碧空7
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かつての同志を、幼馴染みを殺す。それは過酷な運命。
「出来れば…」
「近藤さん」
沖田の声に近藤ははっとする。現場が近付いている。
「もうよしましょう。だ、あのお人はもう覚悟決めていますぜ」
「そうは、言っても、だな」
「俺たちは所詮、蚊帳の外ですぜ」
あの二人にも、桂にも。関われる事ではない。
「旦那に決めてもらいやしょう、仕方ないですぜ。何があったのか、なんて解りはしない。俺たちだってそうでしょう、土方さんと俺と…近藤さんと…どんな暮らしを武州でしていたか、なんて江戸に出てからの人間には解りはしないんですから」
「おい、飛び道具がある、気をつけろよ、二丁拳銃使いのねーちゃんがいるんだ、斬り込み隊員には防弾チョッキを着用しろ」
銀時はそんな指示も出していた。
「近隣五百メートル以内に近付いたら、一声にサイレンを鳴らせ」
銀時の指示。隊士らはそれを聞いて、了解の返事をした。
「サイレン、しまった、奴らか」
万斉はそう言って、高杉の顔を見た。
「おまえは逃げろ」
高杉はそう言った。河上万斉に。
「いや、拙者は」
「おまえには生きていける道があるだろう、音楽プロデューサーとしてな」
「だが」
「かまわねえよ、もうやっていけねえだろ」
「それでも、ぎりぎりまでここに滞在したいでござる」
「勝手にしろ」
来島はいつもの拳銃に丁寧に弾丸をこめていた。
「あいつが来る…」
かさり、と手に触る手紙。肌身離さず持ち歩いている。辰馬から渡された手紙。破こうか、と何度思ったことか。なのに、出来なかった。銀時の言葉が痛かったからか。愛されていますか、幸せですか、と銀時が言う。それに高杉は返事が返せなかった。幸せ。その言葉ほど高杉から遠いものはなかった。それに気付いてしまった。寂しい、と銀時は書いてきた。青い便箋に黒いインク。達筆な文字。あの男は思ったよりも頭がよく、いざとなれば、端麗な身のこなしが出来る男だ。敵にまわしてしまった。考えもなくまわしてしまった。そう思えた。
「寂しいなんて思ったこともなかった…」
復讐の為にだけ生きてきた。知っていた、こんな事、あの師匠が望まないという事は。知っていたのに、恨みだけで生きてきた。
「それでも、俺は俺だよ、銀時」
防御を固めるように指示を出す。自ら切り込んで来るだろう銀時を高杉は待った。そして…。
「女をねえ…」
また子の身体には原田がかけた幹部制服の上着がかかっていた。一番隊隊長、沖田が切ったのだ。急所をはずしたものの、かなりの出血だ。問題は着衣が切り裂かれていたことだ。白い裸体が血に染まった。すぐそばにいた一番隊の隊士がまた子に撃たれた事に激怒したせいかも知れない。露出の多い彼女の服は袈裟懸けに斬られた際に全て切り裂かれてしまったのだ。裸に近い状態で のたうちまわる女を見て、原田は上着をかけ、救急隊を呼んだ。
「こええな、おい」
「隊長」
「何だ」
「真田と平塚が…」
「どうした」
「地下道爆破の巻き添え喰らって殉職したそうです」
「なっ…」
原田は怒りで顔を真っ赤にした。可愛がっていた部下だ。思わず声が荒くなった。沖田の気持ちが伝染したかのように思えた。銀時はそれを傍目で見ていた。そして、奥へ。奥へと歩みを進めた。奥に行けば。高杉がいる。確信があった。
そうして。鬼兵隊は壊滅状態となった。また鬼になってしまった。銀時は思う。夜叉は鬼の別名だ。銀色の髪も白い装束も血に染めて。いや、今、自分の身を覆っているのは、黒だった。襟元だけが白い。それも血に染まっていた。武家の死に装束を作る為に作られた白い白い絹地の布。遠い世界で戦闘機のパイロットの襟元を飾り、愚かな特別攻撃という名前の元、自爆して果てていったパイロット達の襟元のマフラーもその生地だったと言う。白い羽二重。武家の奥方も重ねの下着はそれだった。死に装束をいつでもまとって。
「死に装束、か」
与えられた個室にこもり、銀時は近藤に告げた。高杉と通じていた、と。が、近藤は笑って信じなかった。
「この手紙の日付はおまえが副長になる前のものだ。それに、この子供の作文みたいな内容に政治的意味合いなどなかろう」
子供の作文。そう言われてみれば。子供の作文だな、と銀時は笑っていた。
「みんなが何考えていたんすかねえ、あの副長は。よくわかんねーなー、と言ってたぞ、銀時」
「あっそ」
「だから諦めろ」
近藤はそう告げて、去っていく。そんな銀時のそばを何故か沖田が離れようとはしない。昼も夜も張り付いている。高ぶった血を押さえきれずに、沖田を抱いた。それでも、離れない。そして、天気は曇天が続いていた。
「曇天…」
「それでも、やまない雨はありませんぜ、旦那」
気怠いのか、布団にくるまったまま、沖田がそう言った。熱が去った白い身体。それが布団から這いだし、そばに落ちていた衣服をまとう。
「ごめんね、沖田くん」
「いいえ」
優しい商売女のような答えに銀時は苦笑した。女を買った事がない訳じゃない。そんなにお綺麗な人生じゃない。それは解っていた。解っていたつもりだった。なのに、青臭い考えが頭をもたげてくる。女のように扱ってしまった、すまない、と。
「熱を冷ますのに、俺も旦那を利用しているんですよ」
後ろを向いて着物をあわせる仕草。落ちていた帯を拾い、腰に巻き付け、貝の口の形に締める。袴下の締め方でもあり、普通の男物の締め方。細い織り地の帯は濃い色ではなく、あっさりとした色調だった。
「ふーん、沖田君ってさ」
「何ですか」
「もっと濃い色の帯締めているかと思ってた」
「男物にそんなに色はないでしょうに」
「そりゃそうだけどさ」
若衆の着る様な派手な色も似合いそうだが、質素な色調を好んでいるらしい。細かい絣が織り込まれた白地の真綿紬。
「それさあ、高いの?」
「さあ、近藤さんが買ってきてくれたから、よくは」
「ああ、そうか」
細かい絣は手の込んだ職人しか織り上げる事が出来ない。ちょっとした事で銀時はそれを知っていた。しかも真綿紬は機械織はない。手機のみだと言う。
「土方さんのはね、旦那、あれ大島ですぜ」
「あ、そーなんだ」
泥染め大島というらしい。
「実は細かい柄があったんです」
「うん、亀甲柄だったかな」
「質素に見えるけど、実は高級品なんですよ、知ってましたか」
「くそー高給取りめー」
「旦那」
「何よ」
「同じ額の給料、もらっている癖によくいいますねぃ」
「あ。忘れてた。じゃあさ、ババアの家賃、払えるんだ」
「…まさか」
「あ、呆れた、呆れたでしょ、沖田君」
「当たり前でさぁ、何しているんですかぃ、旦那はぁ」
「えへへへ」
携帯で、あの大家に電話をかけてみた。
「とっくに未払い分は頂いているよ、何しているんだい、おまえさんはバカかい」
威勢のいい声に笑う。ああ、笑えるんだ、銀時はそう思った。いつもの、日常が、ああ、ごく普通に戻ってくるんだ、と思えた。
火葬して埋葬してしまった、と近藤は言う。高杉の消息は不明と報告してのけた。それには流石の銀時も溜息をついた。
「時がたったら発表するつもりだ」
死亡が確認された、と。全てが終わって、銀時は久しぶりに空を眺めた。碧い空が広がっていた。
「国破れて山河あり、か」
ふと、そんな漢詩を思い出す。大地にも、天空にも人々の営みは関わらないかのように。どんなに傷ついた人々があふれても、自然は変わりない。裏の寺で、桂に出会った。彼に渡した手紙が脳裏をかすめた。が、彼は変わらなかった。桂は変わらない。彼は人を憎み続けるほど醜悪ではなかった。たった一人の女の為に変わってしまったらしい。それを銀時は知っている。その変化は…昔の彼を取り戻したかの様に思えた。帰って行ったのだ、故郷に。そう思えた。
休みの日、あの吉田の塾のあった場所に行ってみた。朽ちた門、焼け落ちた痕跡をそのままに留めたかつて暮らした家。変わってしまったのか、と思う。けれど。その家の周りにあった木々は変わらない。
「そっか」
変わらないんだ、そう思った。そして、今度は武州に行ってみた。多摩とも呼ばれる山が見える田舎。さほど立派ではない、質素な寺の奥に墓場があった。
「すみません、あの…土方家のお墓」
「ああ、あれですよ」
新しい墓石が二基。戒名が刻まれた墓。男のものだと解る「居士」の名前と「大姉」という女を現す名前。裏に俗名がある。俗名・十四郎、俗名・ミツバ。ミツバの横に土方十四郎室の文字。野原から摘んだ野の花を供える。線香は持っていなかった。
「いいのかねえ」
ふと、そう呟く。
「あーやっぱ来ていた」
沖田の声に振り向く。
「何だよ、人が悪いな」
「探しましたよ、旦那」
「え」
「だーから、あの吉田先生の住まいだった所に行ってみたらいねえし、もしかしたらと思ったら…」
「行ったの、沖田くん、よく解ったねえ」
「桂に問いつめたんです」
「で、あいつは」
「メールで」
「はあ?」
「携帯のメールアドレス、知ってやすからね」
「何でまた」
「偶然ですぜ」
にやにや笑っている。捕まえなかったらしい。それは何故なのか、沖田は言わない。
「職務怠慢じゃねえのかよ」
「副長を捜すのが優先です」
銀時は溜息をついた。
「もう休暇は終わりですぜ、山崎が困ってましたから」
「なんかあったわけね」
「ええ」
見るとパトカーが門にある。
「解った、帰るよ」
沖田は軽く手を合わせるだけだった。
「すみませんね、土方さん、姉上、手ぶらで。事件ですから失礼しやす」
そんな声が聞こえた。