鐘・第十章
七月も半ばを過ぎたわ。


ここは夏でも寒いんですねぃ。


雪が降ってないだけマシよ、隊長さん。

彼女はそう言って、聖書を閉じた。


どんなにお祈りしても、ここから自由にはなれないわ。もう二度と、ね。


どうしてですかぃ


私たちは囚人なのよ。


囚人。御姫さんが、ですかぃ。


そうよ。革命政府が私たちを許すとは思えないのよ。


御姫さん・・・。


今から、地下に行け。

そこに立ち並ぶ兵士達。彼女たちはゆっくりと地下へと地下へと降りていく。少年もいた。両親、そして四人の妙齢の女性達。沖田も引きずられるように地下へと・・・。


そして、銃声が響いた。その後続いた暴行。沖田の身体にも激しい痛みがあった。なぜ、その痛みがあるのか、理解出来なかった。


屯所の朝は賑やかだ。が、一番隊隊長の私室は静かだった。
 「ここは・・・」
畳に触れてみる。
 「お父様が教えてくださった日本の不思議な床だわ。草で編まれているという・・・」
その上に直接敷かれた寝具。起き上がって、タンスの扉を開く。鏡が扉にある。扉には白い布が何枚かかかっていた。鏡の中の顔を見る。
 「隊長さんだわ・・・。私、何したの、なぜ、隊長さんになっているの?」
 「総悟、いつまで寝ているっ」
土方が飛び込んできた。
 「おはよう。あの、あなたはどなたかしら」
沖田の声ではなかった。土方は驚いて目を見張る。しゃべり方が違う。仕草も違う。
 「隊長さんがよく言っていた、副局長さん、なのかしら?」
 「あんた、いったい、誰だ・・・」
そんな声に恐ろしくなった。明るい光を見いだし、開け放ってみた。
 「日本庭園・・・、隊長さんって日本の方だったの、全然知らなかったわ・・・」
 「おい・・・」
とっさに縁側にあった履き物を履いて、外に飛び出す。
 「あの人を探さなくては」
 「丸腰で行くなっ、おいっ」
土方の声にその人物は屯所を抜け出し、走り続けた。そして。街角で、不気味な男達に出会ってしまった。
 「真選組の沖田だ・・・」
すくみ上がる。見知らぬ男達。サーベルに似たものを抜く。刀というもの。殺される、そう思った。でもこの身体は、自分のものじゃない。何とかしなくては、そう思った。
 「何をしている」
黒髪の男。
 「沖田・・・」
 「桂・・・」
男達はそう言った。
 「か、つ、ら?」
 「丸腰のものに刃か。貴様ら」
桂という男は奇妙な男だった。

 「すみません、助かりました」
その言葉に桂がつまずく。
 「沖田、じゃないのか」
 「多分・・・あの、なんでもやの銀髪の人、ご存じありませんか、あの方のところに行きたいのですけれど」
なんでもやの銀髪ね。桂は溜息をついた。


 「なんで、おめえが沖田君連れているわけぇぇ」
 「沖田じゃないそうだ。名前はなんて言いましたか、お嬢さん」
 「それは・・・申し上げられませんわ。隊長さんが、ここに戻られるまでは」
名乗れませんけれど、とその人は続けた。
 「夢の旅路の中で・・・私の名前の前に聖が付いてましたわ」
 「聖女様ねぇ・・・」
 「私は・・・何の力もないただの、生まれつき身体が弱くて格好もよくありませんし、寝たり起きたりでいつもお母様に心配ばかりかけるどうしょうもないわがままな娘に過ぎません。弟のためにも、もっと丈夫な身体になりたかったのですけれども・・・」
 「かなわなかったってことか」
 「姉様達のように普通に結婚したいなんて思っていませんでした・・・ただ、私は・・・運が良かったのですわ」
 「ほんとに運がいいと思ってるわけかよ」
 「思っております。だって私、明日のパンのためにあくせくしたこともなければ、着るものがなくて寒い思いも恥ずかしい思いもいたしませんでしたもの」
 「でもなあ」
 「銀髪のなんでもやさんにお聞きしたいんですけど」
銀時は何だ、言ってみろと促した。少し、口ごもったが、はっきりと告げる。
 「女を、たとえば、十七歳の少女を殺すとき、あなたは小銃の台尻で殴り殺すこと、いたしますか」
銀時と桂は絶句した。
 「着ている服を脱がせ、辱めてから殴り殺す・・・出来ますか」
 「出来るわけなかろう、どこの蛮族だ」
 「憎悪はそのくらいの事、平気になるものですわ、桂さん」
 「しかし」
 「どうしても女を殺すしかないとしたら、あなたはどういたしますか」
 「急所を刺して楽に死なせるよ」
銀時はそう答えた。桂もそうだ、と告げた。
 「ありがとうございます、あなた方が紳士であること、確認したりして、どうぞ、お許しくださいましね」
 「紳士・・・、紳士・・・」
互いに顔を見合わせ、唖然とする。運良く神楽も新八も買い物に出かけていていなかった。あの二人には、きっと大笑いされるだろうから。
 「紳士っつーか」
 「品性の問題ですわ、その、外見とか身分とか、そういったものは関係ございません」
 「えーっと、よくわかんねーこと言うよな」
沖田君の顔で、それを言うかよ、と銀時はぼやいた。
 「内親王殿下なんて呼ばれていても、私はどこにでもいる平凡な女です。お母様も、エラ伯母様も・・・平凡であれば、どんなにか」
 「そういえば、よ、ヅラ」
 「ヅラじゃない、桂だ」
 「エリザベスはどうしたよ」
 「もうすぐ来ると思う」
 「エリザベス・・・まあ、エラ伯母様と同じ名前ですのね、どんな御方ですか」
 「・・・え?」
どんな御方って宇宙から来たと言うでかいペンギン、実は中身はおっさん・・・と銀時は呟く。
 「ペンギン・・・ペンギンがエリザベス・・・」
ころころと笑う声は品があったが、どうやら元々活発な性格らしい。
 「ますますお会いしてみたいです。桂さん」
その顔で「さん」付けは勘弁してほしいが、どうも身体もおかしいと思う。そう銀時も思ったのか、沖田の、襟合わせを開いて、慌てて閉じた。
 「お、女になっている」
その銀時の言葉に桂がグーで銀時を殴った。
 「何をしている、この恥知らずめがっ」
 「まあ・・・」
悲鳴を上げるかと思っていた沖田に見えるが、沖田ではない人物は笑っていた。
 「私、てっきり男の子の身体とばかり思っていたんですのに・・・」
 「あっそ」
力抜けるよ、姫様。
 「これなら、使えますわね、おトイレとかどうしようかと思っていましたの」
 「うん、そーよね、そーだよね」
 「でも、見てみたかったのに、残念ですわ」
 「・・・あの姫さん?」
 「万事屋さん、隊長さんはどうやったら帰って来るかしら。ご存じありません?」
なんか、変な事言ったよね、ね、ね、ヅラ、などと銀時は呟くが。
 「わかんねーよ」
 「そうですか・・・。あ、でも、あのマヨネーズのお好きな副局長さんならきっと、隊長さんを呼び戻せるかも知れません。連絡してくださいな。私、副局長さん、見てびっくりして飛び出して来てしまったの、失敗ですわね」
 「あいつをここにーっ」
 「はい」
 「ならば、私は帰らせてもらう」
 「なぜですか」
 「私は反政府組織の人間なので」
彼女はぴくりとなった。
 「桂さん・・・政府にいる女子供らを殺めるのだけはやめてくださいませ」
 「それはせん。この国の支配者だったとしてもむげに命を奪うまねなど出来ん」
 「あなたはお優しい御方ですわね、愚行を繰り返した支配者さえもお許しになるなんて、本当に紳士でいらっしゃるのね」
 「そ、それはどーも」
沖田の顔で勘弁してくれ、そう思いながら、桂は立ち上がった。玄関にエリザベスが来ていた。
 「姫」
桂はそう呼びかけた。
 「はい」
 「これが、エリザベスです」
 「よろしく、エリザベスさん。どうかお幸せに」
その言葉の意味をエリザベスは理解出来なかった。桂はその愉快なペットと帰って行った。
 「エラ伯母様もきっと殺されてしまったのね」
 「そーなの」
 「はい、多分。伯母様はね、お母様より美しい御方で、お若い頃は欧州一美しい王女様とたたえられていらしたの。お母様より早く嫁いでいらして、でもお子様がお生まれにならなくて・・・その代わりなのか、存じませんけれど、一族のお母様を失った御子様方を代わりに育てられたの。伯母様の旦那様は暗殺されてしまわれたけれど、伯母様はその暗殺犯の命だけは助けようとなさったけれど、相手に拒まれてしまったわ。美しい御方でしたけれど、信仰心も厚くて、みなが反対したのに出家までなさいました。修道女としても、祖国を見捨てる事など決してなさいませんわ」
 「だから・・・」
 「はい。私と同じように亡くなっていると思います」
銀時はあの例の本を取り出して、彼女の前に置いた。
 「まあ、そう、これが私です」
指さした写真の少女。
 「懐かしいわ。ああ、かわいい私の弟、お姉様・・・お母様、お父様」
 「じゃ、この美人がその」
 「エラ伯母様です」
ね、おきれいでしょう、と微笑んだ。しばらくその写真を眺めた後、銀時は電話を取り、土方に電話をかけた。
 「沖田君は預かった。引き取りに来い」
チン。電話を切る。
 「ずいぶん唐突に」
 「だってあいつ怒鳴るんだもん」
情けない言い方にその人は爆笑した。

- 続く -

2010-10-08

作者名・つんた

姫、登場です。で、どの国の姫さんかわかりますかね。笑。