碧空8
- 「問題があるわけよ」
局長の部屋で銀時がそう言った。
「どうした、何だ」
「沖田君のこと」
「総悟がどうした」
「俺と何しているか、知っているよね」
その質問に近藤は顔をゆがめた。深い関係にある、と知ってはいた。
「土方さん、って呼ぶんだよ」
近藤は深く溜息をついた。
「参ったな」
「俺を見ていねーのよ、あの子。ほら、タッパも同じだし、どこかしら似ているし…忌々しいけどね」
「何だ、まだこだわっていたのか」
「いますよ、あいつは…さ、まあ言っても仕方ないけどよ」
「時を待っていたんだが、銀時…」
近藤は渋い顔をしていた。
「荒療治だが、おまえさんだと解らせるほかないな」
「うー…やはり、そう思うんだ」
「思うだろ、ルール違反だぞ、それは」
「まあ、でもさあ…」
近藤は懐から手紙を出した。
「いつか、時が来たら…これを総悟に渡すつもりだったが…、どう思う?」
その手紙を銀時に近藤は手渡した。
「これ…」
「ああ、トシからの最後の手紙だ」
「まあ、言うなれば遺書ってわけね」
「そうかも知れない」
遺書かも知れない手紙。
「俺が読んでいいわけ?」
「トシが…もしも、判断がつかないのなら、他人の意見を聞いてもいい、と伝言があった。使いを言いつかった看護婦は何が何だかわからない様子だったが」
「ふーん、内部の人間にはとうとう面会しなかったってわけね」
「おまえさんに依頼してあるから、来るな、の一点張りだった」
「依頼ね」
確かに俺は万事屋ですけどお、と銀時は文句を言う。
「いくらお金もらってもさあ…引き受けていいものかって迷う様な仕事はご勘弁なんすけどね…つーか、あんたらってそういう仕事しか持ってこねーじゃん」
「でも、おまえさんは引き受けるんだよな」
にやにやと近藤は笑う。
「悲しい性分だよな、まったく」
お金が問題なのではない、言うなれば勘の様なもので、引き受けなければまずいのではないか、人として、と思える仕事ばかりここの連中は依頼してくるのだ、これがまた。
「あいつにここを護ってくれ、と依頼された時さあ」
「んー」
「迷いがなかったと言えば嘘になる」
「だろうな」
「でも、あいつが膝を折り、頭を下げて…あいつの帰る家を潰す権利はないと思ったんだよね、あんたのも沖田君のも、他の隊士のも」
「で、引き受けた」
「不条理だと思った」
「おまえさんには筋が通った事なんだろうから、俺は干渉する気はないが」
「でもさあ」
「まあ、それは後にしよう、山崎だな」
近藤の声に襖が開いた。
「失礼します。容疑者確保いたしました。ですが…」
「どうした」
「三番隊の大貫が関わっていました。主犯の女とともに、女の亭主殺しに荷担していたようです」
「三番隊…斎藤君は」
銀時が聞き返す。
「謹慎すると言って自室に」
「で、そいつはどこよ」
「逃亡中です」
「当番は一番隊よね、取り調べは原田に代わってもらう様に沖田君に伝えて。どーせやり手ババア相手じゃ無理でしょ」
「はい、ただいま」
「それから、沖田君ここに呼んできてくれる?」
「解りました」
溜息一つ。近藤は例の話はまた後でな、と告げた。
「失礼します」
沖田の声。
「どーぞ」
入室してきた沖田の顔は疲れと焦りが浮かんでいた。
「ババアの取り調べは俺がやるわ、沖田君は大貫を捕まえてきてくんない?」
「大貫…三番隊の」
「んー腕が立つからね、斎藤君に行って欲しいんだけど、監督不行届だとか言ってこもっちまったんだわ」
「はあ」
「抵抗したら斬り捨てていいから」
「はい」
「もっとも、帰還してきても切腹なんざさせねーけどね」
銀時はそう言う。
「あの」
「ババアと一緒に亭主殺しとあの旅館の乗っ取り企てたんだからさ、武士の作法なんか取らせるわけにゃいかねーのよ、戻り次第、俺が斬るから」
「副長、それは俺がやります」
沖田がそう言った。
「んにゃ、斎藤君の立場もあるんでね、俺か近藤さんがやるわ。とにかく連れ戻してよ。駄目ならやっちゃっていいから。それは確保に向かった隊士に対しての抵抗と見なし、テロリストどもと同じ処置でよいとする、いいね」
「はい」
「あいつの故郷は信州だったよね、至急、部下二名を連れて向かって頂戴」
「了解しました」
「失敗は許されない。あんたの腕、信じているからね」
「はい」
冷静な言葉に近藤も流石に驚いた。
「失礼します」
こわばった表情の沖田に近藤が声をかけた。
「総悟」
「はい」
「気をつけてな」
「我らがとーちやん、泣かす真似はしないでよー」
銀時の言葉にくすっと沖田は笑った。
「はい」
去っていく後ろ姿を見送る。
「こういうところは普通なのよねー」
「しかし、まあ、厄介な事件だな」
「まあねー、前の亭主も毒殺、今の亭主の前妻も事故に見せかけて殺し、今の亭主も毒殺した上、男と逃げていたなんざ…毒婦だの」
「しかも、隊士とも出来ていたつーのはたまらんな」
「けーさつってやっぱ大変ねー」
「おい」
「解ってるよー、俺だって覚悟したもん」
銀時は斎藤の部屋に向かった。
「出てきてもらえないかな」
「監督不行届なのは変わりません」
斎藤の固い声。
「それいっちゃー俺も近藤さんも同罪なのよん」
「で、大貫は」
「一番隊の奴らに追わせた、沖田君に抵抗するなら斬り捨てていいってね」
「当番は一番隊では」
「沖田君にあのババアの対処は無理。あれは俺がやるわ。とにかく大貫の始末を頼んだからさ」
「そうですか…可哀想なことをさせるな」
「まあさー、あの子が伊東の件でもそれやってかなり落ち込んでいたのは知っているけどさ、でも、三番隊や十番や一番隊の隊士はちと、ね」
「厄介ですね」
「欲ってのはおっそろしいもんだわ」
「副長」
「はい」
「お気をつけて」
「とにかく明日には出てきてよ、厄介なんだからさ」
「解りました」
もともと情け容赦のない性格だったのか、取り調べはかなりきつかったらしい。それでも銀時に色目を使ってきたという。
「すげえわ、あのババア」
「お疲れ。総悟が戻ってる」
近藤がそう言った。
「んで、首尾は」
「斬ったそうだ。かなり抵抗したらしくてな、同行の一番隊の隊士、軽症だが怪我をした」
「そっか」
沖田は副長室にいた。
「報告?」
「はい」
「遺体は」
「後発の三番隊の者に任せてとりあえず報告の為に帰還しました」
「解った、お疲れさん」
ぽんと肩をたたく。
「旦那」
「ごめんね、辛い目に遭わせて」
「いえ」
仲間を斬る。まだ幼い彼には何と酷な事だろう。
「沖田君、あのさ、いい機会だから言うけど」
「何ですか」
「もう、俺を身代わりのするの、やめない?」
「した覚えは…」
「無意識かよ、たちわりぃな、そりゃ。あのね、あんた、あの時にね、俺の腕の中で…」
「嘘…」
「ホント」
「そんな、嘘…」
ああ、泣かせちゃった、銀時はそう思って、頬を撫でた。
「つらいかもしんないけどさあ、あいつはもういないの」
腕に抱えこんで、そう囁く。
「すいやせん、旦那、俺」
「うん、沖田君が悪いわけじゃないの、責めているつもりもないの、ただね、ごめんね、俺が我慢できなくなっちゃった…」
そう言った。そのせいか、その晩は沖田は銀時の部屋に来なかった。銀時は沖田に土方の手紙を渡した。最後の手紙。
「おまえを愛している。こんな別れ方ですまない、出来れば忘れてくれ。」
そうしたためられた文字は確かに土方の文字だった。が、署名はなかった。なぜ署名しなかったのか、解らない。宛名はしっかりと沖田総悟殿、と書かれてあったのに。
「おい」
煙草の香り。もう土方の残した煙草はないはずだ。
「悪かったな、あの子泣かせちゃったよ」
銀時がそう呟く。後ろにいるであろう彼に。
「いい、こんな事だろうとは思ったよ」
「どうしたらいいんだろうね」
「悪いけどな、俺に相談されても、な」
「うん、何であんた…」
彼女といられるんだよ、と銀時は言いたかった。
「近藤さんと総悟がそう願っているからだろうな」
「そっか…幸せ?」
「罪人なのにな、どういう訳か、幸せだよ」
「それはさー、土方君が罪を知っているからでしょー」
「そう言う事か」
「多分ね」
「だから、総悟に言ってくれないか」
「何て」
「おまえも幸せになって欲しいって」
「ああ、そりゃいいわ、あのさ」
「知っているよ、見てた」
「俺、やっぱ、晋ちゃん、好きだった」
「それは…高杉に言ったのか」
「言いそびれた」
「多分、奴は知っているよ」
「そっか…あのバカはさ、不幸な奴だと思う?」
「いや、幸福感は人それぞれだから不幸だとは思わないな」
「解った、きっと伝える…」
ふっと煙草の香りが消えた。振り向くと誰もいなかった。いつも声だけ。姿は見たことがない。見るな、と土方は多分、言うだろう。かなりそっちの方面ではびびる事を知っているのだろうか。そう思った。翌朝、紺碧の空が広がっていた。雲一つもない晴天。
「あんたはいつも晴れ男だよな」
そう呟く。そして沖田に告げた。
「土方君がおまえも幸せになって欲しい、だとよ」
「土方さんもなかなかSですねぃ」
「だろー、あいつが俺に何かしでかすといつもいい天気になんのよ」
「え」
「あいつに関わったときはいつも碧い碧い空が広がっていてさー、腹が立ったのよねー」
見上げた空は本当に碧い。
「姉上と幸せなんですか」
「みたいだよ、まったくさーあんまり惚気ると冥福祈りたくなくなっちゃうよねー」
「えー冥福、あ、そうか」
「冥土での幸せって意味だもん」
「そっか…それなら、俺もちゃんと歩かなきゃいけねえんですね」
「まあね」
「旦那」
「んー」
「手伝ってくだせえ」
銀時は微笑んだ。
「もっちろん、喜んでー。きゃっほーっ」
「銀さん、何してんですか、朝っぱらからセクハラですか、いやですねえ」
非常勤のはずの新八がいつの間にか来ていて、そう言った。
「沖田さん、こんなのの相手ほいほいすることないですよ、マダオがうつりますよ」
「げ、しんぱっつあん、何気にひどくない」
「あははは、こりゃいいや。神楽は今日は来ないんだ」
沖田はそう新八に言った。
「ええ、今日は姉上と遊びに行きましたから」
新八の手には書類があった。
「調書の整理か」
「そういうことです。沖田さん、銀さんにはくれぐれも気をつけて」
「んーどうしょうかなー」
「まあ、いいですけどね、沖田さんがいいのなら、今日はいい天気ですね、布団でも干しましょうか」
「そうだねえ」
庭を見て、笑う。
「よく昔は言ったよな、お天道様、ありがとうって」
「へー銀さんにもそんな時代があったんだ」
「…たまには決めたのに」
無理無理と新八と沖田が笑う。銀時は空をもう一度見上げた。幸せになってね。そう誰かが囁いた気がした。それは誰なのか、解らないけれど。
そーちゃんも幸せにね。
完