「だから、寝てろっての」
言ってもきかないのは解っている。勝手な奴だとレイモンドはぼやく。
「王様ってみんなわがままなのかね」
そうぼやくと所長が笑う。
「知的好奇心がありすぎるってやつだろう、解ってるよ」
コーヒー片手にジョージは すました顔だ。
「見せなきゃ良かった・・・」
「何見せたんだ」
「風景写真だよ」
何気なく言う。
「風景写真・・・ねえ」
それも彼が見た事もない風景の写真を立て続けに見せたらしい。
「オーロラ見せたら熱中しちゃって・・・」
「は」
「映像はないのかってうっさいうっさい・・・」
「あー・・・何となく解るかも・・・」
「何」
「好奇心、昔から旺盛だったからね、あの子。訳がわからないと徹底的に本読んで調べたりしてねー・・・そりゃ騎士としての鍛錬をしていたよ、でも、身体が追いつかなかったから、読書が好きだったんだ」
エドワードが柔らかく微笑んでそう言った。
「解ってらっしゃるのね」
「だから、面倒くさいことみんな任せたら、母上に怒られたよ」
「十歳年下の人にそれをおしつけるかね、クソ兄貴だねえ」
「その頃からずっと・・・勉強は欠かさなかった」
「真面目だったんだ・・・」
「で、寝かせたのか」
「天井にモニター貼り付けてスライドショー見ているよ、山岳写真家のとか」
「山岳・・・」
「ヒマラヤの話をついうっかりしたら・・・」
「博士、それ、自業自得って奴じゃん」
「まあね・・・」
資料片手にレイモンドがぼやく。
「ヒマラヤの山の上で海の生物の化石が見つかったって話したら・・・あははは」
「相変わらずだねえ」
「食いつきいいんだもんなー・・・参ったねえ」
モニターに同じ写真のスライドショーを博士が映し出した。
「これは」
「ああ、これは日本の自然・・・大雪山の紅葉、八甲田の樹氷、栗駒の夏の花、尾瀬ヶ原の夏・・・噴火する桜島・・・沖縄の海・・・これみんな同じ国の自然。南北で気候が差がある。ついでに言うとこの国は天災が多い。毎年上陸する台風という嵐、突然起きる地震、津波、それに火山の噴火・・・大流行する疫病・・・この国の人達は神の試練とは言わない。神々の懐にちょこんと住まわせてもらっていると言う、面白い考え方するんだ・・・そこが僕の研究テーマでもあるんだけどね」
「ふーん、綺麗なのに、残酷なもんだな」
「・・・どうせなら見せちゃうか・・・火山噴火の被害の映像、1783年夏、浅間山の大噴火ね」
「・・・ボリューム絞れよ」
「んだな」
「村が・・・」
「うん、土石流だねえ」
「つくづくイングランドって何もない国だねえ・・・」
「この国って大陸の端っこにくっついてるから、環境的には似ているんだけどね、イングラントと」
「・・・こーゆー災害はないと思うが」
「イングランドの場合は人災でしょ」
簡単に言ってのけたレイモンドにエドワードは溜息を漏らした。
「ちょっと、この土石流発生の、巻き戻してよ」
ジョージが言い出す。
「へ、なんでまた」
「なんであそこで爆発が」
「あーここね、沼があったんだよ、それにマグマが触れて爆発して・・・緩んだ土砂が・・・止めようか、コレ」
「止めていただけない・・・博士」
部屋からリチャードがやってきてそう言った。
「ごめん・・・」
「まあ、ポンペイも似たり寄ったりとー・・・」
「プリニウスの博物記は読んだことあるけどね」
「読んだの、アレ・・・」
驚くとリチャードは平然としていた。
「読んじゃ悪いの」
「いやー・・・ポンペイのくだり、信じられたかなーと思ってさ」
「嘘書くような人間じゃないよ、大プリニウスも小プリニウスも」
「ああ、そーね・・・で、この災害で亡くなったのはおよそ一千五百人ね、この記録は・・・その後、この上州では破られることほとんどなかったという・・・」
「その土地は火山災害が一番恐ろしかったって訳か」
「んーまーねー・・・でも、よくこの国の人って立ち直るなあ・・・地震に津波に・・・火山に・・・それに戦争」
「人って弱くないんだよ、きっと」
ジョージがそう言って、苦笑していた。
「寝て下さい、リチャード」
「・・・はいはい」
大人しく部屋に戻る。
「背骨、無理に伸ばそうとして毎日苦痛を味わっていたってさ」
レイモンドが言う。
「ただ、その治療方は逆効果で毎日苦痛を強いるだけで、何の役にも立たなかったのだけどねー」
「博士」
「なんつーか気の毒な事だねーまったく、それはそうと・・・気になることが一つあるんだけど」
「なんじゃらほい」
「所長ではなくてー・・・こっちの兄ちゃん」
「あー・・・そっちね。何か気になる事でも」
「あのさ・・・前から気になってたんだけど・・・やっぱ止めておくかな」
「ネッドがリチャードにするキスだろ、レイモンが気になるっての」
ジョージがあっさりと言った。
「・・・ほんとっに軽いね、所長様」
「少しおかしいのは知ってる。たまに母上に平手打ちくらってたもん、ネッドは」
「そーなの」
「本人はどこがおかしいのか、気付いてないけどね」
「・・・何がおかしいんだ・・・」
エドワードがそう呟いた。
「あー・・・どう見ても弟にするキスじゃない気がするんですけどね、私は」
「そうなのか」
駄目だ、こりゃ。レイモンはそう思った。
「よく平気だねーお兄ちゃんのアレ」
「・・・あまり平気じゃないよ、実の兄貴が立派な変態なんで悩んでたりもするし」
「そーなの」
「逆らえないもん」
理由は言わなかったけど・・・。暖めてはいけないことだけは解っていたけれど、ね、と心の中で付け加える。
「わーこのオーロラ、二つの渦巻きが絡み合って爆発してったよ、すごいな」
モニターの中、二つの渦巻きを作って絡み合い、爆発していく磁気の光。激しく光って極北の白い白い大地の上を走り抜けていく。
「心象風景かもなあ、このオーロラ」
レイモンドが呟いた言葉を理解したとき、エドワードは既に存在しなかった。
「オーロラ・・・」
誕生日プレゼントにもらった極北の写真集。それを静かに閉じて、唇に手をやる。マウストゥマウスのキス。知っていた、知っていた・・・あの王妃と同じ立場だと。彼女は言った、あなたがいれば、あの人は他の女には走らない、と。青いドレスが美しかった義姉の横顔。それを思い出す。
もうじきあなたに全てを捧げる
もうじきあなたの元へ帰る
あなたに私の全てを捧げたい
私の中で刺激を求める何かが
私をあなたから引き離した
布団のようにあなたを暖めてはいけない
私はあなたのきょうだい、
激しい嵐の中で 私を突き放して・・・
もう一度あなたの元に戻る あの丘の上で・・・
―――――訪れない時の中で
私はあなたの弟、激しい嵐の中、突き放すべきだった・・・、何故そうしてくれなかったのだ、私の、たった一人の王、たった一人の人よ。
言ってもきかないのは解っている。勝手な奴だとレイモンドはぼやく。
「王様ってみんなわがままなのかね」
そうぼやくと所長が笑う。
「知的好奇心がありすぎるってやつだろう、解ってるよ」
コーヒー片手にジョージは すました顔だ。
「見せなきゃ良かった・・・」
「何見せたんだ」
「風景写真だよ」
何気なく言う。
「風景写真・・・ねえ」
それも彼が見た事もない風景の写真を立て続けに見せたらしい。
「オーロラ見せたら熱中しちゃって・・・」
「は」
「映像はないのかってうっさいうっさい・・・」
「あー・・・何となく解るかも・・・」
「何」
「好奇心、昔から旺盛だったからね、あの子。訳がわからないと徹底的に本読んで調べたりしてねー・・・そりゃ騎士としての鍛錬をしていたよ、でも、身体が追いつかなかったから、読書が好きだったんだ」
エドワードが柔らかく微笑んでそう言った。
「解ってらっしゃるのね」
「だから、面倒くさいことみんな任せたら、母上に怒られたよ」
「十歳年下の人にそれをおしつけるかね、クソ兄貴だねえ」
「その頃からずっと・・・勉強は欠かさなかった」
「真面目だったんだ・・・」
「で、寝かせたのか」
「天井にモニター貼り付けてスライドショー見ているよ、山岳写真家のとか」
「山岳・・・」
「ヒマラヤの話をついうっかりしたら・・・」
「博士、それ、自業自得って奴じゃん」
「まあね・・・」
資料片手にレイモンドがぼやく。
「ヒマラヤの山の上で海の生物の化石が見つかったって話したら・・・あははは」
「相変わらずだねえ」
「食いつきいいんだもんなー・・・参ったねえ」
モニターに同じ写真のスライドショーを博士が映し出した。
「これは」
「ああ、これは日本の自然・・・大雪山の紅葉、八甲田の樹氷、栗駒の夏の花、尾瀬ヶ原の夏・・・噴火する桜島・・・沖縄の海・・・これみんな同じ国の自然。南北で気候が差がある。ついでに言うとこの国は天災が多い。毎年上陸する台風という嵐、突然起きる地震、津波、それに火山の噴火・・・大流行する疫病・・・この国の人達は神の試練とは言わない。神々の懐にちょこんと住まわせてもらっていると言う、面白い考え方するんだ・・・そこが僕の研究テーマでもあるんだけどね」
「ふーん、綺麗なのに、残酷なもんだな」
「・・・どうせなら見せちゃうか・・・火山噴火の被害の映像、1783年夏、浅間山の大噴火ね」
「・・・ボリューム絞れよ」
「んだな」
「村が・・・」
「うん、土石流だねえ」
「つくづくイングランドって何もない国だねえ・・・」
「この国って大陸の端っこにくっついてるから、環境的には似ているんだけどね、イングラントと」
「・・・こーゆー災害はないと思うが」
「イングランドの場合は人災でしょ」
簡単に言ってのけたレイモンドにエドワードは溜息を漏らした。
「ちょっと、この土石流発生の、巻き戻してよ」
ジョージが言い出す。
「へ、なんでまた」
「なんであそこで爆発が」
「あーここね、沼があったんだよ、それにマグマが触れて爆発して・・・緩んだ土砂が・・・止めようか、コレ」
「止めていただけない・・・博士」
部屋からリチャードがやってきてそう言った。
「ごめん・・・」
「まあ、ポンペイも似たり寄ったりとー・・・」
「プリニウスの博物記は読んだことあるけどね」
「読んだの、アレ・・・」
驚くとリチャードは平然としていた。
「読んじゃ悪いの」
「いやー・・・ポンペイのくだり、信じられたかなーと思ってさ」
「嘘書くような人間じゃないよ、大プリニウスも小プリニウスも」
「ああ、そーね・・・で、この災害で亡くなったのはおよそ一千五百人ね、この記録は・・・その後、この上州では破られることほとんどなかったという・・・」
「その土地は火山災害が一番恐ろしかったって訳か」
「んーまーねー・・・でも、よくこの国の人って立ち直るなあ・・・地震に津波に・・・火山に・・・それに戦争」
「人って弱くないんだよ、きっと」
ジョージがそう言って、苦笑していた。
「寝て下さい、リチャード」
「・・・はいはい」
大人しく部屋に戻る。
「背骨、無理に伸ばそうとして毎日苦痛を味わっていたってさ」
レイモンドが言う。
「ただ、その治療方は逆効果で毎日苦痛を強いるだけで、何の役にも立たなかったのだけどねー」
「博士」
「なんつーか気の毒な事だねーまったく、それはそうと・・・気になることが一つあるんだけど」
「なんじゃらほい」
「所長ではなくてー・・・こっちの兄ちゃん」
「あー・・・そっちね。何か気になる事でも」
「あのさ・・・前から気になってたんだけど・・・やっぱ止めておくかな」
「ネッドがリチャードにするキスだろ、レイモンが気になるっての」
ジョージがあっさりと言った。
「・・・ほんとっに軽いね、所長様」
「少しおかしいのは知ってる。たまに母上に平手打ちくらってたもん、ネッドは」
「そーなの」
「本人はどこがおかしいのか、気付いてないけどね」
「・・・何がおかしいんだ・・・」
エドワードがそう呟いた。
「あー・・・どう見ても弟にするキスじゃない気がするんですけどね、私は」
「そうなのか」
駄目だ、こりゃ。レイモンはそう思った。
「よく平気だねーお兄ちゃんのアレ」
「・・・あまり平気じゃないよ、実の兄貴が立派な変態なんで悩んでたりもするし」
「そーなの」
「逆らえないもん」
理由は言わなかったけど・・・。暖めてはいけないことだけは解っていたけれど、ね、と心の中で付け加える。
「わーこのオーロラ、二つの渦巻きが絡み合って爆発してったよ、すごいな」
モニターの中、二つの渦巻きを作って絡み合い、爆発していく磁気の光。激しく光って極北の白い白い大地の上を走り抜けていく。
「心象風景かもなあ、このオーロラ」
レイモンドが呟いた言葉を理解したとき、エドワードは既に存在しなかった。
「オーロラ・・・」
誕生日プレゼントにもらった極北の写真集。それを静かに閉じて、唇に手をやる。マウストゥマウスのキス。知っていた、知っていた・・・あの王妃と同じ立場だと。彼女は言った、あなたがいれば、あの人は他の女には走らない、と。青いドレスが美しかった義姉の横顔。それを思い出す。
もうじきあなたに全てを捧げる
もうじきあなたの元へ帰る
あなたに私の全てを捧げたい
私の中で刺激を求める何かが
私をあなたから引き離した
布団のようにあなたを暖めてはいけない
私はあなたのきょうだい、
激しい嵐の中で 私を突き放して・・・
もう一度あなたの元に戻る あの丘の上で・・・
―――――訪れない時の中で
私はあなたの弟、激しい嵐の中、突き放すべきだった・・・、何故そうしてくれなかったのだ、私の、たった一人の王、たった一人の人よ。