碧空6
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「なるほど、護衛だったのね」
事件ファイルを元に戻す。あまり見聞きしたくない内容。被害者・沖田総悟、加害者・高杉晋助。事件内容・暴行致傷。なお、暴行は性的暴行であり、警官侮辱罪、児童福祉違反、暴行致傷罪の重罪。加害者は逃亡のため、未だ確保ならず。傷の場所まで細かく報告されてあり、それには目を背けたくなった。被害者の傷害の程度は軽症。心的傷害については完治報告はなし。
「完治報告はなし…って」
精神科医の報告書には後遺症が見られるとあった。
「後遺症ね」
沖田の部屋の配置換えが行われたらしい事は言葉の端端から知った。
「それに…土方君がいない…こりゃ参ったね」
資料室で銀時は溜息をついた。資料室から出て、空を眺める。またも晴天。碧い空が広がっている。
「なんで、俺にこんな事ばかりまわってくんのよ、何したって言うのさー」
世界で一番貧乏くじを引きまくった気がして、碧い空に銀時は毒づいた。
「しかもさー、土方君が関わる度に真っ青な空って何よーーもーっ」
大きな声で。
「今度の副長ってたまにでかい声でわめくんだよな、愚痴ぽい事をさ」
こそこそと隊士が囁き合う。
「言わせておけば。大変なんだよ、きっと」
原田がそう言う。
「万事屋の時はこんなに悩まなかったんだろうよ」
気楽に暮らしていた訳ではないけれど。銀時にのしかかる重圧は並大抵の事ではなかった。
「なー沖田君」
「何ですかぃ」
「土方君ってつくづく大変だったんだね」
しみじみと。
「もう逃げ出したくなったんですかぃ、俺はどっちでもかまいやせんけど」
「ヤローにできて俺に出来ねえなんてことあるかい、冗談じゃねえやい」
机の向かって、そう言うと、銀時の背中に沖田がなつく。
「旦那のそういうところ、俺は好きですぜ」
「ありがと」
げんなりと。この子の負った傷と、別れていった友と。
「旦那、土方さんが一度だけ、してくれたのは、その事件の後ですぜ」
「それで、あんた…」
「それからずっと、なるべくそばを離れないようにしてきやした。でも、もう」
「んーそれも身代わりにしていいから」
「だから、旦那は好きなんです」
ぎゅっと抱きつく腕。まだ制服。
「…報告書、持ってきてくれると銀ちゃん、とっても嬉しいのよねえ、沖田君」
「あ」
「持ってきてくれる?」
「はい」
「いい子ね」
くすっと笑う声。
「旦那だと子供扱いされても、なんでだか平気」
「なんでよ」
「よくわかりやせん」
すっと離れて、沖田は部屋へ去った。そして、三分ぐらい経ってから戻ってきた。
「はい、副長さん」
「んー」
一番隊の報告書。銀時が言った通りにたった三行で書かれてあった。
「よし」
坂田の印鑑を押すと、局長決裁の箱に入れた。
「さーて、銀さんも一休み…ねえ、団子食べたくなーい?」
「いつものあそこ」
「うん」
着替えるの面倒だ、と銀時は制服のまま、沖田といつもの駄菓子やへ向かった。
「おばちゃーん、団子ちょうだーい」
「はーい」
三色団子とお茶を頼み、軒先の番台に座り込んで、二人で食べた。
「おーさぼりか、お二人さん」
斎藤がそう言って近寄ってきた。
「つーかさ、ここの団子がむっしょーーに食べたくなっちゃってさ」
銀時の答えに沖田が笑った。
「糖分は坂田副長のモットーだから」
「パトロールの帰りに買って帰ればいいじゃん。時間帯見れば、勤務中じゃないって事もあるのに」
「あ、そうか、そういう方法あるんだった…」
「休みはちゃんと取ってくださいよ、副長」
「うん、そーする…」
何串目か、わからない団子を銀時はかじっていた。
「変なところ、似ていますね」
「え」
「何でもありません」
斎藤は苦笑しつつ、去っていった。
「あの、のほほーんとしたにーちゃんが沖田君に次に強いだなんて信じられねーわ」
「でしょうねぃ」
食べ終わると二人は屯所に向かって歩き出した。
「昔のようにさぼってる君とあそこで団子食えないんだねえ」
ぽつんと銀時が言った。
「さぼるなって怒るの、俺になっちゃったもんね」
「旦那」
「仕方ないやね」
門をくぐると、門番をしていた隊士が挨拶する。
「お帰りなさい、副長、沖田隊長」
「あーただいま」
言ってから気付く。家と同じやりとりだと。だから、あいつはお母ちゃんで、ゴリラはお父ちゃんなのか、と。さて、銀時は。
「なー沖田君」
「何ですかぃ」
「俺、お母ちゃん出来るだろか」
「旦那、もとい副長は男でしょが」
「土方君やってたじゃん」
「出来ますよ、あのマヨヤローが出来たんですから」
「そーね」
やはり、比べられるのはむかつくわ、と銀時はぼやいた。
「でもね、旦那」
真夜中に近くなっても書類整理に負われる銀時の背中になついた沖田がつぶやく。
「どんなに似ていても、旦那は旦那で、俺はどーしても」
「だーから、身代わりにしていいって言ってるでしょ」
「ほんとにいいんですか」
「んー、ちとびみよー」
くすくすと沖田が笑った。顔を見ようと振り向いて、銀時はぞわっとした。この子、こんなに色っぽかったか、と思ったのだ。湯上がりでもあったのか、ほんのりと頬が染まり、唇も赤く見えた。
「あー、飲んだのか」
酒瓶抱えていた。
「やりますかぃ」
「まだ仕事中よん」
「じゃあ…仕事していてくだせぇ」
すとんと銀時の後ろに座り込んだ。腰のあたりにある暖かさ。ぽつりぽつりと話す沖田の話は、土方との出会いと別れの物語。
「予想はしてたけどね」
「へへ」
好きだけど、複雑な心境。それを相手にぶちまける前に沖田は失ってしまった。いや、告白はしたけれど、土方はそれをそれこそ、ただの報告を聞いたように、通り過ごしてしまったのだ。それは拒否よりもひどい仕打ちだと沖田は思った。なのに。土方は最後に言い残したのは。愛していると伝えてくれ、だった。
「なあ、沖田くん」
「何ですか」
「明日、道場で、やんねえ?」
「いいですよ」
「坂田副長と沖田さんだって、道場で立ち会うんだとよ」
廊下で隊士がそう言う。その話を聞きつけて、非番の者、ほぼ全員が道場に集まっていた。
「どうしやすか」
「木刀で、いいよね」
「へい」
棚に書けてある木刀を手に、二人は道場の真ん中に立った。稽古着に袴。珍しい出で立ちだと、ヒラ隊士らが言う。銀時は制服か、あるいはいつもの黒のアンダーに白い着物で片肌脱ぐ姿で屯所にいたせいか、袴姿は不思議に写った。
「よろしくお願いします」
礼をし、木刀がすっと正面に差し出される。間合いを取って。先に動いたのは、沖田だった。
「はやっ」
見学していた隊士が驚嘆の声を上げる。カーン、と高い音が鳴り、素早い独特の突きはいなされていた。その返す手で、沖田の胴を払おうと銀時は木刀を振るったが、沖田の木刀が行く手を阻んだ。
「すげえ…」
払う、さける、受ける、いなす。まるで舞を舞っているかのように二人は動く。その度に木刀から高い音が響く。すっと下がり、間合いを取った。
「そこまで」
近藤が声をかけた。
「その辺にしておけ。副長と一番隊隊長にぶっ倒れるまでやられちゃ困る」
「あー、はいはい」
銀時が髪をかきかき、返事した。
「すいやせん、近藤さん」
ざわめく周りを近藤がいなし、解散するように命じた。
「どうしたんだ、二人とも」
「んーなんかねー、何て言ったらいいのかー」
「ほう、珍しいな、銀時、おまえが臨戦態勢なんて」
「あー、やっぱゴリさん、そういうとこ鋭いのね」
「まだ引っかかっているのか、おまえ」
「多分ね」
「で、総悟はどうだ」
「どうって…」
ちらりと見ると沖田は木刀を片付けていた。
「腕だよ」
「強いわ、あの子。でもさあ」
「やっぱりそう思うか。巻き込んだのは、銀時、俺とトシの罪だ。そう思っていてくれ」
「…ごめん」
「いいって。じゃ、またな」
近藤が去り、二人は溜息をついた。
「鋭いねえ、パパゴリラ」
「何で謝ったんですか、旦那」
「言いたくない事言わせたからよ」
「近藤さんに、旦那が」
「うん。やはり、君をここに巻き込んだ事、後悔しちゃったのね、二人とも」
「して欲しくはねえんですがね」
「なら、仕方ないよね」
「旦那は優しいですねぃ」
その言葉に銀時は顔をゆがめた。意地悪をした気がしてならない、とぼやくと、沖田は花の様な顔で微笑んだ。
「あのさー、こんなとこで銀さん悩殺してねーで、もっといい女か、いい男にしたらどーよ」
「旦那は十分、いい男ですぜ、保証しまさぁ」
「あっそ」
とろーんと銀時の目が死んだ。
「鰺の干物みてーな目ですねぃ」
「ほっといてよ、もうっ」
沖田と立ち会っていた時の銀時の目は、鬼の目だった。
「白い夜叉」
ぎくり、とする。
「夜叉とは鬼の一種であり、仏に逆らった精霊であったが、帰依し、明王ともなったと伝える」
「沖田くん」
「ぼーさんの受け売りですぜ、金剛夜叉明王って神様いるんだって、旦那」
「ふーん」
「毘沙門天の眷属でもあるってね」
「それも受け売り」
「いや、なんかのゲームにありましたぜ」
「そっちかよ」
「そう言えば、能、能を芸術にまでしあげたという世阿弥の幼名…」
「んー」
「鬼夜叉丸というそうですぜ」
「鬼夜叉ね」
「すげえー美少年だったそーで」
「にあわねー名前だな、おい」
「芸術家としては一流でも、彼は…家庭人としては鬼夜叉だった…」
「え」
「長男の一系には観世家を任せなかったそうです。しかも、その長男」
「んー」
「殺されたそうです」
すっと沖田が去っていく。
「殺された、ねえ」
能役者が。物騒だな、と思う。どこで沖田はそれを知ったのだろう、それが気になった。
「誰に教わったのよ、そんなこと」
「副長」
怪我をした山崎が銀時の前でうなだれる。
「すみません、もしかしたら、ばれたかも知れません。鬼兵隊の本部かも知れません」
「な…それで、つけられたりは…」
「してると思います」
銀時は三番隊に声をかけた。
「鬼兵隊の連中、そばにいるかも知れねえ。引っ捕らえてこい。抵抗するようなら、斬り捨てろ。全員に緊急集合をかけろ。本部を今から押さえる。近藤さんを呼び戻せ」
「了解」
「パトロール中の奴らはそのままにしておけ、休暇中の者も全員集めろ、全車両、稼働出来るか、報告」
「了解」
屯所を歩きながら、命令を下す。
「山崎、おまえはその傷をまず治せ」
「はい」
「武器も点検、急げ。三十分以内に出動するぞ」
「副長」
「奴らは危険分子そのものだ。チャンスだろーが」
「ハイ…」
近藤が帰ってきた。
「鬼兵隊本部かも知れないだと」
「局長、出動命令お願いします」
銀時の言葉に近藤はふっと笑った。
「そんなにカリカリしなさんな、焦るとロクな事になんねえよ」
「だけど」
「気持ちはわかる。まずは、おまえが落ち着け」
ぽんと、肩に置かれた手。
「わりぃ、つい、カッとしちまった…」
深呼吸一つ。
「副長、捜査用車両、用意できました」
「わかった、全員、広間に集合」
「了解」
広間。全員が揃っている。
「パトロール中の四番隊はそのままに。他の者は…サイレンを鳴らさずに、遠回りをして、この場所へ向かえ。気取られるなよ」
ボードに貼られた地図のある一点を示して、銀時は言った。
「副長…」
「無駄に鳴らして逃げられるのは口惜しい」
そう言って隊士らを見つめる。
「ああ、それから、六番隊は現地で待機、監察、九番隊は屯所の護りを固めろ。忘れてた」
「了解」
「よし、全員出動っ」
命令を下す。近藤も腰に刀を差した。
「銀時」
「ああ、行く」
兼定を見る。いつも腰にある。あのときから。
「沖田君」
「へい」
「これは、おまえさんが持っていてくれないか」
「お断りですぜ」
「何でよ」
「副長は坂田銀時でさぁ」
すっと立ち去る一番隊隊長。
「そーかよ、でも、俺は」
仕方ない、二本差していくか。師匠である吉田松陽にもらった刀。袋に入れ、紐をかけ、白い封印まで施した物。
「それ、刀、だったのか…」
近藤がそう言った。沖田が振り向いた。銀時は白い札を引きちぎり、紐をほどいた。袋から取りだし、鯉口を切ってみた。すらりと抜く。錆ていると思い込んでいた刀は…不思議なほど、白銀に光っていた。
「試し切りすっか」
庭に出て、松の枝を切った。
「よし、切れる」
けれど。これで断ち切るのは。
「銀時」
「今行く」
その返事に近藤は沖田の顔を見た。近藤は本当は、無理なのではないか、と少し思ってしまっていた。