カンタベリー。町には人影はあまりない。書類を見ると特別に許可された人物以外居住は許されないとある。コロニー以外住まいを持つことは許可制と言う。
「許可制か・・・」
カンタベリーの高楼から見下ろした町は保存地域となり、管理人しかいないらしい。見上げたところには生きて戦ったあの頃と変わらない青空が広がっていた。普段着に着替えて、この建物の中を歩く。誰もいない。
「一人は嫌だな、やはり」
「殿下」
トマスの声がした。トマスと共に歩いた。街中に行くとあの博士がいた。
「殿下、せっかくですから…礼服で参拝しませんか。宇宙軍総裁としての祈りは今でなくては許可されませんから」
「それは…」
「公人は自分の宗教を公にしてはならないのです。宇宙軍総裁はどの宗教に対しても中立でなくてはなりません」
「中立、か」
「はい。最初で最後の礼拝になります。これ以降は礼服はおろか、宇宙軍の制服での礼拝は禁じられますので」
「宇宙軍の意味も解らないのだが」
「殿下を総裁に、と今の総裁からの推薦があります。そのための訓練も始まります」
「私に出来ると君は思うのか」
「信じています」
「期待にそえられるとは思えないが」
首を振った博士。そしてトマスがいた。
「トマス殿はどうしますか」
「私は…殿下のおそばに」
「ならば、支度を」
ほとんど用意してありますが、聖堂に参じる前に御覧下さい、と博士が伝えた。
そして、そこには。
回れ右したくなるよーな布の山。
「これ…」
「衣装あわせだそうですよ、殿下」
長いマントは漆黒に色糸金糸銀糸で細かい刺繍が裾と肩、留め具近くに施してある。模様の事を聞くと星雲らしいとの事。白メインの上着は中央が切り返しになっていて脇とは違った布。それも赤と青で、赤い方には金糸で細かく星が刺繍され、青い方は銀糸の細かい星の刺繍。肩の金モールは複雑に紐が編み込まれ、それに階級章。肩からは八つの切り込みが入った布がひじのあたりまであり、二重袖になっているらしい。それは白で縁取りは金。
「赤と青、どちらにしますか」
「えーっと…赤、かな」
「手袋は白で刺繍は手の甲にもあります。手袋の折り返しのここには宝石を付けられますけど」
「では、このルビーを」
帽子には耳のあたりに羽がある。星と白鳥をモチーフにしているデザインだ。ブーツは白と黒があり、両方とも金糸の刺繍がある。儀仗杖はやはり白鳥をモチーフにデサインされた瀟洒な品物だった。それに勲章が何種類か。
「重そうだな」
彼は黒いマントを手に取る。
「しかし、色のコントラスト、すごいな」
「儀仗杖はまだ正確には殿下の物ではありませんが…正式な式典の際、前任者から譲られますので」
「ここにあるが、これは」
「宇宙軍総裁は今の所、マークス元帥と殿下が二人兼ねている形になってます。訓練中、見習い期間中という形になってます」
着替えが済むと控えの部屋には少年の姉がいた。姉の姿には驚いた。背が高いのだ。白薔薇亭のオーナーよりやや低い程度の背丈。赤い髪に青い瞳。美しい女性だが、その姿にも驚いた。
「初めまして、殿下。アルデモードと申します」
脚が丸見えの礼服。
「あんのくそジジイ、いつかぶっ飛ばしてやる」
アルデモード夫人の礼服には心底驚いた。この世界の女性達のスカートの長さには慣れてきたが、時にはとんでもないものも混じっていたりする。
「夫人…それ」
「私の礼服は特別に誂えたそうですわよ、前の総裁が。まあ、女性の場合は礼服にはかなり自由がありますけれど…これはないわーこれはないわー」
腰近くまで深いスリットが入っている上、タイツにニーハイのブーツ。歩く度に脚が丸見え。生足ではないけれど、脚線美はいやおうなくさらされて…いる。
「人妻に何してくれんの、あのジジィ」
「えーっと…」
似合っていますよなんて言ったらグーで殴られそうだな。
「まあ、いいわ。殿下」
「な、何かな」
「訓練、私担当なのですけど、覚悟はよろしいかしら」
「この御方が…か」
「そうか…それでは…アルデモード夫人」
彼女の手を取り、キスをした。
「よりよい導きをお願いしたい。よろしいでしょうか」
「はい、でん…いえ、元帥閣下」
「それでは、かの有名なブラックプリンスの御廟所までご案内つかまつります」
「…そこは」
カンタベリー。大聖堂の中。彼は長いマントをしていた。宇宙軍の礼服をまとっている。その礼服には豪華な刺繍が施してあり、袖、肩には最高位の将軍のみが着装を許された章がある。帽子を外した。カンタベリーの大聖堂。宇宙軍の礼服でそのカテドラルにて祈りを捧げる。移民先には教会はないと言う。幼子イエスもマリアもこの先見る事は出来ない。これがこの世界での最初で最後の公式な祈り。
「宗教は自由です」
「でも」
「ええ、私達は宗教は個人的なものであって、公的にはしめしません、前にも申し上げましたが」
「なら私もそれにならう。公人である以上は仕方ない」
そして…ベケット廟の南。
「これは、何だ」
「エドワード三世王太子の霊廟です」
「もう一度、聞く、これは何だ」
「エドワード三世陛下の王太子であられた御方の霊廟です」
「約束がちがーうっ」
一度見たけれど、誰かに言ってみたかった、それだけでこの声が出ていた。
「殿下…いかがなさいました」
「私はレディチャペルの…」
「ああ、それは無理です」
「む、無理…」
酸欠金魚の様な総裁閣下を置いて、博士は夫人やトマスと共に少し離れた位置に移動していた。
「ほら、やっぱりね…」
「何がやっぱり、なのよ」
「遺言と違うので、困惑しているんですよ、夫人」
「あーーーーそれは無理もない」
トマスがそう苦笑する。
「あ、そうだ、ウォリック城のちかくの教会にたしか、トマス殿の…」
「まさか」
「一番立派な墓標です」
「やめてください…」
自分の墓標を見るなんて…悲劇なのか喜劇なのか。それは時間移民ならではの、悲喜劇だった。
やっと気持ちを取り戻したのか、彼が三人のそばにやってきた。
「ここではないはずだ」
「無理ですよ、あなたの人気では・・・無理です」
博士は微笑んでいた。
「私に出来ると思うか」
「あなたなら出来ます」
「いいのか」
「いいって…あなたは・・・違うのですか」
「違わない・・・でも、いやなものだな」
宇宙軍の概要を聞いて、彼は顔を曇らせた。
「守る為だけの軍隊です。閣下」
「守る為・・・か」
「人民の暮らしを守る為だけのものです。仮想敵国も敵国もありません。ただ、中に抱え込んだ問題・・・のためとご理解頂ければ」
「同胞に向けて矢を放つのか、それは苦しい事だな」
「力無き庶民を理由もなく殺すのは同胞とは考えたくありません」
「そうだな」
彼はカンタベリーに葬られているかつての英雄、百年戦争での有能な指導者でもある黒太子の墓標にそっと触れた。
「それにしても…複雑な気分だ」
彼はトマスと共に大聖堂の窓を見上げていた。
そして、ヨーク近郊の白薔薇亭。いつか来た時とは違う建物だったが。
「腰が引けてますよ、トマス殿」
少年が言う。
「無理ですっ、建物変わっても雰囲気は変わらないですね、すっごくやーーーーな空気が伝わってますよ」
「・・・・・・そんなに嫌かなあ・・・」
彼の言葉。
「殿下、今日は残念ながら料理はまともです。元帥もいますので」
「ああ、マークス殿の」
「まだ早いけど退官のパーティですからね」
「・・・全体の把握、まだしてないんだけど、どころか宇宙軍ってそもそも…」
「補佐官としてコニー・アルデモード夫人が当面つとめますので、殿下・・・」
「違う、私はもう王太子ではない」
尊称の違いを彼はとがめた。
「それでは閣下、半年で慣れて下さい」
「スパルタだね」
「出来れば三ヶ月くらいで慣れて下さい」
「何かあったの、オーナー」
「旦那と離ればなれだなんて冗談じゃないって八つ当たりで投げ飛ばされましたんで」
よく見れば絆創膏と包帯が見える。
「あっそ・・・」
「すっごく怖かったですよ、リシィの姉なんですけどね、彼女。ここの平和の為にもお願いします」
ひしっと彼の手を取って涙目でエドワードが言い募っていた。
「私もこれだけこなさなければならないのか」
ドッチャリコンとこれでもかーっと積まれたデータの山にトマスは溜息をついた。
「副官なら、もっと覚えて欲しい事が・・・」
「これ」
「これでまだ十分の一のデータですから」
少年の言葉にトマスは頭を抱えていた。
「やはり、ここは不穏な空気が流れているーーーっ」
嘆いているのか、トマスは変な声をあげていた。
「あの、パーティ、始まりますけど、トマス殿、ねーちょっと・・・」
つんつん、と少年がつつくのだが。
「ご飯はまともですって。ねートマス殿ってば」
「嫌な予感しかしないーーーっ」
「トマス、顔色悪いけど、大丈夫か」
「なんとかします、ええ、なんとかしますとも。ですから、ちょっとリセットまでお待ち下さい」
「おまえ・・・いつから・・・白薔薇亭なのがまずいのかなあ」
「宇宙軍総帥エドワード・プランタジネット・アキテーヌ元帥閣下、そろそろ、ご用意を」
宇宙軍の兵士が声をかけた。呼び名については一悶着あった。エドワード・プランタジネットは五人いるのだ。それで爵位や地名を名字にして区別を測っているという。白薔薇亭のオーナーは旧名のマーチ伯爵を使い、その息子はラドロー、ミドラムのエドワードはリース家の名を続けて使い、ミドラム・リース、ヘンリー六世の王太子はランカスターを使っている。ならば、という事で彼はアキテーヌを使う事にした。
「今行く。しばし待て」
「はっ」
「トマス、とにかく行こう。私達が行かないと話にならない」
「はい」
「料理はまともなんだって。つまらないなあ」
「それは勘弁して下さいよ」
準礼服を二人とも着ていた。礼服はあまりにも飾りが多すぎて会食には不向きだったのだ。
静かの海。月にはそういう名前の地域があるという。宇宙船の中でその地域を見る。違う方向には青い地球が見える。
「着任の儀式は殿下のお望みの地域で行えます」
「それは…たとえば地球の、イングランドでもいいのか」
「構いません」
「たとえばカンタベリーとか」
「出来ます」
「いや…そこでは…しない」
月基地。そこから見る月の表面。
「ここがいい…月基地で。月基地でしよう」
「では、そのように手配いたします」
礼服を身につけ、その会場で、前総裁であるマークス元帥がブラックプリンス、彼に儀仗用の杖を手渡す。それが儀式の全てだった。
マリンスノーの夢その2