紅椿(草枕・閑話)
ふと、その花を拾い上げる。赤い血のように赤い花だ。冬の気候になっているコロニーの中、その花が咲いている。薄雪が見える中にも。
 「またあなたですか、ヘンリー」
振り返ると彼がいた。
 「絶対、おまえはエリザベスの消息を知っているはずだ」
 「絶対、ですか・・・」
手に持つ椿をヘンリーがはたき落とした。
 「首が落ちるように落花するから東洋の騎士達はこの花を嫌ったそうです・・・」
 「花など・・・」
 「まあ、いいでしょう」
もう一つ別の椿の花をリチャードは拾った。
 「ベスの事は何も知りませんよ、彼女がどこで何をしていようが、私には関係ありませんし」
 「そんなはずはない」
 「私は叔父です。彼女の愛人ではありません」
はっきり告げるとヘンリーは顔を歪めた。
 「貴様が・・・」
 「権力がなくても、ただの一市民になっても、私が憎いのですか・・・」
 「あの女に何を吹き込んだ」
 「彼女を育てたのは私ではありません、兄上と義姉上でしょう、文句があるなら彼らに言えばいいでしょう」
 「二人とも見つからないのに、か」
 「義姉上は見つかりますよ、でも・・・兄上の事は忘れて暮らしていますけどね」
 「忌々しい男だ、貴様は」
 「それが何か」
 「私まで利用したな」
 「そんな覚えはありませんよ・・・」
ふと視線を外し、リチャードは東洋の男に会釈した。
 「リース教授、ホテルに来ませんか、食事をご一緒にいかがです、あーもちろん、母君もご一緒で」
 「李大人、わざわざおいでにならなくとも、成安大学学長たるあなたが、お使いなど」
 「直接でないと、また逃げるでしょう、あなたは」
 「スカウトは勘弁して下さいよ」
 「それはしません。うちの資料の貸し出しは喜んでいたしますが」
 「それは助かります。奥様もご一緒ですか」
 「ええ。挨拶回りをしていましてね、学長を退いて、ある仕事に就こうかと思っているのです、それはまた、後ほど。迎えの者を寄こしますので。失礼」
東洋人の男はヘンリーに挨拶もせずに去っていった。
 「誰だ」
 「李文玲殿・・・唐女帝のひ孫です。母の胎内で亡くなって、移民してきた人です」
 「珍妙な世界だ、ここは」
リチャードは応えず、去っていった。手にしていた椿をふわりと投げた。歩道にぽとりと落ちたその花はまだ鮮やかな色を保っていた。 迎えの者とホテルへと向かう親子はごく普通の市民の顔をしていた。ヘンリーはこんな習慣を身につけてしまうなんて、と思いながら、そのホテルまで行く。レストランには入れなかった。案内を勤める男が予約客以外立ち入りは出来ないと断ってきた。見た事のある男で、時間移民ならではの発音をしていた。仕方なく、立ち去り、庭に向かう。
 「ディック」
 「ウィリー、まだ従者やる気かよ」
 「やんねーよ、しかし、よく出かける気持ちになったなー、陛下も」
 「それ、まだ直す気にならねーの」
 「癖なんだよ」
 「椿、拾ってた・・・」
 「なんで」
 「レイモンが言ってた、東洋の騎士は首を落とされるように散るから嫌いなんだってさ、椿の花が」
 「それが何」
 「陛下が拾っていた・・・何とも言えない顔をして。あれはエドワード陛下のご逝去を知った時と同じお顔だった・・・」
 「事件が起きたのは調度今頃だったってなあ・・・」
 「そっか・・・そのせいか」
 「あきらめきれないのかな・・・」
 「そりゃ最愛の兄上だもん・・・」
 「でも、殺されそうになったって言うじゃないか」
 「何を言ったんだか、あの陛下も困ったものだ・・・だからエリザベス様にもあの態度なんだろうな」
 「無理ないよ・・・エリザベス様も承知で報われないと承知でいるのだから」
 「でも、もう吹っ切れた顔しているよな、エリザベス様も」
 「李大人はたいしたお人だ。で、なんて名前なんだって」
 「雪のように美しい、という意味だそうだ」
 「なるほど・・・そろそろ終わるかな、あれ、李大人とジゼルさんだ」
庭に二人がやってきた。
 「ケイツビーさん、今日はお世話になったわね、お気遣い助かります」
 「いいえ、シェフにちょっと苦心してもらいましたけどね」
 「あの子はいつまで経っても食が細くて・・・外での食事、極端に嫌うの、女子学生の方が食べるんですものね」
 「昔もそうでしたよ」
 「あら、困った王様ね・・・あら・・・天文の図書館の人」
 「あ・・・これはマダム、失礼を」
 「あの子、追いかけても何もなりませんよ、いい加減に諦めたら」
 「それが・・・妻に会いたいのです」
 「かつての妻にですか・・・それは無理だと思いますわ」
 「諦めきれない」
 「あの子と敵対してたそうね」
 「マダム」
 「接触は困りますわ・・・私は息子が可愛いの。あの子に危害を及ぼすなら私にも覚悟はありますわ」
 「いえ・・・もうそれは・・・」
 「あの子の姪の事ですか、あなたの妻とは」
 「そうです」
 「なら、無理ですわ、私は・・・あの子の兄をエドワードを許すつもりは金輪際ありませんの。失礼、李大人、中に戻りましょう」
 「・・・その方がよい様ですね、失礼」
二人が去っていく。ケイツビーとラトクリフが見送る。ケイツビーが紙袋をヘンリーに差し出した。
 「この辺りの店、閉店したし・・・店の余り物だけど、いちおー弁当・・・簡易宿泊所は二つ区画先、そこはレストランもコンビニもないから・・・」
 「え」
 「夜中のお昼でしてよ、ヘンリー七世陛下」
 「な・・・」
 「アンタに首つりにされたけど、ここは平和なコロニーだ・・・」
受取り、溜息をつく。
 「ケイツビー」
リチャードが出てきた。いつの間にか手に入れたのか、赤い椿の花を手にしていた。
 「済みましたか」
 「なんとか。母様はタクシーで帰るって。なんだか知らないけど、奇妙にカリカリしちゃってるんだけど、何かあったのか」
 「・・・さあ」
 「またいたの・・・物好きだよなあ・・・私を追っ掛けてもベスにたどり着く訳がないのに」
 「そんなはずは・・・」
 「母様に聞いたはず。迷惑なんだよ、ベスも、ネッドも、義姉上もね。探したかったら、勝手にすればいい。義姉上があなたに会ってくれるとは思わないけど」
 「それは思えないな」
 「権力者は馬鹿だから」
リチャードはそう言って、椿の花を枝ごとヘンリーに渡した。
 「いっそのこと、首でも刎ねてくれればよかったのに」
ふっと笑って去っていった。ヘンリーは手にした花の色があのボスワースで見た彼の血の色に思えて、ぞっとした。彼は・・・生きている。王冠もない一市民として。あれは身代わりの骸だったが、彼にとってはそれも彼自身なのだ。椿の花に黒い点を見つけてヘンリーは吐き気を催した。憎悪の椿がある。手から離そうとしたが、何故か握り込んだ指が開かなかった。


心なく 散るものかや 紅椿・・・