鐘・第13章
万事屋の主はやっと自宅に戻ってきた。新八も神楽もいなかった。お登勢に言わせると志村の家に行っているらしい。子供達のいない自分の家は静かだ。つっこみの声も、年頃の娘に何を教えたと土方にぶん殴られる対象の、少女・神楽の声もない。
「幸せだった、ねえ」
革命政府に惨殺された年端もいかない女が。その言葉を言うなんて。では、自分は。そう思いついて、銀時は苦笑する。親の顔も覚えていない。気づいたら戦場で、命運尽き果てた人から金や食料を奪って生きてきた。その中でも立派な刀を手に入れ、それで自分の身を守ってきた。そして、あの人に出会った。出会えて、幸せだった。涙が出るほどに。
「あの姫さん」
口にする。
「生きていたという伝説があったよな」
けれど、実際の彼女は・・・湿地から見つかった。遺骨となって。両親と姉とともに。すぐ上の姉と弟は別の場所から見つかった。死体を切断して、火をつけたと言う。その女性はとびきりの美人だ。
「もったいねー」
あの少女と一緒に撮影された写真の彼女は美しい。四人の姉妹のうち、二人は美人だった。気品もあり、若かった。今の銀時より若い。なのに。
「殺された、ねえ」
銃殺ならまだマシだ。コルセットを装着する習わしの時代の女性だったため、銃殺というわけにはいかなかったらしい。隠し持っていた宝石をコルセットに縫い付けていたため、皇女達は下着であるコルセットをはぎ取られ、殴り殺されたのではないかという説もあるという。
「そのせいかよ」
あなたは紳士ですのね。
あの皇女はそう言った。
「紳士、ねえ」
そう呟いて、銀時は腹をぽりぽりかいた。紳士と言うより下品な下町の親父そのものの行いだ。こんな男に紳士とは、その言葉が腐るんじゃねーの、そうも呟く。クスクスと少女の笑い声が空耳かと思われるような感覚で、聞こえていた。
「冗談じゃねえや」
照れ隠しなのか、それとも、くすぐったいのか解らない感覚。不思議なもんだ、と思う。まだ、まともな人間たったんだな、と。
「どうかしたんですかぃ、土方さん」
土方はある言葉を思い出していた。
「総悟」
「へぃ」
「おまえなら、どうする」
「土方さん・・・」
あの姫さんは、女を殺す時はどうするか、と聞いた、と。
「そんなこと、苦しませたくねえです」
「・・・ああ、そうだよな。知っていたか、あの姫さん」
「知ってます。あの姫さんの、死に様を体験してきやしたから」
土方の煙草を持つ手が震えた。
「おまえ」
「ひどかったですぜ・・・」
「総悟、すまん」
手を伸ばして沖田を抱きしめた。
「さ、三十回くらい、殴り・・・」
死ぬまで続けた、と。うめき声が上がらなくなるまで、十七歳の少女を。ただ、皇帝の娘として生を受けたというだけで。目の前で父親と母親、そして一番上の姉は顔に銃弾を受けたと。母親は五発。それから十三歳の弟も。
「死んでから、身体をばらばらにして火をかけて・・・男の子と、一番美人だった女の」
「もういい・・・」
「なのに、なのに、聖人として祭壇に今更祭ったって、どうにもならない・・・ってのに」
「総悟、俺は、知っているんだ、それを。書物で読んで知っている、だけど、な。万事屋がそのことを書いた書物貸してくれたんでな。おまえと入れ違いに現れた女もそう言った、そして」
「土方さん」
「女子供を殺さなければならないのだとしたら、いたずらに苦痛を長引かせる真似などしない、とその女に告げた、あのクソヤロウと一緒にな」
「旦那も」
「ああ」
告げて良いものか、一瞬迷う。
「あなたは紳士なのですね、とあの女は俺たちに告げた・・・そんな柄じゃねえことはおまえだって知っているだろう、違うか」
沖田はうなずく。
「俺らは人殺しだよ、あの万事屋の馬鹿野郎も、な。でも、苦痛を長引かせる真似なぞ出来ねえよ」
「土方さん」
「おまえをそんな真っ黒いものにしちまったのは近藤さんと俺のせいだ。でも、総悟」
「俺は・・・」
望んでなった、と言おうとした沖田の口を土方は口づけでふさぐ。
「解っている。俺たちは確かに人殺しだ。理不尽な殺しをするかも知れん。相手がたとえどんな奴でも、苦痛を長引かせる真似だけはするな、それだけは、頼む」
「へい」
「聞かせてくれ、姫さんは革命前は幸せだったのか」
「活発な性格で・・・みんながはねっかえりだって。弟の面倒をよく見ていて、すぐ上の姉さんと仲良しで・・・同じドレス着て笑っていやしたよ」
隊長さん、みんなはね、あなたのこと死に神だって言うのよ。
でも、違うわよね。隊長さん、怒ったらいやよ、女の子みたいに可愛くて、とてもきれいね。
そんなにむくれないでよ。せっかくのお顔が台無しだわ。笑ってよ、え、駄目なの。つまらないわ。その不思議なサーベル見せてもらえないかしら。
武人の魂の証なの・・・。そう、残念だわ。
え、いいの、本当、うれしいわ。なんて美しいの、このサーベル。
大丈夫よ、隊長さん、あなたは罪を知っているわ。神様はきっと、あなたを見捨てたりなさらないわ。お祈りなんかしなくても、きっとあなたは守ってもらっているわ。私が神様なら、あなたを見守るわ。手元に置いておきたいけれど、あなたの泣き顔、見たくないもの。
さよなら、隊長さん。幸せにね。あなたを愛する人、あなたが愛する人のいるところに戻って。もうここに来ては駄目よ。私の名前、今なら名乗れるわ。
ソーゴ、私はアナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァよ。
あなたの大事なお姉様の魂も、あなたを案じていらっしゃるわ。だから、振り返らないでね。さようなら、隊長さん。いいえ、ソーゴ、オキタソーゴさん。
土方の隣で目覚めると、それは普通の、当たり前の朝だった。煙草のにおい。眠る前は何も身につけていなかったが、きっちりと寝間着を着ている。肌も清められていた。その事実に気づいて沖田は顔を赤らめ、枕で土方の頭を殴った。
「それが朝の挨拶か、総悟っ」
案の定怒った土方は沖田の腕をつかんでぐいっと顔を近づけた。
「朝っぱらから何するつもりだ、ああ?」
他の隊士ならびびって逃げ出す座った土方の目など、沖田には慣れている。
「死ね、土方」
「おまえこそ、死ね」
相変わらずの他愛ない口喧嘩が始まる。山崎の静かな足音が近づいている。時計を見て、土方は溜息をついた。
「おはようございます、副長、沖田さん」
当たり前の様に言ってのける山崎に二人はあきれながらも、枕を投げつけた。
「「ひっこんでろ、ザキ」」
「定例会議の時間です、局長が呼んでこいって言ってました」
その言葉に慌てて着替えに入る。山崎はもう広間に去ってしまった。
「てめえのせいだ」
「いや、あんたのせいだ」
ぎゃーぎゃーわめきながら、広間に行くと、全員がそろっていた。
「おはようございます」
隊士の挨拶と、近藤の笑顔。今日も変わらない日がやってくる。悪夢も、そしてあの重苦しい鐘の音も、もう聞こえない。沖田は万事屋の事をふと考えた。
あの旦那も紳士って言われたんだろうか、だとしたら・・・紳士って言葉が可哀想だな、と。
完
- 終 -
2010-10-15
作者名・つんた
これで終わります。土沖、ですね。これ。←書き上がるまで何になるかわかんなかった・・・。