鐘・第十一章
「何言ってんだ、てめえはっ」
怒鳴ったところで、もう電話は切れていた。土方は仕方なく、出かけるとそばにいた山崎に告げた。
「沖田さん、見つかったんですか」
「ああ、あの天パのところにいた」
「はあ・・・」
山崎は、返事とも溜息ともつかぬ声を出していた。寝間着のまま、出て行き、それっきり行方が解らなくなっていたのだ。
「とにかく行ってくる」
「副長、ここに沖田さんの着替え」
山崎は風呂敷包みと刀、沖田の刀を土方に渡した。
「そっか・・・」
それを受け取り、パトカーに乗る。そして。
山崎は知らない。沖田の様子がおかしい、とは。
「万事屋、俺だ」
銀時が出迎えた。事務所と言うには貧相な居間も兼ねる部屋のソファに沖田が座っていた。沖田に見える人物と言った方がいい人物が。
「総悟」
「隊長さん、総悟ってお名前なのですね」
少女の声。
「ああ・・・そうだが」
ミツバに残酷なまでに似ていた。
「知らなかったのか」
「伺いませんでした、名乗りたいと思ってらっしゃらないと思いまして、伺えませんでしたわ」
「あいつが、か。良くもまあ」
メス豚扱いしなかったもんだ、と土方が呟く。
「隊長さん、育ちがよい御方に見えましたけれど、違うんですか」
「そ、それはどうかな」
「躾の厳しい環境におられた様な・・・」
「それはあるみてぇだな」
「不思議なお人だと私は思っておりました。幽閉された時からは私以外は隊長さんの姿、見ることはありませんでした。幽閉される以前ならお母様の目にもとまりましたのに」
「幽閉、か」
「その後、私たちは処刑されたと思います。革命政府の手によって」
「処刑・・・それは罪人の上で、のことだぞ」
「革命政府にとって皇帝の娘に産まれた事、それ事態が罪なのです。年が若かろうと老いていようと構うことではありませんわ」
「運命が罪とは、理不尽だぞ」
「副局長さんも紳士でいらっしゃるのね」
あまり聞き覚えのない台詞に土方は硬直した。
「紳士、だと・・・」
「はい。貴人の風格がおありになると思いますわ」
ちょっと待てー、待ってくれ。こいつは何を言っている、おい、と土方は銀時に聞いた。
「よくわかんねーよ」
銀時はそう言った。
「不運な外国の姫君だっつーことは確かだけどよ」
「あら、不運だなんて。先ほども申し上げたはずですわ、銀時様。食べるものにも住むところにも着るものにも不自由しなかった私が不運だなんて、そんな馬鹿な事はありませんわ」
「・・・だってよ、このお姫さんは・・・」
「最後まで、私は幸せでした。お父様ともお母様ともお姉様方とも、かわいい弟もずっと一緒でしたから。死の瞬間でも」
「それがなんで、総悟の身体にいる」
「怖かったんです、多分。良く覚えてないのですけれど、憎悪に狂った兵士達が怖くて、つい隊長さんにすがってしまいましたの。気がついたら、隊長さんと私、入れ替わってしまったんです。きっと迷ってらっしゃるわ。隊長さんはきっと、私の国の言葉解らないし」
「総悟はなんで、あんたと接触出来たんだ」
「さあ、いつものように姉様とお祈りをして、休もうとして・・・姉様はすぐ寝てしまったのだけれど、なぜか寝付かれなくて・・・気づいたらあの人がいましたの。人を呼ぼうかと思ったのですけれど、あの方の身体の向こうの窓枠が透けて見えたので、やめました」
透けて、見えた。
「それって幽霊・・・」
「違うと思いまして、どこの時代の聖人なのかお訪ねいたしましたら、武装組織の幹部で、生きている人間だとお答えになりました。その、スカーフ」
「これか」
土方が首元のスカーフを示す。
「高級な布だと思ったので、隊長さんってお呼びしたら、そうだとうなずかれて」
「姫さんの方が身分が上だと思うけどな」
銀時が言う。
「外国の、東洋の御方の身分制度は存じません。もしかしたら、そのお国の皇帝陛下のお血筋にあたるお人だったら失礼になるかと思いますが」
「でも、内親王殿下なんて呼ばれる女人と総悟くんじゃ、あんたの方がどう見ても、なあ」
銀時が苦笑して言った。
「元、ですわ。今はただの・・・小娘ですわ」
「でも、あんたは、やっぱり皇帝の娘だよ。それにふさわしい雰囲気がある」
「おそれいります」
うーん、しかし、やりにくい。
「で、な、その隊長の身体にいる限りはここでは、そのな」
「わかりました。でも、銀時様」
「はい、なんでしょう」
なんか嫌な予感がするのだけれど。
「一緒に来ていただけませんか」
「あ、やっぱり・・・」
言うんじゃないか、とそう思ったのだ。
「でな、これに着替えてもらえないか」
土方は風呂敷に包まれた沖田の服を差し出す。
「気にするやつらがいるんでな」
「はい」
奥の部屋に銀時は案内する。
「着方、解るかなー」
「なんとかいたします」
着替えて出てきたが、やはり一回り細く見えた。
「んー、仕方ないか。万事屋」
「やっぱ行かなきゃ駄目かなー」
「駄目だろ、たっての願いだぞ」
仕方ない。銀時は下の大家に声をかけた。しばらく留守にすると。
パトカーに乗って来たのは、ある意味正解だったな、と土方手は思った。三人で屯所に向かう。町中を好奇心丸出しで見続ける姿に銀時は複雑な心境でいた。
「お帰りなさい」
山崎はじめ、隊士らがそう挨拶する。
「あれ、旦那」
「ちょっと野暮用」
「何かあったんですか、副長」
「いや、ちょっとな。しばらく奥にいる。用があるなら内線で言付けろ」
「はい」
そそくさと奥の居住区へ向かった。改めて、沖田の部屋に入る。
「この御方が隊長さんのお姉様ですのね」
タンスの上にミツバの写真があった。タバスコの瓶がその前に置いてあった。
「そんな話もしたのか」
「はい」
「それで、どうする、何かしたいこと、あるか、姫さま」
「え」
「沖田君が戻るまでの事だけどさ。待っていても仕方ないと俺は思うんだけど」
「この国のレディ達が着ると言うきれいな絵が描かれたドレスが着てみたいです。お父様が絵はがきを見せて教えてくださいましたの」
「・・・そんな高級品あるかな」
「隊長さんのお姉様のものがあるって。もしも連れて行けたら、着させてあげるぜぃって笑ってらしたけど」
「う」
土方は困惑していた。
「沖田君、ごめんっ」
銀時がタンスや押し入れ、色々探ってみたところ、ひとそろいは出てきた。
「あら」
長襦袢も着物も足袋も肌着も帯もその他付属品すべてそろっていた。
「まあ、きれい。これ・・・」
薄水色の付下げ。土方はその着物から視線を外した。
「それは、勘弁してくれ」
「どうして」
「俺が買ったものだ、あいつに」
その言葉に何か気づいたのか、その人の手が止まった。
「お母様が・・・お父様によく申しておりました、こんな苦労をするために私と一緒になったのか、とお父様の嘆きを聞いた後・・・ニッキー、あまり悲しい事を言わないで。愛する殿方のためにする苦労は女にとって幸せな苦労で、不幸な事ではないのよ、と。副局長様はあの方に幸せな苦労をさせてあげられなかったなんて、お父様よりも意気地なしでおられたのですね」
「総悟と同調するだけはあるな、あんた」
そう言って土方がうめく。
「お母様の処刑はむごたらしゅうございました。兵士らはお母様のお顔に弾丸五発、打ち込んだんです。でも、私はお母様が不幸せだなんて思いません」
「な・・・」
「私はその後に暴行を受けた後、殴り殺されたんです。銃殺ではなく、多分」
「それでも、自分は不幸じゃねえのか」
「家族と一緒でしたもの。弟も、お姉様方とも、両親とも・・・ずっと一緒ですもの」
「いいよ、それ着なよ、それ着て、土方君、思い切りいじめてやんな」
「まあ・・・」
ころころと笑い、その人は言う。
「それで・・・私、殿方と二人きりでどこかに出かけてみたいですわ」
「・・・余計いいじゃん。姫さん、憑依している幽霊版の「ローマの休日」って事で。相手はどーするよ」
銀時の台詞にその人は首をかしげた。
「ローマの休日って」
昔の映画の話をしてやると笑った。
「王国はどこにもありませんけれど、そういう事ですの。興味深いお話ですわねえ」
「これ着て、さ」
「はい」
土方は何も言わなかった。
「相手は」
「副局長様で」
土方はその言葉にわなないていた。
「姫さん、あんた・・・」
「着替えます、銀時様」
「何」
「着方が解りません、ご指導していただけませんかしら」
「あーはいはい」
ぽいっと土方を追い出して、銀時は着付けを手伝った。帯を締めても彼女と言ってもいいだろう、その人は苦しいとも言わなかった。コルセットよりはいいのかも知れない。さすがに化粧品はなかったので、口紅だけ安いものを買い求めにいき、紅筆とともに手渡した。鏡片手に紅をひき、髪を整えるとミツバによく似ていた。さすがに気が重くなったが、土方を呼び、部屋に入れる。
「げ。やっぱり姉弟だけはあるな」
ついぞ見る事のかなわなかった自分の贈った着物を着たミツバの姿。それと似たものが目の前にある。
「やっぱり俺は度胸がなかったんだな」
「お母様の受け売りですのに、そんなに気になさるなんて」
「いや、真実だと思う。女と男は違うからな」
「もしも、あのまま皇女のまま、結婚の話をいただくことになりましても、遺伝の病を息子に伝える身の上でありますもの、私も見を引くかと思います」
「それでも望まれたら」
「嫁ぎます。お相手の御方が私の抱える不幸の要素を問題視なさらないのなら、嫁ぎます」
「そうか」
すっと手を出す土方。
「お願いいたします」
慎み深い皇女。けれど、闊達だった。一日の終わりに戻ってきた土方はかなり疲れ切っていた。
「ありゃりゃ」
「こ、この姫さん、ちっともじっとしていねえ・・・。あっちこっちと関心は移るわ、あの景色は見事だから写真に撮りたかったとか言うし・・・後追いかけるのに疲れた」
「それはそれは」
銀時は皮肉な顔をしていた。