宇宙のマリンスノー・その2
サハラの夕日は美しかった。
サハラでの訓練は・・・
「つまり、沿岸部まで、この車で行けと」
「途中、オアシスで水を補給しないとこの車・・・動かなくなりますよ、ついでに私達も干物になります」
トマスの言葉に彼はサハラの夕日を見つめながら固まった。
「戦闘機はどうなるんだ」
「これは宇宙軍の回収部隊が回収するそうです。すでに必要な燃料はこの車に運び込んであります」
「運び込んである・・・トマス、そもそも燃料は」
「ただの水ですよ、化学反応を起こしてエネルギーに変換するシステムです」
「ああ、そう」
「移動に失敗しても救命の信号弾をあげれば済みますが、五日以内にそんなもの発射した場合は」
「場合は」
「給料を今後三年間は六十パーセントカットです」
「六割もカットーーっっ」
「そうですよ」
「休暇は、休暇はどうなんだっ」
「一年分の休暇半分カットされてますね、すでに」
「やっぱ最初の着陸ポイント間違えたのが悪かったのかな、しかも大破寸前やらかしたし」
「みたいですよ」
トマスは携帯食料の中から適度な物を選んでいた。調理用燃料の量を計り、溜息をついた。
「殿下、食事用の燃料、五日分しかありません。後は現地調達の模様です」
「なんだとー・・・」
「つまり、完全サバイバルですね、これは」
「サバイバル・・・ね」
「検索によりますと夜に移動した方が体力依存が計れます。ついでに車内のエアコンも故障せずに済みます」
「そうか・・・夜間移動か」
「星の動きを読んで進路を推定し、沿岸部まで到達するように、と通信入りました」
「トマス」
「・・・通信傍受は沿岸部に到達、もしくはギブアップの信号弾を打ち上げない限りは出来ません」
「うそ」
「本当です」
「おまえ、笑って言うなよ」
「ギブアップしますか、殿下」
「いや、絶対するもんかっ、三年間も給料六割カットだなんて冗談じゃない」
「そうでしょうね・・・」
トマスは持っているパソコンで星座を読み込み始めた。
「こちらが北になります。まっすぐ行けば沿岸部に近くはなりますが、燃料と水が切れます、沿岸部到着三日前に。東寄りに進路をとればオアシスがあります」
「わかった、東寄りだ。食事の支度は私がしよう」
どう考えても、データ処理は自分には不向きだ、そう彼は思った。緻密で繊細な作業である事には間違いない。
五日後、水ぎりぎりでオアシスに到着できた。砂だらけだった。オアシス管理人に聞いて水浴びの出来る池に向かった。着ている物をそこで洗濯し、椰子の木にひっかけて乾かし、ついでに水浴びをした。石鹸もシャンプーもないが、ただの水だけでもありがたかった。
「あーーー生き返るーーー」
自分の物は自分で洗濯するのは初めてだった。衣食住を全て自分で行うのも初めてだった。トマスさえ多分初めてだろう。
「髪、切ってしまおうかな」
「帰還してからにしてください」
「そうだな、ゴミは少なめに、だな」
水浴びを終えると着衣は大方乾いていた。それを身につけ、飲み水用の池に向かい、水くみを始めた。移動用の車両は池までたどり着く前にいわゆるガス欠になっていた。そのため、簡易バケツや水筒に水をくみ、彼はそれを運んでいた。トマスは車両の調整をしている。
「今晩はここに泊まるか」
「そうしましょうか、そうだ、オアシスの管理人と物々交換で現地の食糧と食事用の燃料手に入りましたよ、殿下」
「何を出したんだ」
「マントですよ、とりあえず必要ないと判断しました、儀礼用の物ですから」
「そうか・・・毛布は」
「それは寝具ですから、取ってありますよ」
「あとどのくらいかかりそうだ」
「五日ですね、地中海沿岸まで五日です」
「五日分の水・・・ポンプは」
「車両、動かしてくみ上げられます、ちょっと行ってきますね」
「わかった」
砂漠のサソリや蛇にもなれた。夕日が見えた。白薔薇亭であの少年が読んでくれた話がふと脳裏に蘇ってきた。
・・・かなしくなった時、王子様は椅子を少しだけずらしました。そうすると王子様の星はとても小さいので、何度でも夕日が眺められるのです・・・
「夕日か、トマス」
「何か」
「星の王子さま、覚えているか」
「ああ、レイモンド博士が読んでくださいましたね」
「高慢ちきな薔薇の花は・・・いるのかな、私にも」
空を見上げて総裁は呟いた。
戦闘機の攻撃メカニズムについての講義もあった。
「つまり、ミサイルに敵機を探知する機能があると言うわけだな」
「そういう事です。ただ、探知出来ると言っても距離が問題になります。摩擦は宇宙ではほとんどありませんが、探知機能を有効にするため、機体とミサイルとの間には関連性が必要です。この糸が切れた場合、ミサイルはそこで自発的に爆発もしくは空中分解し、爆破装置を外し、ただの浮遊物となります」
「それは・・・たとえば機体に当たっても大丈夫なのか」
「バリアがはじきます。味方の識別コードのついたミサイルならば。裏事業のミサイルはバリアが有効かどうかはやってみなきゃー解らない」
「・・・夫人、それは避けろと言う事か」
「はい、閣下」
「これは一人で、か」
「この訓練はお一人ずつ受けていただきます。離艦、着艦は自動操縦をオンにして下さい。射撃訓練が半分ほど終了いたしましたら、手動でやっていただきます。これが済んだら、休暇をさし上げますわ、元帥閣下」
「・・・解った」
最近彼女が怖いんだけど、気のせいかな・・・と二人は思っていた。
「ちょっとーーーーっ殿下ーーーっ勘弁してくださーいっっっ」
「ちょろちょろ逃げるなよっ」
「逃げるほかないでしょが・・・ねえ、ウイリー」
モニターを見ながらアルデモード夫人は主従の追いかけっこを指さして、笑っていた。
「仮想敵機をお互いにするなんてっ・・・」
なんちゅー教官なんだ、まったくもう。
「閣下―、その場から引きあげてくださいねー、あなた撃墜されましたから」
アルデモード夫人の言葉に殿下は舌打ちをした。
「ちっ本日六回目」
「トマス殿、あなたは訓練終了です。着艦して下さい。元帥閣下、ウィリーが出ましたわ、一発でいいんです、命中させてくださいね・・・」
アルデモード夫人の声が不気味なくらい低くなった。
「善処します・・・」
「休暇、か」
見上げる空は青い。アキテーヌ地方の町はかつて生きていた頃とは全然違う風景となっていた。見覚えのある建造物はほとんどなく、建物は全て変わっていた。ボルドーのワインは変わらず作られているらしいが、人影はほとんど見えなかった。
「残っているわけないか・・・」
乗って来た飛行機に乗ると彼はロンドンを目指した。トマスは白薔薇亭オーナーの弟とともにウォリックに行くと言っていた。飛行機にも自動操縦システムが着いている。滑走路はほとんど使わずに済む機種だ。民間飛行機はレンタルしたものだ。ロンドンにも人影はまばらだった。居住を許されている人々は非常に少ない。ロンドンの博物館、美術館に入ってみた。そこにある物はレプリカではなかった。コロニーにあるものは精巧なレプリカ。観光地にもなっているらしく、予約した客が見学していた。もちろん彼も見学を予約していた。見学が終わるとまた歩き出す。飛行機を飛ばし、白薔薇亭へ行こうと思った。
白薔薇亭でトマスと再会した。トマスはレイモンド博士とずっと話し込んでいた。ピアノの前で。
「これ・・・楽器なのか」
「あ、いらっしゃい、殿下」
バラ色の人生を奏でていた。フランス語で歌うその歌は不思議なものだった。失恋の歌らしい。幸せだった、という歌。
「その曲は・・・なんて言うの」
「これは・・・好きなんですよ、東洋の曲で・・・」
「これ、文字なんだ」
「ええ、東洋の文字です。これも文字ですよ、サンスクリットの文字です、こちらはアラビアの文字・・・不思議でしょ、これみんな大学で学びました」
トマスの指がキーを押す。トマスはずっと音符を見つめていた。
「この曲・・・響きが変わっている」
「東洋の曲ですから」
庭は様子が変わっていた。それに彼、ブラックプリンスは目をやる。白い薔薇はすでに花は散り、芝生の色も冬の色に変わりつつあった。つかの間の休日。
「地球での休日は年内ではこれでおしまいですよ、殿下」
書類片手に博士が言う。
「知ってる。後は艦隊戦の模擬戦」
「作戦は独自に作成するように教示がありましたよ」
「手厳しいな」
「陣形のデータは五種類ほど届いてます、古今東西の戦で用いられたものですが・・・艦隊戦、野戦、それからこれは籠城戦、城攻め・・・それと一番厄介な難民救済作戦」
「・・・様々だな」
「それに対抗しうる陣形を休暇が済み次第提出して欲しいそうです、バリエーションが一種類につき、三種類ほど付属するそうです」
「解った・・・トマス、今の曲、もう一回」
「これ、ですか・・・」
「そう、それ」
「これ、子守歌ですよ、殿下」
「ああ、そうなんだ・・・」
「ドイツ語ですけど・・・」
シューベルトの子守歌だった。
「なんじゃ、これ」
「夫人からのプレゼントですよ、打ち崩すポイントがあるそうです。私は・・・この艦隊戦なら聞いた事あります」
「これ・・・どう見てもこちらの艦隊の方が」
「実戦で勝利したのは、こちらです」
「え・・・これで・・・か」
「はい。殿下ならお解りになれると思います。ヒントは船はまっすぐ進むだけのものじゃありません、で、いかがでしょう」
にこにこと博士が笑う。トマスがある映像を見て、ふと手をとめた。
「この船はなぜ円形にまわって・・・」
「魚雷を避けている動作です、結局は沈没しましたけど」
ミッドウェイの空母・赤城の映像だった。
「円形・・・そうか、解った、これ、実戦してみよう」
「は、殿下、何を」
「まーいいから、トマス」
「何でしょう」
「さっきの曲」
「子守歌ですよ」
「聞きたいんだからいいじゃないか」
「あーはいはい」
黒いブリッジに平和の楯の紋章。新しい宇宙軍総裁、アキテーヌ元帥。ただし、まだ見習い期間中。
「おうちに帰りたい」
でっかい図体でこう言うのは、鬼教官、アルデモード夫人。
「どうか」
「ウィリーが帰っちゃったのおおおおっ」
「あ、それは・・・」
旦那が帰宅してしまった。もういいだろうと言って。それが悲しいと彼女は言う。
「この模擬戦終わったら、あたしおうちに帰るからねっ」
小学生か、アンタは。というツッコミは出来ない。何せ大女、ついでに馬鹿力の持ち主で武道にも長けている。
「え」
「帰られては困りますっ」とトマス。
「いやよっ」
このやりとりはすでに日課である。唯一彼女をコントロール出来ると言うか、彼女が信頼しきっている男はウイリーだけ。それがいないのだ。
「でー、これ、やんなさいよ」
「トマス、やさぐれているよ、なんとかして」
「無理ですっ、早く命令書受け取ってくださいっ、でんじゃない閣下」
「わかった・・・」
「正解みつけないと後でトマスでマーシャルアーツの実験するわよ」
「で・・・閣下―っっっちゃんと考えて下さいよっひーーーーっ」
「う、解った」
内心なぜトマスを人質にするんだよ、と思っている彼だった。
「はい、正解。つまらないの」
「つまっちゃっててくださいよ、もうっ」
「レイモンーーー、軍艦マーチかけてーーーっ、どーせこれ、日本海沖海戦だもーんっ、バルチック艦隊対東郷平八郎率いる連合艦隊の」
「あ・・・それ・・・何」
「後で検索かけて調べますから、で、閣下、何も言わないで下さいっ」
訓練終了して、宇宙空間に浮かぶ大きな宇宙船の中に二人はいた。
「ここが旗艦ですか」
「だってさ」
指揮官の座る椅子に腰掛けてブラックプリンスは微笑んだ。
「でー演習ですか、この艦隊の並びは」
「観艦式だよ、私のための」
「はあ」
「「「「着任おめでとうございます、閣下」」」」
総員の言葉を受け、彼は微笑んだ。
「よろしく頼む」
内心。いいのかなー、こんなもんで。と彼は心密かに思っていた。トマスがそれを知ってまた溜息をついた。
「地球に行って白薔薇亭でご飯食べて・・・」
「それが休日の過ごし方ですか」
「そうだよ、トマス、一緒に行くよね」
にっこり。嫌だ、なんて言いませんとも、トマスは思っていた。