「出かけるってどこによ、俺は」
「山崎が調べてきてくれた、おまえの生まれたところだ」
「えー」
本人さえ知らないのに、何よ、それと銀時はぼやいた。私用で使う車がある。運転手は山崎だった。
「副長、旦那、乗ってください」
「来いよ、銀時」
仕方なく乗り込む座席。
「高速に乗りますね」
山崎はそう言って、ハンドルを切った。西へと向かう高速。途中で休み休み飛ばして行く。富士山を見送り、浜名湖を越え、名古屋も通り過ぎた。京都のインターチェンジで高速をおり、一般道をたどる。北に向かっていく。低い山がつづき、その奥。
その山里には桜が咲いていた。
「なんか、色が」
「ああ、彼岸桜の一種ですが、ここは割合寒いところなので、咲くのは遅いそうです。こちらです」
山崎がある神社の前に車をとめた。
「このお社は氏子が絶えてしまったので、崩壊が進んでいますけれど、坂田氏はこの神社の氏子代表を務める家柄で、京都北面を守護する武将の家柄だそうです」
「絶えたって」
「旦那のご家族は全員攘夷戦争に巻き込まれて亡くなってます」
山崎はそう告げた。
「なんとなく解っていたけど」
「本家の末子だそうですが、その髪、目の色であらぬ疑いをかけられ、この神社の別当寺院で五歳まで育てられましたが、山賊に襲われ、寺院は焼け落ちています。和尚もそのおりに亡くなったそうです。和尚も神社の禰宜も坂田一族の者であったそうです。近隣の話によれば、本家の産屋だけが残っていますが、廃屋同然だとか」
神社の石段を上がり、右手に入っていく山崎に土方は聞いた。
「お社に魂は」
「さあ、それはどうでしょうねえ、何せ血縁者は旦那だけですから」
「俺が何もしてなきゃそのまんまってことなわけ、何よそれ」
「ああ、この建物が産屋ですよ、本家の」
廃屋だった。
「本家直系最後の男子になりますね、旦那」
「げー、めんどくさ」
「一族のお墓は従者がたてたそうです。あー、あれが目印の坂田の桜」
産屋だと言った建物は東側にあった。その北側に焼け跡があり、その奥に見事な枝垂桜が咲いていた。
「ここに住まう記念に坂田一族が植えたという紅枝垂の桜です。樹齢およそ七百年」
「ななひゃくねんーっ」
銀時が驚いてそう叫んだ。
「たいした名家だな、おい」
「名家でも、こーも何もねーと」
「お宝もくそもねえか」
「ここから五歳の子供だった旦那が流れ流れて関東の山里にたどりついたことになりますが」
「あまり記憶ねえよ、ただ…取らなきゃ死ぬなって…」
「戦災孤児か」
すさまじいな、と土方が呟く。
「武家の家柄で、長く都の守護を勤めていた誇りが一族皆殺しの憂き目にあったのだそうですが」
「皆殺し」
「旦那は天人をもっと恨んでもいいんですよ、女子供も全員、本家の屋敷に押し込めた上、その」
山崎は口ごもった。
「何」
「鍵をかけたうえ、炎を放ったそうです。ここを襲った天人どもは」
血の気が引いた。
「遺骨は従者の人たちが供養したと聞きました。寺に供養塔があるそうですが」
「いいよ、もう、そんなん…」
いいわけあるか、と言いたかったが、土方は黙っていた。
「手は合わせておけよ」
山崎を連れ、土方は石段を下りていった。焼け跡も、産屋も、寺院も神社も全て崩壊しているか、寸前。石で作られた鳥居と墓石くらいしかない。けれど、境内にも屋敷跡にも見事なまでに桜が咲いていた。春の花が押し寄せるように咲き競っていた。
「ああ、そうか、ここ山が近いんだ」
焼け跡の奥の桜を見ようと歩いてみた。途中から道はなくなっていた。枝垂桜が咲いていた。満開よりすこし早めだった。江戸でいつも眺める桜より薄紅色が濃い。根本には近づけなかった。
「こんなん植えてどういうつもりだったんだろ」
この桜の子孫なのだろうか、若木も同じ色をし、同じように枝がたれていた。
「俺はここの人間じゃねえよ」
いなくなってしまった血縁者にそう告げてみた。返事はない。涙がこぼれた。父親の顔、母親の顔を知りたい、そう思った。
「根無し草にどういうつもりだよ」
「銀時様」
年老いた男がいた。いつの間に来たのだろうか。
「奥様によく似ておいでだ、銀時様」
え、似ているの、そりゃ可哀想に、と言ったらその男は苦笑した。
「いつか戻ってこられたら、これを」
差し出されたのは古い写真だった。
「ご両親でございます」
このじいさん、ぼけてねえか、と思う。父親の方に似ていると銀時は思う。
「どこでもよろしいのです、どうかお達者で」
老人はそう告げると石段を下りていった。ああ、この男が従者なのか、と思う。
「様づけなんて気色わりい」
写真を懐に石段を下りる。やはり手を合わせる気持ちにはなれなかった。鳥居をくぐり、はっとした。そこで社に向いた。手を合わせた。もう振り返るまい、と思った。
「よー坊ちゃま」
「やめろ、きしょい」
土方が煙草を吸っていた。
「戻りましょうか、京都に宿、手配しておきました」
山崎がそう言う。
「あの変なじーさんがよ」
土方の足元に若木があった。
「あの枝垂桜の子供だから持って行けと渡されちまった」
「どこに植えるんだよ、んなもん」
「俺が、もらったんだ、屯所の庭に植えるさ」
「あ、そ…」
あのじじい、銀時様がお気に召した御方に差し上げますとか抜かしやがった、と土方が忌々しそうに告げた。
「お気に召したって何よ」
「同じ香りがしますだとよ、なんなんだよ、きもいな」
くっと山崎が笑った。
「山崎」
「殴らないでくださいよ、だいたい土方さん、近藤さんにも桂にも聞いたじゃありませんか」
「何いったんよ」
「万事屋の旦那は男もいいのかって」
ぐがんっ。銀時は凍り付いた。こういう男に何したんだ、俺。馬鹿じゃねえの、と呟くしかなかった。
「仕方ねえだろ、なんで俺なんだ、おい」
「知らねえよ…」
俺の馬鹿、と銀時は呟く。こんな天然ちゃんに手を出したなんて。それよりゴリラが沖田君が怖い…。いや真選組全員が怖い…。
「近藤さんがトシがいいなら、好きにしろって言ってたが、万事屋、どうした、赤くなったり青くなったりして…信号機じゃあるまいし」
「黄色くはなってねえ…」
「そりゃ肝臓がわりいんだろ、糖尿の他にもそんなのがあるのか、考えものだな」
「ははは、旦那、同情します」
山崎の台詞に溜息をつくしかなかった。お願い、つっこみの新八くん、そばにいて…。けれど。そんな殊勝な人は誰もいやしない。天然ちゃんなところがあったとは微塵も思わせないところがまた憎らしい。けれど、助かった、と思った。こいつで良かったんだ、と思えた。
薬の作用はもう大丈夫だろうと言う事で戻ったいつもの我が家は変わりがなかった。
「お帰りなさい、銀さん」
新八が変わりなく掃除をしていた。自分の机の上には読めなかったジャンプが重ねてある。
「これ」
「ああ、土方さんが置いていきましたよ、読みたがるだろうからって」
「あっそ」
その隣には駄菓子が置いてある。
「これは」
「ああ、真選組の人たちが」
ふうん、と呟く。
「退院祝いにって」
退院って、と思う。
「薬物中毒の専門の病院に入院しているって聞いてました」
新八はそう言った。
「危険なところだから来るなって土方さんが電話で。神楽ちゃんにはちゃんと教えに来てくれましたけどね。電話じゃ納得しないと思ったのか」
「ふうん、手回しいいねえ」
「沖田さん、やっと回復したそうですって。近藤さんがつきっきりだったとか」
「それも土方くん」
「いえ、姉上から」
なによ、あの雌ゴリラ、ちゃっかりしてんのね、と言うと新八は笑った。
「姉上に知られたらぶっ飛ばされますよ」
「でー仕事は」
「相変わらずありません」
あっそ。溜息が出る。でもまあ、お菓子はあるからいいや、と苦笑する。
「銀さん」
「何」
「仕事、どこでもいいですから引き受けて来てくださいね」
にっこり笑う新八が妙に怖くなった。
「あーだめだめ銀ちゃんが帰ってるアル」
神楽がどたばたと入ってきた。
「なんよ、その言いぐさー、みんなの銀さんのお帰りなのよ」
「お帰り、銀ちゃん」
べたっと神楽が抱きついてきた。
「ただいま」
「あれー銀ちゃん、太ったアル」
「どこ触ってんだよ、おまえは」
「ぐうたらしていたんですか、あ、それはいつもか」
しんぱっつぁん、そりゃないよ、と言う。
「退院祝いしましょうか」
「ごちそうアル」
「ふつーのご飯で」
「…やっぱそうなるのね」
懐にあった古い写真を引きだしに入れる。
「それ、何」
「もらった」
「見ていいアルか」
「好きにしろ」
神楽がそっと取り出す。
「誰、これ」
二枚の写真。新八が手にとり、裏を見た。
「これ…」
「んー親だってさ」
銀さんの、ですか、銀さん、お父さんに似ていますね、と新八が言う。
「それくれたじじいがよ、かあちゃんの方に似ているって言うんだ、おかしかないか」
「いいえ、鼻と口元が似てますよ」
「あっそ」
「目元はきりりとして涼やかで、あー切れていない時の土方さんみたいな…」
「げ」
「綺麗な人ですね」
すっと返してくれた。
「大事にしたほうがいいですよ」
新八が笑った。
「そーだな」
ひよっとして、俺ってマザコンなの、もしかして、目元がね、目元ね、とぶつぶつ言うと薄気味悪いものを見た、という目つきが二つ並んでいた。
「あっち行けよ」
「なんで真っ赤アルか、銀ちゃん」
うっ。聞くなよ、神楽。