翌日、銀時は屯所の門の前にいた。中を見る。門番の隊士は顔見知りだ。
「旦那、入るなら入ってください、邪魔です」
隊士がそう言った。
「わりい・・・」
ずっと迷っていたが、銀時は歩き出した。
「あのさ、副長さん、いる?」
「いますよ、今日は内勤ですから」
「沖田君は」
「沖田隊長は局長と武州に行ってます」
「なんで」
「姉上様の法事です。墓石が出来たとか」
「ああ、そう・・・」
武州に作ったのか、そう思った。江戸に埋葬したとばかり思っていたが、違ったのか。
「ふうん・・・」
銀時はうなずきながら、奥に行った。山崎がいた。
「旦那」
「副長さん」
「います」
どうぞ、と副長室を示す。
「いいの」
「構いません、今日の旦那は、いつもと違いますから」
「いつも、とね」
「死んだ魚の目してません、気づいてないんですか」
「そっか、山崎君、これ、預かっていてくんね」
腰からいつも使う木刀を外し、山崎に渡した。
「お預かりします。旦那、無事に帰ってきてくださいよ」
銀時は何も答えなかった。そして、副長室に黙って入っていった。いつものように「ジミー」って呼ばないんですか、旦那、と山崎は乾いた喉の奥から声を絞り出していた。
山崎の声を聞いて、銀時は苦笑した。そう、いつもの俺とは違っている。あの夜のせいだ。目覚めた時には沖田は姿を消していた。肉体的にはきついはずだ。初めてだった。乾いた肌は汗ばみ、震えていた。大人のふりをしていたのだ。それは即座にわかった。まだ幼さを残していた。銀時はそれに歯ぎしりする。すれているとばかり思っていた。が、心は新雪のように清らかだった、体も。だから。
「土方君」
「何してんだ、おめえ」
振り向いて土方はそう言った。入ってくるな、こんなにところまで、と座った目でぼやく。
「あのさ」
懐から封筒を取り出す。
「これ沖田君に返してくんない」
「おまえ、あいつに何依頼されたんだ、クマ、出来ているぞ」
「えーあー・・・」
覚悟したんだっけ、と思う。土方が苦労性で、お節介な性格をしていた事に気づいて、口ごもる。
「うちは、そのなー・・・」
「なんなんだ」
「春は扱ってねーって沖田君に言えばよかったんだけどさ・・・」
チン、鯉口を切る音がした。抜く、そう思った。が。
「あのさ」
「普通のおまえなら斬る。でも、今のおまえは斬りたくねえな」
刀が収まった。
「けどよ、あの子が・・・」
「ああ、大事だよ、手を出せねえほど、大事だよ。けどな、あいつがおまえの血を望むとは思えねえな」
「え、あのさ、あんた」
「ミツバのとの事か、言いたいのは」
「そんな、まさかね・・・」
「旅立つ前に夜這いに来いとあいつが言い出した。連れて行けないのなら、そうしてくれ、と」
「なんで、なんで、そんな」
「仕方ねえだろ、別れるしかなかったんだ・・・」
理不尽だ、そう思うのに。
「あんたも自分の事はどーでもいい質なんだ、知らなかったな」
「万事屋」
「返しておいてくれない、これ」
「黙って受け取って下のババアに家賃でも払うんだな」
「でもよ」
「そんな金、俺は知らん。さっさと持ち帰って家賃にでもチャイナの食い扶持にでもするんだな」
「できねえよ」
「うるせえ、これ以上こんなとこで管巻いてると、いい場所に放り込んでやろーか、おい」
「土方君」
「帰れ。総悟が帰ってきたら、話はつけてやる。その金はもって帰りやがれ」
そういうと土方は書類に向かってしまった。もう振り向かない、そう思った。封筒をしまい、副長室から出てみた。誰もいない。廊下を歩いていると山崎がいた。
「すみましたか、はい、預かりもの」
木刀を渡され、銀時は仕方なくそれを腰にさすと屯所を後にした。どこにも寄る気持ちにもなれなかった。下の大家であるお登勢の店の暖簾をくぐった。
「ババア、これ」
震える手で封筒を渡す。
「また馬鹿なことしでかしたね」
そうは言うけれど、お登勢は封筒を受け取り、今月分の家賃を引き抜き、残金を銀時に返した。
「滞納分は後でもらう。まずはガキどもになんかしてやんな」
「そーする」
「いつものやつ、食うかい」
「ああ」
銀時丼と呼ばれるものをお登勢は出した。上の住人が無類の甘味好きと知って、お登勢は粒あんをよく煮ておく。糖分過剰摂取気味なこの男の健康を気遣って作っている餡は工夫されている。血糖値に響かないように、と。
日を改めて屯所に行く。沖田との面会を希望すると、書類に書き込む。その横で、副長である土方がその書類を取り上げた。
「余分な気使ってんじゃねえよ、こっち来い」
襟首捕まれて、奥へと銀時は連れ去られてしまった。門番も、受付を担当していた隊士は銀時の事をよく知らなかった。だから正式の手続きを踏んだのに、土方はそれを無視した。
「ちょっ、土方君」
「今更、めんどくせえ事してんじゃねえよ」
屯所の奥の縁側に沖田がいた。
「総悟、客だ」
ぽい、と放り投げるように銀時を縁側に置き去りにして、土方は副長室に戻っていった。
「旦那・・・」
「あのさ・・・」
懐から例の封筒を取り出す。
「ちょっと減っちゃったけど、返すわ、これ」
沖田はその封筒を見つめていた。どういう意味だ。と言いそうな目で。
「旦那」
「下のババアは何を思ったかしんねーけど、一月分、取ったわ。滞納分は後で何とかしろって。けどよ・・・」
「土方さんにも話したんですかい」
「うん」
悪いけどね、話したと銀時は言う。沖田は顔を曇らせた。
「何がしたかったの、沖田君」
「わかりやせん。何がほしかったのか。でも・・・一人では耐えられなかった」
「何に」
「悪夢に、です」