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「ビーチャム少将」
片言で話す幼子をトマスは微笑んで見下ろしていた。
「艦長のところに、ですか」
「はい」
戦闘機の格納庫。そこにある総裁専用機は白銀に輝いており、コクピットの付近には緑の葉を付けた枝が描かれていた。その枝の中心部分にはエノー縁の紋章、尾翼にはビーチャム一族縁の紋章があった。
「何故、緑の枝」
「ああ、これは整備士の人がね、どうしても描きたいと言いましてね」
「ふうん…、緑の葉の笛…」
「整備士の…アツモリ君がね」
「何ですか」
「いつも吹いている笛の名前なんですよ、身分の高いお人からいただいた物だとか」
「ふうん」
「アオバ…東洋の言葉です、ほら、聞こえるでしょ」
風の音の様な笛の音色。黒髪艶やかな綺麗な顔をした青年が吹いていた。
「あの人が」
「そうです。殿下に会いますか」
「はい」
総裁の部屋に向かった。総裁は幼い女の子を抱き上げて微笑んでいた。
「セシリー」
「フレディー、飛行機見せてもらったの」
「うん。母様は」
「艦長さんとお話ししている」
「そう」
宇宙軍総裁は目を細めて小さな子二人を見ていた。
「閣下は父様を知っているの」
「うん、知っているよ、よく遊んだ」
「ふうん…どんな人」
「そうだね…白薔薇亭のオーナーさんには聞かないのかな」
「聞いてもね、君は君のまま、幸せでいなさいって言うの。僕には父様じゃなくて元の人なんだけど、セシリーには父様だけどね」
「元の人…」
「コピーだから」
「え」
「レイモンが受精卵ぐらいに戻せば助かるって。でもそれは元の人にはならないかも知れないって」
「そう…知らなかった」
「だから、僕、フレデリック・リチャード・リースなんだよ」
「フランシスじゃないんだ」
「おじいちゃんがリチャードは名乗りなさいって言ったの」
「そう…あれ、笛が」
「ああ、アツモリさん」
「青葉の笛ですね…」
「初陣で戦死とはね」
何とも言えない音。
「風の音みたいだ…」
総裁が呟いた。
「有名なお話なのですって。青葉の笛と箙に残った歌」
アンがそう言った。
「どこでそれ」
「夫に教わりましたの」
彼女は幸せそうに微笑む。彼女の夫はいない。生きてこの世にはない。けれども、彼女は当たり前のように幸せそうに微笑んでいた。
「後の世に歌が作られたそうですわ」
「そう言えば…整備士の彼が…戦には敗れたけど辱めは受けたことはないと言っていた」
「トマス」
「総裁機専門の整備士、彼、平家の公達だったそうですよ」
黒髪の小柄な整備士が部屋の片隅で会釈していた。
「君が…」
「リース教授のお嬢さんにもう一度会えるとは思いませんでした」
「あら」
「聴講生でした。機械工学の生徒でしたけれど、西洋の詩をちゃんと読みたいと思って」
「東洋のはいいのか」
「親戚に教わりますよ、和歌は。漢詩も昔から習ってましたし。僕はこれで失礼します。教授によろしくお伝え下さい」
「はい」
「ビーチャム少将、整備記録です。ご確認下さい。失礼します」
彼はトマスに記録を渡すと去っていった。
「あの人がいたら、話かけて質問攻めにするわね、今の人」
「ああ、そうかも知れないね」
去りながらも彼は笛を吹いている。若くして前の世界から去った時も、彼は笛を携えていたと言う。
一の谷の 軍(いくさ)やぶれ
討たれし平家の 公達あわれ
暁(あかつき)寒き 須磨の嵐に
聞こえしはこれか 青葉の笛
更くる夜半に 門(かど)をたたき
わが師に託せし 言の葉あわれ
いまわの際まで 持ちし箙(えびら)に
残れるは「花や 今宵」のうた
