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    • ここに来て、もう何も、意地も虚栄も、そして魔物になってしまった事も考えなくて良い、と言われた。目覚めてすぐに母親になってくれた人、そして懐かしいジョージ。
      「じゃあ…」
      「何を考えてそんなことをしたかは俺には解らないけどな、もういいんだよ、リシィ」
      ジョージがそう言って笑った。
      「でも、兄上」
      「おまえの背骨の事は説明した。相当めげているぜ、アレ」
      「え」
      「まあいい、ゆっくり考えろや、今後の事は」
      これでも、見て、と不思議な絵本をジョージは置いて行った。
      「あ、間違えたっっっ」
      「何をだ、クソ所長」
      レイモンドがそう言った。
      「あいつのところに…カンブリア生物大爆発の本、置いて来ちゃった…」
      「相変わらず、どーかしてんな、所長様は」

      部屋の中、出られないベッドに半身を起こして本を見た。
      「何、コレ…」
      奇妙な生物たちがいる。
      「どこの世界…」
      文章をゆっくり読んで…訳が解らなくなった。
      「奇妙なエビ、ねえ」
      本当に奇妙なエビ…と言うより、何だ、コレは。
      「こんなのが大昔、生きていたのか」
      何億年も経ったら…。
      「私が悪王だった事も解らなくなる…」
      「ジョージもまた変な本持ってきたものね」
      「母様」
      「…というより間違えたわね、あの人は」
      「そうなのかな」
      「そうに決まってるわよ、これ、なんだか解るの」
      首を振ったら、リース夫人が笑った。
      「ほらごらんなさい。あなたの時代からでは考えられないのよ、コレは」
      「この奇妙なエビは何、母様」
      「カンブリア紀の食物連鎖のトップにいた生き物よ」
      「カンブリア紀って何ですか」
      「…ほら…もう、ジョージったら」
      頭抱えて、リース夫人が言う。仕方ないわね、と笑いながら、生物誕生の神秘から人類発生までざっと彼女は説明した。
      「生き物は神様が作ったものじゃないわ。神様とは人間が勝手に作った架空の者よ」
      「…架空の者」
      「助かりたいからそう思ったの」
      「解ります」
      「自分の心を助けるのは自分しかいないものよ」
      「母様は…」
      「神様って唱えちゃうけれど、彼らは助けてはくれない。解っていて縋ってるの」
      「このアノマロカリスは…何を食べていたの、
      性別はあったの、どんな暮らししていたの」
      「さあ…解らないわ」
      「海の中で生きていたんだ」
      「どうかしたの」
      「幸せだったのかなって思った…」
      「そうね、幸せだったと思うわよ。ねえ、いい加減あの人に話してみない、ほらお兄様の」
      「んー…僕がやっちゃったこと、説明してみます、母様」
      「聞いてみて良いかしら」
      「はい」
      「お兄様のこと、嫌いなの」
      「大好きです」
      「甥御さんは」
      「可愛がりたいとは思った、でも王である限りは邪魔な存在でしたから」
      「ジョージは」
      「ジョージを殺したところでエドワードと義姉上は許せなくて、殺しても飽き足らないって思った」
      「え…」
      「ジョージはあまりいい兄貴じゃなかったけれど、嫌いじゃなかったよ、だから…僕」
      「甥達を殺したのね」
      「はい、母様。僕を魔物だって言ったのなら、その責任負ってもらう、あの女にも。それだけ」
      「もう、その考えはここでは要らないのよ」
      「はい…」


      「パンって…何してんの、兄上」
      「今、焼いてきたんだよ、ほれ」
      手渡したのは胡桃入りの全粒粉のパンだった。
      「職業訓練ねえ…」
      「笑うな、なんだ、こりゃ」
      「ジョージが」
      「奇妙なエビだな」
      「僕に似ているよ」
      「馬鹿言うな。こんな変な…」
      「アノマロカリスがかわいそう」
      そう言った弟をエドワードは抱き締めた。
      「おまえはおまえのままでいいんだよ、もう魔物でもないし…しっかし、なんでこんなちっこいんだよ」
      「いいじゃんー。あのね、兄上…」
      前の時代にやったこと、全て告白してみた。
      「それで」
      「それでも兄上って呼んでいい?」
      片手は奇妙なエビ、アノマロカリスの全体図を撫でていたリチャードをエドワードは静かに見つめた。
      「ああ、いいぞ」
      半分憎んで、半分愛して、そんな感情を抱いて立っているエドワード。その兄の顔を見ながら、片手はまた奇妙な生き物の絵を触っている。
      「兄上」
      「何だ」
      「大好き」
      思わず抱き締め、そのまま抱き上げたエドワードの、人知れず流した涙を絵本の中のアノマロカリスの黒い目がじっと見ていた。

      責めていいと弟は言った。でも、兄は責めなかった。

      それからは、まわりから見れば誠に心臓によろしくないつつき合いをする兄弟になったのだが…。
      「たまには大好きって言って見せろっ」
      「ストーカー行為改めたら言ってやるよ」


      「ストーカーって何しているんだよ、あんたは」
      ジョージが溜息混じりに聞いて来た。
      「つい…心配だから大学で…その」
      ひっかき傷くらって、エドワードは落ち込んでいる。
      「スキップだろ、ちっちゃいし、いじめられたら、とか変なのにからまれたらとか…」
      「馬鹿じゃないか」
      「しょーがないじゃないかーーーっっっ」
      気になるんだもの、と。
      「うっせえ、うせろ、クソ兄貴」
      「たまには優しくしてやったら」
      「やだよっ。アイクとマイク、怒ってたもんっ」
      「…馬鹿ですか、アンタは」
      「そのとーりです」
      「あー兄上、明日から白薔薇亭にいなさいって母様が…って…ジョージ、アレ、正気なのかな」
      「深く考えるなよ」
      なんでこーなるんだ…。

      「あー、邪魔だったかな。リース夫人がお茶菓子くれたんだけど…一緒にどうかな」
      「殿下、トマス殿は」
      「それが、その…ここの人達に会いたいと言いだしてきたものだから」
      「お使いなんて、殿下が…」
      「いや、まだ接触はトマスはその…だからね」
      「では、伺います」
      「エドワード君、変じゃないか」
      「あー兄上ならいつでも変ですからご心配なく」
      「…リッチーくん、君何か言ったの」
      「いいえ」
      「デッサンも態度もみんな狂ってるけど」
      「いつでも変ですから、あの人は。いてっ」
      ぺしっとどつくエドワードにリチャードが首をすくめていた。
      「スコーン、とか言ったかな」
      「あ。ジャムとクロテッドクリーム用意してあるかなー、母様」
      「ここの食事は驚くよ」
      「そうですか」
      片手に本がある。
      「何の本」
      「説明長くなりますから…殿下」
      「変な形だね」
      「そうですね」


      石になって夢を見ている奇妙なエビ。色は…本当の色は誰にも解らない。天然の色は失われてない事を少年は説明する。そして…捕食されていた生き物の事も。

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