ホントにただの強盗立てこもり、市場の野菜売りの娘が美人だっただけで身代わりになり、ちょっとケガしたが、白薔薇亭のオーナーは無事だった。
「また鼻の下のばしていやがったな、このクソ兄貴」
「君らは変わらないねえ」
「あ、殿下、すみません、迷惑かけて」
「いや、いいけれど…アレ、トマス、おまえ、来ていたのか」
ずどーーーーんんんんっっ←トマスの頭上に落ちた見えない重厚なブツが立てた音。がくり。うなだれるトマスの……。
「あらら…」
「殿下は…ああ、飲みに行っちゃったか…」
「どうしよう…どう慰めて良いのか僕わかんない、どうしたらいいと思う、兄上」
「…私にもわからん…」
「おまえいたの、はないと思うんだけど…援護射撃していたのに気付かないなんて…」
「うーん…殿下がザッパなのは知っていたが…」
「ドニブなのは知らなかったよ、僕」
「「どうしよう…」」
うなだれて暗くなっているトマスをさしてヨーク兄弟二人は話し合っている。
「しかも、殿下ときたら市場責任者と飲みにいっちゃうし…」
「僕らでどうしたらいいんだよ、ねえ兄上ったらー」
「わかるわけねーだろ…もー…」
気を取りなおして。
「うん、まあ、とりあえずは白薔薇亭に連れていこう…かな」
目が泳ぎまくる白薔薇亭オーナー。
「だよね…兄上、僕は姉様の家に戻るね」
「待て。まってくれええ、リシィ、アレ、置いていくなああああっっっ」
無理。ちっこい弟に縋ってぎゃいぎゃいわめいていたが、弟はさっさと迎えに来た義理の兄の車に乗って去ってしまった。
「私一人でどうしろって言うんだあああっ」
ちなみに、いつもの料理長は研究したい料理があるとか行ってお出かけの真っ最中である。
「けーじゃんりょうりってどこなんだ…あいつは」
それだけ騒いでも、トマスさんは変わらない。まっくらになってずどーんとうなだれているだけである。その実に真っ暗なトマスさんを白薔薇亭オーナーは溜息をついて見ただけであった。
「なんで気付かないんだ、あの御方は…」
「わかりません…」
やっと返事。溜息。
「あの子なんか、動画でちらっと見ただけでトマス殿がいるって解ったのに」
「え」
「あの援護射撃の仕方はトマス殿だって事件の映像、十秒見ただけで気付きましたよ」
「聡いんですね」
「というか軍事面やらせすぎたというか…」
「は」
「いえ、別に、こちらの事で」
「どうして…気付いて下さらないんでしょうか…」
オーナーは返事出来ませんでした、ハイ。
「夕べ、飲み過ぎた…」
起きてきた殿下の台詞である。困ったものだ。
「おはよーございます」
棒読みなオーナーの朝の挨拶に殿下は首をかしげる。
「何かあったのか」
「……」
「オーナー、エドワードくん?」
「いえ、大した事ではありません、私には」
「私には?」
はて。何かあったのか…。ちろん、とトマス…妙な具合に暗い。アレ…。私、何かしたかな…覚えないけど。
「まさか…」
「何がまさかです、殿下」
「トマスに何かしたのかな、私」
「したと思いますよ、私は」
オーナーは棒読みでそう告げていた。
「何をしたんだ…いったい…」
オーナーは目を見開いた。鈍いにも程があると言うか…。あんなに頑張った自分の旦那の存在に気付かない妻(で、いいんだろうか)もあるのか、この世には。という感じ…。オーナーは恐る恐るトマスの顔をちらりと見た。どよーーーんとしている。どうしてこういう時にリシィもベシーも従兄もいないんだよっ、あーついでにアンもいないっ…。この災難、どうして乗り越えたらいいんだ、いったい…というものである、オーナーの心境は。
「えーっと…とりあえず、朝飯の支度してきますね…」
してあるけど、逃げる。それに限る。厨房に走り込み、溜息。ちょっとかためのスクランブルドエッグにすこし焦げたパン、ざく切りがかなり大きめの野菜のサラダ。それにコーヒーやミルク。それの支度はしてある。客は素泊まりが多く、かの二人しかもう残っていない。
「休みたい…」
無理だな、どう見ても。トマス殿にやらせたりしたら、後で従兄がめっちゃ怖い。なんてオーナーは思っていたり。さて、こちらはダイニングルーム。
「トマス、ところで…おまえ、何しに来たんだ?」
「えっ…」
固まる。このお人は心配したというのに、これかーーーっっっ。泣きたい。
イングランド上空旋回飛行中に事件は起きた。警察はテロを疑い、宇宙軍に連絡しちゃったというところからミソが着いていたというか。
「強盗なんだけど、俺は」
「んなこと言っても…あの制服は宇宙軍」
「テロリストじゃなくて、ただ明日の飲食代金が欲しいだけなんだけど」
「つまりは」
「失業中…」
人質と強盗犯の会話にしては力が抜ける。
「で、あの娘は」
「…俺は女は苦手だ」
「なるほど…」
身代わり申し出たら、奇妙にこの強盗さん、嬉しそうだったのはそのせいか…。
「何故苦手」
「三度も女房に逃げられた」
「…三度なら未だマシ」
「え」
「言いたくないほど逃げられている、女房どころか」
「そんなにきれいなのに、か」
「弟が」
「へ」
「女にダラシがないの、ことごとくバラしてくれて、みな逃げられた」
「…」
「沈黙しないでくれ」
無理。強盗さんはこの極上の美青年の顔をしげしげと見るしかなかった。
「こんな色男でも、なあ」
「世の中ままならぬ」
「…俺は宇宙軍とやらかすつもりはなーい」
「でも、あの便乗さん達は」
「う…」
立てこもっている奴らは…なんか様子が。
「さあ…」
強盗君、それはどうかと…来たよ、あれが。
「殿下っ」
「へっ」
「ああ、紹介しとく、宇宙軍総裁殿だ」
「…俺はただの強盗だーっっっ」
「……。」
ぽかーん…。
「そういうことです、殿下」
「ただ、あの便乗している輩は知らん」
「え」
「テロリズムとの関連は」
「飯が食いたい」
ぽかーん…。
「そういうことだそうですよ、殿下」
手にしている銃を溜息ついて総裁様はホルダーに納めた。
「自首扱いにしよう、あー警察か、私は宇宙軍総裁のアキテーヌだ、警官をこちらに寄こしてくれ」
通信機器片手に殿下はそう告げた。
「宇宙軍総裁殿も綺麗だな」
「それは、な…」
「何の話だ」
「下世話な事ですよ、殿下」
「げせわ…ね」
「ちなみに、なぜかこの御方も女運あまりない方だよ、強盗さん」
「…アンタより綺麗なのに、か」
「何故女運ないのか、私にも解らないんだ」
オーナーの言。
「……確かに女運は前の時から私にはないが…その…あ」
総裁殿下のお言葉であるが、途中で止まった。
「殿下」
トマスくん、登場。
「この…にーちゃん、総裁さんの、か」
「の、かって…それより、トマス、おまえ、いたのか」
固まった。トマスさんが。
「いたのかって…」
白薔薇亭オーナーまで奇妙な顔をした。ついでに強盗さんも。
「総裁さん…アンタ」
「何だ、何か変な事、言ったか?」
きょとん。
「…ドニブな彼女もとい、彼氏、いや伴侶を持って副官殿も大変だなあ…」
強盗さんに同情されてしまったが、総裁は警察関係者に呼ばれ、立ち去っていた。立ち去ってから、強盗さんが溜息混じりにそう言った。
「本当に…」
手錠をかけられ、警官と去っていく強盗さん。
「どうした、おまえ…強盗立てこもりなのに、にやにや笑ったりして」
「いや…世の中は公平に出来ているなと思って」
「は?」
「あんなにおきれいさん達二人が女運からっきしというのはなー、しかも一人は後生大事にされているという事にも気付かない鈍感さんじゃ…これからも大変だ」
「は」
「だから、俺も人生投げずにおくことにした」
「あ?」
イミフ。そんな顔を警官はしていた。なんのこっちゃ、そういう顔をするしかなかった。
「で、殿下は」
「市場責任者の人と飲みにいっちゃったそうですよ」
「トマス殿…」
「はあー……」
なんで、ああなんだろう…とトマスが溜息をついていた。おまえ、いたの、はないだろう…。ラヴェル艦長にコレ、説明するのは…とっても腰が引けるのだが。
そもそもの発端は…グレートブリテン島の上をのんびりとノワールアキテーヌ号、お忘れですが、宇宙軍総裁が通常乗艦するのはこの名前を持つ特大の宇宙戦艦。戦闘機を数百機格納し、居住空間も大きく、全長はキロ単位でしめす方が早いため、大気圏内で飛行しているときは、地上ではその影で日の光が遮られる事が多多あるという。そのノワールアキテーヌ号のブリッジでラヴェル艦長と殿下はチェスを楽しんでいた。腕前はどっこいどっこいのため、いい勝負になるのだが…艦長は実は幼なじみの親友でもあるリチャードには勝てた試しがない。ところが、殿下とリチャード・リースの勝負は何故か五分五分。
「え。我が君と五分五分…嘘でしょ、殿下」
「何故」
「私、ディッコン、我が君には勝った事ないですよ」
「は?」
「ああ、メンタルなことですか…手抜きしている訳じゃありませんから、あの方は」
「私はそんなに怖いかな」
「第一印象が悪かったんでしょうね、弱いお人ではないのですが…遠慮しているのでしょう」
「なんか釈然としないな」
「無理ですよ、あなたのこと、崇拝しきってますからね」
「…欠点だらけのような気がするが」
「そこを含めても、です。歴史の記録の中のあなたの戦歴を小さい頃から本で読んだり、人から聞いたりしてましたからね…現にあの料理長もよく話してくれたものです」
「ああ、あの人」
「私達には親代わりですからね、あの御方は」
「では、バーネットの事は」
「随分と泣きました、私も我が君も。もちろん一番悲しんだのは言うまでもなく、四世陛下でしたけれど」
「そうか…」
「何か、あったようですね、どうした」
ラヴェル艦長が通信兵に聞いた。
「ヨークの市場で強盗事件発生です。それが…同時に二件あった様子で…その」
「何があった」
「強盗が人質を取ってたてこもりを…その人質が…」
「何だ」
「白薔薇亭のオーナーだそう…あらら」
ばびゅんっと言う擬音つけても良さそうな飛び出しぶりで殿下が去っていった。
「いっちゃいましたねー…」
ラヴェル艦長はのんびりとチェスの駒を片付け始めた。
「熱血漢というか…相当あの料亭旅館気に入ってますね…ところでトマス殿は」
「副官殿なら、居住スペースの故障箇所に行ってます。厨房のレンジが華々しくぶっ壊れたので、主計監査員と見積もりの打ち合わせに」
「あー…あれか…やっぱ壊れたかー…予算降りると良いけどなあ」
「艦長…予算降りなければ…」
「カンパだな。少しずつ出し合って購入だ。もちろん総裁殿下が一番出して…ま、それもトマス殿次第だな」
「いいんですか、副官殿に報告…」
「しなくても気付いておられると思いますよ」
バタバタと足音立ててトマスがブリッジに走り込んできた。
「殿下っっっ」
遅かった。どうしてこう…
「ほらね…」
艦長は小さくそうつぶやいていた。そして、白々しく言ってのけた。
「あー…行っちゃいましたか、ほんとにもう…」
「止めなかったんですかっ、艦長」
「…勢いが物凄くて…私には無理です」
だろーね、それは解る。とってもよく解る。思ったよりも熱血漢なのは知っている。がっくり。それはトマスの…実は艦長はとっても冷めていたのだが。
「運良くというか、我が君はアルデモード家ですけどね」
「白薔薇亭ではなく?」
「急遽だったので…」
「何かありましたか」
「リース教授がジゼル奥様にクッションでぶん殴られているところなら拝見しましたが、我が君の通信の後ろで…」
「…また教授、晩餐会、当日に言いましたかね」
「だと思います」
「それで、アルデモードにって」
「用意が調わなかったんですよ、三号室が空いてなかった事ですし」
「あ、それですか…三世陛下はホントに」
「あの部屋でなければ対症療法出来ませんからね…しかし、市場で白薔薇亭のオーナー、四世陛下が巻き込まれるとは…旗艦はお預かりいたします。地上に向けて行って下さい。テロと言うよりどうもただの強盗立てこもりの様な気がしてなりませんけれど」
「お願いします」
そしてトマスは…ヨークに向かっていったのだった。
そして、ブリッジ。
「副官殿って…ホントにアレでも幸せなのですか、艦長」
「さあ…」
実に微妙な顔してラヴェル艦長とその従卒さんはブリッジで話し合っていた。
「ホントに、なー…」
様々な部署からそんな声が聞こえている。
「さあさあ、あのお二人の事はほっといて、我々は我々の任務を果たしましょう」
この人艦長にして正解だったのか、やっぱり微妙な顔して参謀長が溜息をついていた。
「どうかしましたか、オックスフォード伯」
「いや、爵位で呼ばないでいただけませんか」
「ああ、それは…どうかしましたか」
「殿下のこと」
「トマス殿に任せておけば、被害は最小で済みますから」
あ。やっぱり。この人って。参謀長は苦笑していた。
「確かに最小で済みますね…」
にまっと笑って参謀長はどこでちょろまかしてきたのか、泡盛の瓶をゆらしていた。青い薔薇の陶磁器製の瓶と言う事は間違いなく、総裁殿下の個室からだ。
「大丈夫ですかね」
「多分」
「ですよね」
にまっと二人が笑う。ブリッジにいる兵士らは…うちの幹部は変な人が多いよな、と内心で思っていたのであった。
そして、女運のない王子様たちのへんてこな会話により、強盗は自首したのであった。トマスはと言うと…突っ走っていった殿下を追いかけ、あるいは援護射撃をし、体術を繰り出し、強盗に乗じた凶悪犯を倒していったのであったが。が。
「おまえ、いたの」
この言葉で凍り付いた。硬直した。トマスは絶句した。知っていたけれど…あんまりだ。鈍いにも程がある…。そう言えば、鈍感だと散々、ケントの淑女と称えられた妃にも罵られて…やめよう、この事は考えまい。
「兄上―、あのねー…あれ、トマス殿、殿下は」
「え、まあ、その…」
「これ持ってきたの…何、このどーしょーもないドツボに暗くて重い空気…」
「気にしないで下さい」
「顔引きつってますよ、トマス殿」
「何ですか、これ」
「寒さに強い桜の苗持ってきたの、植える場所どこ、兄上」
「あ、ああ…桜?」
やっと出て来たオーナーはそう返事していた。
「さくらんぼは大きくならない品種だけどね、えっと山桜の一種で寒さに強いものだって、母様が選んで…ん?」
「さくらんぼはいい…」
「花も地味だけど、世話いらずだってさ。ただ、ちっちゃいから花咲くのは来年からかな」
「何本だ」
「三本」
「十本単位で欲しい」
「だよね、でもとりあえず、三本やってみて大丈夫だったらにしたら」
「…信用ないな」
「なにせアンとベシーもいるもんね、ここ」
「だよな」
トマスは兄弟のやりとりを見ていた。
「殿下と…」
「はい」
「ちゃんと話し合うべきなんでしょうか…」
「あ、それ、違いますよ、鈍感はどーすっころんで治りませんから」
おまえは余計な事言うな、とオーナーが弟を軽くどついていた。
「兄上の女好きと変わらないよーに」
「おまえは、なっ…」
「…はあ」
トマスは溜息をついていた。
「治らないのですか…」
「なにが、だ、トマス」
殿下が何時の間にかやって来ていた。びっくーーーんっとなるはトマスの心臓。
「…うちの兄上のどーしょーもない女好きかな」
「…それは」
確かに治らないねえ、と殿下が言う。何とも言えない顔してオーナーが溜息をついて立っていた。しかし、私で誤魔化すな、この弟っとなどと突き合いする兄弟をトマスがまた溜息をついて見ていた。
「誤魔化す、とは何だ」
「殿下が鈍感ってことですよ、あ、兄上、僕帰るね、姉様に怒られちゃう」
「アルデモード夫人…それは早く戻った方がいいね」
鈍感よりも鬼教官の方が気がかりというのも何ですか、殿下とトマスが小さくぼやいていた。
「私が鈍感よりも、夫人の嫌味の方がどっちかというと、だな」
「…じゃあ、またね、殿下、詳しくは兄上に聞いてっ」
「私になすりつけるなーーーっっっ」
べー、とあかんべしてリチャード・リース退場。
「…やられた」
「というのなら、エドワードくん、鈍感って何だ」
殿下…それは、ちょっと…。
「殿下、ホントにマジでトマス殿が援護射撃していたの、知らなかったとは言いませんよね…」
「うん、知らなかった」
がっくーんっっっ。
「ダメだ、こりゃ」
「援護射撃なんて、誰でも…」
「いえ、癖がありますよ、その人ならでは、の。私には解りませんでしたけれど、弟は十秒で気付きました」
「えっ…」
トマスの顔がまともに見られない。何かしちゃった感ハンパないのですけれど…コレ。
そして、夕時。
「あいつめーーー帰って来ないって、どういうことだーーーっっっ」
料理長様、帰還せず。
「リシィーーー」
仕方なく、オーナーは弟に連絡し、来てもらう。おまけにアルデモード夫人もついてきたけれど。
「姉様は看護人だよ、あくまでも。食べられるもの作れない・・いてっ」
「うっさい、バカ弟」
「じゃあ…誰が料理…」
「私が作りますよ」
トマスがそう言った。ほっとしているのは、誰だ、そんな空気が流れるが。
「僕、手伝うね」
「そーして」
アルデモード夫人がそう言う。二人が厨房に去っていった。
「殿下…ホントに気付かなかったんですか」
夫人の言葉にダイニングの椅子に座った殿下が頷いた。
こちらは厨房。
「トマス殿、大丈夫?」
「どうでしょうかね」
「材料、見てみましょうか」
ちっこいリチャードは冷蔵庫や野菜貯蔵室から持ち込んできた素材。
「キャベツ、にんじん、トマト、タマネギ、パプリカ二種、セロリ、ほうれん草…ポロネギ…」
「それはいいものがありますね」
「肉は鶏肉、魚介類はサバ、サーモン、アサリ」
「何にしましょうかね」
「パン…焼いてないよ、まったく・・あ、パスタあった…、何、この生地」
「どれ…ああ、これ、ピザ生地ですよ」
「ふーん…米はあるかなあ…あーあった、あった、パエリア鍋…上の方だなあ、もー」
「ああ、いいかも知れませんね、ここはハーブやスパイスは豊富ですし」
「夕飯はなんとかなりそー…で、殿下」
「確かに私は…鈍いけど…まさか、そんな」
「何があったんです、殿下と言えば、トマス殿、でしょう」
夫人が言う。
「それって」
「御神酒徳利というか、割れ鍋に綴じ蓋というか…ん、これじゃおかしいわ、二つで一つみたいな…」
「そう見えるのか」
「ええ…そう思いますでしょ、オーナー」
「まあ…ね」
「…じゃ、このやっちゃった感は…私か、原因は」
「ですね…」
「…どうしよう…」
「トマス殿がいらしたのに気付かなかったとか…」
夫人がそう聞いてきた。
「うん、実はそうなんだ…」
「アー…そういうことですか…」
夫人があきれた様な声を出していた。
「トマス殿は…」
「夕飯の支度…」
「料理長はどうしたのよ」
「けーじゃんりょうり研究するとか言って、どこか行っちゃった…」
「ケージャン…ああ、北米の確か南部、ニューオリンズあたりの料理ですね、確か地元の料理とフレンチがミックスしたとか…」
「へ」
「ジャンバラヤとか…結構スパイシー」
「…スパイシーね」
「微妙な顔しないでくれませんか、夫人」
「無理でしょ、さっすがジンジャーターメリック…」
がっくりと殿下が落ち込む。
「父上思い出すとげっそりする…」
「まあ、それはそれ。そんなに悪いものじゃありませんよ、それ。中吉と言ったところかしら」
「まあ、そうなりますかね」
「マムシの蒲焼きよりは上」
「相変わらず…」
「ああ、できたみたいですね」
オーナーがそう言った。
「姉様―、兄上手伝ってヨー」
厨房から顔出して、ちっこいリッチーくんが声をかけた。手には小皿があった。
「パエリアとね、ピザ、それからアサリのパスタ、トマトのスープ、一挙に出すけどいいよね」
「…なんて言うか…」
「オーナー、あなた何も出来ないの」
「パンとお菓子なら作れるけど…」
「ああ、そう…」
「明日のパン用意しなきゃ、夕飯終わったら」
「しかし…つくづくトマス殿も器用ね」
「ホントだ…」
彩り鮮やかなパエリアにピザ、トマトのスープ。
「これ、トマトの」
「ああ、言うなればガスパッチョ、トマトの冷製スープです」
「この短時間で…」
「ああ、牛乳と生クリームにトマトジュース混ぜただけですから」
「ホントにあいつと料理長代わって欲しいくらいだ…」
「無理ですよ、少人数ならともかく、切り回しできるほど私は器用じゃありません、これは大半は三世陛下が」
「へ」
「母様に教わったの、ただ、パエリアは女の料理じゃないからってうちでは父様が作るけどね」
「そうなのか」
「この鍋、思ったより重いもん、無理だよ」
「なるほどね…」
「魚のパエリアだけどね、あさりはパスタにしてみたの」
「おまえ、フライパン」
「そこはトマス殿が」
「ほんっとに器用だな…美味だ」
白ワイン、それにいつもの泡盛も提供されていた。
「兄上はパンがあるんだから飲み過ぎちゃダメだよ」
「解ってるよ」
料理作って来ても、トマスは奇妙なくらい物静かだった。
「トマス」
「何か」
「後で話がある」
「わかりました…」
そのやりとりを他の人達はじっと見つめていた。ちゅーもくーと言う感じで。で、そのちゅーもくーはダイニングの片隅から中央へ注がれていた…。
「トマス、おまえ…」
「私はあなたの副官ですから」
「そうじゃないってば、旦那だってくらい言ってみろ、このヘタレ・・」
ドゲシっ
「兄上は黙ってなよ」
「副官だから来たのか」
「ち、違いますよ」
「それ、そこで、もう一押し、ぶっ…」
今度はアルデモード夫人に後頭部をひっぱかれるエドワード四世。
「違うって何なんだ」
「殿下…私はあなたにとって何なのですか」
「え、それは、その…」
ほれほれ、もう一押し…と野次馬らが片隅で手に汗、握っていいのか?
「私は伴侶だと思ってますよ、私は」
トマスがそう言った。
やったね、とハイタッチ…
「そうなのか」と殿下。
ハイタッチはなしの方向で。
「そう言えば婚姻届出したよな」
「殿下…」
ハイタッチ、いつすればいいの、コレ。
「ならば、やっぱり伴侶なんだよな」
「…(内心、ダメだ、こりゃ)」
ハイタッチじゃなくて、手を組んで頼むヨー、殿下―…。
「兄上」
「何だ」
「さっさかパン焼きにいけよ」
「あ。」
厨房に入るオーナー殿。
「よく片付けてあるよな…主夫の鏡だよな、トマス殿って」
オーナーさんがそうつぶやいたのは、置いておいて。
「…ねえ、あの二人」
「僕、半分投げてるもん」
「…いちおーなんとかなるの、かしら…」
「さあ、姉様はどうなの」
「ウィリーの気配なら解るわよ」
「普通そうだよね、あ、そろそろアン、帰ってきそう…」
玄関が開く。
「どうしたの、みんな」
「アン、こっちこっち」
「リシィ」
「どう思う、あの二人」
「何かびみょーな空気流れていない、全体に」
「やっぱりね」
「よくアンが戻ったの解るわね、リシィ」
「うん、解るヨ、小さい頃から知ってるもん」
「…気配…ね」
「それ普通よねー」
ちょんちょんと夫人が例の二人を指さす。
「殿下、まさか、ご先祖様の気配が解らなかったとか」
「あたり」
「…それでこのびみょーな空気、なのね…」
桜吹雪にハラハラすがり
あなたなしには生きてゆけぬ
うぬぼれないで言葉じゃダメさ
男らしさを立てておくれ
翌朝、ドSな艦長さんから連絡が入った。
「トマス殿、有給休暇がたまりまくってますので、そちらで二週間ほど過ごして下さい。宇宙軍労務部からの連絡でこのまま勤務を続けますと政府が決めた労働基準法にもひっかかってしまい、懲罰を宇宙軍全体食らってしまいますので。あ、殿下は大至急お戻り下さい、ノースコルコロニーで式典がございますので」
「ええええっっっ」
そりゃまあ、そうだろうねえ…。
「労働基準法って何だ」
殿下のお言葉。
「それは、コレでどうぞ」
現役大学生のちっこいリチャード三世陛下がメモリービットを差し出した。
「そうか…」
自分のタブレットに入れてみて…
「働き過ぎも法律違反になるのか…この世界は変わっているな」
「殿下…だから当直とか当番とかあるんですよ…」
「あー、そうだったのか」
「気付かなかったってわけじゃ…」
「いや、なぜそうするのかわからなかっただけだ」
「姉様っ」
リチャード・リースくんがそう言った。
「あたしだけじゃないわよ、おいおい学ぶがあっただけよ」
「法律関係…ああ、そうか…テロ関係のことばかりだったせいか…」
トマスさんはまた暗くなっていた。
二週間後。今度は殿下だけが休みをもらっていた。
「一人じゃつまらんーっっっ」
「殿下、やはりトマス殿いないと寂しいでしょ」
「う、う…ん…」
「あなたがいないととても寂しい…って言ってみたら」
「え、私が」
「寂しくないんですか」
「寂しいけど、なんか違うような…」
そして、トマスくん。
「伴侶なのでしょ、トマス殿」
「まあ、その…」
「少しはなんとかなりましたか」
「鈍感はなおってないですよ」
「でしょうね」
「三世陛下、なんとかなりませんか」
「フランシーに聞いてみて。彼ならきっと変な答え知ってると思うっ」
変な答え聞いてどーするというのですか、三世陛下…。
「鈍感…あー、それは納得出来ますね…まー頑張って下さい、副官殿。我ら一同期待していますからっ」
なんですか、その嬉しそうな顔。そして。
「だから、トマス、ごめんって言ってるだろう…いい加減、口聞いてくれ、こっち向いてくれー」
とぼとぼとぼ…とトマスを追いかけ回す総裁様。
「どうしてこーなる…」
旗艦ブリッジの兵士ら、そして幹部達も溜息をついていた。
「何してきたんだ、殿下は…」
「さあ…」
おわり
ろっぽんぎしんじゅう。。。たたいてのばした。 で、なぜ、このタイトル???