碧空5
-
「通いの見習いってのは珍しいんじゃないの」
「正式ではないにしておいた方がいいだろう、あの二人は」
「そりゃあ、まあ、ねえ…」
「では、早速、明日の朝、朝礼から始めろよ、銀時」
「ちょう、れえええっ」
その声に部屋の隅に控えていた山崎が笑った。
「もう朝寝坊は出来ませんよ、坂田副長」
「うひょ、そういうことになるわけねー、忘れていたわー」
ぐーたら生活長すぎたかしらん、と銀時がぼやく。
「失礼致します。局長、幹部隊士、全員集まりました」
「では、改めて紹介する、新しい副局長の坂田銀時君だ」
近藤の紹介の言葉に背筋がぞわっとした銀時を十人の隊長、勘定部、そして観察のトップである山崎が見て、苦笑した。
「くん、ねえ…まあ、よろしく」
「近藤さん、チャイナと新八君は」
沖田の言葉に近藤は微笑んだ。
「あの二人は見習い隊士として、在籍するが、通いだ」
「通い、ねえ」
「見習いの方がいいだろう、正式にするのは気が進まん」
近藤の言葉に幹部らは頷いた。
「で、坂田君、挨拶を」
「挨拶って…えーじゃーまーよろしく」
「それだけかよ」
原田がそう言ってつついた。
「どーせ、知ってるじゃん。とはいえ、区切りはつけないとな。この度、副局長となった坂田銀時です。前任者の土方君と違って至らぬ点も多々ございましょうが、今後ともよろしく頼みます。方針は…前とおんなじでいいよねえ、沖田くん」
「同じって」
「まあ、局中法度についても、いろいろと改良すべき点があるかも知れない。それについては、今後、書類として残っている法度をこれから調べた上で検討します。武装警察としての任務については今まで通り、それに伴う法度については多分、手を加えないだろうと思います。細かい点については、今後、検討を重ねた上で、報告し、近藤局長の指示を仰いだ上、正式に発令しますのでよろしく。あと、会議について、だけど…」
思い付いた物を羅列すると隊長達は驚いた。
「無駄を省くため、朝の定例会議は重要項目がない限りは基本的に廃止、隊長および幹部隊士の報告は完結に、一行か二行程度のメモで。始末書については…無駄を省くため、一枚でなるべく済ませる様に文章を考えることとし、それは各自の能力に一任する。三枚以上の羅列が続いた場合、資源の無駄遣いをした罰として、二週間個人的な外出を禁止。まあ、気付いたのはこんなところかな。あとはーえーっと、まだ練れてないから、ちょっと待っててね。うふっ」
「旦那、じゃなくて坂田副長」
「やっぱシリアスもたねーのよ、銀さん」
「まあ、よしとしよう。お手並み拝見と言った所だな、銀時。おまえさん、割と学あるようだしな」
近藤がそう言った。
「学、ねえ」
「おまえ、本当はもっと字だってまともだろう、あのへたくそな「糖分」はわざとなんだろう」
「げ…なんでわかんのよ、まったく」
見ていないようでいて、見ている。近藤の眼力に舌を巻く思いだ。
「まーそう簡略化してくれると、残業は減るな、確かに」
原田がそう言った。
「だけど、簡素に報告書まとめるのは、かなり困難かも」
「そこは頭使ってよ。五W一Hって言うジャン」
「あー、誰が、どうして、どの場所で、どの時間でどうなったか、って奴か」
斎藤がそう言った。
「そうそう、それを使えば簡単でしょ」
「なるほど」
「でー監察」
「はい。まだ新任の副長に裁可を仰ぐのは酷かと思いますが…麻薬不法取引、および武器密輸の疑い、あれ、固まりました」
「うん、土方君の日報にあったやつね」
「はい」
「場所は」
「六本木のクラブです」
「クラブ、ねえ…三番隊と五番隊に任せる。用心棒に不逞浪士がいた場合に備え、予備として一番隊」
「あ、はい」
沖田が返事をした。
「変装して近くにうろついていてくんないかな」
「変装、ねえ」
「たしかー西郷ママのところの子が支店やってるからーそこに話つけて、潜り込んでおいてよ、あそこの連中なら何があっても平気だから」
「手配しておきますって…そこって」
「あー外人相手のゲイバーなのよね」
「…あの」
「沖田君は違う店ね」
「へ」
「隣になぜーかファミレスあるから、そこ」
「なんで俺だけ」
「あーゆーの客あしらい出来ないでしょ、君は」
「そうかなあ」
「ミニ丈振り袖着て簪差して化粧してにっこり出来ない癖にうじうじしないの」
「…ぶっ」
「そこ、想像しない。一番隊のがたいのいい野郎どもにそんな醜態させられません。黒服に決まっているでしょ、ウェイターだって」
「そっか」
「だって一番隊の皆様、ここ、よくないのばかりじゃん」
銀時は頬を撫でていった。
「隊長を別として」
「まあそりゃあ…」
「あ、いけね」
「どうかしやしたか、だ、じゃなくて…」
「ウェイトレスって言っちゃった…」
どーするんだよー、万事屋―っと全員が騒ぎ始めた。
「えーっと、まさかと思うけど…」
「あー沖田君だとばれないようにしてね、沖田君」
「げ」
「ウェイトレス、か、やっぱり」
「多少がさつでもいいよ、新人って事にすりゃ」
ほいっとある機械を渡す。
「近くのからくり爺に頼んでおいた、変声マイクな、使ってね」
「旦那、おもしろがってるでしょ」
「ごめん、つい、神楽使おうかと思っちゃってさ」
「それは」
駄目だよね、と銀時は言う。
「当然だ、あの子はそんな場所に顔を出させてはいかん」
近藤が止めた。
「うわ、やっぱりお父ちゃんなのね、ゴリさんって」
「そうなれと言われた。全隊士にとっての父親となれ、と」
「ふーん、でも、俺、土方君みたいな事出来ねえかもよ」
「それはおまえのやり方でいい」
近藤は笑ってそう言った。
「俺のやり方」
「もうトシはいない。なら仕方がない。明日はまだ続いているんだからな」
明日はまだ、続いている…。なんてことを言うのだろう、この局長は。
「では、今日のところはこれで、解散」
会議室から退室した。沖田の顔をちらりと伺うと、その顔はどこか、おかしかった。
「沖田君」
「ごめんなさい、どうしても比べちゃって」
「いいよ、仕方ない」
「やっぱり、いやだろうけど、双子みてえ」
「んーやっぱり嫌だわ」
制服のタイを手でもそもそと銀時はいじった。
「いい生地だねえ」
「羽二重って聞いてやす」
「あっそ、正絹なの、これ」
「寒いときはカシミヤのもありますぜ」
「しらんかった」
「初めて着た訳じゃあるまいし」
「そうだけどさぁ」
税金トロボーって散々言っていたのにさあ、とぼやく銀時に沖田は苦笑していた。
「俺には市民の安全とか、大義名分は解りません。近藤さんについていくって決めただけだし、多分、俺が脱落しても近藤さんは何も言わないでしょう。けど」
「俺も何も言えないけど、沖田君」
「なんで土方さんがいないのか、まだ納得出来ません」
「しなくていいよ」
「だ、じゃなくて」
「二人きりの時は旦那でいいよ」
こくんと頷く。
「俺だって言いたいやな、隊士ども置いて勝手に逝っちまいやがってよ、ってさ」
銀時の袖に沖田はしがみついた。
「あの言葉は嘘ですよね、旦那」
「嘘じゃないよ」
「そうですかぃ」
嘘だと言って欲しい、もう一度繰り返す。
「あいにくと本当」
「俺は、どうすれば良かったんですかっ、姉上の事とか、あの人の事とか」
困ったねえ、と銀時は呟いた。
「すいやせん」
俯いて言った言葉に銀時は首を振った。
「仕方ないよ」
銀時は副長室に入った。その背を沖田が見送っていた。
部屋で残業をする。法度の見直し、報告書の整理、次の捕り物の手配。
「うわー、過労死しそう」
「おまえがする玉かよ」
突然聞こえた声に、銀時は溜息をついた。
「成仏しなかったんかよ」
「びびるんじゃねえのかよ」
「そうも言ってらんないの、あんたにはぎょーさん文句言いてえ気分でね」
「悪かったな」
「気持ちわりぃ、バカに素直じゃねえの」
「ミツバがそーちゃんそーちゃんって五月蠅くてよ」
「くそう、いちゃこらしやがってよ、このやろー」
「…そうだな」
「認めるんですか、コノヤロー」
くっくっと笑う声。振り向きたい、と思う。
「こっち向くなよ、万事屋」
「で、何よ、何が気がかりなんよ」
「無理するなよ」
「え」
それっきり声は聞こえない。ばっと振り向くと誰もいなかった。煙草の香りがツンと鼻を突いた。
「煙草…」
押し入れを開けてみると、ワンカートン、残っていた。
「うっわ、賞味期限ぎりぎり」
ケースを破り、煙草と一緒に置いてあった使い捨てライターで火をつけた。
「ふん、思ったより軽いの、吸ってたんだ」
基本的に本は読まないが、映画は好きだったのか、DVDはたくさん残っていた。かなり趣味が飛んでいたが。
「ふーん、サスペンスものね」
洋画のサスペンスの巨匠の物は全部揃っていた。
「あートッシーのは…処分したのか」
そういう関連のものは一切なかった。山崎に寄ればオークションにかけ、売上は慈善団体に寄付したという。本は銀時が持ち込んだ。広く浅くのせいか、多種雑多だ。
「ジミーくん、流石に変な顔してたよな」
製本のハウツー本、七宝焼きのハウツー本、編み物の本、お菓子作りの本。それに文学と法律の本。実は閉店した本屋からもらってきた物なのだが、一通り目をとおしてある。それから視線を机に戻し、銀時は一枚、命令書を書き上げた。次の捕り物に必要なものだ。
「あれ」
朝、洗面所で一緒になった原田が不思議な顔をした。
「煙草」
「あー残ってたんで、吸ってみた」
「んーあんたは吸わないと思ってたんだがな」
「昔は吸ってたよ」
攘夷志士だった頃はね、と心の中で呟く。
「おはようございます、坂田副長」
幹部がほとんどいる。
「あのさー、ヒラの御方たちはもー済んでるんだ」
「ええ」
「えーっと」
「朝食前に挨拶してください、副長」
山崎がそう言った。彼は監察のトップであり、幹部とほぼ同等の身分なのだが、幹部制服は着用しない。勘定方のトップも幹部制服は着用しない。
「あーはーい」
広間には、全員揃っているらしい。幹部達が着席する。和室であり、この屯所は大名の別邸だった過去もあるせいか、和室が多い。
「では、始めます」
当番制で開始の声が決まっているらしく、斎藤がそう告げた。
「みんなも知っていることと思うが、新任の副局長を紹介する。坂田銀時君だ」
「坂田です。よろしく」
それだけ。
「なんか、もっと言わないか、銀時」
「…考えてなかった」
おいーっとつっこみが入るが。
「えーっと、隊長から訓示があったと思う。それに従ってくれ。以上」
「…そう来たか」
「あ、いけね。近々、大がかりな捕り物がある。詳しい指示については、一部隊長には指示してあるが、とりあえず、出動は三番隊、五番隊。予備として、一番隊に近辺で控えていて欲しい。近辺の店に連絡入れてあるから、私服でその店に行ってくれ。隊長さん」
「はい」
「店の名前、これね」
渡されたメモに書かれた名前に総悟は苦笑した。
「なーる、で、俺は」
「となりのミンナ・アラーズ」
「えーっと」
「賄いのおにいちゃんの格好で裏手で待機」
ほっとする総悟に銀時は笑って言う。
「あのなかなかいけるミニスカートのウェイトレスでも良かったんだけどね、ゴリさんが駄目だってさ」
ドッと笑う隊士に総悟が睨みをきかせた。
「銀さん個人としてはミニスカートすんごく見たかったけど、後でとっておくわ」
かっとなった総悟がバズーカを向けたが、発射はしなかった。
「旦那もとい坂田副長だけには特別サービスしてあげまさぁ」
「しなくていいからっ」
えー、隊長の特別サービスなら俺等が欲しい、なんて声は無視された。
「で、かなり大がかりになるので、その時は全員、待機していてくれ。応援としていつ呼び出すか、今の時点では判断できない」
「了解」
「では、今朝の朝礼はこれで終わります。なお、朝礼は捕り物や必要連絡がない場合は、基本的に廃止いたします。しかし、今度の捕り物が終了するまで、しばらくはあると思って集合されたし。以上」
斎藤の声で、朝礼は終わった。
「さあてと、書類片付けなきゃ」
目をこすりながら、銀時が立ち上がった。
「そっか、貯まっていたか」
「まーねー。でも気にする量じゃないよ、局長さん」
「どうした、夢見でも悪かったのか」
「んー無理するなって言われたよ」
「誰に」
銀時は暫く黙っていた。
「誰に、だろね」
言いたくなかった。土方の、事は。
「で、誰に言われたんですかぃ、旦那」
「参ったね」
「教えてくだせえよ」
「多串君」
「旦那、やっぱり旦那はドSですねぃ」
あんたに言われたくないんですけど、と銀時はぼやいた。
捕り物は滞りなく行われ、結局は同行を拒否した容疑者は大半が大けがをした。その中で死者は二名だった。斎藤が斬り捨てたのだ。
「お疲れー」
銀時はパトカーの前で引き上げてくる隊士らにそう声をかけた。
「副長、隊士には怪我人ありません」
「あっそ、よかった…」
ふっとゆるむ顔。制服姿の沖田が戻ってきた。
「だ、違った坂田副長」
「悪かったな、一番隊、出番なくて」
「いーえー、別にいいんすけどね、そんなことは。鑑識呼んで下せえ。かなりため込んでやしたぜ」
「了解、おーい、井上さんらに呼び出しかけろぃ」
銀時は指示をだした。
「で、どんくらいよ」
「キロ単位ですぜ」
「なるほろね、そりゃまずいわ」
銀時は警備を増やすように連絡係に指示もした。
「待機部隊、半数よこせ。あーそうだ、ブツが多いんだ、頼むぜ」
斎藤の言葉に近藤を見た。
「こんなところでキロ単位とはなあ、参ったぜ」
「んー、しかし、合成ってのはもしかして」
「使用過多で死亡ケースが増えてるかもしれん」
やだねえ、と銀時はぼやく。
「何やってんだとまた城でどやされるなあ」
「治安維持ねえ、やれやれ」
「城には付き合わなくていいぜ、銀時」
「どうして」
「とっつぁんもいるし、何とかなるさ」
「あーなーる」
「そう言うことだ」
近藤はそう言って笑った。
事件のない時はほぼ平穏に日々は過ぎていく。パトロールはあるけれど。人員を必要最低限度に絞っているため、副局長さえパトロール任務があるし、張り込みもある。パトロールは沖田と一緒になっていた。それは先代からそうなっていた。
「なんで一緒なのよ」
「資料室にありますぜ、理由なら」
顔色のない沖田の言葉に街中での詮索はやめた。