灰色の薔薇その2
決定的な証拠。それは私自身がその証拠となったのだ。バーバラは自分に起きた悲劇を私の夢の中で語った。けれど、それで私にはどうすることも出来ない。決死の覚悟で私はバーバラに告げた。
 「あなたに起きたことを私の体を通してあなた自身の言葉で語って。あなたの哀しい声はもうたくさんよ。こんなことは終わりにしましょう」
バーバラは首を振った。
 「そんなこと出来ない…リン、あなたがおかしくなったと思われるわ…」
 「私の心配をしている場合なの?娘がおかしくなったら、父は必ず動くわ。父だけじゃない、寄宿舎のお友達だって何とかしようとする。それがきっかけになれば、何とかなるわよ」
むちゃくちゃだ、と後々みんなにしかられたが、私はそう言った。
 「いいの…」
 「いいわよ。もう覚悟は決めたから」
 「ごめんなさい…」
ああ、バーバラ、あなたは本当は優しくて寂しい人なのね…アンナ先生のお友達って本当なのね…私はそう胸の中で呟いていた。その後の事は、私はあまり覚えていない。マーガレットとエリザベスが後にすべて話してくれたけれど…。

 「あの人達が私を殴るのよ」
私はそう言って部屋から出るのをいやがるようになったという。
 「リン…あの人達って誰よ」
エリザベスが聞き返す。
 「あの人達よ、私の事、生まれてこなければよかったって言ったわ。そして言うこと聞かないと殴るのよ」
エリザベスは息を飲み込んだ。彼女はすべてを察した。
 「バーバラ、今は殴る人はいないわ。もう大丈夫よ。マーガレットと私にみんな話して頂戴。きっと力になるから」
エリザベスはそう言って私とバーバラを抱きしめた。
 「…どういっていいのか、解らないの…ママが死んで、ここに来て…あの男が私をいやらしい目で見て言うの、母親そっくりになったものだな、楽しませてもらおうかって」
 「な…」
エリザベスは声をのんだ。
 「それが…父親のすること、なんてげすな男なのかしら。反吐がでるわっ」
マーガレットとエリザベスは同じ言葉で前の校長を罵った。
 「言うこと聞かないとなると…殴るのね、あなたを」
バーバラは私の体を使って頷いた。
 「それから、どうしたの…」
 「私、つらくて、アンナにも話せなくて…生きているのがつらくてつらくて…だから…一号室のトイレで」
 「何をしたの」
 「首をつったの…」
マーガレットとエリザベスは顔を真っ赤にして怒っていた。
 「自殺…なんかじゃない、あなたは殺されたのよ、その上まだ恥辱を味あわせているのね、あいつらは」
 「ねえ、もう一つ聞くわ、あなたの体は今どこにあるの」
 「一号室の床に…」
バーバラの答えにマーガレットは決意した。
 「解ったわ。私たちで見つけてあげる。それまで、リンと待っていて」
 「いいの、リンに返すわ…この体」
気絶した私、中身はバーバラなのだが、を二人はベッドに運んで、深呼吸を一つした。
 「おきて、リン。真実が解ったわ。」
 「何…マーガレット、騒がしいわね」
 「寝ぼけないでよ、今、バーバラが言ったの、彼女は一号室の床に埋められたのよ。虐待で生徒が自殺したなんてとんだスキャンダルだもの」
 「え…」
 「掘り起こすわよ、いいこと」
エリザベスの硬い顔に私はかなり戸惑った。
 「ちょっと待ってよ、寄宿舎の壁ぶち抜いて、その上床板まで剥がすなんてことするつもりなの」
 「するわよ。私たちがやれば校長だって動くわ。器物損壊でパパに捕まってもいいわ、私の父は実は刑事なのよね」
マーガレットはあっさりと言ってのけた。
 「…リン、協力してくれるわよね」
エリザベスとマーガレットに逆らえるほど私は跳ねっ返りではない、という自負があった。おかしいことだけれど。

 「なんですってー」
さすがに壁を壊して一号室の床板を剥がすなんて言う荒技には寄宿舎の生徒達はみな絶叫した。
 「寄宿舎の幽霊騒ぎを収める為よ」
 「ああ、そう言うことなの…いいわよ、やりましょう」
キャシーの言葉に私は一言告げた。
 「やりましょうって…みんな頭は大丈夫なのっ」
 「大丈夫よ。本気なんだから」
ああ、そう…本当にみんな、元気過ぎるのね…。まず、私たちがやったことは…舎監の先生、アンナ先生を部屋に閉じこめることだった。舎監の部屋を覗くと先生は刺繍をしていた。部屋からみんなで運んできた机、椅子で先生の部屋のドアを封鎖した。物音に驚いて先生はドアを開けようとしたが、かなわない。山の用に積まれた家具で。
 「みなさん、何をしているのーっ」
連絡方法はない。先生はしばらく部屋の中で軟禁状態となった。

エリザベス、マーガレットは用務員室から工具を黙って持ってきた。さすがにそう言うことには抜け目がない二人だ。見張り役まで決めて、壁のぶちこわしにかかったが、何せかよわい少女の力では大して進まない。でも、寄宿舎の生徒全員の一致団結の前に、壁はやっと壊れた。それを必死になって小さかった穴を大きく広げる。人一人通れるようになると二十年も埃を被って閉ざされた空間も昔日の元にさらされた。鎧戸を下ろし、ついでに釘まで打ち付けてある窓を壊し、ガラスを破り、風通しをよくしてから床板をみんなで剥がした。土の様子が変だった。
 「ねえ、土木業者の娘の、ローラ、こういう所って硬く踏み固めるものなんでしょ」
マーガレットの問いにローラは頷いた。
 「掘ってみるか…」
 「何か怖いわね」
 「でも、解決の為よ、大人達に頼ってなんかいられないわ」
エリザベスがスコップをふるう。悲鳴が上がった。白骨。白い骨の手。
 「現状維持して。これはパパの出番だわ」
マーガレットがそう告げた。
 「リン、校長を呼んで」
怖がった生徒達は慌てて飛び出していった。私は父を呼びに校長室に走った。


 「パパ、お父さん、大変よ、寄宿舎の一号室の床から人の死体が出たのっ」
飛び込んで叫んだ私の姿に校長室でアフタヌーンティーを楽しんでいた教職員達は飛び上がって驚いた。父は私の姿を頭からつま先まで眺めると溜息をついた。
 「泥だらけだよ、こんな制服を汚して…ということは…君たちは」
 「壁壊して床剥がして、掘ってみたの」
頭を思わず抱え込んだ父。
 「死体が出た…だと」
 「ええ」
 「警察に連絡を入れてくれ。それからお屋敷にも連絡だ。理事長にも、だ」
それからが大騒ぎになったが、父は寄宿舎の汚れに汚れた生徒たちを集めて、違う寄宿舎へ行き、風呂に入り、服を着替えるように命じた。
 「校長先生…私たち」
 「ここは私がしたことにする。いいから早く綺麗になって図書室で謹慎していなさい。リン、もちろん君もだ。エリザベス、父君が到着する。特に君は早く着替えなさい」
 「はい」
エリザベスは実は理事長のモア伯爵の令嬢。それが解ったのもこの飛んでもない所業のせい。父達はまず、アンナ先生を解放した。アンナ先生は私たちがやったことに驚いて泣き出したと言う。
 「優秀な皆さんがこんなことするなんて…」
未来の名流夫人達のしでかした事件に本気で心配していたという。
 「アンナ、君も生徒達の所に行きなさい。ここはご婦人がみるものではない」
 「え…」
 「一号室から人骨がでた。見てはならん。ここの生徒達は全員、それを見ている。いかなあの子達といえど気を強く保つのにも限界がある」
 「わ、わかりました…」
図書室へアンナ先生は来て、私たち一人一人を抱きしめた。
 「バーバラのためにありがとう」
私たちはやっと、恐怖心から解放された。これでよかったのだと。へなへなとへたり込む私たち。
 「さあ、しっかりして、皆さん。校長が立ち上がったわ。寄宿舎に警察の人たちが入るからあなた達は裏手の天使の宿舎へ泊まりなさい。しばらく、寄宿舎は立ち入り禁止よ。」
 「はい、先生…」
まもなくやってきた警察関係者の様子を私たちは遠くで見ていた。発見時の事を校長である父が説明している。
 「リン…あなたのお父様って役者ね」
 「私のおじいさまは若いとき、シェークスピアの劇団にいたのだそうよ」
 「あんなに思い切った嘘ついて大丈夫なのかしら」
マーガレットが心配した。
 「調査書には校長がしたことにするけど、多分、メイ警部には話すと思うわ」
 「あら、パパが役立つかしら」
 「多分ね、大丈夫よ」
エリザベスがにっこりと笑った。
 「なぜ、エリー」
 「校長先生もメイ警部も理事長のモア伯爵も父親だからよ」
 「偶然にも私たちの父親だわ…」
 「娘のした事ですもの、なんとかするわ、そうでしょ」
 「エリー…あなたも…」
マーガレットが絶句する。
 「私はお父様の愛情を疑ったことなどなくってよ。体面上、私に傷はつけないわ」
 「あら、何かあるの」
 「あるわよ、私、フィルバート公爵の嫡子のリチャードと婚約しているの」
 「…リチャード様って王位継承権第三位の貴公子じゃないの、エリー、あなた、大丈夫なの」
 「違った意味で心配しなくても平気よ。私は婚約破棄してもいいけどあっちがしないでしょうから」
 「…たで食うムシも好きずき…」
 「そう思うわよ、私だって。いくらでも淑やかな令嬢いるのに、なんで私なのかしら」
 「エリー…あなたって」
マーガレットは笑った。自分の魅力が解ってないのだ、このエリザベスは。
 「まあ、そういうことなら、余計、私たちの事は内密にするわね…」
 「偶然とはいえ、たいしたものだわ」
エリザベスはそう呟いた。
 「本当に偶然かしら」
私のつぶやきにエリザベスは笑っていた。
 「必然、なのかも知れないわ」
バーバラのためにも、あった偶然、いえ、必然。


 「今、説明しました通り、実はこの壁を破り、床板を剥がし、土を掘って発見したのは生徒達です。まず、メイ警部、あなたのお嬢さんのマーガレット、モア伯爵閣下、ご令嬢のエリザベス、ご令嬢のいとこのキャサリン、町の建築会社の社長令嬢のローラ、それから私の娘もその中にいます」
メイ警部もモア伯爵も頭を抱え込んだ。
 「やれやれ…こんな跳ねっ返りに育てた覚えはないのだが…」
 「情にあつい良い生徒達だと思いますよ。まあ、娘は、どうであれ…」
 「では…致し方ありませんな。校長が好奇心を抑えきれずに壁を抜き、床板を剥がしたことにしましょう。その許可は私が与えたことにします。で、警部」
 「調査書はそういう事にしておきます。まったく…困った娘達だ」
 「警部、嬉しそうですぞ」
伯爵はそう言って笑った。警部は報告を始めた。
 「遺体の状態についての報告ですが…首つり、ですね、死因は。首の骨の一部に骨折が認められます。それから…生前の骨折もありました。治癒痕がみとめられましたので。栄養状態は最悪です」
 「虐待の噂は本当だった、ということですか」
 「着衣から見てバーバラ・ハウザーと確認されました。自殺の線が…ですが、虐待されていたとなると、これは…一種の殺人です。」
 「警部…」
 「衰弱して死んだということにして教会に埋葬してやるべきだと思います、私は」
 「そうですな…しかし、信じられん。実の父親が」
モア伯爵は首を振った。
 「逮捕状を請求しました。当時の関係者も死体遺棄容疑で追訴します」
警部はそう言って報告書を閉じた。
 「しかし、我々は…一人の少女の未来を奪った下劣な奴を世間にのさばらせていた無知な大人、という事になりますな。だが…」
モア伯爵は校長先生を見た。
 「一応、罰則を与えておいて欲しい。灸をすえねば、また何をしでかすかわからんぞ」
 「はあ…よろしいのですか、ご令嬢も」
 「かまわん」
 「では、彼女たちには寄宿舎の改装が終了するまで、停学処分ということで」
 「決まりですな」


 「停学食らっても、行くところないわよ」
私はそう言った。
 「私もよ」
 「私の家にくればいいじゃない。十五人分くらい部屋あるわよ」
エリザベスはそう言った。
 「監視つきになると思うけれどね」
結局、全員エリザベスの家に向かうことになった。伯爵家の広大な屋敷で…私たちは二週間過ごした。監視役のドレーク夫人は毎日、気絶していた。私たちは元気すぎるから…。

 「エリザベスっ、たまには静かにしろーーーっ」
伯爵の怒声が毎日響き渡った。伯爵は身分が上だからといって権威を傘に着る人ではなく、私たちのことを大事な客分として扱ってくれたので、おしかりはエリザベスにばかり飛んでいった。それをひらりひらりと交わしながらも、エリザベスは敬愛する父親と軽妙なやりとりを楽しんだ。
 「こんな娘で恥ずかしい…リチャード様はいったいどこが気に入ったというのだろうか…」
 「そこが私も不思議なのよね」
 「卒業したら、式だぞ、エリザベス。本当に大丈夫なのか」
 「たぶん」
 「うわーっ、エリーのあの顔のたぶん、はかなり駄目ぽいってことなんだけど、伯爵、わかってらっしゃるのかしら」
マーガレットはそう私にささやいた。
 「解っているんだよ、マーガレット。あまりいわんでくれ。はげそうだ」
伯爵はそう言って唸った。
 「失礼…エリーが一番張り切ってましたものねえ」
 「…だろうと思ったよ。まあ…こんな娘だが、度胸だけはいいからな。王家の夫人となるには充分なのかもしれん」
伯爵は苦笑していた。
 「かよわいご婦人にはとても向かん事をしなくてはならんからな…ましてエリーには…どうしても未来の国王を生む役目もある」
 「あら…」
 「だからこそ、この子には青春時代はせめて楽しいことばかりあってくれ、と思ってしまう」
 「伯爵…」
私は一平凡な父親を見ていた。苦労の多い家に嫁ぐ娘へせめてもの気遣い。エリザベスもマーガレットもローラもみな愛し愛される家族の中で育った健全な娘達だった。そして、この私も。愛情を知っているからこそ、私たちは寄宿舎の壁を破ったのだ。


今もあの少女時代を思い返すとあの事件以外は楽しかった事ばかり。

テイラー夫人はそう言って笑った。
 「王太后陛下もすごかったのね…」
結局、エリザベス・モア伯爵令嬢、フィルバート公爵夫人は夫君が即位し、王妃となった。が、国王リチャードはあまり体が丈夫ではなく、王太子が十五才の時、退位し、今は王太后の身分である。それでも、その御方は…たくましく、活発で…破天荒。
 「あらまあ…」
母は爆笑した。戦争や不況や天災を乗り越えて行くとき、いつもエリザベス王太后が国民の心の糧になっていた。たくましくて優しくて、今でもラグビーに熱中したり、お茶目な人柄は変わらない。そのためか、国王陛下もとってもチャーミングな人だ。私は何度かお会いしたこともあるけれど。
 「やはり、国母陛下となられるだけはあったのよ。」
テイラー夫人は穏やかに微笑んだ。
 「ただ…破天荒な所は今も変わってないわよ…」
ちょいちょいとテイラー夫人が庭を指さすと、その王太后陛下がにっかり笑って立っていた。
 「エリー、護衛を巻いてここに来るのはやめてって何度言ったらわかるのよっ」
母が親しい友人に怒声を浴びせた。
 「あっらー、あのくらいでへばるのがおかしいのよ。まったくだらしがないったら」
近所の元気なおばさんといった感じで王太后は爆笑していた。華やかな衣装ではなく、本当に近所のおばさんの格好をしていたのだ。その格好では王太后だときっと誰も解らなかったのに違いない。
 「やれやれ、まただわ…」
私は頭痛がする頭を抱え込んだが、エリザベス王太后が嫌いという事はなくむしろ大好きだった。だから…私も笑い飛ばすことにした、結局は。後に王太后も、バーバラ・ハウザーの為に祈っていたことを知った。バーバラ基金という奨学制度を設けたのは王太后だった。名前の由来を聞かれて、ゆったりと微笑んで昔のお友達の名前よ、と答えた。その微笑みはまるで聖母のようだった。母もテイラー夫人もその基金には協力していた。


                       完