鐘・第四章
 「まーとにかく高杉にまで飛ばないうちに始末できたのは幸いだったわな」
銀時は最後にそう付け加えた。
 「そうか・・・」
そこに総悟がやってきた。
 「休んでいなよ、沖田君」
 「あの女は」
そう聞いた沖田を見て、二人は顔を見合わせた。どうしたらいいのか、と思う。が。
 「ごめんな、助からなかった」
 「そうですか・・・」
ふっと力をぬき、沖田が近くの椅子に座り込んだ。
 「沖田君のせいじゃないからね、俺がドジっちまったんだ、そう思ってくれていい」
 「旦那」
自分を責めろ、と銀時は言う。
 「できやせん・・・旦那を責めるなんて」
 「ごめんな」
銀時はもう一度そう言った。
 「よせ、万事屋」
土方が告げた。
 「市民を守れなかったのは、俺ら真選組にすべて責任がある。おまえは・・・」
 「関係ねーわけないだろが、依頼されたんだぞ、これは仕事だ」
銀時は先ほどの封筒から半額、返した。
 「能率で言えば、話になんねーからな、いらね」
 「だが」
 「仕事を全うできなかった場合は返す。全うできたとは思えねえ」
 「危険手当だけ受け取るか。わかった」
土方はその金を勘定方に渡し、言った。
 「被害者の見舞金に回せ」
 「はい」
勘定方はそう言って、被害者の会のための貯金箱にお金をしまい込んだ。
 「あれ・・・」
 「ああ、隊士持ち寄りで作ったんだが、まだまだ足らねえんだ」
椅子に座ったまま、総悟は黙ってそんなやりとりを聞いていた。
 「まだ、薬抜けてないんだろ、休んでいなよ」
銀時が腰をかがめて沖田の顔をのぞき込みながら言った。
 「報告書・・・書かないと」
 「後にしな。今は休んでな。冷静な判断ができねー報告書は作っても無駄」
銀時はそう言って苦笑した。
 「そうしやす」
奥の、居住区域に沖田は去っていった。心配したのか、一番隊の隊士がやってきて、何か言っていた。それを見送ってから、銀時は自分のスクーターを転がして帰って行った。よく見ればガソリンが切れかけていた。ノーヘルで警察関係の建物から出て行くわけにはいかない。
 「まあ助かったかな」
気分が悪くなった。気が重い。精神的に参っているときに女を助けられなかったとはね、と銀時は苦く思った。土方の話では故郷に家族を置いて出稼ぎにきていた年端もいかない若い娘だった。器量はあまりよくなかったが、きっと親に愛されて育ったであろう娘。親や家族のために単身、働きに出てこの災難に出会ってしまった。親たちになんて言ったらいいんだ、と近藤が嘆いていた。お金の問題ではない。きっと米つきバッタのように頭を下げて下げまくって謝るのだろう、あの人のいい局長は。なのに。銀時は溜息をつく。守りきれなかったものはあまり重くのしかかった。
 「銀さん」
二階から新八が声を掛けてきた。
 「おー」
 「どうでした」
 「ちっとは収入あったわ、でもよ」
 「あればいいんですよ、ご飯作っておきましたから。僕はこれ、片付けます」
迷子の猫探しのビラを新八は手にしていた。
 「あー頼むわ」
 「銀さんのエリア、決めておきましたから、やってくださいよ」
 「りょーかいー」
神楽はもう飛び出していないようだ。事務所兼居間になっている部屋のテーブルの上には焼きそばとスープがありますと書かれたメモが置かれていた。台所に行き、スープを温め、器に盛ってから居間に戻った。ふと見ると洗濯物がきちんとたたまれてある。
 「俺って立つ瀬ねーのな」
そうつぶやく。新八にみなやらせてしまう。とりあえず、土方のくれたお金を下のお登勢にほとんど渡そうと決めた。家賃の滞納は相変わらず続いている。あと二ヶ月がなかなか払えない。そのためか、本来ならあまり受けたくない土方の依頼を引き受けていた。奇妙に土方が素直なのは、余程組織内がうまく回らないせいだろう。疲れているんだな、とふと思う。とにかく昼飯食って、と思い箸尾取り上げた。

猫探しは半日でなんとか片付いた。公園の水飲み場にいたので、さっさと飼い主に引き渡し、礼金をもらい、それを新八に渡して夕飯の買い出しを頼んだ。大家のお登勢の店に顔を出してみた。
 「どうしたい」
 「いや、なにね」
 「新聞で読んだよ、おまえ現場にいたんだってね」
 「あーうん」
 「で、副長さんはなんて」
 「責任は組で持つって言った。納得できねーけど」
 「納得しておやり。しかたないだろう」
 「でもよ」
 「およし。何言っても失ったものは返らない」
 「参ったなあ」
 「おまえさんより参ってるらしいね、あの子」
 「ああ、しんどいわ」
お登勢は手作りのわらび餅を銀時の前に置いた。
 「ありがとよ」
こういうときに彼女はさりげなく甘味を出してくれる。彼女に拾ってもらってこれほどありがたいと思ったことはなかった。いつもは憎まれ口をたたいているけれども。長いこと、親や肉親の温かみをなくして銀時は歩いてきていた。攘夷戦争に地球人として参戦したが、己の半身は天人のものだ。星の名前は知らないが、片親は確かに天人だ。第一次攘夷戦争開始頃、参戦していた天人と地球人との間に生まれた事だけは確かだった。そのために地球人である方の片親は裏切り者として処断されたらしい。一種のつるし上げのような方法で。どっちが女親だったのか、もうはっきりとは覚えていないが、疎まれた思い出はない。疎んだのは周りの大人達で、流れ流れて行き着いたのが吉田の家。


 「別に天人を守りたいとは思っていない」
土方も近藤も沖田もはっきりそう言う。江戸市民の安全のために設置された、と彼らは言うのだ。松平という長官はなかなかの食わせ物だ。江戸の平安を脅かすものは天人であろうと問答無用。そう言い切る長官の下にいれば、そういうものだろう。そんな組織の中で精神的にもぐらつきやすい成人していない沖田の存在は時に危うい空気を醸し出す事もある。頭をかきかき、銀時は、若い皇女が四人惨殺されたという革命の記録をひもといた。
 「こりゃ・・・」
皇女達の弟はかなり残酷な方法で殺されていた。遺伝的疾患を持っていたと言う。遠い世界の話だと思っていたが、実際の革命が起きた国は距離的にも近かった。今はいくつもの国に分かれ、民主的な政治形態を採用している。その国の教会はすべて再建され、地下に隠れていた司祭達は地上に出、活動していた。失われた鐘は修復され、独特の塔の中にあると言う。
 「平穏になるまで時間がかかった、か」
未だ戦争の傷を負い、未だ生きる意味を半分以上見失い、彷徨っている感覚のままでいる銀時にも、癒しは必要だ。
 「旦那」
沖田の声にほっと溜息をつく。
 「来てたんだ」
 「へい」
いつにない顔つき。
 「何」
 「依頼ですけど」
 「んー」
 「旦那は、春は駄目でしたっけ」
 「相手によるわ」
沖田は封筒を差し出した。
 「えーっと」
 「俺です、旦那」
逡巡しながらも、封筒を受け取る。
 「いいよ」
封筒の中は結構厚みがあった。

- 続く -

2010-09-25

作者名・つんた