-
- クラレンスラボは薄暗くなっていた。備え付けられていた機械や家具の殆どが運び出されてなかった。唯一ベッドがあったのはリチャードが暮らしていた部屋だった。その部屋にレイモンドはリチャードを誘い出した。
「レイモン、あなたも私を・・・」
「突き放すために、あなたを踏みにじるんですよ、解りますか」
まだ成人していない肉体にしたのは、彼が抱える肉体上の弱み。システムに組み込むためには仕方ないと判断した。
「そのままのあなたにしておくべきでしたね、私達は」
彼は誇りを失ってなどいない。
「罪を犯したと言いましたね、それは・・・あの人との事ですか」
「あの人、ね・・・結婚する前の事だ。あの人は・・・何故私にこだわるのか、私には解らなかった。義姉上が何故、あんなにも異常なまでに私に嫉妬するのかも」
「愛さなかったのですか」
「踏み出していい問題じゃない」
「戦士の目をしていますね・・・」
「まるで阿修羅だ」
「あしゅら・・・とは」
「アスラという鬼神ですよ、魔物なのです、東洋のね。戦いの神で、諍いの神・・・そして炎を操る魔神です」
「戦いを好む魔物か」
「ええ、ご覧になったでしょう、たった一体だけ少年の姿をした阿修羅」
「六本のしなやかな腕を持ち、不思議な顔を三つ持った異形の・・・異形の神」
「月と太陽と弓矢と剣を手にしていたそうですよ」
「月と太陽・・・弓矢に剣」
「二度と彼の手には戻らなかったそれらはどんな形をしていたのでしょうね。そして彼は美しく彩色されていたことも・・・」
「あの少年の・・・」
「彼は人気があったんですよ、見る者を魅了せずにはいられない・・・」
「あなたの中にも同じ修羅がある・・・私の中にもね・・・」
「・・・異教の神など知らぬ」
「いいえ、知っています。戦士であった以上、知っているはずです。血塗られた剣を手にしていた以上・・・あなたの中にも魔物が住む・・・」
「魔物・・・弁解も弁明もいらぬ・・・レイモン・・・レイモン・・・」
「一言、やめろと言えばいいのですが」
「いや・・・それを言ったら・・・あなたは私を突き放す・・・もっと冷酷に、もっと・・・ひどく・・・」
言葉が見つからなくなって、彼は目を閉じた。
「この世界を認めるなんて、今でも嫌だ・・・でも・・・」
「ここにあなたは生きている、それだけは確かです」
レイモンドは静かに髪を撫でた。
「そう、ここに生きている。それは確かだ。そして・・・自ら死のうとしてもあなたはきっと私の命を出離さない」
「リース氏にも申し開きできませんよね、そんな事をしたら・・・」
「何故、父様が」
「ヨーク公妃に約束なさいましたよ、あなたを愛し、守り育てると、ね」
「母上に」
「ええ、約束です。その誓いをリース教授が破ると思いますか」
「まだ私は非力なのか」
「残念ですが・・・あなたの身体つきは華奢で・・・筋肉もさほどつけることはありません。そういう生まれです。この身体で騎士にならなければならなかったとは、時代とは言え過酷なものですね」
「望んだことだ」
「無理ですよ、あなたの体質では」
「知っている・・・ネディの様に倒れてもいいと思っていた」
「異形だった事、恨みますか」
首を振り、彼はレイモンドの身体に腕を回した。
「今でも異形だと思っているよ、レイモン」
「レイモン・・・」
「目が醒めましたか」
「きついな、前は・・・」
レイモンドはそっと唇を押さえた。
「言ってはいけない・・・か」
「出来ればね。今のあなたならエドワードに素直に殺されてしまうんでしょうね」
「多分・・・でも・・・生きていたい・・・私を我が子と呼んだ人がいる・・・弟と呼んだ人がいる・・・友だと認めた人がいる・・・」
「なら・・・そうして下さい」
「レイモン・・・どこに行くの、置いて行くの・・・」
「希望が通ったんですよ、まあ、たまには戻って来ますから」
「たまには・・・って」
「総合大学、客員教授ですからね、私は」
「客員・・・」
「ええ、たまには顔を見せますよ、お元気で」
とっさに理解出来ない言葉「お・げ・ん・き・で」が頭の中で鳴り響く。
「レイモンっ」
叫び声を無視してレイモンドはクラレンスラボから去っていった。
「そう、これはうたかたの夢、違う、現実・・・戻らない今日、来ない明日、二度と帰らない昨日・・・」
呟いて、天井を見る。もうこのラボには、碌な品物が残っていない。研究所は閉じられ、物品はリサイクルされ、持ち去られていく。この部屋にある品物はリース家に運び込まれるだろう。ベッドと枕、着ていたものなど。ジゼルが作った縫いぐるみやベッドカバーも少し残っている。枕元にあったさわり心地の良い布地で作られた縫いぐるみを抱き寄せた。白い猪。紋章に用いたその動物をジゼルは愛らしい形に縫い上げて持ってきてくれた。熊の縫いぐるみはすでにリース家にある。まだ起き上がれない。熱があるらしい、どこかだるい。カチャリと音がした。
「誰・・・」
顔を少し上げて、訪れた人の顔を見た。その人は微笑んでいた。
「フランシー」
「どうですか・・・」
「どうって・・・おまえ・・・」
「あなたを私は・・・どれだけ愛したか、あなたは知らない」
ラヴェルはリチャードの黒髪を撫でていた。その手に感じたもの。彼は苦笑した。
「おまえ、レイモンに身代わり頼んだな」
「どうでしょうね。レイモンが私の代わりにラヴェルミンスターの亡霊になってくれた対価かも知れませんね」
「フランシー」
「地下室でずっと・・・待ってました、死ぬ瞬間、いえ引っ張り出されて殺される瞬間を。でも・・・叶いませんでした。足下にいる私の飼い犬も、私が学んだ書物も・・・全て・・・ここに来てから学んだのですが・・・ユダヤの少女の様に隠れ、そして・・・引っ張り出されて殺される・・・それを待っていたのかも知れません。でも・・・生かされてしまった。それもあなたの為に」
「一緒に死ねなかったのを恨んでるのか、おまえ」
「ええ、ケイツビーやラトクリフの様に殉じたかったですね・・・でもあなたは許さないのでしょう」
「おまえなら・・・まだヘンリーを倒せるかも知れないと思ってしまった・・・でもそれは間違いだった。ヘンリーはここに来たら、きっとまだ私を恨むだろう。私を憎むだろう・・・」
「ディッコン、リース家に移りますよ」
「うん、頼む」
腕をあげてラヴェルを招く。ラヴェルは黙って抱き上げた。
大学は変わったところだ。小さい身体ではかなり大変な事も多かったが、いつもそばにいるマイクがかばってくれた。
「ちっとは自覚せんかい」
「何を」
「いや、疲れるからやめとく」
端正な顔をしているなんて、ほとんど無自覚。古代衣装の授業があり、マイクとリチャードは参加してみた。
「これは東洋の特殊な国、日本の古代衣装で、宮中の女官達もほぼこれと同じ衣装を身につけていたという。この立体映像は・・・伊勢の神官として京都を出立するにあたり、帝によって櫛を贈られた・・・」
「え」
「斎宮と呼ばれる神官に立った皇女の衣装を再現し、人物に着せてみた立体映像だ。身長は百五十センチ以内と思われる。映像提供はフランシス・レイモンド博士・・・」
「それ」
「何ですか、リース君」
「何でもないです・・・」
期待の眼差しで投影機を見ているクラスメートに申し訳ないと思ったのか、抗議の言葉はとりやめた。なるようになれ、と言うのが心情だ。
ふわりと浮かんだ人物。紅の薄様に薄紫の唐衣、皇女にしか許されない裳の模様。長い黒髪、房飾りのついた豪華な簪。檜で作られた大ぶりな扇。
「美少女じゃん」
「どこが」
「リチャード、おまえは黙っとけ」
「なんで」
「いいから黙っとけ」
マイクに言われて、仕方なく黙る。
「先生・・・この子、紹介して」
「レイモンド博士に言え。私は知らん」
「えーあの天才様、滅多にこっちに来ないじゃないですかー」
「これ、何年前の」
「二年前かな」
「この子幾つくらいになるのかなー」
「普通だったら十四歳だろう、データには十二歳とあるから」
講師はにたりと笑っていた。
「レイモンド博士によれば時間移民の人だ。げっそりするかも知れないが・・・年齢はかなり上になっているかも知れないぞ」
「夢くらい見させてよ、笑顔、かわいいー、この笑顔見せられたら何でもしちゃうなー、俺」
「はあっ?」
「いや、だからおまえは黙っとけって言うんだよ」
「マイク・・・」
「ひよっとしてマイク、解ったの」
その言葉にクラスメートが反応する。
「誰だ、聞かせろ、紹介しろ、どこの子だっ、マイクー、てめー抜け駆けは・・・」
「あらら・・・」
講師が投影機のスイッチを切った。
「非常に残念なお知らせをしておく、諸君らに」
「はい・・・先生、なんですか、ソレ」
「先ほどの古代衣装の子だが・・・」
「先生・・・」
「男の子だぞ。衣装があまりに重いので女学生に逃げられた博士が当時勤めていたラボにいた時間移民の少年捕まえて着せつけたものだ」
「・・・先生、んな馬鹿な、だって・・・そっか、世の中には端正な顔した男の子もいないって事はねえよなあ・・・」
「ここにはむさいのしかおらんがな」
「一人だけ違うけどな」
「ははは・・・僕としては早くむさい感じになりたい」
リチャードの言葉に生徒達がくるっと振り向いた。
「あれ・・・なんか似てない・・・さっきの」
「先生もう一度見せて」
「先生、二度と映さないで」
「いや、これは重要な資料映像なのでな・・・」
もう一度投影された姿とリチャードを見比べる生徒達。
「なるほど、男だな、うん」
「着てみたご感想は」
「動けない、つぶれる、くそ重たい、手が出ない、首も動かせない、座れない、座ったら立ち上がれない・・・アレ着て当時の女の人って・・・どうやっておトイレいったんだろう・・・」
「そこまで言わなくていいよ」
「それから・・・コレ言うと・・・なんだけど・・・」
「言うな。おまえ、時々変な事言うから困るんだよ」
「なら黙っとく・・・」
「総重量はおよそ二十五キロは越えるからな、この衣装」
講師がさらりととんでもないことを口にした。
「え」
「中世の甲冑より重たいんだよ、コレ。どっちも着た事あるから言うけどさ・・・」
「へ」
「兜も鎧もみんな身につけて槍や刀剣持っているより重かったの、コレ」
「女の人の」
「そーだよ、女人の衣装だよ」
「うっそー」
「着た本人が言うんだから間違いないっての」
「あー・・・そうですか」
「何なら次の授業に三枚ほど、衣もってるから持ってこようか、三枚だけでも十キロ近くあるけどね」
「あるのかっ」
講師の目の色が変わっていた。
「アレ・・・まずった・・・かな、仕方ない、コニー姉様、あのね・・・」
通信機取り出して姉を呼んだ。
「僕の部屋のあの変なガウンあるじゃん、アレ、三枚重ねたまんま持ってきてくれないかな、いる場所わかるでしょ、そう、どのくらいかかりそうかな、解った、待ってるね」
通信機を切って講師の顔を見た。
「十五分くらいで現物届きますけど」
「そうか、では・・・この衣装について解説しよう・・・」
講師はモニターのスイッチを入れ、解説を始めた。歴史、変遷について、だが。
「はい、お待ち」
シーツに包み込んでコニーは持ってきた。
「コレ、結構重いわね、アンタ持ち帰れないんじゃないの」
「うん、無理」
「マイクがいるから、大丈夫よね」
「そうだね、僕が無理しなければね」
「まったく・・・まあいいわ、駄目ならまた連絡寄こしなさいね」
「うん、またね、姉様」
「お疲れ、コニー」
「どーも、じゃあね」
教室を出て行くコニーを講師とリチャードが見送った。そして早速シーツを開いた。
「あーあー姉様ったら僕のベッドの上のもの、まんま持ってきたよ、やだなあ」
薄汚くなった縫いぐるみと寝間着までそのままくるまれてあった。その下に薄緑色の豪華な織物があった。縫いぐるみと寝間着を外し、薄緑色の生地を広げた。それは着物の形はしていたが、袖も見頃もかなり大きく、袖口、裾から別の着物が二枚重なっていた。
「へ、でかい」
「コレ、羽織ると今でも手は出ないし、立ち上がっても裾は引きずるし・・・身幅合わさりすぎるんだよね」
通学服の上から羽織ってみせる。手は出ないし、裾も床に広がっていた。
「こんな感じ・・・これは失敗作なんだって」
「・・・紋章が」
「ああ、これ着るはずだった人は混血なんだ、日本とイングランドの。父親が僕の兄で母親は日本の人」
「その人は」
「亡くなったよ」
「そうか、それは悪いこと聞いたな」
「そんなに詳しく知ってた訳じゃないけどね、姪と言っても・・・つきあいがなければ他人だし」
「そうだよなー・・・」
「この重なりは多分、戻り紅葉というものだろう」
講師がそう言った。
「そう言えば、レイモンもそう言ってた気がする・・・」
ぼんやりと呟く。レイモン、レイモン。彼は戻ってこない。でも、彼は残す、かけがえのない物を。
自室で、よくこの着物を羽織って過ごす。絹は温度調整が実に巧みな生地で、不快感がない。特に冷える日はこの生地は快い。時々素肌に直に羽織っては往診に来たラヴェルに軽くどつかれもする。
「何考えてんですかーっ、まったくー・・・」
怒鳴られ、渋々下着は身につけた。
「だって、これ気持ち・・・」
「よくても駄目ですよっ」
「母様がね、洗濯が大変だって言ってた」
「そりゃ、そーで・・・」
「洗剤は天然物専門ので、風呂場で洗うんだよ、そしてねー絞れないの、これ。自然乾燥を日陰でしないとやばいらしくてさ」
「・・・なのにいつも使ってるってわけですか」
「夏は使ってないよ、夏には使えないって言ったらレイモンが薄物のくれた、向こうのコロニーで手に入れたんだってさ」
部屋の片隅に桐箱。
「あの中に入ってる。すけすけで夏のほーが・・・フランシー、何怒ってるんだよ、もー」
「ほんっとにすけすけですね」
うっすらと向こうが透けて見える生地だ。
「これも正絹なんですか・・・」
「らしいよ」
同じ仕立てだが、裏生地はついておらず、縦糸は細く、が、横糸は太いが、横に筋が通るように糸が通ってない独自の織り方がされていた。
「これ、素肌に羽織らないでくださいよ・・・」
「あ、やっぱ駄目」
「だめですっ」
「涼しそうなのになー」
「・・・襲われたいんですか、あなたは」
「・・・あ、そーか・・・忘れてた」
「レイモンを恨みたくなってきた・・・クソ・・・」
「フランシー・・・ねー・・・」
「何ですか」
「ラトクリフやケイツビーもそのうち来るんじゃないかなー・・・」
何故か楽しそうに彼は言う。
「あのねー・・・レイモンが・・・くれたの」
そして、桜の花影に宿るしかないと嘆いた武人を思う。レイモンドが書き付けた文字を見る。少しずつ読めるようになった文字。
こうやにさき ほのかにゆれる なつのはな かけにやとるる わかきみかなし
荒野に咲きほのかに揺れる夏の花 影に宿るる 我が君悲し
和歌一首。それを英訳して聞かせるとラヴェルはリチャードの手にキスした。
「我が君、我が君・・・あなたが・・・永遠に幸せでありますように」
「神の祝福が・・・ありますように・・・」
リチャードがそう唱えた。
「それは・・・どの神の、ですか」
あれほど熱心に祈っていた神に彼は祈ったのだろうか、ふと聞いてみた。
「どの神にでも、だよ」
不思議な返答を返し、片手で顔をリチャードが覆う。仰向けに寝転んだ彼の上半身は未だ素肌のままだった。
「化石にもなれない僕たち・・・か」
スペースコロニーは今日もゆっくりとまわり、日付を変えていく。地球を見守るカメラからの映像を見る。あのボズワースの荒野もまた、茶色の砂漠となって野の花さえ咲いていない。いつか水が戻りますように・・・その願いをかけて。少しずつ少しずつ戻っていることは知っているけれど、完全に美しかった星には戻らない。化石になる事も許されないけれど・・・でも、生きている。モニターを操作してリチャードは美しかった星を映し出す。そして自分の最期の地を映し出してみた。誰もいない荒野を見る。小さな花が風に揺れた。夏の花影。あまりに小さい。そして切り替えてみた、日本の桜に。
「そう言えば・・・甲冑の下の下着だっけか、矢入れだっけかな、それに書き付けてあったんだって言ってたな・・・」
辞世の歌を書き付けて、死んでいった武将。
「よくまー・・・」
レイモンが言ってた妖精の国の武人たち。死に際に歌を残すという習わし。信じられないと言ったら、それが教養というものです、とレイモンは言い返していた。夫婦のもありますよ、彼は笑って教えてくれた。夏に死んでいった夫婦のものだ、と言って。
夏の夜の 夢路はかなき 後の名を 雲井にあげよ 山ほととぎす
さらぬだに 打ちぬる程も 夏の夜の 別れを誘ふ ほととぎすかな
柴田勝家と織田夫人(お市の方)の辞世・当時は実家の名字を名乗る
「落城した城にいた夫婦のものですよ」
レイモンドがそう言った。敗残の人なのに、彼らは美学を持っていたという。
「最期の歌です、白鳥の歌とも言えますね」
笑って彼はそう言う。絶命する寸前に書き留めて去っていった人の歌。不思議な国。
荒野に咲きほのかに揺れる夏の花 影に宿るる 我が君悲し
辞世など知らなかった、と笑う。レイモンが歌う、あなたが永遠に幸せでありますように、と。レイモンが本を開いて音読する。でもその言葉をリチャードには理解出来なかった。東洋の言葉、それも古い言葉で書かれたものだから。それを寝物語にして暮らしたラボはすでにない。取り壊されて跡形もない。ラボの中の物で今も使われているものはリース家に搬入されたリチャード個人の持ち物だけだ。ベッドもそのうち買い換えてしまった。学ぶための机、着替えをいれるチェスト、研究書物を詰め込んだ書棚。レイモンドが音読する東洋の古典の録音素材。ラボから持ってきた物はそんな物だった。まだ意味もわからない音読の素材をそっと機械に滑り込ませた。レイモンドの声が不思議な国の言葉を紡ぎ出す。後にわざと都のあった地方の訛りで読んでいた事に気付くのだが、今は知らない。そして意味もわからない。災害に見舞われ、不運の中で生き続ける人々の物語とは知らないで、聞き続けていた。
行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。・・・・・・・・・・・あしたに死し、ゆふべに生るゝならひ、たゞ水の泡にぞ似たりける。知らず、生れ死ぬる人、いづかたより來りて、いづかたへか去る。又知らず、かりのやどり、誰が爲に心を惱まし、何によりてか目をよろこばしむる。そのあるじとすみかと、無常をあらそひ去るさま、いはゞ朝顏の露にことならず。或は露おちて花のこれり。のこるといへども朝日に枯れぬ。或は花はしぼみて、露なほ消えず。消えずといへども、ゆふべを待つことなし・・・(方丈記より)
別の日には違う物語を聞いたりする。絵巻をレイモンドはくれた。広げてみても訳がわからないが。黒髪長い女人たちはあの衣装を着ていた。見れば、嫉妬に狂った女の顔はどことなくちがって見えたが、その僅差を読み取って物語を面白く感じるのだと言う。が、どの顔も同じに見える。が・・・赤子を抱く男の顔を見て、何か感じた。
「何だろう・・・これ」
検索をかけて皮肉な結果に苦笑する。マザーボードシステムの中にレイモンドの子がいる。女の子宮では育てず、育成ポットの中で育てられる子。その子と同じ運命の元、なされた子。それを我が子とした男の姿。それも罪の繰り返しとある。
「こんな古代にも人の心の奥底が変わらないなんて・・・」
悩みも苦しみも全て変わらずに。もう一度、義理の姉に会ってみたいと思った。