比喩歌・溜息に溶ける夢その2
 「リチャード」
悪い夢だ、そう思いたい。けれど、現実だと言うことは知っていた。死ぬために戦地へ赴いた弟の姿を見てしまった。王冠を忌々しそうに見る王など初めて見た。あんなもの欲しくない、と彼は言う。今も言う。きっとこの世界にやってきたら、言うに決まっている。ふっと息を吐き、起き上がって着替えてから研究室に行く。ジョニーが熱心に計算をしていた。
 「またやってまうかもー・・・ポイントつかみにくいなー・・・近すぎるんだよ、まったく・・・これでいっか」
確定と言って彼はボタンを押す。時間移民のスイッチボタン。
 「やっちゃった・・・ポインター、間違えたああぁぁぁ」
 「ほー。へー。ふーん」
エドワードはジョニーのやらかした事に軽蔑の眼差しをちらりと送った。
 「ラトクリフと王様間違えたああああ」
 「へ?」
 「リチャード三世掠って来ちゃった・・・あはははは」
 「・・・あ、おまえ・・・よく首にならないな・・・」
 「あはははは。フランシー、ごめんよおおお」
だだだと彼はフランシス・レイモンドのいる部屋へダッシュをかけた。
 「リチャード三世・・・」
 「ネッド、末のあの子の事だよ、それ」
ジョージの言葉を聞いて即、レイモンドの部屋へ飛び込んだ。が、視線の片隅に映った弟は即扉の向こうへ姿を消していた。レイモンドの説得で出てきた彼を昔の様に・・・と手を伸ばそうとした途端、レイモンドに止められた。15世紀から持ち込める物は限定されている。まずは消毒、そして感染症の治癒が求められている。三度説明されている。やっと出てきた弟の髪を乾かし、さて、と言うときにまた止められた。
 「抑えのきかねー兄ちゃんだねー、アンタは」
 「何がいけない」
 「感染症の他にまだ問題あるんだってば」
 「・・・背骨の事か」
 「他にもある」
 「まさか元に戻すなんて言わないよな」
 「言うかよ、ハルバートが後頭部にぶち当たる寸前にさらってきたんだぞ、戻したら死ぬよ、まあ、本人はあっという間なので苦痛も何もないけどね、意識もさっさか喪失しただろうし」
 「・・・フランシー」
 「戻さないよ、遺伝疾患が完治せず一生幽閉でもこの世界に留め置く。それがルールだ」
 「遺伝疾患・・・だと」
 「発病はしない、ただ保因者だ。骨や歯に残存するDNAからは検知出来ないけど。背骨の事は突発性じゃないんだよ、あらゆる遺伝異常など様々な要因が重なった上のものだ。だからそっちを治す。あたしゃ医者なの。お忘れ・・・」
 「覚えているから、そんなに顔近づけるな」
 「あら、そんなにアタシの顔って変かしら・・・」
オカマじみた言い方にエドワードはたじろぐ。
 「フランシーの顔してる・・・フランシス・ラヴェルの顔」
横でリチャードがそう言った。
 「・・・そんなに似ているかなあ・・・、マザーボードシステムの子なんだけどなあ」


副作用に苦しむリチャードを見かねて兄二人が毎日の様に文句を言う。身体を作り変えた上での治療は過酷を極めた。レイモンドは毎日兄二人をあしらいつつ、治療を施すのだが。
 「食事・・・」
 「無理だ、見てみろ」
吐き気が収まらないのか、ずっとベッドに伏せたまま、口元を覆っているリチャードをエドワードが見守っていた。
 「かつてあったという抗がん剤並の副作用がでるとはなー」
レイモンド博士はそうぼやいた。頭に手をやり、リチャードは手を広げて見せた。
 「・・・この薬は中止だな」
広げた手に黒髪が束になって絡みついていた。その黒髪をレイモンドが見つめる。
 「毛根までいってる・・・、二週間は薬の投与はしない・・・」
その宣言を聞いて、顔をあげたリチャードの表情。喜びも何もない。
 「・・・ずっと堪えてきたのか」
そう呟くと、彼の肩が揺れた。
 「背骨の変形は相当の苦痛を強いたはずだ、それじゃあ、表情も乏しくなるわな・・・」
 「一度だけ・・・痛み止めの薬を大量に飲んだ事、ある」
 「それ」
 「終わってしまいたいと思った・・・許される事ではないと思ったけど・・・どうしても我慢出来なかった・・・」
 「死にかけたってことか」
頷いて、続ける言葉にエドワードは愕然とした。
 「場合によっては失明、聴覚を失う可能性も・・・失明を願った・・・」
 「何を」
 「剣を取れる状態じゃなかった・・・から。それなら失明してもいいと思った」
立派な騎士になれないのは、知っていた、と言う。
 「調度十二歳だった・・・」
伝う涙にエドワードは絶句する。今の彼の身体はその時の身体だ。
 「目が醒めたら・・・目も耳も普通だった・・・がっかりした・・・」
 「・・・がっかりした・・・だと」
つかみかかろうとして、エドワードは止められた。
 「健康なお人には絶対解らない事だよ、解るか、人と違うものを背負ってしまう人間だっているんだよ、あんたはちょっとおかしいよ」
レイモンドが叫んだ。
 「博士」
 「いい物見せてあげるよ」
レイモンドは一枚の写真をモニターに映し出す。家族写真だが、一人だけ、違う顔立ちの少年がいた。
 「この顔立ちの違うのが俺だよ、マザーボードシステムの上、所長の家に養子として引き取られた。他の子ども達は笑っているだろう、俺だけ笑ってない・・・」
 「博士」
リチャードも起き上がってその写真を見た。
 「この写真・・・大嫌いでね・・・どうしたらこのもやもやを解消出来るのか、悩んでいたら・・・日本文学のね・・・」
 「博士」
 「「人間失格」という作品に出会ったんだ・・・心の奥底とそれを悟られまいとあがいて壊れていく男の話なんだけど・・・壊れていてもいいんだ、と気付いた。だから・・・家を出て俺は一度も実家に帰った事がない。父母に一度も連絡してないんだよ」
 「レイモン・・・」
 「壊れても人と違っていても・・・それはそれでいいんだよ、この兄ちゃん達と比べるな。アンタはアンタだ」
レイモンドはそう言うと足音荒く部屋から出て行った。
 「ネッド」
 「ん、どうした・・・」
 「人間失格って読みたいって言ったら読ませてくれるかな」
 「どうだろうな」
ジョージが苦笑していた。
 「それ、私は読んだよ」
 「どうだった」
 「アル中のポンコツ野郎としては・・・役に立ったよ」
 「どういうこと・・・」
 「依存症治療中に読んだんだよ、もう二十年以上前になる」
リチャードはジョージの顔をじっと見ていた。
 「最後の四行がすごく効いたな、「あの人のお父さんが悪いのですよ」何気なさそうに、そう言った。「私たちの知っている葉ちゃんは、とても素直で、よく気がきいて、あれでお酒さえ飲まなければ、いいえ、飲んでも、・・・神様みたいないい子でした」・・・ってね」
 「その人は・・・」
 「薬物中毒で精神異常を起こしたか、あるいはとうに自殺したか、どっちかだろう・・・」
 「ジョージは・・・どう思ったの」
 「ぽんこつ野郎でも生きていていいんだって当時の診察医が言ったよ、その後の治療がねえ・・・死ぬかと思ったねえ・・・まあ一度死んでるんだから、いいんだけどさ」
 「生きていてもいい・・・か」
 「考えておけよ、リチャード。自分のためだけに、だ。俺やネッドの事は構うな」
それでも・・・彼は自分の為だけに生きる事は・・・一度つまずかなければ出来ないことだった。


私がこわれても  あなただけ守りたい それは正しいことじゃ ないのですか


                                                     

後書・
太宰が出てきてますが、「人間失格」は中学生で5ページ、高校で10ページ、二十歳越えて15ページ、最近小畑健の絵にひっかかって買って42ページ、・・・太宰が読めない性格だったのを忘れていた・・・笑・・・ その後、何とか読了したけど、体調を崩し、二度と太宰は読むものかとなりやした。