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- かささぎの渡せる橋はすでになく 我は嘆きおり君を慕ひて
「王弟殿下に不埒な真似した奴がいるっての」
レイモンドに相談したらそういう返事だった。
「・・・迂闊だった」
「アンタ、それも自分のせいだと言うわけ」
「ガードが甘かったんだ」
「よっくわかんねーなー、それは・・・」
「仕方ない、今となっては・・・もう誰かも解らないし」
「それ、嘘だろ」
びくっとなるリチャードにレイモンドは黙った。
「いいけどね・・・アンタが傷つかずにすむならね・・・」
レイモンドは自室にリチャードを招いた。それはいくつもの文献、資料が整理整頓とはほど遠い様で置かれていた。その中の桐の箱を取り出し、蓋をあけた。見た事もない品物が入っていた。五枚に重なる着物、それより一回り小さく仕立て上げられた絹織物の着物。薄い絹で作られた長い裳、短い丈の上着、赤い袴に白い小袖。全て正絹だった。
「曜子の成人式の着物だよ」
「え・・・」
「表着の模様・・・」
白薔薇の徽章と同じ形に織り込まれた薔薇の模様。薄い紫色が上着にある。五つ重ねた着物の織り模様にラトランド泊の紋章が織り込まれてあったが、表着に隠れてほとんど見えなくなると言う。色の襲は紫の薄様だとレイモンドは告げた。
「父親の紋章と徽章を織り込んだらしい。もうこれを着られる女人はいない。この色は許し色と言って皇族の女性でないと着用は出来ない上、プランタジネットの娘であり、橘皇女の娘でなければ着用はできない宮中衣装だ」
「レイモン、何故これを」
「彼女に渡された、研究に使えって。本当は違う、形見分けだ」
表着をレイモンドは広げて見せた。よりはっきりと白薔薇の模様が浮き上がる。
「まあ、これは・・・ヨークの姫なら着られるけどね」
「どうして見せる気になった・・・」
「さあ・・・どうしてかな」
表着をそのままリチャードの肩にかけた。
「女じゃないんだけど」
「平安貴族は男でもこいういうの部屋着にしていたよ」
袖を通してみるが、手が出なかった。指先がかろうじて見える程度だ。
「手が」
「うん、無理だね。袖幅と肩幅でおよそ三フィート七インチ以上(尺寸(鯨尺)ではおよそ三尺)あるから・・・」
この場合、センチで換算すると一メートル近くになる。十二単の裄はとても長い。袖幅で二尺、肩幅で一尺。それを全て足した長さがそれになる。(作者は尺寸でしか布地の長さが解らない・・・完全職業病)
「へ」
手を上に上げてみても二の腕は出なかった。
「そのまま、無理に手首出してみて」
上に上げた手を下ろしながら、手先を出そうと手首を動かした。
「あー何とかでた・・・これ女ものでしょう」
「だいたい君くらいの背格好になるからね、そう言えば曜子も今のアンタよりもちょっとだけ背が高かったな」
遠い目をしてレイモンドが呟く。
「ちょっとだけ・・・ね、これ大きいんじゃ」
「いや、ちょうどいい大きさだよ、あの国の女性は肌を見せるのははしたない事だとされていたからね」
ジョージがやってきて目を丸くしていた。
「こりゃすごい織物だな・・・なんて言うんだ」
「源氏物語って知ってる、ジョージ」
レイモンドが聞いた。
「ああ、それ・・・」
「それに出て来る姫君達が着用したドレスだよ、これ」
「へえ・・・実物がある・・・ん、これ」
「ヨーク家の徽章が織り込まれているだろ、曜子のだよ」
有職文様と言う品物で、これは特注品なんだ、とレイモンドは続けた。普通は鶴とか藤とか決められた文様を織り込むものだ、と言う。
「なんで・・・持っているんだ、おまえさんは」
「本人からもらった」
あっけなくそう言うレイモンド。紫の薄様の五つ衣。
「これもひっかけてみるか」
「それは完全女物だろ」
不満そうにリチャードが告げた。
「まあいいからいいから」
表着をぬがせると白い同じ仕立ての着物を着せかけ、一度紐で打ち合わせるとその次の着物を着せてから紐を引き抜き・・・を繰り返して五枚重ね、その上に先ほどの表着をかけた。
「袖口と裾でグラデーションになってるだろ、この色を変えることで季節の色、花の色を表すんだ、唐衣は身分によって色が違う・・・この色は・・・皇族以外は使えないんだ」
衣装の重さで動けないリチャードの額にレイモンドは房飾りのついた独特の簪を挿した。
「写真でなく実物で見たかったけどね・・・」
「あのさ」
「プリンセスの成人式か・・・」
「普通ならありえない生まれの姫だからなあ・・・縁の人間が張り切ったそうだよ、本人は淡々としていたらしいけどね」
簪を取り去り、丁寧に桐の箱にレイモンドは仕舞い込んだ。
「今のも特殊なの」
「特殊だよ・・・ちゃんと白薔薇の徽章を打ちだしてある」
「へえー」
「まさしくヨークの姫の衣装だ」
独自の色彩を持つ紫色のその着物に合うように織り込まれた白薔薇の色は真っ白ではなく、薄い紫の糸が白糸と絡んで織り込まれている物だった。葉の部分は生地よりも濃い紫色になっている。
「なんで・・・」
「あちらの職人が張り切って作ったらしいよ、彼女の母親と関係の深い職人達が何人もいたらしいから。父親の紋章や徽章を見せたらそれを元に織り上げてくれたとか」
その部屋にエドワードもやってきた。ラヴェルもいた。
「すごい生地だな、なんて言うんだ」
「あー多分、緞子の一種かな、いや確か強装束というやつで、緞子より薄い・・・けど、絹織物だ」
「えらく細かい柄だな、この花柄はともかく」
「細かく橘と菊が織り込んであるだろ、その上に白薔薇」
「え、あ、これ」
「曜子のだよ、ラトランド伯爵令嬢にして橘宮曜子女王殿下の正式宮中の衣装だ、ただし、母方の王宮のね。裏地や重ねの生地にラトランド伯爵エドマンド・プランタジネットの紋章が織り込まれてあるのは父方の血筋を示したかったんだろう」
レイモンは立体写真投影装置のスイッチを押した。ふわりと浮かび上がった女性はまだ若く、あどけない。長く髪を伸ばし、肩に垂らしていた。その部屋にある衣装を身につけ、立っていた。女官に手渡された扇には八重咲きの白薔薇が飾りに付いていた。額の簪にも白薔薇の模様。
「これでお父君様がお元気であられたら・・・」
女官の声。
「私は父上を存じ上げません。母上の記憶しかございません・・・父上のご親戚の方々がもしも時間移民していらしたら・・・この姿をご覧にいれとうございます。よろしく頼みましたよ、いつおいでになられるか解りませんもの、資料館に寄贈しておくれ。頼みましたよ」
「はい、姫様」
その言葉は英語ではなかった。二度目に再生するとき、レイモンドは英訳したものを聞かせた。
「こんなに早く見せることになるとは思わなかったな、曜子」
レイモンドはまるで生きているかのように呼びかける。が、映像の彼女は笑顔はなく、ただ、前を見つめただけであった。
「これは公式のものですからね」
違う映像に切り替える。それは普通のワンピースを着た姿だった。
「フランシー、撮っているなら撮っているって言って。あなたはいつも私の変な顔ばかり撮影するのね。ひどいわ」
怒った顔から笑った顔、微笑んだ顔。
「フランシー、また見つけたの、綺麗な歌よ、あなた好きでしょう。春告鳥って言うのよ。ねえ、見てこれが侘助椿よ。これ以上花開かないの、これが全開なのよ、つつましやかでしょ、茶花って言うの、知ってる、これが一番格式が高いのよ。もちろんこれもぼとっ、なのだけどね、じゃあ、歌ってみせるわね・・・」
ギターを奏でながら歌うはかない声の歌。
「フランシー、リクエストあるかしら」
ぷっとそこで映像は終わっていた。彼女が操る言葉はリチャードにもジョージにもわからないものだった。
「プランタジネットの特徴も東洋の特徴もしっかり備えた人だな」
ジョージが言う。
「そう見えるか・・・」
綺麗な声で歌うメロディーラインは独特のものだった。
「この時、彼女はもう人妻だった・・・?」
リチャードの質問にレイモンドは頷いていた。
「どうして・・・」
「さあ・・・心には扉はつけられないし、鍵もかけられないから、かな・・・」
もう一度再生をかける。歌の部分だけ。それに合わせてレイモンドが声を重ねた。歌っている言葉は何も解らない。
「ウグイスのことを言うんですよ、春を告げる鳥・・・別れ歌です、これ」
覚悟はしていたのか、と思う。
「脱ぎますか、それ」
「え、ああ・・・」
一枚ずつ取り去り、レイモンドは衣紋掛けにかけた。
「ほら、裏から見ると余計ラトランド伯爵の紋が浮かびますね」
「ほんとだ・・・」
巧みに織り込んだ紋章の形はどれも崩れがない。五枚の衣全てに織り込まれていた。最後の一枚には橘と菊と白薔薇が織り込まれている。
「不思議ですね、ヨークの白薔薇が日本の伝統的な模様にも見えてくる・・・ああ、そう言えば・・・薔薇は元々東洋の花でしたね」
「そうなのか」
「ええ、マドンナリリーも薔薇も東洋からやってきた物ですよ、八重くらいなら原種に近いものですから・・・東洋の模様になってもおかしくはないかも」
レイモンドは原種の薔薇をいくつか見せた。
「これは日本の浜辺に咲いていたものでハマナスといいます、これは峰薔薇、富士薔薇とも呼ばれた高山に咲いていたものです。一重咲きの原種ですね」
「鮮やかだ」
「白い花も東洋からやってきたはずです。ただし何千年も昔ですけど」
「薔薇がね」
「ソウビ、と呼ばれて源氏物語にも出てきていますよ」
レイモンドの横顔には乱れがない。目の前で愛した女の自殺を見たはずなのに。
「彼女の遺書、見つけました」
「遺書・・・」
「あなたの心の中で生き続けることにいたします。それではさようなら。愛するフランシーへ。曜子より・・・」
日本語でレイモンドは言い、その後英訳した。
「レイモン・・・」
「これで、私は一生彼女のものです」
微笑して言った言葉にヨークの兄弟、ラヴェルも凍り付いた様に立ち尽くした。
「そんな・・・」
「だから罪だと言ったのですよ、だから・・・あの炎の法要の歌を繰り返し・・・水よ清めよ、炎よ焼き払え我が罪、我が業・・・とね」
よしましょうと言って彼は部屋から出て行った。
「見たければ勝手に。ただし、そこの文献は英文もラテン語もありませんから」
「みたいだね・・・」
リチャードが手に取ってみた本は読み方さえ解らない文字が書き連ねてあった。仕方なく違う本を手に取ってみた。それは図版の多い本だった。それは写真集で、不思議な彫刻が並んでいた。図版の下に短い英文。
「仏教のもの・・・アミターバ、シャカ、太陽の如来・・・ボーディサットゥバ・・・」
意味がわからないな、とリチャードは呟く。
「あ、英語・・・アミターバは西の彼方、あの世に導く如来、観世音は世の中の音を見聞きして衆生を救う菩薩、地蔵菩薩は子どもの魂を導く菩薩・・・薬師如来は病からすくい上げる如来・・・曼荼羅は・・・仏教の宇宙観を表すもの・・・なんだか意味がわからない・・・これ」
「見るなら、部屋に持っていけ。ここでは座る椅子もないではないか」
エドワードが告げ、リチャードはその図録を抱えて行こうとしたが、扉近辺で座り込んだ。
「やれやれ」
エドワードが抱き上げ、部屋へ連れて行く。
「結構重いんじゃないのか、それ」
「みたい・・・撮影、タイキチ・イリエ、奈良の仏像・・・東大寺三月堂本尊、不空羂索観音・・・脇は月光・日光菩薩・・・六本の腕・・・阿修羅像・・・興福寺・・・三面の顔・・・」
「よくわからんな・・・」
「阿修羅とは鬼神であり、戦神であったが、仏に帰依して守護神となった・・・。この阿修羅像は従来の物と違い、少年の姿をしているのは・・・皇后の生んだ皇子の夭折が影響していると思われる・・・。皇后は東大寺に夫の遺品を寄贈し、後に奈良時代の生活の一端を垣間見ることが出来るようになったと言われる。五弦の琵琶が伝わるが演奏方法は失われ・・・」
「・・・何なんだ」
「東大寺二月堂・お水取りと呼ばれる法要は開始年は西洋の暦では七百五十二年の三月が開始年月日。不断の法要と呼ばれ、数々の逸話を残す。世界戦争時にも、内乱時にもこの法要は絶えず続けられ・・・今に到っている。鎌倉時代に女人禁制の堂内に青い衣を着た貴婦人の幽霊が現れ、名をあげぬとつめより、この後、「青衣の女人」と唱える習わしもあるという・・・七百回目の年生まれだ、僕」
「・・・長いな」
「炎が・・・松明、大きい・・・」
「おまえな・・・」
「レイモンの水と炎ってこれのことなのか・・・」 エドワードはリチャードがますますフランシス・レイモンドに傾いていく事を苦々しく思う様になった。何度言っても、リチャードはエドワードの言葉に耳を貸さなくなった。信じられない、と呟く。
「おまえがねえ・・・エドワードの言うこと聞かなくなるとはねえ」
ジョージの言葉にリチャードは首を振る。
「そんなことはないよ、ただ・・・」
「ただ、何だ」
「何でもない・・・いつまで、あの人のこと・・・」
神聖視していたらいいのか、解らなくなった、等とジョージには言いたくなかった。リチャードにとって兄である以上の存在。父と幼くして死に別れたリチャードにとってエドワードは兄以上の人だ。そのために生きて、そのために自ら死を選んだ。勇士でいたかった。騎士として立派な人間でいたかった。キリスト教徒としても立派でいたかった。その願いは全て砕かれた。
背骨の病、力の入らない腕、兄たちと比較して堂々とした体格も、王としてあるべき高貴さも全て手に入らなかった。 その結果、最後の戦場で選び取った道筋は自ら死ぬ事だった。なのに、ここで生きている。背骨の治療を受け、弱かった体質の改善をし・・・解らない、と思う。レイモンドの言う言葉の方がまともに見えたのは何故なのだろう。彼は抱いていた劣等感を斬り捨てる。彼は劣っていると思い込んだ過去を否定してのける。
「レイモンはくだらないと言ったんだ、ネッドとジョージと似ていない事など、へ、でもないんだって。背丈の事も背骨の事も大した事じゃないって言った」
「・・・またそれは」
「黒髪でもグレーの目でも背骨が曲がっていても騎士として役立たずでもそんなこと、それがどうした、と言われたんだ」
「何が言いたいんだ」
「二人と違っているのなんて当たり前の事だろう、だって。解る、ジョージ」
「・・・何なんだ」
「出来なくても出来損ないでも構わない、私は私なんだとさ。憧れたって手に入らないのなら憧れなきゃいいって言われたの」
「あの博士は・・・怖いこと言うな」
「だから、もうネッドの言うこときかなくてもいいかなって思っただけだよ」
「・・・リチャード」
信じられない、この弟がエドワードの手から離れるなんて。そんな事が起きるなんて。
「おまえ・・・ネッドがおまえを手放すと思うのか」
首を振った。思わない、と。
レイモンドはまた桐の箱を二つ持ち込んできた。
「何だ、それは・・・」
「資料だよ、東洋の衣装だ」
箱を開けると絹の織物がきちんとたたまれて入っていた。
「春の衣装、紅の薄様か桜の重ね、とも呼ばれるもの」
白い小袖、臙脂の長袴、薄紫の唐衣、薄い生地の裳。裳の模様は皇族女性が着用する柄が染められていた。
「さて、人物に着付けてみるか」
ジタバタしている少年を捕まえて、平然と言う。
「女ものじゃないか」
「重いんだよ、女学生に逃げられまくったんだ・・・」
「何キロあるんだ・・・」
ジョージが聞いた。
「え、二十キロはあるよ、軽く見積もっても。全部で」
「そら、逃げるわ・・・」
「鬘と簪と檜扇入れて全部で三十キロ近く」
「甲冑より重いじゃないか」
リチャードの抗議にレイモンドは平然としていた。
「えーこれは確かー伊勢神宮に斎宮として赴いた皇女の衣装・・・かな、確か」
白い小袖を着付けながら、そう言う。
「ちょっと苦しいけど我慢してねー」
「嬉しそうだな、レイモン」
「そりゃもう。資料としてはこれは画期的なものであって、是非とも人体に着付けなきゃ気が済まないっ」
「学者って厄介だ・・・」
長袴を着付ける。
「足でないけど」
「そういう衣装なんだよ」
五枚の着物をこの間の様に着付け、表着を着付け、唐衣を着付け、裳の帯を締めた。
「完成っと。あーやっぱ鬘つけよう」
長い黒髪の鬘をつけ、簪を挿す。伊勢斎宮の簪には長い房飾りが付いている。そして扇を持たせた。
「やっぱ、ここにはこれを挿すか」
八重の白薔薇を扇の紐に差し込んだ。本来なら梅、橘、桜に限られている挿し花。
「ふむ、本当は曜子にやって欲しかったけど、まっいいかっ」
「よくねーよ」
二時間かけて着付けてみたが、正式ではなくうろ覚えなので、あちこち乱れはあるらしいが、レイモンドは満足していた。助手に撮影を頼んでいたりもした。
「へー・・・これが東洋の姫君か」
「あんたらより四百年前だけどね」
平然と言うレイモンドにリチャードはあきれていた。
「斎宮って何さ」
「神官だよ、未婚の皇女を伊勢神宮という神殿に仕えさせたんだ、この衣装はその斎宮が伊勢に向かって出立したときに着たものなんだ、簪もそのレプリカ。天皇が皇女の髪に挿して旅とつとめの無事を祈ったそうだ」
「これが・・・」
片手で簪を示す。片方の手は扇を落とすまいと握りしめていたが、衣越しで心許ない。その片手は衣から手先も出ていなかった。
「これ・・・この間のより大きくないか」
「いや、殆ど同寸のはずだけど・・・」
裾も大きく長く広がっていた。
「ちょっと大きいか・・・」
エドワードがやってきて目を丸くしていた。
「レイモン・・・おまえもう女引っかけてきたのか」
「いや、これは・・・ここの人間だけどね」
口元に手をやってリチャードは肩を・・・衣が重くてひそめられなかったが。
「え」
「兄上」
異国の衣装の人物が声を出す。
「・・・あ、なんだおまえか」
「人体に着せたいんだとさ」
「災難だな、おまえ」
「重くて動けないんだけどね、ホントにこれ女の人のなのかねー」
袴の生地をレイモンドが持ち上げ、笑った。
「これで少し歩けるはず」
「無理。重くて・・・」
「だよなー・・・女学生みんな逃げたもんなー・・・座ってみるか、ねえ」
「座るって・・・どーやって・・・破いたら困るんだろ」
レイモンドが片腕を掴み、寄りかからせてから片足を片方の手にかけ、そのまま床に下ろした。
「片膝、立てて。そう」
裳や五つ衣を後ろにながし、扇を持たせる。
「つぶれそ・・・」
「だろーねー・・・」
「でも、面白い・・・これって、女の人の行動狭めようとした意識あるんじゃないの」
笑いながらその少年が言う。
「歯は見せるなよ、扇で隠すの」
「へ」
「泣くときも笑う時もその扇で顔を隠すの、雰囲気で伝えるんだよ、嬉しいも悲しいも、全てね」
「言葉は」
「最低限度に留めるのがマナーだ」
「ソレでわかるの」
「解らなきゃ宮廷貴族としては最低って事だね」
「しちめんどくさい世界だね」
「意志は歌で伝える、歌というか詩でね」
「たとえば」
「恋愛感情も、友情も、時節の挨拶も」
「斎宮の姫の歌ってあるの」
「あるよ・・・私の命よ、絶えるのなら絶えてしまいなさい、こうして恋をひそめて生きて心も弱くなってしまったのなら・・・」
「独身を通さなければならない皇女なのでしょ」
「・・・戯れに発表されたはずなのだけど、妙にリアリティがあるので、彼女には秘めた恋人がいたと噂がたったよ、それも身分の低い歌人だと・・・まあ、嘘じゃないかも知れないね」
その説明をするレイモンドを熱心に見つめる瞳。エドワードはその様子に落胆している自分に驚いていた。そこに来客の知らせがあった。
「ちょっと出てよ、所長様、みんな出かけているし、ラヴェルさん、大学で大事な試験受けているんだよねー」
「ったく、お茶くみ所長の雑用所長でございますわね、わたくしは・・・」
ジョージが文句言いながら玄関に向かった。