ミツバと違って。似たような顔していたのに、もったいない。銀時がそう呟く。
 「隊長さんのお姉様はしとやかな御方と耳にしております。私は、皇女らしくなさいといつも叱られておりました。道化者じみた言動、カメラを手にして、あちらこちらと動き回り、よくお付きの者達を困らせていましたわ」
 「え」
 「副局長さんは、その隊長さんのお姉様と重ねてご覧になるから・・・余計、お疲れなのではありませんか」
 「おまえなあ・・・解っているなら、じっとしていてくれよ、もう」
土方は私服のままで、ぼやいていた。
 「あら、だって・・・異国の風景ってとってもおもしろくて・・・変わったものばかりあるのですもの、じっとなどしていられませんわ」
 「土方くーん、やばいところは行かなかっただろねー」
銀時がそう言った。
 「・・・行かなかった」
 「返事が遅いんですけど、なんかあったんだ」
 「姫様が勝手にのぞき込もうとなさるんで、気をそらすに大変だった・・・」
だろーなー。風俗店や飲み屋もかぶき町ほどではないが、どこの町中にもあるものだ。
 「で、結局は」
 「遊園地と映画館だ」
 「なるほろ」
その割にはぼろぼろじゃねえの、と銀時がからかう。
 「質問を機関銃のように浴びせるわ、おもしろいと思ったらそっちに向かって猪突猛進、なんだか知らんが、すげえ疲れた。みてくれはミツバに似ているが、なんで、こんなんなんだ・・・」
 「あら、副局長さんったら」
ころころと笑っている。そこは似ている。それが懐かしい痛み。ふっと、その人は縁側から外を見ていた。ごく普通の夕方の庭先。土方や、銀時にはなじみのある庭だが、その人には違う。その庭の、もう暗くなった先にある樹木を見つめているのは、いつもと変わらない沖田の瞳。
 「隊長さん、そろそろ戻ってくるのではないかと思います」
ぽつんと告げた。庭先の、その木があるあたりが不思議な空気をまといつけ始めていた。
 「着替えておきましょうか、女装では、おかわいそう」
 「なんで、また、わかるんだ、あんた」
 「でも、ここに」
胸元を指さし、微笑む。
 「ここにきちんと戻れるとは思えませんけれど・・・まだ何か、ひっかかっている感じがいたしますの」
 「何が、だ」
土方が聞き返す。
 「何でしょう、私にはわかりません。隊長さん自身が・・・何かわだかまりがあるような・・・」
 「それは、アレだ、この男と関係あるんじゃねーの」
銀時の軽い口調に土方の眉根が寄せられた。
 「ええ、多分」
くすっと笑って告げた言葉にますます土方の眉間の皺が深くなっていた。
 「口を開けば憎まれ口ばかり。なのに、あのヤローは、と言う口ぶりに見てはならない感情を私、見てしまって、少し戸惑いましたのよ」
その言葉に土方が溜息をついた。
 「素直じゃない隊長さん。私とあまり年が変わらないのに、無理して大人になった様な、副局長さんには申し訳ないのですけれど、あなたに無理矢理大人にさせられた様な感じがいたしましたわ」
 「だーから女って怖いんだよなあ」
銀時がぼやく。
 「嘘ですわ。なんでもやの銀時さんは怖いものなんてあまりないのではありませんか」
 「はは・・・」
 「あなたは・・・敗残兵のにおいがします。死をもいとわぬ御方でありましょう」
 「根拠ねーんだろ」
 「いいえ、あります。長い時間、彷徨ってきたからこそ、解ります。あなたは恐れない。守るべきものの為に命がけで駆け抜ける御方です。誠の騎士と呼んでも差し支えないと私は信じます」
銀時は絶句していた。茶化すことも、冗談も、何も口から出てこなかった。
 「おっかねえな、おい」
銀時はそう呟くと土方を見た。
 「でー、総悟はどうなるんだ」
 「着替えて参ります」
部屋から土方と銀時は立ち去った。
 「どうするよ」
 「どうもこうもねえよ、身体は総悟なんだし」
 「ただ、待つしかないって、ことか」
銀時は廊下でそう言って腕を組んでいた。
 「総悟は・・・」
 「それは沖田君に直に聞くべきじゃねえの、色々考えてもさ、俺らは何も出来ねえよ」
沖田君の中身に関しては、な。銀時はそうつぶやいて、襖に目をやった。ミツバの形見の着物、帯はほどかれ、畳の上で絹の波となっているだろう。
 「どうぞ」
もう制服に着替えていた。
 「たたみ方が解らなくて」
 「着物は一度、風通しして、湿気を飛ばしてから片付けるものなんだ、今、やるから」
土方は畳の上に広がった着物、帯、長襦袢を衣紋掛けにかけた。下着類と足袋はまとめて、部屋の隅に置いた。
 「絹、なのですね」
 「へー」
銀時が土方を見る。着物、帯は確かに土方の見立ての品物だった。
 「うるせえよ」
土方はそっぽを向いてそう言った。下がってる着物。沖田はこれを着ているミツバの写真を断固として見せてくれなかった。今も見せるつもりはないのだろうか。


縁側の向こうに広がる庭はこの屯所のかつての持ち主が作り上げた日本庭園のはずだ。広い池もあったが、隊士らの宿舎を建てる為に埋め立てられ、今はないが、中庭と呼ばれた部分だけは手つかずに残っていた。小さな池と樹木と庭石で造られた中庭は一般庶民から見れば、贅沢なものだが、ここの以前の持ち主にしてみれば、ささやかなものだ。その中庭の、普通なら裏手の寺院との境になるはずの筑地塀が見えない。真っ暗になっている。異様だ、そう思った銀時と土方はその暗い、洞穴の様な闇を見つめていた。本音を言えば、見たくはないのだが、沖田の身体に宿る皇女の魂はその闇をまっすぐに見つめていた。
 「あ、戻ってきましたわ」
ささやかな声。闇の奥に白い光が見えた。小さな、小さな光だった。最初はとても小さかった光はだんだん大きくなり、人物の姿を浮かび上がらせていた。
 「その格好・・・」
髪を結い上げ、白い絹で造られた帽子をかぶっていた。帽子というよりティアラに似た趣のある髪飾りだ。それには真珠が縫い止められてあった。絹のリボンが首の後ろから見える。肩を出した独特のドレスは金糸銀糸の縫い取りと宝石が織り込まれ、マントから出た腕には腕輪、透き通るばかりに白い肩と首には粒の大きな真珠の首飾りが光り、マントにも宝石や縫い取りが施されていた。ななめにかけられたたすきには、勲章。
 「正式の礼服ですわ」
 「へー・・・」
 「沖田くーん」
 「なんですかぃ」
声を聞いて、土方と銀時はがっくりと肩を落とした。さほど美しくはないが、小柄な愛らしい姫君が発するにはふさわしくない声だった。
 「よく戻ってきたな」
土方の声に、瞳が揺れた。
 「戻れるとは思えねえです」
その言葉に、沖田の服を着ている人が微笑んだ。
 「隊長さん、私って、外から見るとそんな娘だったのね」
 「御姫さん」
 「猫背で似合わないわ、宮廷のドレス」
 「そんなことねえんじゃないですか、御姫さんはさすがに皇帝の娘だけはありますぜ」
手にしている繊細な作りの扇をくるりとその人は回して、差し出す。
 「俺には握りつぶしそうで、どうもいけないや」
 「まあ・・・」
笑って扇を受け取り、優雅な仕草で両手で持った。
 「儀式の間はこう・・・持っていました。この宮廷服は特別な日に身につけたものです。姉様方もみなおそろいでしたの。私はすぐ上の姉様と同じデザインではなくては嫌だ、とよくみなを困らせたものですわ。すぐ上の姉様はとても美しかった。お母様やエラ伯母様に似ていらして。私はお父様の方に似てしまって、うらやましかった。同じ姉妹なのに・・・同じ姉妹なのに、私だけが病がちで。姉様方のようにもっと動きたかった。身体が無理が出来なかったのは、とても悔しかった・・・。でも、弟に比べれば、そんなこと・・・」
 「姫さん」
 「互いに戻りましょう。心配はいりません。あなたは愛されているのだから。ここに来るまで、たくさんの言葉聞いたのでしょう、きっと」
 「悲しい言葉ばかりだった・・・」
 「お祈りの言葉がありますの。私たちの国では当たり前の言葉なのですけれど・・・。聞きますか」
 「聞きたい、御姫さん」
 「天にまします我らが父よ、願わくは御名をあがめさせたまえ、御国を来たらせたまえ、御心の天になるがごとく、地にもなさせたまえ、我らの日曜の糧を今日も与えたたまえ、我らに罪を犯す者を我らが赦すごとく 我らの罪をも赦したまえ、我らを試みに遭わせず悪より救い出したまえ、国と力と栄えとは限りなく汝のものなればなり・・・」
 「それ・・・」
 「どうか、しましたか、隊長さん」
 「われらを許したまえ、聖・・・」
すっとその名前を口にすることを、沖田の指が止めた。そう、中身はまだ異国の姫なのだ。
 「言ってはなりません。私はただの小娘です」
 「いや、言わせてくだせえ、どうか、我らを許し給え、聖アナスタシヤ!」
パンッと閃光が瞬き、土方と銀時は思わず目を閉じた。
 「それが戻りの呪文とは思いませんでしたわ」
宮廷のドレス、ローブデコルテを着た少女が微笑む。呆然と沖田が立ちすくんでいた。
 「皆々様、ご機嫌よろしゅう」
扇を片手に、ドレスの一部を持ち上げ、片足を引いて、優雅な挨拶をした。そして、優美な振る舞いで後ろを向いた。暗い闇の方を。長く裾引くトレーンにも豪華な飾り。白一色のドレスは神の花嫁になった証でもあるかのように、きらきらしく、清らかに光っていた。収束しつつある光の中にゆっくりと去っていく。遠く声がした。
 「どこに行ってたの、アナスタシア姉様」
 「アレクセイ、ごめんなさいね、みんな心配しているかしら」
 「そうでもないよ、不思議な隊長さんには会えたの、姉様・・・」
 「ええ、とっても楽しかったわ」
その声はアレクセイと呼ばれた少年の言葉が耳に届かないうちに消えた。闇も消え、屯所の中庭が静かに目の前にある。
 「土方さん」
 「何だ」
 「俺、本当は」
 「知ってる。言わなくていい」
沖田は泣いていた。銀時は笑って告げた。
 「おーきたくーん」
 「旦那」
 「もう変な依頼しないでよ」
 「へい」
その返事を聞いて、銀時は自宅へ帰っていった。




- 続く -

2010-10-13

作者名・つんた

次回、いよいよ最終回。最終回になればいいな、なるよね、きっと・・・。。。多分、なる。なると思いたい・・・。どひーっっっ。