時空相聞歌
  最愛なる兄上、エドワード陛下へ

ご健勝の事と喜び申し上げます。先日、私を息子として迎えて下さったリース氏の自宅にこのたび、正式に移転する事とあいなりました。リースご夫妻は私の部屋を用意して下さり、弱った身体にも対応できるようにとすべて設備を整えて下さりました。かつての名前をそのまま、名乗っても構わないとまで言って下さるのですが、ご迷惑かと思い、遠慮したところ、ヨークとプランタジネットは削るな、とリース氏の指導が入り、この名前はイニシャルのみではありますが、用いることといたしました。
 毎日が新鮮です。母上とお呼びしたところ、姉上となった方に反対され、母様とあいなりました。そうそう、その姉上の事なのですが、フランチェスカ・コンスタンス・リース・デ・アルデモードというのが本名なのだそうです。デ・アルデモードは彼女のご主人の名字で、彼はウィリアムと言います。姉上なのですが、大柄な女性で、驚いたことに兄上より少し背が低いという程度なのです。母に姉上の背に追いつけるか聞きましたところ、無理とのこと。赤毛の巻き毛、青い眼のとてもたくましい人です。あ、たくましいと書いたら、今、怒られました。ウィリー義兄上はレディとして申し分なく接して居られます。二人お子さんがいて、ここでも叔父になりました。上の子は今の私よりも大きくて、「ちっこい叔父様」と私のことを呼びます。怒っても仕方あるまい、と諦めてますが・・・この子も下の子も私より大きいです、背格好も年齢も。私はみかけの年齢十二歳ですからね、仕方ありません。二人とも女の子で、どちらかというと姉上に似ています。これも姪二人にばれたら、怒られるとのこと。がさつな母に似ていたくない、と言い張っているそうです。
 大学入学資格を得て、今は入学準備を整えているところです。私は幸せです。ご心配には及びません。ジョージは回復し、退職し、のんびり暮らすのかと思っていましたが、私が通う大学で副学長をするそうです。結構、元気な人なのですね、心も。
 レイモンド博士たちは変わらずです。 
 ジョニーからも気遣いをいただいてます。 それでは、兄上もお元気で。
                         あなたの弟、リチャードより、愛を込めて  
                                  リチャード、グロスター、  
                                         忠節を第一に。
 「手紙、私に届くはずはないが」    
 「エドワードと言う名前で背が高いのは、アンタくらいだろう」
 「そうだが・・・」
 「渡したぞ、ほれ」
渡された手紙の封印を見てエドワードは驚いた。
 「届くわけがない、と思っていたが・・・」
開いた手紙を見て、そっと息を吐く。遠い陣幕の向こうにはかつての自分と、父とすぐ下の弟がいるだろう。ここは一兵卒の幕だ。何人もの男達に囲まれて夜を明かすしかない。松明の明かりたよりに手紙を読み、懐かしさに目を覆う。
 「どうした」
 「弟からだ、あんなに傷つけたのに、平然と寄こした、あの子は気持ちの大きい子だな、ちっちゃくて弱くて・・・とばかり思っていたのに」
 「そら、成長するさ、いっくらおチビさんでもよ」
 「そうだな」
 「明日、攻撃しかけるそうだ」
 「そうか・・・」
手紙を閉じ、エドワードはそれを松明の火で燃やした。
 「いいのかよ」
 「これは持っていたらいけないからな」
切ない。そう思う。馬もなく、徒歩で、槍か斧か。武器もそうそう満足のいく物ではなく、甲冑も立派とは言い難い。背格好だけ大きい、役立たずの様に扱われ、こんなものか、と思う。それでも・・・すぐ下の弟を護ろうと思う。そして・・・
 「エドマンドっ」
ラトランド伯はその声に驚いたが、彼を凝視は出来なかった。ラトランド泊は結局は一撃に倒れた。その身体を護ろうとその男が覆い被さる。そして・・・その男も絶命し、ラトランド伯の首は落とされた。


 最愛なる兄上、エドワード陛下へ  
 この間は書き出しがおかしかったと自分でも思います。もうあなたにはこの手紙届くことはあるまいと承知しているのですが、それでも生きているように書いてしまう私をお許し下さい。不思議なものです。面会に行った時を思い出しています。父に抱えられ、部屋に入ったときはさぞや驚いた事でしょう。あの日は最悪の状態でした。車の中でも、面会室でもまともに座っていることさえ出来ず、あなたに心配をかけたこと、大変心苦しく思っています。それでも、ガラス、ガラスなのでしょうか、あの透明な板の下にわずかに開いた隙間から触れて下さったあなたの手、今も忘れられません。あなたはどう思ったのでしょうか。あれが私達の最後の抱擁だったと思うのです。キスもなく、寂しい触れ合い、指先だけ、触れただけなのに、私にはそれがいつもの抱擁に思えてならなかった。あの頃、北部からロンドンのあなたの宮廷に参った時、あなたは私が跪くより早く、申し述べる挨拶の言葉よりも早く、抱擁とキスをくださいました。それが私には何よりの喜びでした。今でも、あなたを愛してます。それでは、また。            愛を込めて。  
                   あなたの弟。リチャードより    
                                    リチャード・Y・P・リース


 「それで・・・兄上は」
リース氏は首を振った。顔を覆い、リチャードは嘆く。リース夫妻が横にいて、抱き締めている。母となった人の、父となった人の温かい身体がそばにある。レイモンド博士が好きだ、と言った詩がタブレットに綴られていた。言語は、元は東洋の言葉で書かれたものだ。
 「花の節句か・・・」
リース氏は知っていた。その行事に遅れて咲く花を知っていた。役に立たないと嘲笑われるけれど・・・。
 「咲く花は花だ・・・何者でもない・・・月は月、君は君。それでいい」
 「追いつきたかった・・・」
 「追いつかなくてもいいんだよ、君は君だ」
その言葉をかつて生きていた、あの時代に聞きたかった。聞いていれば、もっといい人になれたのに、とそう言うとリース氏は笑う。
 「これが、本当のヨークのリチャードか」と。
 「何故、そう思うのですか」
 「ヨークシャーの人々は最後まで崩れたミドラムの城を我が君、リチャードの城と呼んだ。ヨークの聖堂は元々リチャードの寄進で建てられた、シェリフハットンの教会にはミドラムのエドワードの墓があり、大事にされていた。彼は慕われる領主だった。それが、私としては大変悩ましかったね」
 「え」
 「リチャード三世は研究対象だったんだよ」
 「研究・・・」
 「もうしないがね」
 「何故」
 「自分の家族を研究対象にする親があるか。そんなクレージーな事出来るわけがない」
 「家族」
 「そう、大事な家族。護るべき存在だ」
彼の腕の中は暖かい。ほとんど知らずにいた父親のぬくもりを今、知る。守り、育て、慰め、叱り、そしておやすみのキスをしてくれる人。


 最愛なる兄上、エドワード陛下へ。
 父上という存在を知りました。私は幸せです。母の料理はとてもおいしいのですが、私の胃腸はそんなに食べられないのです。それが残念です。毎日、学校から帰るといいにおいのお菓子があり、母の優しい話が始まります。お茶とお菓子とたまに連れて帰る私の友人と楽しんでいます。
  ああ、そうそう書き忘れました、マイケル・ハドソンという大柄な人と友達になりました。彼と彼の仲間とあるサークルを作って楽しんでいます。彼は残念ながら音痴ですが、楽器演奏は楽しいです。
 学校の授業は歴史を習いました。中世の歴史で先生が言うのです、リチャード三世は最後の騎士で最後の中世人で、最後の中世の王だったと。自分の運命を神にゆだねた故の戦死であり、辱めではないと言うのです。驚いて、目を丸くしてしまいました。こっちは破れかぶれだったなんて言えません。新しい時代の予感がなかったとは言えません。知っていたのだろうと思います。解っていたのは、私では駄目だろうという事だけ。
  兄上の子ども達も元気でここで生きてます。私が小さな子どもでも叔父上と呼びます。彼らの方が背丈も大きく、見かけの年齢も上です。でも、面白いものです、上の子は時々、初めて会った小さな子どもに見えたりするのです。相変わらずラテン語も綴り方もなっていなくて、母の焼き菓子でさんざん釣りました。ヨーク公の方はそれよりはまともです。
  ベスにも会いました。こんな姿でもあの子は変わりません。アンがまだ元気なのに、大声で「私と結婚して」には本当に参りました。その態度がまだ変わらないのです。結局冷たく突き放すしかありませんでした。慕わしく思っても、口には出せませんでした。
 あなたとの事を断ち切っていると思われたいと考えたのは、愚かでしょうか。実は断ち切れないでもがいているのに、です。
 レイモンド博士がまた不思議な詩を教えてくれました、生まれてきた理由の詩です。父と母ときょうだいたちに出会うために、友達に出会うために生まれてきたと言うのです。しあわせになるために、愛するために生まれてきたと言うのです。その詩を見て、これは仏教のとても偉い僧侶の八百年祭のために書かれた詩だそうですが、その僧侶を褒めそやすのではなく、生きている理由を歌う心に私は感嘆します。それがその僧侶の心に添うことになるのだそうです。大いなる慈愛を持つ御方だと思いますが、名前を失念いたしました。
 違う宗教の人ですが、慈愛には感じ入ってます。あなたに出会うために生まれてきた事を神に感謝します。この世界のどこにも宗教施設は見当たりませんが、一人一人信じていればいいそうです。父は祈りたければ祈りなさい、咎めることはない、と言ってくれます。彼は十字を切って祈りませんし、私達が祈った祈祷文句も知りません。一人、食事の度に祈ると父は言うのです、スープの中のにんじんを指さして・・・「このにんじんにも命をありがとうと言いなさい」と。小麦にもにんじんにもタマネギにも命をありがとう、と言うのはとても面白いです。それらも、生きていたと言う事を忘れてはならないと言うのです。全ての命にありがとう、そう告げて食事をし、本を読み、父母を愛し、姉の家族を愛し暮らしています。こんな平穏が訪れるなんて思わなかった。幸せです。あなたの弟であることも、また幸せの一因だと硬く信じています。
     愛を込めて。あなたの弟より。たくさんのキスを。
                                     リチャード・Y・P・リース

 「リチャード・・・これ、おまえ覚えあるか」
エドワードが差し出した手紙を見てリチャードは眉をひそめた。
 「この紙・・・何で出来ているんでしょう・・・変な艶があります・・・これ・・・」
印章指輪の封印がある。
 「この封印は私の・・・」
とりあえず切ってみる封印。かなり怪しいものだ、この手紙は。
 「この文字は確かに私ですけれど・・・こんな書き方はしませんよ・・・」
 「何が、だ」
 「所々意味のわからない単語が入ってます、これ」
 「そうなのか」
 「これ、兄上宛てになってます」
 「意味がわからないな・・・あなたに出会うために・・・生まれてきた事を神に感謝いたします、か」
 「え、そんなこと書いてあるのですか」
 「ある。最後の一文が・・・あなたの弟より、たくさんのキスを、とある」
 「・・・どうして・・・」
ふと見ると、もう一通、手紙が落ちていた。
 「同じ材質です、これも」

 最愛なる兄上、エドワード陛下へ。
そしてそこにいるであろう昨日の、帰らない過去にいるであろう私へ。
 書いた手紙が見当たらないので、慌ててもう一文、送ります。時空の嵐でたまに思いがけない場所に届くことがあるそうです。レイモンド博士が教えてくれた詩を書き付けておきますね。

逢いみての後の思ひに比ぶれば 昔はものを思わざりけり

 本当は男女の契りの後に女に使わす恋文だそうですが、あなたに出会ってから考えてみれば後々思うと何も考えていなかったなあ、という意味になります。最近出会った私達兄弟に比べれば、かつての世界で生きていた私達は考え無しだったと思うのです。
 グロスター公リチャードへ。一言伝えておきます。あなたはあなたです。自信をもって生きて下さい。あなたはかけがいのないただ一人の人です。雲に隠れても月は月、どこへ流れても水は水、変わり映えしなくてもあなたはあなた。未来の私から過去のあなたへ愛をこめて伝えます。
  それから、兄上へ。いつどこにいましても、あなたへの愛情は変わりません。  
                  愛を込めて。たくさんのキスを。
                              リチャード・Y・P・リース

 「何だこれ・・・」
兄弟二人は揃って頭を抱え込んだ。
 「意味がわからん・・・でも、この文章はまちがいなくおまえだな、リチャード」
 「書いた覚え全然ないんですけどね・・・」
 「・・・何故あるんだ・・・それと、このリースって名前は何だ」
 「解りません・・・」
 「これ、どうするんだ」
そこにレイモンド博士が入り込んで来た。
 「あーあった、あった。まったくもー・・・」
ひょいひょいと手紙を取り上げる。
 「フランシー、何だ変な格好だな」
 「え、ああ、そうか、これ事故なんですよ、だから回収に来ました。すいませんね、ご迷惑かけて」
 「フランシーではないのか」
 「愛称はフランシーですが、ラヴェル子爵ではありません。遠くの住人です」
 「リースとは」
 「ある大学の教授の名字ですよ」
 「その名前を何故私が使っているんだ」
 「それは応えかねます。でもご心配なく。私達の世界にいるあなたは幸せですから」
 「頭おかしいのか、そなた」
 「そうかも知れませんね」
 「手紙・・・返したくない」
何故か、リチャードはそう思った。
 「いいでしょう、さし上げましょう。でも・・・出来れば燃やして下さい。けれど・・・」
 「けれど」
 「雲に隠れても月は月・・・これ、私が教えました」
リチャードの片袖に彼は触れている。彼の指は暖かく、生きている人だと言うことが解る。
 「・・・あなたが」
 「東洋の言葉ですよ、天上天下唯我独尊・・・天の上でも下でも唯一人の人こそ貴い、という意味を含んでます」
 「不思議な事を言うな、そなた」
 「時間です。お忘れなく、グロスター公爵殿下、エドワード陛下・・・失礼」
男は突然、幽霊の様に消え失せた。ぬくもりも失せた。
 「・・・触れていたのに、消えた・・・何者だ」
二人の兄弟は顔を見合わせ、困惑していた。
 「夢でも見たんだな、そうだよな、リチャード」
 「これ、どう説明しますか、兄上」
恐る恐る指し示す二通の手紙。
 「・・・か、考えないようにしよう、奇跡だ、きっとそれだ、な、リチャード」
 「奇跡・・・私達に、ですか」
とても奇跡など起こりうるとは思えないのだが、あまりにも罪が重すぎて。リチャードはそう思っている。
 「説明つくのか」
 「いいえ」
でも、心に残る、雲に隠れても月は月・・・という何気ない言葉が。  
 






後書き
相聞歌とは本来は男女のやりとりだったみたい。万葉集にいっぱい残ってるけど・・・中には恋愛とは無関係のものもあるとか。手紙のやりとりと同じ。昔、手紙をテーマに書いたことあったなあ、そう言えば。