「で、あいつはあの蔵からでようとはしないんだな」
桂が聞く。
「そうだ」
「江戸を護れって依頼したら、護るかな、奴は」
「万事屋だからな」
「では、依頼するとしよう。奴が元攘夷志士なのは誰にも内緒だ」
「土方、危険だぞ」
「恩義があるし、腐れ縁は腐れ縁だ。しかも、瀬戸大橋吊っているみてえなワイヤーロープの腐れ縁だからな」
「それだけか」
「やつと俺は紙一重だから」
総悟がな、双子みてぇだと笑うんだよ、と土方は苦笑した。
「確かに」
「それに…これは幼馴染みのおまえにも言えねえ事、俺は見ちまった。始末はつけるしかない」
「野良猫になった経緯か」
「そうだ」
平隊士に桂を引き渡し、土方はまた奥へと戻っていった。
「ややこしいか」
ふとそう呟く。高杉が来ている。それは確かにまずい。この間みたいな事になったら、たまったものではない。が。
「ちょっ…何やってんだ、万事屋っ」
夜は蔵で銀時をみて過ごす。それが習慣になっていた。
「だって」
「だってじゃねえっ、このやろうっ」
ぼぐっと殴ってみたが、銀時は平然としていた。
「おまえ、男でもいい質だったのか」
溜息を漏らす土方。
「うん、きれーだね、副長さん」
「うれしかねーよ」
けれど、拒否はしなかった。
「なんか、様子がおかしくないか」
桂がそう言った。
「ああ、聞くがな、万事屋、坂田銀時は男もいいのか」
「は、どういう意味だ」
「だからよー、男ともやれるのか」
「へ」
「セックス」
ぶーっ。取り調べの間に出された茶を桂は噴いた。
「あの馬鹿っ」
「安心しろ、おまえの分も殴っておいたから」
平然と土方は告げた。相変わらず私服の着流しのままだ。
「制服は明日かな」
外回りの任務には就けないと、土方はぼやいた。
「それもひどいな」
桂はそう言った。着替えの着流しも汚れていた。
三日後、エリザベスに襲撃され、桂は護送中に逃げおおせた。
「グッドラック、ヅラ」
桂の去っていった姿に土方が小さく呟いた。
「おい、土方、おじさんは納得出来ねえぞ」
松平がそう言った。
「総悟が使えねえんだよ、その上、あの馬鹿も動けねえ。仕方ねえだろが」
「思ったよりおまえは策士だな」
「江戸を護れつったのはとっつぁんだろがよ」
「くそう、ロクな事覚えねえなあ」
「これもとっつぁんのおかげだよ」
「俺のせいかよ」
「せいぜい立った物は親でも使えっての、利用させてもらうさ」
「こんのやろう」
「過激派の好きにさせてたまるか、冗談じゃねえ」
「近藤には相談は」
「好きにしろって言われた」
「くえねえ野郎だな、おめえは」
煙草をくわえ、土方は苦笑した。そして彼は土方の姉が気に入っていた歌を低く口ずさんだ。「サマータイム」という子守歌。ふと、不運な子供のための子守歌だと気付いてやめた。嵐で父を亡くし、ついで母を亡くした赤子のための…子守歌。貧乏な漁師の父親に日々の化粧品さえ買えない口紅一つひけない母親が美人だという子守歌。苦笑するしかない。
「やな歌知っているな、土方」
「姉ちゃんがよく歌っていたよ、これ」
夏が来た、暮らしは上向き、魚ははね、綿は伸びる
パパは金持ち、ママはいい女
いい子だ、ねんねしな
いつの日か あんたは立ち上がる
翼ひろげ空に向かう
その日までパパとママがいる
だから泣かずにねんねしな
姉の家は商売で成功し、今は裕福だが、年取った姉にはもう赤い口紅は似合わない。それが皮肉だった。豪華な着物も似合わない。もう一度口ずさむ。相変わらず音痴だな、と土方は笑っていた。銀時はこの歌を知っているのか、とふと思う。屯所の中の蔵に行ってみる。退屈を紛らわすために差し入れた本を銀時は読んでいた。
「これ、何よ」
有名オペラの解説書。
「どうせなら単純な昼メロみてえな話の方がよさそうだと思ってな」
「昼メロねえ」
「リアリズムの名曲だったかな」
「めげるんですけど」
道化師、カヴァレリア・ルスティカーナ、ポーギーとベス。
「ああ、ポーギーとベス、あったか」
「それってお先真っ暗なお話じゃん」
「クララが歌う子守歌な、姉貴が好きだった」
「へ、それ、どーいうの」
「音痴だぞ」
「それは知っている」
歌詞を聴いて銀時はやな歌だねえ、と呟いた。
「父ちゃんは金持ち、かあちゃんはいい女か」
銀時は土方の煙草を吸う横顔を見る。
「なんで姉貴はこれ、好きだったんだろう」
土方はそう呟いて、屯所の自室に向かうため、背を向けた。
「ああ、それから、桂は逃げたぞ、あの白いのが迎えに来た」
「そーかよ」
「依頼だ、万事屋」
「何よ」
「江戸を護ってくれ」
「やだよ」
「江戸の中にはおまえんとこのババアやお妙や神楽も入っているってこと、忘れるなよ」
「この鬼っ」
「上等だ」
「ひきょうもん」
「そう言えば引き受けるだろうと桂も言っていたよ」
くすくすと土方は笑った。
「ちくしょー」
銀時のぼやきも聞かずに去っていく土方。覚えていろ、と毒づくが、夜には憎まれ口はたたけない。たたくつもりなのに、精神状態がそうはさせてくれない。夜が怖い。そう思った。
「今夜もやるつもりかよ」
「んにゃ、じっとしていてくれよ、どこにも行かないで…」
後ろから抱きついた銀時の涙が土方の首筋に伝わった。冷たいというより熱かった。
「せんせえ…」
びくっと土方は身体を震わせる。発作の始まり。
「行かないで、どこにも…」
行かないで。そう言い続ける銀時を土方は抱きしめる。あの事件の後からずっと、そうだった。
「どこにもいかねえよ、ここにいる」
俺はここにいるから。銀時にとって俺とは何なのか、多分わかっていないけれど。行かなければならない。こいつの生まれたところに。土方はそう決めた。姉が歌っていたあの惨めな子守歌が聞こえた気がした。
夏が来た、暮らしは上向き、
魚ははね、綿は伸びる、
父ちゃんは金持ち、
母ちゃんはいい女、
だから泣かないでねんねしな…。