瞳を閉じて
 「今度はライブって訳、音痴なのに」
 「うるせーよ、ジュリアとおめーがいれば充分じゃんか」
 「そりゃそうだけど・・・立って歌うのは無理だよ、言っておくけど」
 「わかってら。でーどれにするか決めたから。音符読めなければ、データ送るけど」
 「めちゃくちゃな選曲だねーいつもながら」
 「ほっとけ。安心しろ、往年のオペラの名曲はない」
 「入れられてたまるかっての。いくら音曲も教養の一つって言っても限度があるよ」
 「そんなもんかね」
 「村祭りの俗曲くらいなら・・・」
 「それはやめて。その顔でその容姿で卑猥な俗曲やられたら教授様に張り倒されるわ」
 「そーする」
 「まったく・・・厄介だよなー」
 「厄介ついで、だ、マイク、アイクが帰って来た」
ジョーが入ってきてそう言った。舞台の床に座ったままのリチャード・リースがそちらを向いた。アイクはまたマイクと同じように大柄な男だ。
 「よう、アイク、久しぶりだな、どうよ、幾何学は」
 「面白かったぜ、半年しかいられなかったけどな。後は物理学の講義、受けてきた」
 「そりゃお疲れさん」
 「新入生なのに、いろいろやってんな、マイク」
 「この大学で二つ目だからな、新入生と言っても、四回生みたいなもんだ」
 「ねー」
リチャードがマイクをつついた。
 「何」
 「大学ってそうころころ変えられるの」
 「あー、あんたは知らなかったんだっけ、ある程度単位が取れれば別の学科に移動してもいいんだぜ」
 「そうなんだ」
 「・・・スキップか、このちっこいのは」
アイクがそう聞いた。
 「おい、ライトつけてくれ」
マイクがそう言った。ライブハウスの中が明るくなった。正式制服を着た小柄な少年が舞台の床の上に座っている。ご丁寧にケープまで身に着けて。帽子はさすがに脱いだのか、片手に持っていた。
 「・・・紹介する、リース教授の養いッ子だ、リチャードって言う」
 「よろしく」
座ったままでごめんなさい、と付け加えて微笑んだ少年をまじまじと見てアイクは目を丸くした。
 「・・・まさか」
 「聞いてない、リース教授の」
 「ああ、おっそろしく頭の切れる子どもで中身と外見の不一致は・・・とんでもないと聞いた」
 「そんな噂あるんだ、へー」
 「ぼっけりしてるときは思い切りお子ちゃまだけどな、論理とかそういうのになると、論客だよ、こいつは」
 「・・・研究対象を養子にしてとほほになっているとも聞いた、で、教授の研究対象って確か・・・三人ほどいて、二人は舞台人、一人は・・・まさか」
 「まさかって、マイク、あのさ」
 「曲目に不服あるのかよ」
 「違う、打ち合わせするなら、家にいらっしゃいって母様が」
 「あーそっか。あまり遅くなると・・・また俺が嘆かわしい羽目になるか、リース教授の家に移動するぞ、アイクも行かないか」
 「あ、ああ・・・」
まだリチャード・リースを見て戸惑っている。
 「アイクは・・・時間移民だっけ」
 「・・・十五世紀のイングランドからだよ、忘れたか」
 「十五世紀」
リチャードはそうつぶやいた。アイクはリチャードの手を取り、跪いた。
 「グロスター公爵殿下にはご尊顔拝謁賜り、恐縮至極にございます。兄君エドワード陛下のご命令によりおそばにて御身の保全を任されましたが、任務半ばにして倒れましたこと、お詫び申し上げます」
 「・・・そなた」
 「テュークスベリィでおそばにて剣を取っておりました」
 「ごめん、覚えてない」
 「それは・・・殿下は初陣を勤められて直後の戦場であられましたゆえ、兵卒の顔など覚えて居られなくとも致し方ありませぬ」
 「ここでは・・・身分はない」
 「はい。ですが、ご挨拶だけはお許しくださいまし」
 「マイクとは長いのか」
 「移民してからずっと腐れ縁ですよ」
 「そう」
 「へー・・・殿下、あのさー」とマイク。
 「何」
 「俺の太ももの肉にも留意してくんね、いてーんだけど」
ぱっとリチャードはマイクを離す。どーやら掴んでいたらしい。
 「これでまた振られる・・・何度目だ、俺」
 「男の太ももにあざくっつけるよーな女とつきあってんの、マイク」
リチャードはそう言って笑った。
 「その顔でそーゆーこと言うなっ。まったく」
アイクはやっと立ち上がっていた。
 「マイク・・・」
 「何だよ、入学以来、ずっとつるんでるんだ、被害はすげーけどな」
 「被害って何」
リチャードが聞く。
 「あーガールフレンドみんながな、いつもつるんでる可愛い子ちゃんとつきあえばいいだろうって言うんだよ」
 「そんなんうちのサークルにいたっけ」
 「・・・。おまえの事だよ、見てくれまた棚の上に放り投げていやがんな」
 「そりゃチビだけど」
 「そっちじゃない・・・まあ無駄だからやめとく」
溜息をマイクはそっとつく。
 「何」
 「副学長が言ってたんだよ、うちの末の弟は無意識だから始末におえないってね」
 「ジョージが・・・何」
 「わかんなきゃいいんだよ・・・たく・・・アンタ、その笑顔、民衆とか貴族とか向けたことあるか」
 「あまりない」
 「・・・向けておけば、二年二ヶ月って事はなかったよ」
 「・・・よく解らない」
 「まあ、そりゃ本当の笑顔なんざ、そうそう見られる物じゃないから、いいんだけどね」
アイクが笑っていた。
 「それはわかるな・・・」
 「まあ、いいや、リース教授の家に移動すっぺ。コニーにまた絞られるわ。リチャード、足腰、平気か」
 「あんましよくない」
 「やっぱりなー」
ひょいとマイクが抱き上げる。
 「さっきから立たないからおかしいと思ってたよ」
 「それはどーも」
 「それをやるから余計誤解されんのよねーマイクってば」
ジュリアがそう言って笑った。
 「ジョーでもいいんだけどさ、なんだか知らないけど、嫌なんだって。ジュリア、理由知ってるかなー」
リチャードの言葉にジュリアは笑った。
 「失恋したくないからよ」
 「そこが意味解らないんだよねー」
 「いいのよ、アンタはそのままで」
ジュリアはそう言って笑う。大学を出て暫く歩くとリース家の平屋建ての家がある。夫婦二人と養子になった子どもの部屋、キッチン、居間、主人の書斎、ワインを貯蓄する地下室を備えた普通の家だ。まわりには季節の花が植えられている。夫婦が二人、丁寧に世話をしているおかげで、花々、そしてハーブが香る庭となっている。芝生のある庭ではバーベキューをしたり、教授の教え子達のガーデンパーティの会場になったりするところだ。マイクの腕から降りるとリチャードは玄関を入って行き、母に声をかけた。
 「あら、そうなの。では、庭に廻るように言ってちょうだい。あなたは楽な服に着替えなさい。お友達は私が接待するから」
リース夫人の柔らかな声が家の中からする。間もなく夫人がやってきて挨拶をしてくれた。
 「あら、アイク、久しぶりね、帰って来たのね」
 「はい、お久しぶりです、いつもの様に庭でいいんですか」
 「ええ。あの人は出張でいないけど、あの子と、なのでしょう」
 「はい」
メンバー全員と庭にまわる。庭には簡素な木製のベンチやテーブルがある。そのベンチに腰掛けて待っていると夫人がお茶と菓子を持って現れた。
 「あの子、着替えているからちょっと待ってね」
 「はい」
暫くするとリチャードが戻って来た。
 「お待たせー」
スエットスーツ上下だった。
 「・・・ホントに楽なのにしやがったな」
 「これ、半分寝間着」
 「おまえな」
 「気付いたらベッドにいること多いから」
 「何してんだよ」
 「本読んだまま寝ちゃうとか、調べ物したまま寝ちゃうとか・・・」
 「あーあーそーかよ、教授も大変だなー」
 「なので、そのままベッドに放り込める格好になっていてくれと言われた」
 「・・・あっそ」
 「コニー姉様にもそう言われた」
 「・・・コニーにも放り込まれてんのかよ」
 「いつもの事だよ、あんだけでっかい女の人って初めて見たって言ったら、すっごく怒られたけどね。だってネッド、いや、兄上と背格好大して変わらないじゃない、コニー姉様って」
 「いや、ありゃ規格外だから、一緒にすんな。この世界でもでっかい方なんだから」
 「・・・僕が持ち上げられないダンベル使って鍛えているけどね・・・姉様は」
 「・・・持ち上げられないとは、殿下」
アイクが聞いた。
 「肩の上まであげられないんだよ、片方だけでも。両手で胸の前がやっとなんだ、姉様のダンベル」
 「こええな」
 「生活指導だもんなー、コニーって」
ジョーが言う。
 「学生達の喧嘩、素手で止めるもんねー。この間見ちゃった。停学くらったアダムズに回し蹴りかましていたの」
リチャードがそう言った。
 「・・・恐ろしい」
 「絶対コニーには逆らうまい、と思うよ、俺は」
ジョーが笑って言った。ジゼル・リース夫人がさっきから爆笑していた。
 「なんであんな子になっちゃったのかしらね、あの子は」
 「母様」
 「性格は悪くないんだけどなあ、コニー」
 「伝承で言うワルキューレ、戦乙女ってあんな感じかもなー」
 「ワルキューレ・・・英語だとパルキリー・・・」
 「そうそう、白銀の甲冑身につけて白鳥の兜をかぶり、白銀に輝く楯を持ち、天馬にまたがるって言う半分女神だと伝わる女性」
 「へえ・・・」
 「戦場に倒れた騎士の魂を集め、神々の黄昏に備えるという伝説があるってね」
 「なんか、ソレ」
 「是非、時間移民の係は女性にして欲しかったかも知れないですねー、殿下」
 「・・・そーかも」
アイクとリチャードの反応にマイクは苦笑していた。
 「もしかしてー二人ともむっさいのがお迎えだったのかよ」
 「側近そっくりなのが・・・来ちゃって・・・」
リチャードが言う。
 「俺の時は・・・岩みたいな歴史学者だった・・・」
 「そらまたお気の毒さん」
 「驚いたよ、兄上が二人ともいたの、しかも年齢差が逆になっていてさ、ジョージが六十近いおじさんで、ネッドが三十五歳くらいかなー・・・」
 「んで、アンタは十二歳か」
 「これは胸椎側湾症と遺伝疾患治療のためだから仕方ないけどね」
マイクは首筋に気付いた。
 「何」
 「何でもない、いや、触れておく、おまえ、一度馬鹿な事しでかしたろ」
首筋に手をやってリチャードは頷く。
 「えらく深く切ったもんだな、傷跡跡形もなくに出来るはずだけど・・・」
 「レイモンド博士が残すって決めた。ちっとは痛みを自覚しなさいって。僕の痛みではなく、周りの人々の痛みだって言ったんだ」
 「そりゃいい方法だな」
 「マイク・・・アンタ、どこまで知っているの」
ジュリアが聞いた。
 「こいつが話してくれた限りまでだよ。後は別に必要ねえだろ」
 「それはそうね」
 「殿下」
 「それ、やめてくんない」
 「しばらくは無理です」
 「やっぱりね。ケイツビーやラトクリフ来たら、げっそりしそうー」
 「あー、あの有名なの・・・ラヴェル卿は」
ジョーがそう聞いてきた。
 「いるよ、あんまり手間食いなので、レイモンド博士が呼んじゃった、近くで医院開業しているよ、この先の、ラヴェルクリニック」
 「あー、あのレイモンド博士のそっくりさん。アレ・・・そういう事なんだ・・・」
 「貧乏クジ引きっぱなしかもねー・・・でも、なんだか知らないけど、本人はえらく幸せそうなんだよなー」
 「さて、そんなところで。アイク、おまえさー、ちょっといい、おまえ、身分どうだったんだ、なんかさ」」
 「貴族がいてその下にジェントリという地主がいるんだよ、そのジェントリの従者だから、公爵殿下の顔など、とてもとても直に見られる身分じゃない。ただ、図体がでかいのと剣がなんとかなったんで、テュークスベリイの戦場にいただけだよ」
 「そんなんだったんだ」
 「身分低いの、貴族階級にもなってないよ、だからまあ・・・あまりなあ」
 「でも、もうこの世界では関係ないよ」
リチャードがそう言って笑った。
 「公爵殿下が解らないわけだよな・・・」
 「ねー打ち合わせは」
 「アイク、キーボード頼むよ、これ楽譜な」
マイクが楽譜のデータをアイクに渡した。
 「なかなかすげえ選曲で 」
 「そう。めちゃくちゃだろ」
 「このキーで出るのか、声」
 「あーそれはジュリアとコレ、だから」
リチャードを示しつつ告げる。
 「え」
 「変声期前でしてよ、殿下は」
 「あ、そう・・・」
 「テュークスベリィの時はもう声変わってたはずだけどねー」
 「二度しかお目にかかったことありませんから」
 「・・・そーなの」
 「はい」
 「十八歳ってこれよりは大人なんだろ」
マイクがさかんにつついて言う。
 「そうですけど・・・まだ大人のお顔はなさってませんでした・・・兄君方とは違って居られましたから」
 「はー・・・」
 「はっきり申し上げますと、まだ少女の様にも」
 「へ」
 「戦乙女かと思うほどでしたから」
 「あー・・・なるほどねー、そりゃ解るわ」
 「そこがよくわかんない」
 「まー気にすんな。どーせアンタはわかんないから」
 「なんだか、気に障るなあ・・・」
 「そこが王族ってとこなんだろよ、気付いたら惹かれるものがあるって言うの、オーラがあるって言うか、カリスマ性があるって言うか」
 「それ・・・」
 「言っておくが、アンタの言うネッドさんもあるけど、アンタにもあるって事忘れんなよ、ぼけっとしてるけど」
 「・・・それ、レイモンドにも父様にも言われた」
 「だろな・・・」
ちょっと疲れるわ、こいつ、とマイクが言う。
 「それともう一つ、末っ子気質っていうのがあるわよね、私も五人兄弟姉妹の上だから解るけど」
ジュリアが言った。
 「それはあるなー俺も八人兄弟の長男だもんなー・・・」
マイクが言う。
 「兄弟多いんだ」
 「異母、異父は当たり前だけどな」
 「ふーん・・・」
 「んで、第三代ヨーク公って何人子どもいたんだっけ」
 「お話に寄りますと、十二人いらしたそうです。殿下の下にも妹君が」
 「すぐ死んじゃったけどね、三歳にもならずに」
 「その子の事覚えてんの」
首を振る。
 「僕より大きかったって。でもあっという間に死んだって聞いた、アルスラって名前」
 「へ」
 「一番ちっちゃく生まれて、一番ちっちゃかったんだよ、三人の姉様方の方が上背あったくらいだから」
 「あーそー・・・」
 「女が三人、男が三人・・・かな」
 「昔って乳児死亡率高いもんなあ」
 「それはね・・・」
 「まあ大貴族の家だから栄養状態はいいんだろうけど、しっかし、お母さん頑丈だねえ」
 「そうだねえ・・・」
 「羨ましいわ、私は一人だけだったし・・・」
ジゼルが言う。
 「しかも、あんなんですものねえ。ウィリーよく逃げ出さないわねえ」
 「あれはーウィリーの方が惚れているもの、逃げないでしょう・・・」
マイクが笑って言った。
 「末っ子気質って」
 「あーあーそれはねー・・・ほっとけないって感じがびんびん出してるって事よ。兄ちゃん姉ちゃん長いことやってる人間にはそのセンサーが働いちまうって事」
 「損なのか特なのか解らないなあ」
 「さあねえ、いいんじゃねえの、それなりにお友達出来るし」
 「そんなものかな」
 「気にするな」
 「マイクはいつもそれだね」
 「嫌か」
 「ううん、気楽だよ、気張ってなくてもいいんだってホント楽だ・・・」
 「どうかしたのか」
 「何でも・・・」
ふと、蘇るのは、国王として執務を取っていた瞬間。必死だった、それだけを覚えている。ふと瞳を閉じて思い返すと、それは・・・春の雪の様に、霞のように消えていった。そして、仲間達の顔を見て、リチャードは歌詞カードの確認をした。
 「これ選曲したの、誰よ」
 「俺、知らね」
マイクの言葉にマイクを睨み付けてみたが、無駄だろうとリチャードは思った。                                                   





これもタイトル苦し紛れ。。。平井堅のあの曲とは無関係じゃありません。これでいいや、にしちゃったの。