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    • その小さな家にしか灯りがなかった。彼は独り言を呟いた。
      「参ったな、このあたりに民家はなし・・言われた宿屋は閉まっていたし…」
      その家の庭は低い生け垣で囲っているだけで、すぐに見渡せた。灯りに照らし出される庭には彼の見た事もない植物が植えられ、綺麗な花を咲かせていた。簡素な造りの椅子とテーブルがポーチに置き放しになっていた。そのポーチの奥の家の中が丸見えになっていた。居間とおぼしき部屋だ。その部屋にはテーブルと椅子があり、親子が食事を摂っていた。細やかな世話をする初老の夫人はどうしたことか、彼の妻によく似ていた。椅子に座って笑っている息子らしき少年の、その顔立ちに彼は立ち尽くしていた。
      「リチャード…」
      末子にそっくりだった。少年は寝間着らしい衣類にガウンを羽織り、暖かそうな部屋履きを履いていた。
      「どなた」
      夫人の声に彼はどうしたらよいものか、と思った。
      「もしかしたら、白薔薇亭へいらしたのかしら」
      「ええ、そうだが」
      「何か思い立ったらしくて、ブラジルに出かけてしまいましたのよ、困ったわ、このあたりに宿は…関係の者に連絡取るにも、もう遅いですし…」
      「母様」
      「何かしら」
      「中世の訛り、ありますよ、この御方」
      「ま…そうね、白薔薇亭がお休みなら…仕方ありませんわ、どうぞ」
      「え」
      「お入り下さい、旅の御方」
      中世の言葉で少年がはっきりと告げた。
      「ここからで…」
      「いえ、玄関は、その…」
      小さな家なので、玄関はすぐそばにあった。短い、狭い廊下を抜けると先ほどの居間だった。テーブルに椅子は三脚しかない。
      「主人が留守ですので、たいしたおもてなしは出来ませんけれど」
      夫人はそう言って、椅子を勧めた。
      「ワイン、取ってくるわ、リシィ、お相手、お願いね」
      「はい」
      椅子から立ち上がらなかった子に気付いて、彼は首をかしげた。
      「すみません、今、身体の調子崩していて、あまり、動けないんです」
      言われて、子供の顔色があまり良くない事に気付いた。
      「大丈夫なのか」
      「はい」
      夫人がワインと皿、それにスプーンを手に戻って来た。戸棚からワイングラスを取り出し、テーブルに置き、持ってきた皿に鍋からシチューを盛りつけた。
      「どうぞ」
      サワークリームをさっとかけて、差し出してくれた。ナイフとフォークもあるが、使い方が彼には解らなかった。
      「肉と野菜、大きいですから、ナイフで切り分けて下さい、それとシチュー熱いですから、手づかみは無理です、パンもどうぞ。これは白薔薇亭のものです」
      少年がそう言った。シチューの他にも生野菜のサラダがあったが、彼には馴染みがないものだ。ワインを一口、飲んでみて驚く。一庶民にしか見えないこの家にあるとは思えない味わいだった。
      「これは…」
      「それ、父様が買ってきたボルドーのだけれど、あまり良くないって言ってたよね、母様」
      「今年は出来が悪かったらしいわ」
      「そうなのか…上出来だと私は思うが…それにしても、夫人、名前も聞かずによくもまあ」
      「言葉使いから察しますに、身分ある御方と思います。差し支えなければ…お名前を」
      「リチャード・プランタジネットと申します」
      「爵位は」
      「公爵です、ヨークの」
      子供の様子が変わった。
      「大丈夫?」
      「はい…」
      母親の問いにしっかり答えるが、どことなく不安そうな眼差し。
      「食事…」
      「そうね、公爵閣下にお出しするようなものではありませんけれど…よろしかったら」
      「いえ、充分ですよ、レディ」
      「私は…」
      「聞いてよろしいですか、あなたは何故、妻に、セシリーに似ているのでしょう」
      「それは…私の母がネヴィル家の者だったから、で…答えになりますかしら」
      「ならば…納得出来ます。それともう一つ…」
      「はい」
      「ご子息は…失礼だが、本当にあなたの」
      「いいえ、養子ですの、真の子ではありませんが、真の子と変わらず接しているつもりでいます」
      「どこの…私の思い違いでなければ…この子は」
      「閣下」
      「思い違いでなければ、私とセシリーの末子の…あの子ではないかと」
      「どうして、お解りに、閣下」
      「ここに来る前に別れた末子はまだ七歳くらいで…セシリーが枕元から離れずにいたものだが、顔立ちといい、振る舞いといい、あの子のものだ…それでは理由になりませんか、レディ」
      「充分ですわ。リシィ、驚くのも無理ないけれど、お父様にご挨拶は」
      「…こんばんは」
      夫人が笑っていた。
      「あのね、おまえ、それでは…」
      「だって…何言えばいいの、僕解らない」
      「それはそうね、それもそうね」
      夫人は息子を抱いて笑い転げていた。ヨーク公爵はその様子に唖然としていたが、そのうち笑い出していた。
      「リシィ、あなたは食事が済んだら、ベッドよ、まだ熱あるわよ」
      「はい」
      「言っておくけど、本は駄目よ」
      「はい」
      「レポートも駄目よ」
      「えー」
      「熱が下がったらになさい。マイクからのノートもあるけれど、これも駄目」
      「はい…」
      足下に茶色い子犬がいた。
      「マイヒメのご飯は、母様」
      「あらいけない、忘れていたわ」
      きゃんと子犬が鳴いた。夫人が台所に入っていった。
      「おまえの飼い犬なのか」
      「この家の、です、父上。僕だけのではありません。それに…今の僕では面倒少し無理です、父上」
      「そうだな」
      まだ子供の言葉使いだった末子なら覚えている。けれど、この子は…成長していた。静かに食事を摂り、食べ終わると食器をかさね、盆の上に置いた。それから、別の部屋に向かう前に彼は告げた。
      「休みますので失礼します、父上、ごゆっくり」
      騎士の挨拶をすると去っていった。
      「夫人、あの子は」
      「聞かないでいただけませんか…成人はしました…ここはあの子にとって二度目の人生の舞台なんです」
      「不思議な事だな」
      「はい」


      ヨーク公爵は翌日の午後、戻って行った。そして、その三月後…戦死した。

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