ツァラトウストラはかく語りき
 「何故やめる。君の研究はかなり重要だったんだぞ」
史学科の仲間の教授がリース教授を問い詰めていた。大学構内の史学科、建ち並ぶ棟は講義室や研究室を備え、その中の歩道。それは出口に続く一本の道だった。建物の風合いはかつてイングランドの学園都市に並ぶ物に酷似していた。が、ここは宇宙空間に並ぶスペースコロニーの中であって、自然物は殆どない。でも世代を重ねたためか、コロニー内の自然は人工だったはずが、いつの間にか自然物により近くなっていた。管理された天候ではあるが、季節はしっかりとあり、雨天も晴天も、降雪もあった。そして夜は覆われたカバーが開き、星空を望むことも出来た。そんなコロニー内。このコロニーは学園都市の物で、総合大学・専門大学をいくつも内包していた。
 「リチャード三世は出来ないんだよ・・・何せ・・・」
歩道の上に大学の正式制服を着た小さな子どもが座っていた。ケープと帽子から察するに表彰があったのだろう。横に鞄、そしてタブレットで読書をしている。見かけの年齢は12歳。黒髪の印象的な少年だ。それを見てリース教授は深く溜息をついた。
 「あ」
リース教授を見つけてその子どもが声をあげた。
 「また限界オーバーしたな、おまえは」
 「うん、マイクのラグビー部で遊んでたら、やっちゃった」
教授を見上げる瞳は薄青がかったグレーで、にっこり笑った顔は魅力がある。整った顔立ちは将来も変わらないだろう。ほっそりとした少女じみた体格、細い指先。
 「まったく、限界わきまえてくれよ、私もそんなに若くはないぞ」
 「この間はまだ若いって言ってコニー姉様にいじられてたじゃん」
 「うっさい」
大学の制服が寄宿制の学校の物に見えるな、リース教授の友人は思った。
 「ああ、これが噂のうちの養子になった子だ」
 「・・・アレ」
 「時間移民で年は三十二のはずだが、疾患のため、この年で療養中なんだ」
 「・・・噂って」
 「聞いてなかったか、君は。十五世紀からの時間移民なんだよ」
 「なら都合がいいだろう」
 「よくない」
 「何故だ」
 「・・・何押し問答してるの、父様」
そう見つめあげる瞳に教授はまた溜息をついた。
 「サイン、見せてやれ、リチャード」
 「サイン・・・どっちのがいい、どちらも出来るけど。ただ、ライター貸してよ、父様」
鞄から紙を取り出し、万年筆も取り出す。
 「あー・・・王位の物がいいな」
 「ん、解った」
紙に綴る文字。カリグラフィーの流麗な文字が大文字のRを二つ書き付け、そのそばにに赤い蝋を垂らす。首から提げていた鎖を取り出し、二つ下がっている指輪を見て、片方の指輪を見てからそれを蝋に押しつけた。
 「こんなもんかな。ついでだから、前のも書いちゃえ」
リチャード、グロスター、ラテン語のモットー、そして蝋の封印。
 「え」
 「時間移民のな、よりによって研究対象にしていた王をだな・・・養子に迎えちゃったんだ・・・」
 「・・・リース」
 「てめーの息子を研究対象にできっか。ジゼルにぶちのめされるわ」
 「それだけで間に合えばいいけどね」
リチャードが実に楽しそうに言った。
 「下手すれば一ヶ月間締め出し食らうモンね、父様、この間みたいに」
 「言うんじゃねーよ、ジゼル様々なんだぞ」
 「そりゃ、そうだけど・・・おまえさんが恐妻家なのは知っているが」
にこにこと楽しそうにしている少年。一致しないギャップにリースの友人はしばし悩む。
 「でねー、パパ、だっこ」
 「・・・でたよ」
 「マジ、動けないんだもん。おうちまでお願いね。今日はもういいんだ、お腹すいたし、母様が今日のおやつはねー・・・」
 「アマンドのタルトか、おまえの好きな」
 「そう。だからお願い」
ぱっと手を広げて無邪気に言われ、リース教授は抱き上げた。
 「ほれ、ちゃんと鞄持て。じゃ、またな、また明日」
 「おじさん、バイバーイ」
その少年に言われ、リースの友人は唖然としていた。小さな少年抱き上げてリース教授は帰っていく。その友人は・・・およそ一時間は硬直していたと言う。
                                     完


ツァラ・・・とはゾロアスターと訳すこともあります。主神はアフラマズスターこと阿修羅です。拝火教とも言う・・・。なぜこのタイトルなのかはやはり、私にも解らない・・・。