草枕その3
もはや習慣になってしまったリース家のそばを通り抜ける散歩。ある意味、これはストーカーに近いのではないか、とヘンリーは思った。よりによって戦場で対峙した男に、だ。かつて妻とした女の消息を彼は知っているはずだ。そう思っている。
 「よりませんか」
突然、彼がそう声をかけてきた、庭の生け垣の向こうから。一瞬身構えたが、彼の態度には敵意はない。不思議なことだ、彼とは敵対していたはずだ。
 「姉も母も出かけて留守ですし・・・義理の兄と式典に行ったものですから・・・」
 「式典・・・」
 「移民船の出立式ですよ、惑星N―38から出立するそうです、式典は各コロニーで行われてますけど」
 「おまえは行かないのか」
 「家族の列席は断れるんです」
 「家族・・・」
 「正確には一族の、ですけど」
意味が解らない。ヘンリーの返事を聞かずに彼は家の中に入ってしまった。ヘンリーは家の中に入ることにした。ごく普通の居間、大きなモニターには出立式の模様が映し出されている。クローズアップになる人は東洋の顔をしていた。
 「李船長です」
 「この男が何なんだ」
 「解りませんか」
横にいてその男をみつめ、はにかむ金髪の女。はっとする。
 「雪美夫人です。イングランドの名前はエリサベス・プランタジネット、私の姪です」
 「エリザベス・・・何故だ」
 「どうか・・・しましたか」
 「あんな笑顔は見た事がない・・・」
 「え・・・ああ、アレ・・・あれなら何度か見かけましたけど・・・あなたが知らない・・・」
そこでリチャードは言葉を切った。
 「知らない・・・なんて・・・そんなこと・・・ベス・・・」
気付いたのか、リチャードは戸惑っていた。
 「彼女は・・・今のご主人と移民船に乗り込んで遠くの惑星に今日、出立するんです」
そう言って黙った。
 「何故だ、エリザベスっ」
そう叫ぶそばから彼女は今の夫と手を取り合ってゲートをくぐっていく。最後に手を振って綺麗な笑顔を見せた。その手には白薔薇の花束が握られていた。
 「何故だ」
リチャードはヘンリーに封筒を差し出した。エリサベスのサインが認められ、ヘンリーは封を切って中身を見た。フランス語で一言、「永久にさようなら」(Adieu:)とあった。
 「あなたにもそれだけですか・・・」
リチャードの手にも同じ綴りの言葉。
 「三世代はかかるそうです、移民船が到着する星までは」
カウントダウン、そして打ち上げられる船。信じられない思いで見つめる。
 「通信も三ヶ月後には届かなくなるそうです・・・もっとも、彼女は一族に最後の通達をもう出してしまいましたから、返事は来ないでしょう・・・」
 「ここにヨークの者は」
 「残るのは・・・私と私の家族ぐらいになりましょう。甥達の事は解りません。ジョージは逆に月基地へ赴任が決まってますから」
 「庶子たちも、か」
 「ああ、あの子達は・・・とっくに専門職をえて違うコロニーにいますよ、もう少ししたら私は妻を迎える予定ですけど」
 「アン・ネヴィルとかいう女か」
 「いいえ、愛妾だった人です。アンは呼びません」
リチャードはお茶をいれてヘンリーに差し出した。
 「別の女探したらどうです」
 「・・・来るのではなかったな、こんな世界」
 「あなたは・・・どこにいても不幸だったのですね・・・」
 「おまえに言われたくはない」
 「私は・・・そんなに不幸だと思ってませんけど。愛する人達もいたし、子どももいた、戦死は悲劇かも知れないけれど、巡り会えて良かったと思う人達がいた・・・兄も妻も母も父も友人達も・・・そう言う人達でしたよ、王冠は確かに不運をもたらしましたけれど・・・幸せだったと言えるあまりある人生だったと思ってます。確かに何度も涙は流しましたけど・・・」
 「劣るというのか」
私は勝ったのだ、とヘンリーは言いたかった。が・・・勝った意識がない。奇妙な敗北感が横たわっている。
 「自分で不運だと思うから不運なのですよ、王冠は・・・あなたにとっても不幸をもたらすものでしかない・・・気付くべきでしたね、元の世界にいるときに。権力とはそういうものです、知っていて欲したのだから、仕方ないでしょう」
 「そうだ、知っていた・・・知っていて・・・私は」
 「シェークスピアのリチャード三世・・・まるであなたの事のみたいですね・・・」
 「あれは・・・私の事だったのか・・・おまえではなく、この私の事だったのか・・・」
 「私の王冠は既に兄上にお返しいたしました・・・私はただの人です、どこにでもいる、普通の男です、それだけです・・・」
 「このコロニーにはいたくない・・・」
この男には言いたくなかった弱音がつい、漏れる。
 「移転のための推薦状は用意いたしましょう、大学の学長の元においで下さい、彼なら手続きはしてくれましょう・・・」
そう言うとリチャードは出立式のを映し出すモニターのスイッチを切った。
 「そうすれば・・・あなたも私ももう出会うことはないでしょう」
すっとリチャードは立ち上がり、ヘンリーに帰宅を促した。リース家の静かな居間。帰りかけたヘンリーの耳に不思議な歌が聞こえた。意味がわからない歌だった。

思えば人と出会い いつか愛し合い
疑いそして憎み合い 許し合いまた 
愛し合い 見失い巡り逢い 全て・・・草枕  





結果はこうでした・・・。