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- ノワールアキテーヌのブリッジ。艦長が手紙を取り出していた。そしてそれを手に総裁が座る椅子のそばに歩み寄ってきていた。
「ああ、殿下、これを」
艦長が差し出した紙の束。手紙という物。
「これ…」
「我が君からです」
ふと見ると蝋で封印されていた。印章指輪の文字はラテン語で忠誠が吾を縛る…忠誠を第一に。
「このモットーは…あの子の」
「はい」
封印を解き、手紙を開く。
レクス・リカルディス・ティルテウス・アンゲラス…イングランド国王リチャード三世の署名。
いつも宇宙でのお勤めお疲れの事と存じます。エドワード三世王太子であられるエドワード殿下に謹んで私信いたします。これ以降、中世以来の美辞麗句を書き留める事、省略いたす非礼をどうぞお許し下さい。僕にはもうこの手紙を最後まで綴れる体力が残っていないかも知れないのです。起き上がってペンを取ることさえ、困難になりつつあります。母はキーボードを使うように言うのですが、僕はどうしても手書きの文字で伝えたいのです。乱れがありましたら、どうぞ、病んだこの身に免じてお許し下さい。
以前、生まれて来た事を後悔する言葉を申し上げてしまった事、僕は悔やんでおります。ヨークの家に生まれて、家族に愛されて生きていた事を忘れてしまった愚か者とどうぞお笑い下さい。今はリース家の息子として、両親を姉を姪達を愛しています。彼らに心の傷を負わせるかも知れないと思うと胸がふさがれます。母が枕元にいつも活けてくれる花のなんと美しい事か。まともに食事が取れず、いつも残してしまうのが悲しいです。この世から去る前に母の愛情をすべて受け止めたいのに。もう床から起き上がれない身の上でも、ペンを取りたい。もしもこの先、読み難い部分がありましても、どうぞお許し下さい。その場合はフランシーに聞いて下さい。彼ならきっと僕の文字ならば解るはずです。
殿下にお願いしたい事があるのです。僕がいなくなったら、兄は大丈夫でしょうか。僕が何を言ってもまっすぐに、今度は間違えないと誓って愛情を注いでくれる兄上はちゃんと白薔薇亭オーナーとしてやっていけるでしょうか。それが突然心配になりました。僕はこの世を去った事、兄に知らせるつもりはありません。知らせてくれなかった兄の家族の…あの所業がこんな身の上になっても許せないのです。待っていたかった言葉を僕はウェストミンスターの宮殿の国王の寝室の中にいても聞きたかったのです。僕の不在に兄が堪えられなかったとしたら、僕は…死んでも死にきれません。堪えられない筈はないと信じています。それでも、兄が立ち直れなかったら…殿下、兄の事、お願いします。一言、一生恨んでやるの言葉の裏にあった言葉を伝えて下さい。僕はあなたを愛しています。どんなことになっても。どんな恥辱が我が身に振りかぶっても。あなたを愛しています。一度、言って欲しかった言葉を今も欲しています。大逆罪だと断じて下さい。あなたを裏切った裏切り者と罵って下さい。あなたの子から奪った王冠をあなたの手で、奪い返して下さい。それだけを伝えて下さい。
くれぐれも兄の事、お願いします。それからもう一人の兄の事も。彼はきっと大丈夫だと僕は信じていますけれど。
これ以上はもう書けません。乱筆乱文になりましたこと、お許し下さい。浅はかな簒奪王の世迷い事と思われましたなら、火に投じても構いません。でも、殿下、兄上の事、くれぐれもお頼みいたします。永遠に。
リチャード・フランシス・リース
「艦長、エドワード君は」
「仕事にならないそうです…リース家だった家に閉じこもったまま、誰が何を言っても動かないと聞いてます」
「ちょっと行ってくる…これを」
手紙を艦長に渡す。
「内容はほぼ、私は知ってましたよ、殿下」
それを聞いて、手紙を受け取り直す。
「そうか」
トマスが頭を下げた。
「行ってらっしゃいませ」
「後を頼む」
白薔薇亭のそばにある小さな家。入り込むとこの家の息子だった人の寝室に灯りがともっていた。
「ここにいたんだね」
「殿下」
「心配していたよ、リッチー君が」
挙げた顔の涙の痕跡を見た。
「あの子が」
「うん、私に手紙を…」
「あの子が」
「これ」
差し出すとエドワード四世だった人があふれる涙を拭いもせず、見上げていた。
「裏切ったのは確かです、でも、あの子は私の…っ」
「うん、それでいいと思うよ」
座ったまま、泣く人を抱き締め、ブラックプリンスは庭を見た。花は見えなかった。
