マリンスノーの夢その1

就職口とは何だ、とトマスに問い詰めたら、やたら笑うだけで、話にならなかった。
「説明しろ」
「すみません、出来ません」
「おまえ、な、何か知ってるんだろう、答えろ」
「答えられるほど学んでいません。残念ながら。まだ学んでる真っ最中で、今は…ここで使われる言葉の学習中ですから」
「は…言葉、か」
「英語は英語ですが、私達の時代の物とは違うそうです」
「それは」
「私達の英語は…その…」
レイモンド博士がくっくっ笑っていた。
「田舎芝居の台詞みたいに聞こえるということですかね、まあ、たとえば、ですが…」
東洋マニアのこの博士は自分のマシンからある音楽に似たものを取り出した。
「これ、まー東洋に昔あったストーカー殺人事件の加害者の話なんですがね、それを踊りにしたので、その伴奏音楽なんですが…この歌は…この踊りを伝えてきた民族の古い言葉で、今の同じ民には解りませんから」
「…確かに音楽ですね」
トマスが言う。
「松の他には花ばかり…」
博士はにんまりと笑ってその一節を口にしたが、二人には解らなかった。
「これと同じで、何言ってるか解らないんですよ、まあここの言葉に慣れると解ると思いますが」
その音楽を博士は止めた。
「まあ、これも一度途絶えそうになったのを時間移民で蘇らせたものですけれどね・・」
そう言って笑っていた。
「というわけで、まずは言葉から始めます。お二方とも別々の教師がついてますので、とりあえずは…よろしく」
何故、別々かというと、トマスの方が日常会話に差し支えがないほど、高速学習させられていたからである。
「違います、その冠詞は使ってません、こちらになります。その発音では駄目です、もっとずけずけと…」
「…なんかめげそうだ」
「はい、もう一度、お願いしますね」
「解った」
必死で発音し、メモを取り…。


「慣れましたか」
「何かすっごく下品になった気がする…」
苦笑している少年が入って来ていた。
「でしょうね。あ、僕、この世界の概観説明する者です、よろしく」
中世風の訛り。
「君も時間移民か」
「はい。僕の、その説明は…体調が悪いときがあったりしますので、申し訳ないんですけど、その時はお休みになります」
「そうか」
「入院加療中、いえ、レイモンド博士のそばから離れられませんので」
「あ、そうか…所長の前の時の」
「はい」
政治体制、軍の事、習慣、それから地球上に住む人達の事…実に手厳しい教師だ、この少年は。
「今日のところはここまでにしておきましょう」
「はー…スパルタだな、君は」
「就職口は軍隊ですからね、殿下、軍事教練ありますよ…」
「軍隊、だとお」
「はい、宇宙軍です」
概要で説明された組織の事だが、権限などがえらく特殊だった。
「仮想敵国も敵国もありませんから、あるとしたら、宇宙に展開している反政府組織です。一般市民、宇宙軍に戦闘行為、略奪行為、虐殺などを行った反政府組織はテロリストとみなされ、宇宙軍が掃討にあたります」
「宇宙軍、か」
「その総裁が定年退職するんです」
「え」
「それで、殿下の就職口はその宇宙軍総裁ですから」
「私が、か」
「トマス殿にはその副官として任務に当たって欲しいと宇宙軍、政府からの要望がありました。ここでの一般市民としての知識を身につけましたら、宇宙軍で軍事教練を、ということになります」
「それが就職口だというのか」
「はい。では、失礼します」
唖然。呆然。二人で顔を見合わせている合間に少年は退室してしまっていた。
「どーも、あの子は見た事あるよーなないよーな…」
トマスがそう言った。他の学習は全て二人別々だった。

「そろそろお二人の記憶、戻しましょうか」
レイモンド博士がそう言った。
「君が何者か解った」
「嫌悪感ございますか」
「ないとは言えん」
「ならば、交代します。僕にこの世界の概観を説明されるのは、愉快な事ではないでしょうから」
パタンとドアを閉じて去っていってしまった少年を見送った。
「そう言えば…レスターの・・」
「仕方ありませんね、レクチャーは私がしましょう」
レイモンド博士がそう言った。
「…はあ」
「では、殿下、とりあえずは…あなたにも覚えていただきましょうか、これの使い方」
手にタブレットを持ってレイモンド博士が告げた。
「大方は聞いてると思いますが…」
「不思議な物体だな」
「仕組みについては私も正確には解っていません。ですが、便利ですよ。便利すぎて、弊害もありますがね」
「弊害ね」
「真実伝えたいことは、これで伝えては意味はありません。手紙もしかり。本音は口頭で、面と向かって、確実に篤実に伝える物と私は思ってます。様々な人達を見てそう思えましたから。さて、始めましょうか。トマス殿のアカウントは登録してあります。これが、そうです」
「早いな」
「トマス殿とはこれを使わない方がいいと思いますよ、私は」
「使わない方がいい、か」
「ええ。直接がいい。どんな事になっても人を仲介するのは良くない」
「これが、トマスの…」
トマスのアカウントを見つめながら、彼はそう言った。
「この世界は…奇妙だな、本当に」
溜息に似た仕草をひとつ、彼はした。
「殿下、トマス殿に告げますか」
「何を」
「一族の事、ですよ。直系男子の家系は断絶、女子も断絶してしまった事」
「私が、告げるのか」
「部外者の私よりもよいかと思います。ここでのあなたは…以前とは身分が違います。ここでのあなたはあなた自身で築かなければならない」
「私次第か」
「ソレと同時に、トマス殿も…ビーチャムのトマスではなく、ウォリック伯爵でもない彼自身としてここで足下を固めて行かなくてはならない」
「…そういうことか」
「それが出来る人と信じていますよ、これを使っての、通信について、よろしいでしょうか」
「トマスには」
「あなたが教えてさし上げて下さい」
通信システムについて、博士は細かく教えてくれた。ふと思い出したらしく、博士は顔をしかめていた。
「宇宙軍か…あの人がいたな」
「どなたの」
「あの少年の姉ですよ」
「姉…リース夫人の娘か」
「そうなりますね」


ここは不思議なところだ、と言う。ドアの造りもベッドも椅子も机も何もかも。使っていたものとは比べものにならないほどの品質。食事をするにも、手づかみではなく、ナイフ、フォーク、スプーン。衛生観念も、何もかも違っている。おかしくなりそうだ、と思った。同じ事がトマスにも起きていた。困惑した顔で、毎日過ごしている。食事にしろ、休むにしろ、入浴も着替えも何もかも違うのだ。
「慣れたか、トマス」
「いいえ、全然…」
「だろうな」
「変わらない物なんてあるのでしょうか」
「そう言えば…博士が言っていたな」
「殿下」
「本音は面と向かって、篤実に誠実に自分の言葉で伝えろと」
「レイモンド博士、あの人が」
「そうだ…おまえに言わなければならない事がある…ビーチャムの事」
「殿下」
「おまえの家系のこと…博士が私に伝えろと告げていた」
「私の…殿下、それを」
「私からおまえに伝えろと彼は言うんだよ」
「断絶、ですか、私の家系は」
「プランタジネット王家も断絶している。あの少年が最後のプランタジネットの王だ」
「殿下」
「そんな顔するな。歴史の流れはどうにもしがたい」
「それでよろしいのですか」
「ここはあの少年の頃よりも千年先の未来だ」
「そ、そんな…」
「嘘ではないぞ。落ち着いたら、行きたいところがあるんだが…トマス、一緒に行ってくれるか?」
「どちらに」
「カンタベリーだ」
ただ、カンタベリーには簡単には行けなかった。