• 枝垂桜の咲く里INDEX
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    •  「へ。屯所に何の用があるっての、沖田君」
       「いいから来なせぇ」
      ぐいぐいと引っ張る沖田に銀時はとっくに抵抗などなかったけれど。沖田は高熱からの回復は思ったよりも早かったという。
       「桜がね」
      屯所の門をくぐり、庭に行き着く。
       「坂田の桜が根付いたんでさ、旦那」
       「何、そのネーミング」
       「土方さんはもっと恥ずい名前で呼んでますけどね」
       「嫌な予感」
       「来たか、万事屋」
      近藤が縁側に座って書類を処理していた。
       「ねーねー土方君、あれ、何て呼んでるの」
      指差すのは、あのときの桜の若木。葉が萌えだしている。丁寧に仕立てられてあった。
       「聞かない方が身の為のよーな気がするけどな」
      近藤が苦笑していた。
       「で、当人は」
       「出張だ。大阪に」
       「ふうん」
      枝垂桜になるようにもう仕立てられている。植木職人に頼んでそう作ってもらったのだろう。
       「彼岸桜系統の古くからある種類だから植木屋によれば、結構強いらしいが、外来の害虫には弱いとかで、トシがしょっちゅう見回っているけどな」
      バケツが桜のそばにあった。中身は殺虫剤らしく、害虫の死骸が浮いていた。
       「気付いたらみんなで取っているけどね、虫には大いにモテているぜ、そいつ」
       「ふうん」
       「名前の由来の大元はもてねーとぼやいてるらしいが」
       「あのさ、まさか…」
      そこに原田がやってきた。
       「おーやっぱ、根付いたか、坂田の桜」
       「なんかすっげー恥ずかしいんだけど」
       「これくらいで照れていたら、副長命名の名前にはどーするんだ、万事屋」
       「へ」
       「そーそー、何せ、こいつの名前は」
       「聞きたくねーっ」
      耳をふさいだが、沖田が無理矢理外した。
       「何て言ったって「銀時桜」だもんなーっ」
      どわーっ。顔が爆発するーっとか訳のわからない台詞を吐いて銀時が逃げ去った。
       「解らねえでもねえよな、あの反応」
      原田がそう言った。
       「だろーなー」
      近藤が笑う。
       「とろけそうな顔して面倒見ているって知ったら旦那、どうするんだろ」
       「さてなー…」
      書類の誤字脱字に気付いた近藤が沖田に書類を渡し、訂正を言いつける。
       「一瞬、ぶったぎってやろうかと思ったけど、名前聞いてやめやした」
       「そうか」
       「旦那には一目置いてますからね」
       「そうか、総悟はいい子だな」
       「へへ」
      局長にだけは素直なんだから、もう。という事は皆周知の事で。


      ぎ、ぎ、ぎ、銀時桜だって、何考えてんの、あいつ。思い返しただけで顔から火が出そう。そう呟きながら、元来た道をたどる。江戸の空を見上げる。もう夏が来ていた。あの歌をふと思い出した。魚は飛びはね、綿は高くなる…。植物たちも雨に濡れたりしてみずみずしさを増している。あの薬が見せた幻覚を、まだ銀時は忘れられない。神楽が押し入れで眠り込み、新八も自宅に帰った後、突然襲う孤独感に息が詰まりそうになる。けれど、それは…前も同じはずだった。なのに、あの事件からその孤独感は味が違っていた。


       「大阪土産だ、どうした、おい、変な顔して」
      土方は菓子折を持って万事屋にやってきた。
       「あのさ」
       「桜の名前の改名ならお断りだ」
      あっそ。がっくり。忘れていたけど、こいつは変なところで天然ちゃんなのだったよね。
       「食うだろ、これ結構うまいぞ」
      知られた店のものではないけれど、お菓子なのは間違いない。
       「俺には甘すぎてたまらんかったが、総悟はうまいと言っていた」
       「どーも」
      黒い着流しに腰に刀。いつもの土方だ。
       「あートーシローだー」
      神楽が飛んできた。
       「土産持ってきた。お茶にしよう」
       「うん」
       「名産品じゃねえけど、いいよな」
       「うん」
       「で、新八君、今日のこいつの血糖値は」
       「限界ぎりぎりです」
       「一個だけだぞ、銀時」
      えー、そんなんないーと銀時が騒いだ。
       「うっせえ、チャイナ、一個残して全部さっさと食っちまえ」
       「鬼っ」
       「やかましいわ」
       「そーするネ」
      本当に神楽は新八に一個、銀時に一個しか残さなかった。
       「ひでぇぇぇ」
       「銀ちゃん、ほんとに怖い嫁さんもらったアルね」
       「まて、神楽、それはどういう意味だ、土方に何を聞いたっ」
      銀時がそう叫んだ。
       「何も聞いてないアルよ、女の勘ね」
       「そーなの」
       「俺は何も言ってないぞ、ただ、屯所の桜の名前、教えただけだ」
      それかよっ、ちくしょーと銀時はぼやく。
       「銀ちゃんの桜は来年、咲くアルか」
       「どうかな、今年植えたばかりだからなー」
      土方はそう言って神楽の相手をしていた。
       「ふーん、咲いたら教えろよ」
       「そうだな」
       「いつもの桜とはちょっと違う、アレは」
       「どう違うんですか」
      新八が真面目に聞いた。
       「彼岸桜と言ってもっとピンク色で、枝垂れと言って枝が垂れているんだ」
       「へえ…」
       「環境が良ければ千年の樹齢にもなれるんだとか植木やが言ってたな」
       「千年っ」
       「本当に福島に千年の樹齢のそれと同じ桜があるそうだ、滝桜って名前がついてる」
       「へえー…」
       「銀ちゃんの桜もそのくらい生きられるアルか」
       「さあ、どうだろうな」
      いいけどさあ、俺の桜って何よ、もう。
       「滝桜って滝みたいに見えるからなんですか、枝が」
       「そうらしい」
       「大きいんでしょうね」
       「うちのはまだチビだけど、五百年もすればでかくなるだろ」
       「誰もいませんね」
       「屯所の庭が残っていればいいけどな」
      土方はそう言って、煙草を消した。
       「銀時、またな」
       「あーはいはい」
      しょぼーんと見送る。
       「だから改名」
       「却下」
       「鬼っ」
      銀時のその声を閉ざすように玄関の扉が閉められた。
       「なんで改名するアルか、いい名前よ、ねー新八」
       「び、びみょー…」
      銀時桜ねえ、と新八は苦笑していた。

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