのよ、愛していたの。寂しくても後悔など一度もせずに愛したの。なら他の男など入る余地などないわ」
「やめておけと何度も言ったんだけどねえ」
「あなたは自分の魅力を理解しないから、解らないわよ」
ジゼルは苦笑してそう言った。
「笑顔が印象的だとか、言われているのさえ解らないのよね、レイモンが教えてくれた言葉・・・瞳をめぐらして一度微笑めば百の魅力が生まれ・・・ライバル達は顔色を失った・・・」
「中国の美女の」
「ええ喩えはそこよ、でも、その表現、あなたの事よ、リチャード」
「嘘ですよ、母様・・・」
「無自覚ってこっちが大変よね、まったく」
「昔からこうでしたよ、全然解ってない。ネッドも私もその笑顔が大好きだったこと・・・本人は全然知らないのだから、ねえ」
ジョージはからりと笑った。
「もっとも滅多に笑わないから、見たくても見られなくてねえ・・・」
「ジョージ・・・」
頼りなさそうな顔をした。
「まったく・・・まあ、いいさ、おまえが幸せなら」
笑ってジョージが言った。夕食のテーブルを囲みながらする会話。ジョージ、レイモンド、リチャード、それにジゼル。フランツの残したワインがテーブルにある。料理にはレイモンドが合わせてくれた。ジョージはブドウジュースで薄めたものを飲んでいた。
「飲まないんだ」
「このところ、めっきり弱くなってね、ワイン一杯でもダウンしそうなんだよ、依存症治療はもう関係ないんだけどね」
「ワインくらいなら飲んでたんだ」
「まあね。マージョリーが軽口なもの選んで来るけどね、学長になったらもー・・・はははは」
「疲れるのね」
ジゼルが笑う。
「フランツがいてくれたらいいのに」
「あら、あの人にも、なの」
「副学長悩まずに済んだ」
「まあ・・・いやだ」
ジゼルが笑っていた。
「レイモンは取り仕切るより研究者やってる方が好きみたいだし」
リチャードの言葉にレイモンドが笑った。
「よく解ってるなーレイモンはそーゆーとこ、駄目だもんな」
ジョージが言う。
「解っていて任命って・・・学長閣下はドSですか」
レイモンドがぼやいた。
「人員がいねーんだよ、文句いうない」
「あれ、どこかで見たような・・・でも、誰だか解らない・・・」
カフェテリアで一人、本を読んでいる男。リチャードは既視感に戸惑っていた。
「どうですか、慣れましたか」
レイモンド博士に尋ねられ、その男は神経質そうに眉をひそめた。
「慣れるわけがなかろう、それより、そなた・・・本当にラヴェル卿ではないのだな」
「うり二つと言われますがね、レイモンドと言いますよ」
「医者だったな」
「今は・・・総合大学副学長でもありますが」
「この大学の・・・そんなに若くて、か」
「私はマザーボードシステムの子です」
「は・・・それは」
「人間に見えるけれど、人工生命体に近い生き物と認識していただき・・・」
「それは違うっ」
リチャードの声にレイモンドが笑った。
「講義、終わったのですか、リース教授」
「え、ああ・・・最近、ちょっと・・・講義は休ませてもらっていて・・・今日は外せない提出物があったので・・・」
「まさか」
「また投薬の・・・使用している薬が値上がりして代用品使ったら、良くなくて、休職扱いにしてもらっているところですよ、ドクター」
「報告は聞いてます、先に学長室に行っていてください」
「レイモン」
「解ってますよ」
振り返りつつ、去っていくリチャードに彼は気付いた。
「何故・・・彼が」
「戦災プロジェクト責任者のイージーミスです。元には戻せないので、私が引き取りました」
「元に・・・それは」
「あなたも元に戻りたいですか、身体が慣れてきたのなら、天文学専門のカレッジに出向いてください。リッチモンドのヘンリー、ヘンリー七世陛下が学長を務めておられます。ラテン語の解る人間が必要だそうです」
「閣下が・・・いや・・・」
「学長に会って頂けますか」
彼は頷いた。会ってみよう、と。
「失礼します」
学長室。銀髪の男。端正な顔。見覚えがあることに気付く。
「サー・ブランドンか・・・」
学長はそう言って息を吐いた。
「え」
ソファに座っていたリース教授の声に彼は唇を噛みしめた。
「あ、そうか。リチャード、おまえ、席・・・外せるか」
「ちょっと自信ないけど」
「なんでおまえの薬ばかり値上がりしやがるんだ・・・」
「また、借金かなあ、保険効かないんだよね、代用品は・・・そのね」
「副作用がきついか」
「二十世紀後半の抗がん剤並だそうで・・・。この髪の毛、いつまでもつかなあ」
「それで休職扱いかよ・・・」
「レイモンかラヴェルに来てほしいんだけど、無理かな」
「なんかやな予感」
「学長室ってゲロ袋完備してないよね」
「やめて、お願い」
「三日食ってないから出るモンもないけどね」
「よく生きてんな」
「栄養チューブと点滴で、なんとか。入院しないとやばいレベルなのは変わらない。母様が看護士の資格があるからなんとか、まだ自宅にいられるけど」
「寝ててくんない、あー、ブランドンさん、話はこちらで」
ジョージは自分の事務机へ向かった。
「あの・・・」
「リッチモンドのヘンリーには連絡はしてあります。やる気がないのなら、断っても結構ですが・・・ここは学園都市です。ラテン語の読み書きが出来ると言うだけで、ここでは就職先はご用意出来ます。それで、天文学のカレッジの・・・図書館のラテン語資料管理の仕事、しませんか」
「そこに、閣下が」
「ええ、ヘンリー七世陛下が学長を務めておられます」
「行きます」
学長室のドアが開く。
「すみません、ノックなしで。こちらに・・・ああ、いたのかブランドン」
「閣下」
「今、返事、もらえましたので。さてと・・・もう一つ問題・・・リチャード・・・」
ソファに向かう学長。
「しまった、レイモン、すぐ来てくれ。衝心発作起こした。大至急応急手当頼む」
通信システムに学長が怒鳴った。駆け込んで来たレイモンドは黙ったまま、様子を見ると持っていた鞄を開いた。太い注射器に薬を仕込み、消毒薬をしみこませたコットンを取り出した。それを器具の上に置くとリチャードの上着を広げた。胸を出し、コットンで清めると三人の前で心臓に直接針を入れた。
「こっちの方が早い」
薬を注入し、小型の機械の末端をリチャードの額に貼り付けた。
「脳波、正常、自立呼吸、困難か、脈拍・・・やや低下・・」
緊急医療器具のパックを開封し、呼吸器を取り付けた。
「学長、医学部内の緊急車両回してくれ、ここでは限界がある、意識レベル、なしか・・・」
ふーっと息を吐く。
「薬を変更するしかないな・・・いいや、私の研究費用って事でおとしちゃえ」
「・・・やると思ったよ、レイモン」
「しょーがないじゃん、まだ稼ぎ少ないしさ、成人しなきゃ彼だって自由には」
「ジゼルに連絡は」
「しといてよ、学長様」
「解った・・・と、アレ・・・もしかして、こういう荒っぽい医療行為、初めて見たとか言わないよね・・・」
ジョージが二人に尋ねた。
「初めてです・・・」
「そら、驚くか・・・これって古式なんだよ、まだね」
「は・・・」
「医療施設ならもっと違うやり方がいくらでもある。レイモンドは三つ博士号持っている天才なんだ、医学博士、文学博士、史学博士、それから宗教学の学士号も持っている」
「この男が、ですか」
「この学園都市コロニーきっての天才学者殿だ。ただ若いので、私が学長をしているに過ぎない」
「学長は・・・」
「ああ、クラレンスという」
「まさか、ヨークの」
「そうだ。アル中のクソ馬鹿兄貴だよ、リチャード三世の」
「・・・ジョージ」
「こっちに来てからリハビリして学んで結婚して・・・気付いたらラボの所長だの副学長だのになってた・・・本当にやりたかったことなんて、誰も出来るもんじゃないって事はやっと解ったところ、でいいかな」
医学部関係者が何人か入室してきていた。
「学長、こちらですか、緊急は」
「そうだ、リース教授が急病で倒れた、医学部付属の病院に搬送してくれ。レイモンドが付き添う。頼んだぞ、ジゼル・リース夫人には私から連絡する」
「了解」
運ばれていく弟を学長は黙って見送り、それから二人にソファにかけるように促した。
「あっちのことは気にしないでくれ」
「いいのか、弟なのだろう」
「私が行っても迷惑になる。仕事を投げ出す訳にはいかん。あいつの家族は別にいる・・・ジゼルとコニーがやってくれる・・・、まあ連絡は入れておくか」
連絡をした後、学長は自分でお茶をいれ、二人に差し出した。
「ラテン語の資料整理がやっと出来るな、そちらは。教授が足らないことは政府機関に報告はしたが・・・当面は・・・今の人数で運営するしかない」
「トップがいない」
「それはあなたがやる事だろう、かつての部下もいる。名目は何でもいい。とにかくカレッジは・・・必要だ」
「とりあえず運営資料は」
「全部あっちに移動していなかったから、半分はデータが残っている・・・それで何とかならないか」
「見ないことには判断出来ん」
「カレッジに関しては私が出来るのは、ここまでですよ、テューダー学長」
「参ったな」
「仕方ありませんよ・・・テロリストを恨むしか他はない。連中も一緒に落ちていきましたけどね」
「命がけで、か」
「死にたきゃ勝手に死ねって言いたくなりますよ、何人一般市民が巻き込まれたんだか」
黙って聞いていたブランドンは訳がわからない。
「天文学はコロニーにいる以上、必要な学問です。専門のカレッジにしてあるのはそのためです。総合大学とは立場が違います。ですから、別機関として稼働してもらいますよ、私にはもう・・・」
「解ってる。だが、ここは本当に奇妙な世界だ」
「で、そのあなたの旗手だった人・・・」
「私・・・のことか」
「法律、たとえば殺人、殺人未遂は重罪で追放になる事、ご存じですか」
「それを」
「弟を殺したいのでしょう、でもあなたも死ななければなりませんよ、それでもよろしければご勝手に」
「いいのか、そんなこと」
「あの子がここで喜んで生きていると思ってるなら間違いですよ、ブランドンさん」
「そうだろうな」
ヘンリーがそう言った。
「おまえは復讐は考えるな、やるべき事は多いんだ。もうヨークの兄弟に関わるな」
「それはご命令ですか、閣下」
「そうだ」
「なら・・・従います」