「これ、何」
「あー歌舞伎の衣装、京鹿子娘道成寺の花子、桜姫東文章の桜姫などが使う衣装でね・・・赤姫と言うんだ」
赤い複雑な織の豪華な絹の振り袖。途中で切り替えがついている。
「ちょっと羽織ってみて、仕掛けがあるんだよ」
レイモンド博士の言葉に渋々羽織ってみる。
「袖も通してねー」
袖を通し、博士を見上げる。黒髪の少年。
「黒髪だと映えるねー、この衣装、手を前で組まなくてもいいから、手そろえて・・・」
腰と袖の一部から糸を引き抜き、博士は微笑んだ。後ろの見頃、裾を掴んでまとめ上げて手元に引っ張った。下から同じ模様だが、色違いの振り袖が突然現れた。
「何、これ」
「衣装の早着替えだよ、舞台の上でやったの。それからね・・・これは右袖にね・・・」
右肩を片肌脱ぎにすると鱗模様。金銀の三角が連なる袖。
「この姫は蛇なんだ、本性はね」
「蛇・・・」
「鱗模様だよ」
「ほら話したろう、ストーカー殺人の清姫」
「うん」
「その後日談なんだ・・・これ」
モニターの中でその衣装の女が踊る。奇妙な形に結い上げた髪は黒く、肌は白く、唇は赤く・・・。そして赤姫の衣装。
「これ信じられないかも知れないけど男だよ」
「嘘」
「ホント。この伝統芸能は女人禁制なんだ。だから男なの。この女性も」
「触れれば倒れてしまいそうなくらいたおやかでしなやかで美しいのに、男・・・」
「鍛錬つむんだけどね」
手も、手つきもなよやかな腰つきも女にしか見えない。そして信じられないほど身体が柔らかい。後ろに反り、見えた顔。背中、腰が柔らかい上にしっかりとしているのか、実に鮮やかだ。
「赤姫は・・・罪の女、業の女の象徴なんだ」
「よく解らない」
「マグダラのマリア、キリストに清められる前の彼女の様な女だよ、言うなれば」
「業の女・・・」
すっと振り袖を脱ぎ、博士に渡す。博士は手にしていた引き抜いた赤い布をリチャードに渡した。
「この赤は罪の証・・・になるわけ、すごい織だ・・・柄も・・・この花も葉も織り込んである、刺繍じゃないんだ、すごい・・・幹もだ・・・どうやって織るんだ、これ。こんな織物あったら宮廷中の女達、我先に飛びついちゃうよ、きっと。あ、男でも飛びついちゃうかも。色変えて織り上げたらきっとすごいよ・・・私は似合わないと思うけど」
「うーん・・・そこで何故自分は似合わないと思うんだろーねーこの人は」
横で報告書のチェックをしていたジョージが高らかに笑った。
「無理無理、リチャードはいつも一歩下がっちまうんだから」
「しっかし、その色柄はやはり黒髪の方が似合うと思うな、私も」
エドワードがリュート片手にそう言った。
「赤姫かー・・・聞いてはいたが、実物は単色の赤じゃないところがすごい。金糸が織り込んであるから、輝いて見える」
エドワードが布地を手に取ってみて言う。
「ホントだ・・・すごい技術だ、糸の縒り方も違うよ、これ」
少年がじっと布を見て言うと、エドワードの片手がその少年の頭にぽんと片手を置いた。
「織物のギルドの連中に見せたらなんて言うかな」
「・・・私より真面目な王様だな、こいつは」
「え、だって、ネッド見てよ、こんな技術導入できたら、商業もさ・・・」
「ここはもういいんだよ、リチャード」
「そりゃそうだけど・・・」
そう言いながらもまだ赤姫の衣装を見ている。
「でも、意味が重いな・・・罪業の赤、か」
「罪業・・・か」
「鐘に七回り半巻き付いて火をはいて恋した男を焼き滅ぼした女の衣装だからね」
レイモンド博士がそう言った。振り袖の袖の部分を肩にかけて、少年が微笑んだ。
「なら、似合うかもね・・・罪業の赤」
やめろと言えず、エドワードは言葉をなくして固まっていた。
「似合うけど、勘弁してくれよ」
ジョージがそう言って少年の額にキスし、顔色を変えた。
「あーもーこいつ、また熱出してやがるー」
「なんだと、寐てろ、また無理をして・・・」
レイモンドが何か言う前に兄弟二人が少年を寝かしつけ、額に触れ、気分を聞いたり、欲しいものはあるかと騒ぎ出す。
「遺伝病がねー・・・」
「レイモン」
「発症しちゃったの。薬で治癒可能なんだけどさー・・・微熱はとれないみたいよ」
「さっさと直せ、藪医者」
「ひでえーなーもー」
レイモンドはこしこしと頭をかき、調合した薬を用意していた。
「注射と内服薬ねー・・・、なー起きてるかな」
「うとうとしている」
エドワードの言葉。
「そっかー、ちょっとちくっとするよー」
細い腕に特殊な針を刺す。透明な管から不思議な水溶液が少年の静脈へしたたり落ちる。
「古式だけどこれの方が早いんだー」
そっと握ってる赤姫の袖をレイモンド博士が手に取る。
「しまうけど、いいかなー」
こくっと頷く少年の手からそっと取り去る。罪業の赤。血のように赤い姫。血の涙を流した証の赤姫。
花の外には松ばかり
花の外には松ばかり
暮れ染めて鐘や響くらん
鐘に恨みは数々ござる
初夜の鐘を撞時は
諸行無常と響くなり
後夜の鐘を撞く時は
是生滅法と響くなり
晨朝の響きは生滅滅巳
入相は寂滅為楽と響くなり
聞いて驚く人もなし
我も五障の雲晴れて
真如の月を眺め明かさん
清姫の執念は彼には現れず、彼の兄に現れ、血の涙をもて兄弟は永久の別れを告げた。レイモンド博士の手元に戻った凶器となったハンドアックス。紋章の入ったそれは通常の物より軽く作られていた。胸椎側湾症を病んだ力弱き王の為のそれには鑑識に寄れば複数の血が付いていたという。この世界で使用された時の血は兄弟のもので、その前の人々については一切不明だった。それを鑑識は調べず返してくれた。本来の持ち主は二度と見たくないと言い、始末してくれと願った。
「博士」
成人した彼は側湾症を直しても、この世紀では小柄だ。ほっそりとしており、もとより患っていた病も完治した彼の肌は白く、黒い髪は印象的で、やや長めにカットしてあり、時折好むのか、以前の衣装に身を包み、羽根飾りのついたベレー帽に似た帽子とガウンのような上着。遠目では黒一色に見えるがところどころ刺繍が入り、贅沢な衣装であることは一目瞭然だ。
「久しぶり」
「博士も変わりなく」
「お互い様だよ」
その衣装なのにタブレットが片手にある。
「どしたのよ、それ」
「なんとなく着てみたくなっただけ」
帽子には白薔薇のブローチ。気付く人もいるだろうに、と笑う。
「見た事あるってみんな言うよ、博士」
「・・・気付く人は」
「少ない。名前違うし・・・」
リース・ジュニアという通称も彼は持っている。大学で教鞭をとり、研究三昧の日々。妻もいるという。
「大学でね、ベスに会ったんだ、まだ子どもの見かけの時」
「へえ、なんか言われたの」
「ううん、別に。ただね、リースの父がまだ達者だったから、言ったんだ」
「なんて」
「パパ、だっこ」
博士は吹き出し、彼もおかしそうに笑った。
「ジョージが爆笑してた」
「だろな、いい人で良かったな」
「彼は本当にいい人だった・・・ジゼル母様は変わらず元気・・・あ」
ジゼルとその孫娘が歩いてきた。
「ちっこい叔父様」
「それ、やめてくんない、オードリー」
「そうなんだけど、印象が強いんだもん、ほら私よりちっちゃっかったし」
「まあねー・・・」
「ただ頭いいんだもん、めげちゃうわー」
「そりゃ中身は大人でしたから」
「ママ達はまだ旅行から帰ってこないのよ」
「姉様はたまーにかっとぶからねえ」
「あたしはふんだりけったりよ。あらレイモンド博士、いたの」
「いましたよ、相変わらずだなあ」
博士は笑う。ジゼルはにこにこしているだけだった。
「母様、買い物、手伝いましょうか」
「オードリーにやらせるからいいわよ、ケイトはどうしたの」
「婦人会だって。みんなで旦那の悪口で盛り上がるんだって。何を言ったか全部報告してくれるからすっごく面白い」
「・・・あなたのはあるのかしら」
「器用貧乏で、時々間が抜けていて・・・料理がケイトより美味いのが気に入らないとか言ってた」
「贅沢ね」
「あと、好奇心旺盛過ぎるのがすごく困る・・・だって」
「・・・それは言えてるわね、そろそろ行きましょう、オードリー」
「はあい。じゃーまたねー叔父様」
「うん、またね」
手を振って二人と別れ、リチャードは博士をお茶に誘った。
「赤姫・・・覚えてますか」
「ああ・・・あれね、実際の舞台見たよ、綺麗だった」
「へえ・・・まだ続いているんだ」
「代々続いているそうだよ、あの役者の家は」
「代々って王家みたいに・・・って事」
「そう。殆ど親から子へ受け継がれている。養子ってこともあるけどね」
「すごいな・・・」
「実は一度絶えてね、仕方ないから時間移民させたんだ、関心のある一派がね」
「・・・時間移民」
「ラボで見せた人もね、実際こっちに移民した人なんだ」
「そうなんだ・・・」
「伝説の役者なんだそうだ」
「今でも女にしか見えないんだけど」
「彼、喜ぶよ」
「・・・それが技ってことか・・・」
赤姫。血の女。業の女。
「赤姫を着るのも難しいのかな」
「そう聞いてる。何故そんな女になったのか掘り下げていくとあの衣装、見るのも嫌になるって言ってたよ」
「だろうなあ・・・このカルマ、この罪・・・それが解ってないと身につけられないか」
炎の色でもあるか、と思う。逃れられない宿命。博士は時々、思いもかけないものをリチャードにもたらす。それは移民してきた時から変わらない。時の彼方に消えた長兄を思う。彼に赤姫の衣装を与えたのは・・・きっと自分。救われない兄弟だ、と思う。脳裏に赤姫が舞う。叶わぬ恋に泣いて泣いて血の涙の、赤姫が。
完
赤姫