碧空3
- 「そう言う依頼はねーよ」
冗談じゃない、と銀時は突っ返したかったが。
「頼む。万事屋。総悟にはおまえから伝えてやってくれ。俺から言ってもいいんだが…トシが望まねえんだ」
「望まないって…どういう」
「解ってくれ」
「もしかして、ゴリさん、あんた」
「…知っている…総悟のこと」
その言葉に銀時は何も言い返せなかった。
「あの二人のことは…知っている。トシは総悟を拒絶した。一度だけ、関係を持って…それ以降は知らんぷりだ。諦めさせるつもりだったんだろうが、総悟は…」
「駄目ってこと、それはねーよ」
「トシが、駄目なんだよ、どうあっても、こだわっているんだ」
「おねーちゃんに、か」
「まあ、そう言うことだ。それに」
「んー」
「武州のミツバ殿の墓にな、総悟は…」
「なんかしたの」
「土方十四郎室、と刻んだ」
「え」
それは意外なことだった。
「嘘でしょ」
「いや、本当だ」
「それじゃ…」
「だから、頼む。俺は…二人に近すぎるんだよ、銀時」
近すぎる。近藤はそう言う。そして頭を下げた。
「話って何ですかぃ」
呼び出して、銀時は頭を抱えた。どう切り出せばいいのか、解らなかった。
「土方くんのことなんだけど」
銀時が付き添っていた、それは聞いていた。本当は容疑者として連行の形を取っていたのだが。
「北海道で何してたんですか、旦那」
「んーそれは、おいおいね、急病で入院したのは知っているよね」
「へい」
「どんな病気かは知らないよね」
甘味処の店先はふさわしい場所じゃない気がする。けれど、仕方がない。黒い隊長格の幹部が着用する上着と白いスカーフ。蜂蜜色のさらさらの髪。いつもの姿の沖田総悟。
「診断書の写しなんだけど、福島の病院の」
すっと懐から銀時は取りだした。
「あの、これ」
「あ、読めない?」
「いえ、脳幹って何ですか」
「あー脳みその一番大事なところよ、その付近にね…」
「悪性腫瘍」
「うん」
「土方さん、どうなるんですか」
流石に不安になったのか、大きな瞳が震えた。
「どうって…」
「旦那」
「もう手の施しようがないって」
「よくわかんねーです」
「もうすぐ死んじゃうってこと」
銀時の袖をきつく掴んだ細い手。
「痛いよ、沖田君」
「嘘だ」
「ごめん、嘘じゃないの。この話をね、するのが今度の仕事の依頼。ちゃんと近藤さんと土方君にもらった、依頼料」
「だ、旦那」
「君に話すのが仕事の」
「なんで、そんな仕事引き受けたんですか」
「見てたから、かなあ」
息が荒い。落ち着いて、と言っても聞かないだろう。静に銀時は湯飲みを指し示した。
「ああ、すいやせん、でも、なんで、直接」
言ってくれない、と沖田は呟く。
「ゴリさんも大変だねぇ」
「俺、どうすれば」
「んーそれは…悪いけど銀さんにはわかんないわ」
一瞬で終わらせてくれ、と依頼された方がマシ、と銀時は思った。言葉にはしなかったけれど。当の土方はどう思ったか、解らない。
「病院には…行かない方がいいと思う。多分、会いたいとは思ってない」
銀時はそう告げた。沖田の顔がゆがんだ。
「でも、俺は」
「帰れ、と言われると思う」
残酷な言葉を言うだろう、そう思った。
「大人しくしていろって言うんですかぃ、そんなの冗談じゃねえや」
ぎゅっと握りしめる手が白い。
「総悟くん」
珍しく名前を間違えない。銀時は本気で接している。
「見舞いに行っては駄目だよ」
その言葉に沖田はこくんと頷いた。席を立ち、二人は屯所に向かって歩き出した。不安定な沖田を一人にしたくはなかった。
「旦那、一人で平気」
「平気な顔してないよ、俺も平気じゃない」
固い声で、銀時はそう言った。
「平気じゃない、だから、暫く一緒にいようよ」
連れだって歩く道はそんなに長くはなかった。
「じゃあ、旦那、俺からの依頼です、今夜は一緒にいてくだせえ」
「解った…」
屯所に入り、隊士らに挨拶を受ける。
「局長さんは」
「あ、今、呼びますね」
観察の、山崎の下で働く若手がそう言った。奥へ彼は入っていく。原田が顔を出した。
「なんだぁ、万事屋」
「依頼だよ」
「そっか」
顔色が悪い。副長代理を交代でしているらしい。
「沖田、明日はおまえが代理だぞ」
「へい」
そう返事をした沖田の顔色の原田が気付いて、永倉に代わってもらうか、と聞いた。
「やりやすよ」
「いや、代わってもらいなよ、沖田君」
銀時がそう言った。
「でも」
「もう少し、落ち着いたらにしなよ。今の君には無理」
銀時の落ち着いた声。
「旦那、仕事は」
「無理なときはしねえのよ、ポカしてもフォローはねえのよ、やめておきなよ」
「旦那は見通しちゃうんですねぇ」
「そりゃおっさんですからね」
苦笑してそう言う。局長がやってきた。
「どした、万事屋」
「依頼。沖田君の」
「そっか、で、ああ、布団か。おい、総悟の部屋に一組、用意しておけ。夕飯も支度頼む、それから、と」
ひょいと携帯を渡した。
「新八君とチャイナさんには連絡入れろよ」
「ああ、わりぃ…」
万事屋銀ちゃんで登録してある電話番号。苦笑する。
「総悟、話がある、ちょっと来い。万事屋、電話終わったら、俺の部屋に来てくれ」
「おう、解った」
局長の携帯で、銀時は自分の事務所の電話に電話をかけた。
「あー、新八か、俺。わりぃけどな、暫く神楽連れておまえんちに行っていてくれないか…。そう、土方君のことで、屯所から帰れないのよ、頼むわ。鍵、あーその辺に隊士が転がっていたら託してくんね?…んー、近藤さんも、それどころじゃねーのよ、お妙にも言っておいてくんねーかな。ちょっと、俺、忙しくなっちまったから。じゃ頼むわ」
その電話に原田が複雑な顔をした。局長の携帯からと言うことは屯所内の電話の記録に残したくないという意図があってのことだと知っていた。
「でさ、局長の部屋ってどこよ」
「ああ、この廊下の一番奥。その右隣が副長の部屋でその正面が沖田の部屋」
「かたまってんの」
「それは、さあ、ああいう行動取っていても、やはり沖田ってさ…」
「え」
「ねらわれちまうんだよ、そういうトラブル何度もあって。で、直ぐに副長や局長の部屋に逃げ込める位置に配置換えしたのさ」
「ああ、確かに顔だけは…」
「それに丸腰だとなあ…」
小柄で華奢な体つきでは無理なのだろう。
「ふーん…まあいいか」
銀時は奥の廊下を歩いていった。屯所の中に入ったのは、あの動乱期、幹部の人間に制服を着せられ、形だけの辞令を手に臨時雇用隊士となった時だけだ。戦闘能力を買われ、与えられた幹部制服は土方と沖田のお古だった。新八は一般隊士のものを借りた。それを貸したのは、六番隊の隊長、井上だった。クリーニングから戻ってきた土方の制服、そして沖田の部屋の箪笥にあった結成当時の沖田の制服を引っ張り出し、着用するように、と命じた。
「一般市民が参戦してたつーのはまずい」
対外的に。そう井上は言い張った。局長近藤よりも年上の、落ち着いた男だ。後始末部隊、留守部隊を預かり、鑑識も引き受けている男の言葉に頷いた。あのときはこんな奥まで入らなかった。神楽は入ったことがあるが。いくら何でも女である以上は部屋の主のいない部屋で着替えさせるべきだろうと判断したのだ。そうして、パトカーを乗り換えて、トッシーに乗っ取られた土方を連れて武州に向かった列車を追い掛けた。懐かしい、ふとそう思った。沖田の姉の葬儀にも来たことはあった。あの婚約者の家族の汚さに切れた沖田を取り押さえ、渡された手切れ金を沖田と共に銀座のデパートの屋上からばらまいた。そんなことも思い出す。局長室は質素な襖の向こうにあった。ごく普通の六畳一間の部屋だ。書き物をする机、そして刀掛が床の間にある。床の間には、掛け軸。文机の一輪挿しに小菊がささっていた。床の間を背に近藤は座っていた。その正面に沖田。
「悪かったな、万事屋」
近藤の顔には殴られた痕跡。
「おやおや、よろしいお顔になりましたようで」
「そうか。まあ、これも仕方ねえがな」
沖田は黙っていた。
「ああ、そうそう、これ」
携帯を返す。
「二人はどうだ?」
「大丈夫。姉御もいることだし」
「暫く行けないなあ」
「んー、まあ、そりゃね」
「売上減って申し訳ないって伝えておいてくれ」
「近藤さん?」
なんで、そんな言い方をする。
「境遇に同情しているだけなのかもしれん」
「ああ、でもいいの」
「最初から承知の上で追い掛けているんだよ、聞いたことがある、お妙さんはトシにだけは、手を挙げないそうだな」
「え」
沖田が驚いた顔をした。
「トシは気付いていない。で、俺が惚れた女だから、と思い込んでいる」
「あのさー、あんたって鈍いのか、大きいのかわかんねーな」
銀時がそう呟いた。
「それは、いいとして。すまないが、総悟の事、頼む」
「依頼料はいらねーよ」
「ソレは駄目だ。仕事として割り切ってくれ」
封筒を近藤は差し出した。
「迷惑をかける。それから…トシからの依頼なんだが」
「何、それ」
「おまえさんにとってはよくない仕事だが…副長を引き受けてくれないか」
「それは、駄目、それは、まだ土方くんの」
「トシからの依頼だ、万事屋」
「考えさせてくれねーかな」
溜息をつく。それは、どう考えても違う、そう思った。
沖田の部屋で、とりあえず一泊。寝返りを何度もうつ沖田の様子をうかがっていたが、そのうち寝入ってしまった。目が覚めると朝だった。いつもより早い。物音がする。隊士らが起きて、早稽古に励んでいる声がかすかに聞こえた。子供のような寝顔で、銀時の直ぐ近くで沖田は寝ていた。手をあげて、初めて袖にしがみついていた沖田の手に気付いた。不安がそうさせたのか、痛々しく思った。まだ若い。理解できない事が多すぎる。時計を見て、揺り起こす。
「あー…旦那」
「食いぱぐれるのは、銀さんいやなのよ、起きようよ」
「へいへい」
ぱっと手を離し、沖田は目をこすった。そのまま、ちょっと伸びをし、布団から出た。朝日。
「開けていいかな」
縁側を指差してみた。
「どうぞ」
障子を開けるといいお天気だ。気分が沈んでいると言うのに。澄み切った秋の碧い空に白い雲。
「こういうときくらい曇天がいいですぜぃ」
沖田がそう呟いた。
「そーね」
土方が倒れたときも、碧い空が広がっていた。銀時は碧い空を見て、決心した。
「引き受けるわ、多串くんの依頼」
そう言うと、着替え始めた。いつもの、黒のアンダーに白い着物。一度、きちんと襟を合わせてから、片袖を脱いだ。
「へえ、そうやるんですかぃ」
沖田が珍しそうに見つめていた。
「最初から片肌は着崩れすんのよ」
裾が決まらない、と銀時は笑ってみせた。それなりのポリシーがあるらしい。右を脱ぐのは、使い勝手のせい。普通の男物の着物。安手の化学繊維の物で、実は祭り用か、素人の芸能用に安売りされている品物。
「えーっとなんだっけ、そうそう白波五人男の衣装を安売りしてたの、それを買ってきたんだ、これ」
素人芸の安物のせいか、背中にその文字の染め抜きはない。裾に波模様があるのは、そのせいか。
「白波ってどろぼーの事じゃないですかぃ」
くすくすと沖田が笑った。ここには似合わない、と笑う。
「言うなよ」
「でーそれは…」
「さてねー、誰のだろね」
弁天小僧のだったりして、と沖田は笑った。女装し、詐欺を働いた青年。
「よしてよ」
せめて…と言ったところで、思い浮かばなかった。確か、化け狐がいたなとは思うが、口にはしなかった。この着物、着ることがあるのだろうか、と思った。いつもの格好が、愛おしく思えた。朝飯は食堂だと言う。身分差を近藤は極力避けようとし、逆に土方は身分差を意識させようとした。幹部はあまり食堂には出ないように、と言われているが、今日は構わなかった。
「ヘー…」
賄いのおばちゃんが三人。カフェテリア式の食堂だった。
「苺牛乳は諦めてくだせえ」
沖田の声におばちゃんが笑いながら、告げた。
「あるよ、今日から特別」
はいよ、と銀時のトレイに載せてくれた。近藤の心遣いなのだろうか、不思議になった。
「万事屋の旦那の事は神楽ちゃんから聞いてるよ」
おばちゃんはそう言って大盛りのどんぶりを乗せた。
「あのですね、俺はそんなに食わないんですけどね」
「あら、そうかい。じゃ、こっちに交代」
普通の盛りつけに代えてくれた。江戸っ子気質でからりとしたおかみさん然とした女だった。
「おはよーさん」
沖田のトレイにも同じ定食を乗せ、オマケにプリンを付ける。
「えーいいなー、それ」
「…旦那」
普通のやりとり。不思議だった。このまま、明日が今日になり、今日が昨日になっていくとばかり思っていた。けれど。時は残酷に動く。それを思い出し、銀時は溜息をついた。
午後、病院に行ってみた。
「引き受けたくねーよ、俺」
「…だろうな」
ベッドに横たわったまま、土方がそう告げた。
「あのさ…」
銀時は決意した。この男に自分の過去を話そう、と。