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- 月夜だった。夜遅くなってしまい、二人は白薔薇亭までの道の上で、顔を見合わせた。予約はしていない。泊まれるかどうか、解らないらしい。
「何だ、リース家が」
奇妙に騒がしかった。
「それはそっちの部屋に。ああ、マイク、そのコートを取ってもらえないかしら」
リース夫人の声。そっと伺うと家人は全員黒い服を着ていた。
「あの」
トマスがポーチで片付け事をしていた学生に声をかけた。
「宇宙軍の…リース夫人…」
「あら…」
リース夫人の顔はどことなく疲れて見えた。
「偶然ね…どうぞ」
「荷物はこちらに」
ポーチの学生が居間の片隅をしめした。
「殿下」
「行こう」
リース夫人が案内してくれたのは、彼女の息子の私室だった。大学の卒業式に着るコートと帽子、それを身につけて小柄な少年がベッドに横たわっていた。アルデモード夫人がその少年の回りに花を飾っていた。彼女も黒い服を着て、短い黒いレースを頭に付けていた。
「コニー、これを。先ほど届いたよ」
リース氏が黒い筒を手にしていた。
「父さん」
「リシィの卒業証書だ」
「あら、じゃあ、帽子を回転させなきゃ」
「そうだね、私がしよう…」
房の着いた帽子を回して、かぶせなおした。
「卒業おめでとう、リシィ」
額に父親としてキスをするリース氏。小さな手を握っておめでとうと告げた夫人が、涙をあふれさせていた。
「アンは」
「休ませたわ。疲れていたみたい」
「そうか…」
「家族だけで無理に式挙げさせてやって良かったのかな、あの子には」
「アンは…どこに行ってもリシィの、この子の妻よ、父さん」
写真立てに入っている写真を抜いて、リース氏が少年の手に持たせた。
「持ってお行き。リシィ」
「どういう事ですか…」
彼は、宇宙軍総裁はやっと声を絞り出した。
「死んだよ」
簡素にそうリース氏が告げた。
「レイモンの薬、間に合わなかったの…そうだわ、これを」
夫人が戸棚から取り出したのは王冠とガーター勲章だった。
「ここにあっても意味ないわ。いえ、この世界ではただの過去の遺物よ、総裁閣下、あなたが始末して」
「始末…だと」
「ここには王も騎士もいないわ。ただのお飾りよ、でも、あなたには大事な品物かもしれない。白薔薇亭のオーナーにも必要はない。あなたは違う…閣下、もう一度言うわ、王も騎士ももういないのよ」
「夫人…」
「過去に葬ってもいい、資料館に寄贈しても構わない、あなたが持っていても構わない。あなたにお任せするわ」
「どうして、こんな事を」
「悪王でも、王は王よ、それを認めさせたかったの、最後まで認めなかったけれど、ね」
「お預かりします…」
「あなたがエドワード四世に…」
王冠を彼女は総裁の頭に乗せた。
「エドワード四世陛下…」
手を取って、腰をかがめ、夫人は手にキスをした。
「ご即位、お喜び申し上げます」
手を引きたかった。けれど、出来なかった。そっと王冠を外し、抱えた。
「これは…資料館に」
「殿下」
「誰にも無意味な遺物にすぎん…遺跡から出て来た品物みたいなものだ」
もう王国はない。
「で…いえ、閣下」
夫人が言う。
「あなただけしかおられない王国はあなたご自身の心で築いて下さい」
「そうします…」
王冠をトマスに手渡すと、彼はベッドの上にいるリース家の息子の元に向かった。
「君は…どうして、私に難しい課題を押しつけていくんだ…」
友としてキスをする。冷たい頬だった。石が無造作に傍らにある。
「これは」
「化石が入っているの」
リース夫人がそう言った。
「いただけますか」
「どうぞ」
小さな少年の形見は…渦巻き模様が刻みつけられた不思議な石だった。
翌日、棺はリース家を出ていき、リース家の家人達もその土地から去っていった。火葬にした遺灰を三つにわけ、彼らはそれをレスターとヨークの霊廟、そしてミドラムの古城の土の中に葬った。それをトマスと彼は見ていた。静かに立ち去っていく家族を二人で見送り、宇宙軍に戻った。
旗艦に戻り、艦長の顔を二人は見ていた。
「もう私は我が君に何も報告することはないのですね」
ラヴェル艦長がそう呟いた。彼のブログはそんな日が過ぎても、書き出しは変わらなかった。
「ご報告いたします、我が君…今日も総裁閣下は…」と。