碧空4
- 「攘夷戦争は、まあ、つまりその場のノリで、参加しちまったって訳よ」
「そんなもんか」
「んーだってよ、ヅラ、まあ桂っての、指名手配のね、あいつと晋ちゃん、まあ高杉だね、そいつらが行くって言うしさ、吉田先生が殺されたのは、そのなあ」
「天人のせいか」
「うん、俺としては育ての親だしよ、親の敵ってのもあったわけ。でもよ、本当に…実の親が人殺しをしろって子に言うか、と疑問はあってよ」
「確かに殺せ、なんて言う親はいねえな」
「錯乱状態の先生が変なこと言っても、それが本心とは思えねえのよ、だから俺は…袂を分かったの」
「それで」
「危険思想の持ち主かもしんねーぜ、俺」
「それがどうした」
「ちょいと多串くん」
そう言って銀時は土方の言葉をとどめた。
「俺は幕府の狗と呼ばれようがどーでもいいんだよ、俺は俺だよ」
「それはゴリさんもそうな訳ね」
「総悟もな」
「忠誠心はねーのか」
「将軍にはあっても、幕府本体にはねえよ」
「ふーん、そうだったの」
人の良い気持ちの優しい人だと土方は言う。
「まあ、そうだよな、そんな感じだよな」
中庸を取ったのは、どうしてなのか。刀を捨て、木刀にしたのは何故なのか。
「まーよーするにいい加減にやってきたってわけよ。そんなこんなで食いぱぐれてよ、あのババアの亭主の墓のまんじゅうをくっちまったのが運の尽きというか、助かったっていうか」
「で、リハビリにはなったのか」
「なった」
攘夷志士にはなんねーよ、俺はどうも難しいことはわかんねえ、と銀時は言う。
「先生の家の裏の小川でザリガニ取ったり、水遊びしたり、おやつの奪い合いして、先生に怒られたりしてた頃は本当に子犬みてーにころころと遊んでいたのに、仲良く笑っていたのに、もう俺は晋助ともヅラとも笑い合うことなんざ出来ねえ」
木刀をすっと撫でる。
「本当ならこいつも差しているべきじゃねえのかもしんねえ」
「アイデンティティ、てのいうのか、それだろ、その木刀」
「まあ、そうかもな」
「で、おまえは目標、あるのかよ」
その言葉に銀時は溜息をついた。
「ねえよなあ、どう見ても」
「では、依頼だ、万事屋」
笑って土方がそう言う。点滴の液体の嫌な色。
「次の発作が起きたら、この液体に…睡眠薬を大量に投入してもらうことになっている」
「それって」
「言うなりゃ安楽死だな」
「そんなこと」
「その前に依頼だ、その引き出し」
言われた引き出しを開ける。銀行の貯金通帳。
「俺の全財産をその通帳に全て移動させた。その通帳の名義は」
「坂田銀時」
「ついでに言えば、相続税、贈与税もクリア済みだ。それから…封筒があるだろう」
「うん」
「松平のとっつぁんに渡してくれ。それで手続きはおしまいだ」
「それって…」
「引き受けてくれるんだろ、万事屋」
通帳の額を見て、銀時は溜息をついた。
「兄弟、親戚とかは」
「縁切りしてある。というか、家出した時点で切れているよ」
「そう」
「万事屋、頼んだぞ」
ぼんやりとしながら、銀時は病院から出て行った。土方の病状は落ち着いていた。今日のところは。夕暮れ。万事屋の中が賑やかだ。不思議に思う。
「またおまえかーヅラ」
「ヅラではない、桂だ」
「ま、いいか」
「銀時」
「調度よかった、ヅラ」
「桂だ」
「では、桂、もう二度とここには来るな。依頼があってな、俺は警察関係者になる。そうなったら、俺はおまえを逮捕しなきゃならねえ」
「銀時…」
「怒らないのか」
「怒れない、んだよ、さっき話を聞いた」
「変な奴」
「ボスがな…」
「神楽がどうしたよ、新八」
「もう押し入れですよ」
新八は少し、悲しそうだ。
「神楽ちゃん、土方さんのお見舞い、銀さんが行く前にね、行ったんですよ、そしたら、閉じこもってしまって」
「あー…そういや、俺が北海道行ってた時」
「面倒見てもらってましたからね。話によれば、沖田さんと土方さんの取り合いしてたみたいで」
「あーも、そりゃきついわな」
「それに、そう言うことには聡いから、神楽ちゃん」
新八はそう言って、溜息をついた。
「沖田君だけじゃなく神楽までかよ…」
「そうですね」
新八は席を立ち、そろそろ帰ります、と言って出ていった。
「ヅラ」
「桂だ」
「悪いけどな…」
「解ってる、仕方ない。しかし、本当におまえは…」
「辰馬にはあったか」
「さあなあ、まったく、あいつも困ったもんだ」
「ふーん…晋助に手紙書いたら、届けてくれるかな、あのバカ」
「しらん。辰馬に聞け」
桂も帰ろうとした。
「ヅラよぉ、おまえにも書いておくわ」
「受け取りは難しいぞ」
「知ってるよ」
手を振って去っていく。どちらが正しいのか、解らない。過激だったはずの狂乱の貴公子も、恋をして、変貌した。愛する女の涙は見たくはない、そう思ったと言う。
「大嫌いな晋ちゃんへ」
書き出しはそう決まった。けれど、銀時は何枚も便箋を無駄にした。
「違う、違う、こんなこすっからいもんじゃ駄目だ…」
犬の規格を越えた神楽の愛犬がじーっと見つめていた。
「子供に書くように、か」
つぶらな動物の瞳を見て、そう思った。もっともつぶら、と言うよりでかすぎて、何とも言い難いのだが。少年時代の、晋助と、そしてヅラに。
「大嫌いな晋ちゃんへ。元気ですか…」
そこまで書いて、また筆を止めた。病院からの知らせがあった。
駆けつけてみると、土方にはまだ意識があった。
「頼みがある」
「何よ、まだあんのかよ」
「総悟のこと、頼む」
「え…」
ぎゅっと掴む手に。何かの思いがあった。
「沖田君と何かあったの」
小さな声で、告げた言葉。
「一度だけ、あいつを抱いた」
「諦めさせようと思ったわけね」
頷く土方を見つめる。
「諦めると、思うの、あの子が」
「すまなかった、と伝えてくれ」
「それだけじゃないよね」
愛していると伝えてくれ。その後、襲った苦痛に土方の顔がゆがんだ。医者が注射器を手によろしいですか、と告げた。苦しみながら、土方が頷く。点滴のチューブに針が突き刺さり、薬が注入されていく。その薬はゆっくりと身体に入って行く。段々と静になっていく彼を銀時は見つめていた。
「沖田君ねえ…知ってる、お姉さんのね、墓にね…」
土方十四郎室と刻んだんだよ、と銀時は告げた。
「知ってる…ミツバ、おまえが笑って…」
笑って迎えに来てくれなくてもいいんだ、そう聞こえた。目を閉じて。銀時は見つめていた。彼の仲間の身代わりに。窓を見る。またも碧い空。なんで晴れているんだよ、と小声で天気を罵った。
「失礼します」
医者が立ち去る。機械が心音と脳波を記録し続けている。椅子に座ったまま、銀時はずっとその記録の波を見つめていた。
そして。それが平坦になり、医者の臨終を告げる言葉を聞いた。
久しぶりに泣いた。双子のようだ、と沖田が笑ったのは、いつだったか。それを思い出し、涙を拭った。土方の携帯から屯所に連絡を入れた。
「今、逝ったよ」
相手は多分、近藤だと思う。確か、そう言う名前の項目から電話したような気がする。よく覚えていない。
「バカみてぇ、俺」
こんなに動揺するなんて。あいつらの方が大変なのに。沖田君や近藤さんの方が。けれど、自分の行動がよく解らない。
「おい、万事屋、しっかりしろ」
近藤の声が聞こえた。
「あ、わりぃ、ぼんやりしてた…」
「すぐ行くから」
近藤は意外としっかりしていた。
病院から土方の遺体を屯所まで連れ帰った。院長個人の所有である自家用車を使用しての帰宅。銀時はまだ、関係者ではない、と言い張り、自宅に戻った。そして。机に座って書きかけていた手紙を書き出した。大嫌いな晋ちゃんへ…から始まる手紙。でも、また…銀時は筆を置いた。
「書けねえよなあ…」
葬儀の段取りがある、と近藤に呼び出されたのは、翌日だった。通夜、葬儀と騒々しい屯所の奥は静だった。
「どうかしたの」
「総悟が」
「沖田君が」
「トシが死んだって認めねえんだ」
銀時は髪をかきむしった。
「あーもー…」
これだけ近いとは思ってなかった。覚悟はしていたはずだ、思う。
「思ったよりも、ひどくてな、今、医者が薬を処方して眠っている」
近藤の目頭は赤かった。
「沖田君、見ていいかな」
「ああ、頼む」
悄然とした近藤の後ろ姿を見送り、沖田の部屋に入った。白い布団の中で眠る顔はあどけなく思えた。
「ひでえよな、土方君」
ぽつんと呟く。愛してると伝えてくれ。最後の伝言が耳に蘇る。
「こんな言葉を俺に伝えさせてどーゆーつもりよー」
副長室に向けて毒づいた。何の反応もないのは解っている。けれど、やはり、毒づきたかった。沖田のさらさらと流れ落ちる髪を撫でる。
「ん…」
身じろぐ沖田だったが、目覚める気配はなかった。屯所の中は通夜の支度などで、いくらか、話し声が聞こえた。現職のままの病死のため、組織内全てが動いている。からりと襖が開いた。
「あー万事屋か」
盆を持った幹部制服を着た男は近藤よりも年かさに見えた。
「六番隊の井上ですよ、忘れましたか」
鑑識や留守番、後部支援を担当する隊だと、彼は言う。
「あっそ…なんか、そのさ」
「ああ、私は若先生より、先に道場にいたものなんですよ。それに、土方さんのお姉さんが実家のそばに嫁いでいましてね、よく一緒に遊んだものです」
そんなに近い間柄であっても、彼は思慮深いのか、あまり目立たない。
「食事です、万事屋の旦那」
「あ、どーも」
ご飯と味噌汁と焼き魚に和え物、と言った和定食だった。
「では、よろしく」
食事を置くと彼は去っていった。沖田の部屋は畳敷きの清潔な部屋だった。箪笥一棹と床の間の刀掛くらいしか置かれていなかった。押し入れには何が入っているのか、解らない。テレビもあったが、小型で、たいして興味はないのか、型は古かった。
「思ったよりも質素だね」
そう呟いても、返事はない。食事をとりながら、眠り続ける沖田の顔をちらりと見る。別れの儀式をこの少年はやり過ごす事が出来るのか、不安になった。そして、土方の伝言。それが心に重い。食事を済ませ、盆を襖のそばに置くと、また井上がひょっこり顔を出した。
「食後のお茶。それから、万事屋の旦那には、これがいいでしょうから」
用意された湯飲みには番茶、それに豆大福が三つ。
「あ、こりゃどーも」
甘味をつけてくれた心遣いに礼を言う。人の良さそうなその男はごゆっくりと言って、からになった夕食の膳を下げてくれた。
「んーんまい」
粒あんと塩豆の取り合わせが絶妙な豆大福だった。安らぎをふと、覚えた。男所帯の殺伐としたところとばかり思っていた。なのに、屯所の中は暖かく、居心地がよい。局長と、死んでしまった土方が作り上げた空間。家庭的でさえ、ある。
「沖田君」
髪を撫でてやり、それから、銀時は立ち上がった。広間に向かう。
「総悟は寝ているのか」
近藤のくぐもった声。広間の真ん中に土方がいる。白い布を取り去ると眠っているかの様に思えた。
「苦痛がすごいと聞いていたが…」
「んー、薬で眠ったままってのが、いいんだってさ、医者がそう言ったんだ」
「そうか、悪かったな、万事屋」
「不思議」
「どうした」
「明日から喧嘩出来ねえんだ、意地もはれねえし、罵り合いも、ガキどもの自慢しあいも出来ねえんだ」
「そうだな」
「伝言頼まれちゃった」
「総悟にか」
「うん」
「しばらくは…伝えないでくれないか、銀時」
「俺もその方がいいと思う」
残酷だよ、あの言葉は。そう思う。書き物がしたい、と近藤に申し出てみた。筆記用具をすぐ用意してくれた。
「便箋と…封筒も」
「入ってる」
「ありがと」
その用具を持って、沖田の部屋に戻り、あの手紙を書き始めた。
「大嫌いな晋ちゃんへ」と。
葬儀は盛大だった。一番隊隊長は欠席した。遺体に取りすがって泣きわめいた姿を見た近藤は沖田を抱きしめて、自室にこもった。そして、銀時を呼んだ。
「こいつを見ていてくれ」
いやだ、と泣き続ける子供を押さえ付けて、腕の中で思う存分泣かせた。解っていた。認めても、沖田はやはり、神々に逆らいたかったのだ。
「放してくだせえ」
「だあーめ」
「あんなん、嘘だ」
「嘘じゃないの」
言ってしまおう、そう思った。
「土方君の伝言ね」
「でん、ごん…」
子供の様に繰り返す沖田。
「愛してると伝えてくれ、だって」
「なんでっ、今じゃなくても…姉上っ、姉上っ」
取らないで。俺の大事な人を取っていかないで。ごめんね、そーちゃん。優しい声音が耳に蘇る。
「でも、お姉さんのお墓に、あいつの奥さんだよと刻んだのは君でしょう」
「だって…」
「大丈夫。きっと幸せだからね」
腕の中の沖田の髪を撫で、銀時はきつく抱きしめた。
「幸せ」
「うん、多串君」
「旦那ぁ」
ぽろぽろと流れる涙を拭ってやる術はないけれど。ただ、抱いていてあげることは出来る。銀時はそう思った。
「あのね、沖田君、銀さんね、お別れ言わなきゃなんない友達がいるの、聞いてくれる?」
「友達」
「うん、副局長、引き受けるからね、昔の幼馴染みにお別れ言わなきゃなんないの」
「誰ですかぃ」
「ヅラと晋ちゃん」
「え」
「桂小太郎と高杉晋助」
重要指名手配のテロリスト二人。
「手紙書いたの、晋ちゃんに」
聞いてくれる、と銀時は言う。そして、あの手紙を沖田に伝えた。
「幸せですかってなんで?」
「なんでだろう、ね。きっとあいつ答えられないと思う…辰馬に託すつもりなんだ。それ」
「渡ったら嬉しいですか」
「悲しいかも知れない」
「ですね」
大嫌いな晋ちゃんへ・・・大嫌いな晋ちゃん、あなたは幸せですか。みんなに愛されてますか。幸せで愛されているのなら、僕は安心です。それでは、さようなら。 坂田銀時
「で、これをどうするつもりじゃ」
「おまえに任せるよ、辰馬」
「小難しいことばかり、儂に頼むんじゃの。おんし、本気で力を貸す気か」
「まあな」
「そうか。わかったぜよ、任せとき」
封をしていない手紙。辰馬に預け、銀時は江戸の街中を歩いた。いつもと同じ通り。いつもと同じざわめき。もう暫くすれば、多分、変わった目で見ている事だろう。
受け取った辞令。神楽と新八も隊士見習いとして屯所に滞在を許された。
「本来は女人禁制だが、チャイナさんは別だ。とりあえず、新八君と原田のところにいてくれ。場合によっては一番隊配属になるかも知れない」
近藤の言葉に二人は頷くものの、納得しきってはいない。
「いいんですか、僕たちは」
「見習いという形にしてある。万事屋を引き継いでもよし、屯所に寝泊まりしなくてもよしとするが、チャイナさんは…まあ、お妙さんのところの方がよいだろう」
「銀ちゃんと一緒にいたいアル」
「寝泊まりは駄目だ」
「神楽ちゃん、いくら強くてもね、男ばかりなんだから。姉上も心配するよ」
「目一杯、いてもいいアルか」
「勿論」
近藤の言葉が終わると同時に襖が開いた。銀時が立っていた。幹部制服を着て、腰には土方の残した和泉守兼定を差していた。
「これで、どーかな、局長」
「木刀はやはりやめたのか」
「んにゃ、普通は木刀にするよ、副長として勤務中はこいつ、使う」
「土方さんには持たせなかったんですか」
「その前に使っていたの、持たせた。嫁さんがよく知っている奴」
「嫁さんって」
新八がそう聞き返す。
「あー沖田君のお姉さんだよ、あっちで夫婦なんだよ」
「え」
「沖田君がね、お姉さんの墓石にね、土方十四郎室って刻ませたからね」
「室…奥方って…そうだったんですか…」
「うん」
「銀さん」
「何よ」
「似合ってますよ」
「おうよ」
新八はそれを聞いて安堵した。
「では僕たちは今日の所は失礼します。近藤さん、いろいろとありがとうございました」
「いや、気をつけてな」
「はい」
二人は返事し、屯所から去っていった。